【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 目が覚めると、柔らかいベッドの上にいた。重い体を起き上がらせて辺りを窺うと、そこは広くてシンプルな家具や照明の置かれた、高級感の漂う部屋だった。傍らのテーブルには魔石が嵌め込まれた照明が柔らかな光を灯し、ベッドの周囲を優しく照らしている。カーテンの隙間から見える窓の外は真っ暗で、自分がどれくらい眠っていたのか分からなかった。

 何か夢を見ていた気がして無意識に唇をなぞっていると、突然意識を失う前の出来事を思い出し、僕は自分の身体をまさぐった。さらさらとした肌触りのいいナイトガウンを着せられ、ラトスさんに付けられた嚙み痕やうっ血痕は全くなかった。それでも、彼に触れられた感触ははっきり残っていて、あれは夢ではなかったのだと恐怖が蘇ってきた。
 震える身体を両手で抱きしめながら「大丈夫…っ」と何度も自分に言い聞かせ、溢れそうになる涙をぐっと堪えた。わずかに身体が熱くて動悸もする。媚薬の効果がまだ続いているのかもしれない。
 何とか気持ちを落ち着かせるために、呼吸を整えようとしていたら部屋のドアが開く音がした。

「ユイ!目が覚めた?」

 入ってきたのは、水差しやグラスが乗ったトレイを持ったルークだった。夜会の時の盛装とは異なり、今は白いブラウスに黒いズボンとシンプルな格好だ。

「こ…ここは?僕は…どうして…」
「それは後から話すから、今は休んで。媚薬の効果がまだ切れてないんだ」

 ルークはベッドのサイドテーブルにトレイを置き、水差しの陰に隠れていた小瓶を手に取って僕に差し出した。

「これを飲んで。媚薬の成分を中和する薬だから、自然に効果が切れるのを待つより早くよくなる」

 僕はルークから小瓶を受け取ったが、力が入らず手も震えて、蓋を開けることもできなかった。見かねたルークが蓋を開け、僕の震える手を支えて飲むのを手伝ってくれた。それでもうまく飲めず、口の端からこぼしてしまった。

「あ……」
「大丈夫。貸して」

 ルークは自分の服の袖口で僕の口元を拭き、中和剤を僕の手から抜き取ると一気に煽った。

「えっ?なん──っ」

 僕が言葉を発するよりも早く、ルークは僕の後頭部に手を回して引き寄せ、深く口づけてきた。ルークの口から少しずつ中和剤が流れ込み、薬の苦みが口の中に広がった。

「…ん…っく……んんっ」

 中和剤を全て飲み込んでもルークの唇は離れることなく、薬の苦みが消えてもなお舌を絡めとられ、口づけは続いた。身体の熱と動悸が激しさを増した気がして、お腹の奥深くがゾクゾクと疼く。雰囲気に流される予感がして、震える手に渾身の力を込めながら、僕はルークの胸を押した。

「っはぁ…。は、離れて…。全部、飲めたから…」
「中和剤が効くまで少し時間がかかる。ユイが眠るまで、そばにいさせて?」
「だ、だめ…。…これ以上みっともない姿、見られたくない…っ」

 あの場から助け出してくれたのは、ルークで間違いないだろう。ということは、媚薬のせいとはいえ、他人の手によって果てた姿を見られたんだ。媚薬の効果がまだ続く今、またどんな痴態を晒すか分からない。
 あの時のことがフラッシュバックして、また身体が震えだすと、俯く僕をルークは苦しくなるほど強く抱きしめた。

「ユイ…ユイ…、大丈夫。俺がそばにいるから……」

 ──嘘つき。そう言って結局、僕から離れていったくせに……。

「……離して」
「ねぇ、ユイ……。俺の話を聞いて、お願い」
「今更…、どんな話があるっていうの?君はあの時、自分を見てくれる彼女を選んだって、そういったじゃないか」

 あのとき、僕の心がどんなに抉られたか、君に分かるはずない。

「…ユイは俺自身を見て、俺の名前を呼んでくれていた。分かっていたはずなのに、酷いこと言ってユイを傷つけた。本当に…ごめん。すごく後悔してる。でも信じて。あの時の言葉は本心じゃない」

 ……違う。あれは紛れもなく、心の奥底にある君の本心だ。

「勝手だとは分かっているけど、俺にもう一度ユイの手を取る、チャンスをちょうだい?」

 本当に…、なんて勝手な言い分…。

「もしチャンスをくれるのなら、俺を見て、名前を呼んで?」

 僕から身体を離すと、ルークは僕が逃げないようにするかのように、頬にそっと手を添えて顔を自分に向けさせた。眉を顰め、切なげな表情で懇願するルークを見て、僕は想いが溢れそうになった。


 〝愛してる〟

 〝ずっと会いたかった〟


 何の憂いもなく、狂おしいこの想いを伝えられたら、どんなに幸せだろう……。


 でも───。


『あなたが見ていたのは俺じゃない』


 僕の想いを否定する言葉が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
 どんなに言葉を尽くしても、<言霊>の力を以てしても、また君に伝わらなかったらと思うと、悲しくて堪らなくなる。もしそうなったら、今度こそ僕は立ち直れない。


 ……それでも、僕は君のことを───…。


「───ルー、ク……。ルーク……ルーク…っ」

 抑えきれない想いを込めて名前を呼ぶと、とめどなく涙が溢れてきた。そんな僕を見て、ルークは目尻に涙を滲ませ、くしゃりと笑った。


 この1年で、ようやくルークのことを心の奥底にしまい込めたと思っていたのに…。名前を呼ばれて、笑顔を見ただけで、胸が張り裂けそうなほど嬉しくなる。


 頬に添えていた手を後頭部に回し、ルークは僕をゆっくり引き寄せた。そして、包み込むように強く抱きしめ、僕が再び優しい闇に意識を奪われるその瞬間まで、離すことはなかった。



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