【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 着替えを済ませると、ルークは邸の外にある温室まで案内してくれた。途中、クイントス家の邸内を見回していたら、ナイトレイ侯爵家のような貴族らしい華美な内装でないことに気づいた。しかし、一晩過ごした部屋と同じように、使われてる壁紙や飾られている調度品などには高級感があった。

 案内された温室は全面ガラス張りで、ところどころ蔦が壁を伝い天に向かって伸びている。足元には色とりどりの花や見たことのない植物が生い茂り、低木も植えられていた。高い天井からは陽光が差し込み、伸びた緑の隙間から青空が覗いている。耳をすませば涼やかな水音も聞こえて、きっと室内には水場も作られているんだろう。
 奥に進むと、4、5人座れる大きさのガゼボが見えてきた。そこには長い銀髪をサイドでまとめ、本に視線を落とす女性が一人座っていた。

「姉さん」
「…来たか」

 そこにいたのは、ルークのお姉さんのルナシスさんだった。昨夜の夜会では余裕がなくてじっくり見れなかったけど、本当にルークにそっくりだ。ルナシスさんの方が、瞳の青色が僅かに濃い。彼女はスッと立ち上がり、僕に歩み寄ってきた。

「改めて、ルナシス・クイントスだ。その節は愚弟──ルクスが世話になった。姉として礼を言う。身体の方は、もう大丈夫か?」

 昨夜ナイトレイ様から紹介されているにも関わらず、ルナシスさんは自己紹介をしてくれた。彼女は貴族なのに僕のような平民にでもお礼を言える、筋の通った人のようだ。

「ユイです。昨夜はきちんとご挨拶もできず、失礼しました。お気遣い、ありがとうございます。クイントス伯爵令嬢」
「そんなに固くならないでくれ。私のことは、名で呼んでくれて構わない。敬称も不要だ」
「それでは、僕のことも『ユイ』とお呼びください」

 僕がそう言うと、彼女は僅かに口角を上げた。
 話し方やクールな表情は一見冷たい印象を受けるが、ルークと話すときの彼女はやわらかい眼差しをしていて、弟を大事に思う優しい人なのだと分かる。

「座ってくれ。君宛てに伝言を預かっている。朝食を取りながら話そう」

 ガゼボに入ってベンチに腰を降ろすと、食事や紅茶が運ばれてきた。大きな四角いプレートに右半分には、プレーンオムレツにちょうどいい焼き色のついたベーコン、彩り豊かなサラダが盛られ、左半分には3種類のパンが並び、食べやすい大きさにきれいに切り揃えられていた。別にスープやカットフルーツも出され、まるで<ノクターナ>のメニューにもある、ワンプレートランチのようだった。その貴族らしからぬ食事の出し方に、僕は少し驚いた。

「客人に出すような食事じゃないかもしれないが、肩ひじ張らずに食べるなら、このスタイルがいいかと思って準備させた」
「お気遣い、ありがとうございます。いただきます」

 ルナシスさんとルークがカトラリーを手に取ったのを見計らって、僕も食事に手を付けた。シンプルなメニューだからこそ分かる絶妙な味付けは、ウィルさんの料理とはまた違う味わいがあった。

「早速だが、私が預かった伝言を伝えよう」

 食事が一段落したルナシスさんは、食後のお茶に手を伸ばしながら、僕に向かって言った。

「まず、夜会の主催者で私の友人でもある、ナイトレイ侯爵からだ。『我が家の使用人が、特別招待客であるあなたに非人道的な行為を働いたことを、深くお詫びする。その責任として、どんな賠償でも負おう』とのことだ」
「そんな…ナイトレイ様は、何も悪くないのに……。それにルー…ルクス様が来てくださって、事なきを得ました」

 僕の言葉に、ルークが一瞬ピクリと動いたのが視界の端に映った。なぜか僕との間にあった一人分座れる程の距離を詰め、腰に手をするりと回してくる。その様子を見ていたルナシスさんは呆れたような視線を向けたが、そこには触れず話を進めた。

「使用人の不始末は、雇用主である侯爵の責任だ。彼女も直接謝罪をしたいと言っていたが、領地で問題が起きたらしく、未明に王都を発ったそうだ」

 ルナシスさんがそう言うと、彼女の後ろに控える従者さんが、1通の手紙と膨らんだ革袋の乗ったトレイを僕の食事の隣にそっと置いた。今朝早くにナイトレイ家から僕宛に届いたらしく、革袋の僅かな隙間から金色の光がきらりと見えた。手紙を開くと、そこには丁寧な謝罪と、ナイトレイ家から<ノクターナ>へ人を派遣するから、ゆっくり静養してほしいと労わりの言葉があった。一緒に渡したお金は、静養中の生活費として使ってほしいとも。
 確かに、顔馴染みにあんなことされたら、しばらくお店に出るのはきついかも知れない。

「謝罪を受け入れます。賠償もこちらで十分ですので、これ以上気に病まれないよう、ナイトレイ様にお伝えいただけますか?」
「ああ、承知した。そしてもう一つ、君に伝えてほしいと伝言を預かった」

 伯爵令嬢に伝言を預けるなんて、友人で彼女より爵位の高いナイトレイ様以外にいるんだろうか?しかも、平民である僕宛てに。それに夜会では、彼女とルーク以外に知った顔は見なかった。

「『本日の正午、<レジウム大聖堂>に来てほしい』。
 伝言を託してきたのは教会の最高責任者、モーリス大司教だ」


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