【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第二章

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 この国は教会と協力関係にあり、表立った権力抗争や政治的対立はないと聞く。それに、大司教様は現国王の相談役を務めるほど聡明で、王家からの信頼も厚い人格者なのだそうだ。そんなすごい人からの呼び出しなんて、どんな用件なのかまるで想像できなかった。

 僕は温室を出て部屋に戻ると、不安な気持ちでいっぱいになりながら身支度を整えた。ルークが言っていたとおり、ナイトレイ邸に置いてきたマジックバッグや服は全てクイントス邸に運ばれており、僕が寝ていた部屋のクローゼットにしまってあった。
 大司教様に会いに行けるような服を持っていないとルナシスさんに言うと、「公式な場ではないから、何でもいい」と無関心そうな応えが返ってきた。本当にそれでいいのかと思いながら、借りていた服を返して自分の服に着替えると、ルナシスさんは大聖堂へ向かう馬車を手配してくれた。
 挨拶をして馬車に乗り込むと、なぜかルークもついてきた。

「ユイと片時も離れたくない」

 向かいの座席に座らず、僕の隣に滑り込み、手に指を絡ませながら言った。自分の気持ちを真っ直ぐ向けてきて、恋人同士だったころと同じような言動に面映ゆさを感じたが、僕の心の中には、それを素直に受け入れられない部分もあった。でも今は、一緒に来てもらえると正直心強い。
 ルークが大聖堂に行くのは、自分が鑑定を受けたとき以来らしい。転移魔法を習得する前だったから、この機会に座標設定もしたいそうだ。

「それに──」

 そのとき馬車がガタンと大きく揺れ、会話が途切れた。僕はバランスを崩して、ルークに抱きつくような体勢になってしまった。抱きとめてくれたルークは、そのまま僕の耳元に唇を近づけ、そっと囁いた。

「ユイがこの1年、どんなふうに過ごしたのか聞きたい。特に、下着の好みの変化…とか?」

 背中から腰のあたりへ手を這わせながら、ルークは僕の耳に軽くキスを落とした。昨夜のことをまた思い出して恐怖が蘇ったが、それよりもあの下着姿を見られた羞恥心の方がはるかに上回った。

「あっ…あれは!その、あの人の策略で…仕方なく…」

 口が上手く回らない…、顔と耳が熱い…、ルークの顔が見れない……。

 俯いてまとまらない思考を必死に整理していると、ルークは僕の顎をくっと持ち上げ、真剣な表情で言った。

「ごめん。昨日の今日なのに、嫌なこと思い出させた。やっぱりあの男、あの場で殺しておくんだった」
「ちょっ…、そんなことしちゃダメ!ルナシスさんにも言ったけど、ルー…ルクス様のおかげで、その…最後まで、されずにすんだし…」

 ルークが伯爵令息だということを急に思い出して、慌てて敬称をつけたが、言葉遣いが追いついていなかった。今まで敬語を使わずに話しても咎められたことはなかったが、ルークは眉間にしわを寄せていた。

 あっ…、やっぱり不敬だったかな?

「ユイ。俺のことは今までどおり『ルーク』って呼んで。確かに俺は伯爵家の人間だけど、もともと家から出るつもりでいたし、家督も姉さんが継ぐことが決まってる。だから、そんなに畏まる必要もない」
「家を出るって……身分を、捨てるの?」
「そのつもり。……でも、このまま家に残れば、権力を笠に着て平民のユイを囲うこともできるね。…誰にも見せないように閉じ込めて、ベッドに縛り付けて、犯して犯して、俺なしじゃ生きていけない身体にすれば──」

 ルークの澄んだ空色の瞳が仄暗くなり、あんなに心地いいと感じていた冷たい手が、ゆっくり頬に触れてきて急に恐くなった。それでも、妖艶に微笑むルークから目を逸らすことができない。

「──っごめん、変なこと言った。心配しなくても、そんなことしないよ。ユイが笑ってくれなくなるのも、人形みたいになるのも嫌だしね」

 そう言うルークの瞳は、見間違いだったのかと思うほど、いつもの澄んだ空色に戻っていた。彼のいつもと変わらない様子を見て、僕は思わずほっとした。
 そこで馬車の動きが止まり、「失礼いたします、ルクス様。<レジウム大聖堂>に到着いたしました」と馬車の外から御者が告げた。ドアが開くとルークは先に降り、僕に手を差し伸べてエスコートしてくれた。

「お手をどうぞ、黒髪の美しいお姫様」
「ありがとうございます。銀髪の麗しい王子様」

 僕がそう言い返すと、ルークは楽しそうに笑っていた。そんな軽口を叩きながら、僕らは馬車を降りて大聖堂へと続く石段を並んで上った。


 1年くらい前にスキル鑑定に来て以来、僕は暇ができれば大聖堂に来るようになった。荘厳な雰囲気には相変わらず圧倒されるけど、ここから見える<世界樹>が単純に好きだった。それに、スキル鑑定してくれたあの司教様が度々声をかけてくれて、いろんな話を聞かせてくれたし、スキルの相談にも乗ってくれた。
 前室の案内カウンターに用件を言うと、既に通達されていたようで、案内員の女性はスムーズに案内してくれた。

「ユイ様ですね。伺っております。恐れ入りますが、身廊でおかけになってお待ちください」
「はい」

 身廊と一口に言っても、扉をくぐって袖廊しゅうろうと交差する所までは相当な広さだ。その中のどこに座っていてもいいということだろうか。
 とりあえず僕は、大聖堂に来たら必ず座る、内陣に一番近い位置で待つことにした。ルークも僕の後に続き、隣に腰かけた。

「ユイは、よくここに来るの?」
「んー、暇ができれば。でも最近は来れてないな。休みの日はアルが遊びたがって…」
「……アルって…?」

「やあ、ユイ。お待たせしたね」

 ルークの疑問に答える間もなく、僕の意識は名前を呼んだ主に向いてしまった。声の主は、ここに座っていると必ず声を掛けてくる司教様だ。

「おや、クイントス家からはご子息が来られたか。てっきりルナシス嬢が来るものとばかり」
「彼が呼ばれたと聞いて、姉が気を利かせてくれたんです。それに大聖堂に来るのはスキル鑑定以来で、良い機会かと思いまして」

 司教様はルークのことを知っている様子だった。その口ぶりからも、事前にクイントス家の人が来ることも決まっていたようだ。

「司教様、お久しぶりです」
「違うよ、ユイ。司教様じゃない」
「え?でも…」

 僕はルークが発した、思いがけない一言に戸惑った。彼はいつもどおり黒い長衣に赤紫色の腰帯、同じ色の帽子を被っている。これは司教様が着る聖職服だ。それなのに、司教様じゃないって……。

「彼が今日ユイを呼んだ、モーリス大司教様だよ」


「………はっ?」


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