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最終章
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しおりを挟む魔法陣の光が収まると、僕たちは見知らぬ場所に立っていた。しかし、目の前の祭壇や整然と並べられた長椅子を見ると、ここが教会だということは分かる。
ここが、西方辺境伯領の領都の礼拝堂か。
大聖堂とは比較にならないが、それでも領都の教会だけあって、その造りは壮大で見事だ。
<レジウム大聖堂>と各領地の司教がいる教会には、有事の際に行き来できるよう、転移魔法が付与された魔法具が設置されている。使用できるのは司教以上の職位の者だけで、使用時は双方の事前承認が必要らしい。
転移魔法具は少量の魔力で発動できるが、人によっては乗り物酔いのような不調を来す。そのため、僕たちの体調に配慮してくれたモーリス大司教様が、直々に魔法で転移させてくれたのだ。
「皆さん、気分は悪くなっていないですか?」
今回の同行者であるギルバート司教様が、みんなを心配するように尋ねてきた。彼が一団の代表となったのは、モーリス大司教様の推薦があったからだ。20代半ばの頃にモーリス大司教様と出会ったことがきっかけで教会に入ったらしく、歴代最年少で司教になったとても優秀な方だ。
「はい、大丈夫です」
「よかった。予定ではこちらの司教が、既に待機しているはずですが…」
そういうや否や、身廊をこちらに向かって突き進んでくる一団が見えた。その中央には、黒い長衣に赤紫色の腰帯を巻いた老人がいる。
「ようこそお越しくださいました。本教会の司教、ハリストンと申します」
「レジウム大聖堂の司教、ギルバートです。この度は、国のために命を賭して戦ってくださった、フレイマ辺境伯を始め多くの騎士たちに、心より感謝を申し上げます。
明日は全身全霊で、鎮魂の儀を執り行わせていただきます」
ギルバート司教様がハリストン司教様に挨拶をした。慰霊式のメインである鎮魂の儀については、手紙で打ち合わせをしている。式全体を取り仕切るのはハリストン司教様を始めとするこの教会の信徒たちだが、鎮魂の儀に関しては鎮魂師を派遣した大聖堂側が進めることになっている。
「お心遣い感謝します、ギルバート司教。本来ならばフレイマ辺境伯がご挨拶を受けるべき立場ですが、彼は今、急逝された先代様の引継ぎで手一杯の状況でございます。どうか、お含みおきください」
「もちろんです」
司教同士の挨拶と、僕たち大聖堂からの使者全員の紹介が滞りなく済むと、さっそく明日の慰霊式の準備と最終打ち合わせが始まった。教会の人だけでなく、近隣住人も手伝いに来ており、会場設営は午前中に終了していた。
休憩を兼ねた昼食を終えると、僕は設置されたピアノの音響を確認した。教会は音楽が美しく荘厳に響くように設計されているものの、僕の声がピアノに負けないよう、同行してくれた王宮付き魔法使いのアーロさんにも風魔法で協力してもらう予定だ。
アーロさんの本来の仕事は負の魔力を感知し、スタンピードを回避できたかを判断することだ。今回の慰霊式に、負の魔力の蓄積によるスタンピードの回避が含まれていることは、アーロさん以外は知らない。
僕は試しに、魔力操作の練習の時によく歌っていた曲を弾き語りした。ルークと一緒に泉で練習をしたあの日が、もう随分昔のように思える。
数時間前に別れたばかりなのに、もう会いたくなってる。
ルークのことを考えながら歌い終えると、身廊をまっすぐ進んでくる人が視界に入った。濃紺の髪と漆黒の瞳をもつ男性は、自分と同年代に見えるが、堂々とした風格と威厳を感じる。そばにハリストン司教様とギルバート司教様がいることから、その人物が誰なのか大方予想ができた。
「君が、明日の慰霊式で鎮魂の儀を行う鎮魂師か」
「はい。大司教の要請を受け、この地に参りました。ユイと申します」
僕が立ち上がって一礼すると、ハリストン司教様がその人物を紹介してくれた。
「ユイ殿。こちらはフレイマ辺境伯領の領主、グエン様です」
「お目にかかれて光栄です、フレイマ辺境伯。この度は辺境伯領の騎士の皆さまのご尽力に、心より感謝申し上げます」
「心遣い、痛み入る。明日は勇ましく散っていった騎士たちのために、力を尽くしてくれ」
「はい、全身全霊をかけて」
短い挨拶が終わると、フレイマ辺境伯は一緒に来た司教様たちを残し、一人足早に去っていった。後ろ姿を見送りながら、僕たちの所に出向いてくれたことに驚きを覚えた。
「お忙しいのに、辺境伯自ら来てくださるなんて」
「少々誤解されやすい雰囲気の方ですが、領民は皆慕っております。グエン様は爵位を継承する前から、街に出て領民たちと接することを習慣にされていました。そのおかげか、先代様が急逝されても大きな混乱なく、皆グエン様に付き従っておりました」
「人望のある方なんですね」
朗らかに話すハリストン司教様を見ると、フレイマ辺境伯がいかに慕われているかが分かる。しかし、フレイマ辺境伯もまた、今回の戦争で父親と多くの仲間を失った人の一人だ。それでも、領主として領民や騎士を導く立場であるがために、弱さを見せず歯を食いしばりながら前に進んでいるのかもしれない。
そんな人たちの心が慰められるように、僕も頑張らないと。
明日の鎮魂の儀を絶対に成功させると心に決めながら、僕は改めてピアノに向き直った。
翌朝は雲一つない快晴で、収穫祭にはもってこいの秋晴れだった。
教会の宿舎で一夜を明かした僕は、同行者たちと簡単な朝食を終えると、早々に礼拝堂へと向かった。慰霊式までまだ時間があり、誰もいない堂内は静寂な空気に包まれていた。
僕はゆっくりピアノを奏でながら、数時間後の儀式に意識を集中させた。しかし緊張で気持ちが落ち着かず、うまくやり遂げられるのか不安で、手が震えた。
『ユイなら、やり遂げられる。大丈夫だよ』
ふとルークの声が聞こえた気がして、無意識に右耳のイヤーカフに触れた。遠く離れた場所で自分を案じ、応援してくれている人がいると思うと、自然と気持ちが落ち着いていく。
僕はベルトに下げていたポーチの中から、蜂蜜の飴玉が入った袋を取り出し、一つ口に含んだ。口の中に蜂蜜の甘みが広がり、不安な気持ちも一緒にゆっくり溶けていった。
式の30分前に礼拝堂の扉が開放され、程なくして全ての席が参加者で埋め尽くされた。前列から階級の高い順に騎士が座り、後方には領民が座っている。領主であるフレイマ辺境伯は、さらに上、二階席だ。僕は礼拝堂を訪れた人々を見渡し、胸元のポケットに忍ばせた<最後の救済>にそっと触れて深呼吸をした。
定刻になり、ハリストン司教様が祭壇の前で開式の言葉を述べた。死者の安息を願い、残された人々への希望の言葉を紡ぐ間、参加者たちは祭壇の向こうに見える<世界樹>に、一様に祈るような眼差しを向けていた。
そして式は着々と進み、いよいよ鎮魂の儀に入った。ハリストン司教様に代わってギルバート司教様が祭壇の前に立ち、祈りの言葉を唱えた。
「この地で散りし命たちへ、慰めの調べを捧げん」
ギルバート司教様の結びの言葉を合図に、僕はピアノの鍵盤に指を置いた。そして、命を散らした人たちと残された人たちが慰めを得られるよう、歌の旋律に想いを乗せながら<言霊>を発動させた。すると、胸元のポケットに入れた<最後の救済>が仄かに熱を帯びているのを感じた。<言霊>の発動に集中すればするほど、集まった人々の深い悲しみが僕の中に流れ込んでくる。そして、それが<言霊>の効果を増幅させていった。
〝あなたに巡り会えたことが、私の生の中で最上の幸運でした。溢れるほどの愛をくれたあなたに、再び会えることを、心から願っています。〟
歌い終えると、額から汗が流れ、全力疾走した後のような疲労感が全身を襲った。しかし、直後に空気を震わせるような拍手が、僕の意識を繋ぎとめてくれた。
最後に、ハリストン司教様により閉会の言葉が述べられ、慰霊式は幕を閉じた。礼拝堂を後にする人々を見送りながら、逸る気持ちを抑え、僕は胸元からそっと<最後の救済>を取り出した。手の平に収まるその小瓶を凝視し、僕は愕然とした。
結晶の、量が足りない……。
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