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最終章
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しおりを挟む参加者が全員退場し、礼拝堂が静まり返ると、僕は<最後の救済>を握りしめたまま、崩れるように膝をついた。すると、すぐそばに控えていたアーロさんと護衛騎士のロヴルさんが、一斉に僕に駆け寄ってきた。
「ユイ殿!大丈夫ですか!?」
「はい…、なんとか」
「魔力を大幅に消費しているようです。すぐにエーテルを…」
アーロさんが自分のローブの内側からエーテルを取り出そうとするのを、僕は慌てて制した。
「大丈夫です、アーロさん。エーテルなら、僕も持っていますから…。ロヴルさん。すみませんが、控室まで肩を貸してくださいませんか?」
握りしめた<最後の救済>をポケットに戻し、懸命に足に力を込めながら立ち上がろうとしたら、身体がふわりと浮いた。天井が視界に入り、ロヴルさんの精悍な顔が急に近くなった。彼に横抱きされて運ばれている状況を把握できた時には、既に控室の中だった。
「あ…ありがとうございました、ロヴルさん。さすが騎士様ですね」
「いえいえ。ユイ殿はもう少し体重を増やしてもいいと思いますよ」
ロヴルさんが笑いながら、僕をそっと椅子に降ろしてくれた。
自分のポーチからエーテルの小瓶を取り出し、鮮やかな青色の液体を飲み干した。すると、満ちていくような感覚が、身体の奥から全身に広がった。
「随分と高品質なエーテルをお持ちですね。どちらで購入されたのですか?」
「これは…餞別として、貰ったものなんです」
僕が飲むエーテルを見ながら、アーロさんが興味深げに尋ねてきたが、誰から貰ったかは伏せた。ルークの名前を出したら、関係性を詮索されるかもしれない。彼が魔法薬を持たせてくれて、本当に助かった。これがなかったら、魔力が回復するまで数日は要しただろう。
今まで何度も<最後の救済>に結晶を集めてきたが、ここまで魔力を消費することはなかった。だが、その分一度で集めた結晶の量は今までで一番多い。
これで、スタンピードを回避できるんだろうか……。
僕は一抹の不安を覚えた。
最も避けなければならないのはスタンピードの発生だ。<最後の救済>は満たせなかったが、スタンピードを回避さえできれば、自分の個人的な願いが叶わなくても構わない。元々そのつもりで、今回のことは引き受けたわけだし。
それに…願いを叶えられなくても、きっと───。
俯いたまま考え込んでいると、控室のドアが少し開き、ギルバート司教様が顔を覗かせた。
「ユイさん、体調はいかがですか?」
「問題ありません、ギルバート司教様」
「それは良かった。実は、フレイマ辺境伯があなたとお話したいと、訪ねて来られました。応接室までよろしいですか?」
「はい、すぐに」
さっきの鎮魂の儀の労いか?でもそれなら、代表のギルバート司教様に伝えれば済むことなのに…。
応接室のドアをノックし、中から返事が聞こえたのでドアを開けると、礼服に身を包んだフレイマ辺境伯がソファに座って窓の外をじっと見つめていた。昼を過ぎた空は、朝の清々しい天気が続いている。
「お待たせしました、フレイマ辺境伯」
僕がドアの前で一礼し、フレイマ辺境伯に促されて向かいのソファに座ると、しばし沈黙が流れた。フレイマ辺境伯の後ろにハリストン司教様も控えていたが、彼もまた口を開こうとしない。しばらくフレイマ辺境伯の顔を見つめていると、それまで伏し目がちだった彼の瞳が、僕を射貫くように捉えた。
「先ほどの慰霊式での鎮魂の儀、ご苦労だった。君の歌で、あの場にいた者は皆慰められたことだろう」
「痛み入ります」
やはり労いを言いに来ただけかと思っていたら、フレイマ辺境伯は続けて言った。
「…実は、ユイ殿に折り入ってお願いがある」
「何でしょう?」
「今夜、君の身体と時間を、私にくれないか?」
「……はい?」
フレイマ辺境伯の言っていることが理解できず、思わず無礼な態度を取ってしまった。僕が「あっ、えっと…」と取り繕いながら頭の中で次の言葉を探していると、ハリストン司教様が慌てたように咳払いをしながら間に入ってくれた。
「グエン様。そのようなお言葉では、あらぬ誤解を招いてしまいます」
「ん?何か変なことを言ったか?」
「もっと言い方というものが…。はぁ…ユイ殿、私から説明しましょう」
ハリストン司教様は溜息交じりに、フレイマ辺境伯に代わって話し始めた。
フレイマ領では毎年、追悼祭と称してランタンを空に放つという風習があるらしい。死者の安息と、"世界"に迷わず還れる道しるべとなるようにという願いを込めて、初代フレイマ辺境伯が行ったことが始まりなのだという。
「その追悼祭に、ユイ殿にもぜひ参加いただきたいのです」
「よろしいのですか?僕のような余所者が参加して」
「もちろんだ。どうか彼らのために、祈ってほしい」
フレイマ辺境伯が悲痛な面持ちで言った。もしかしたら、彼の心はまだ癒されていないのかもしれない。自分の力を過信していたわけじゃないが、力が及ばなかったと思うと、なんだか申し訳なくなってしまう。
「では、謹んで参加させていただきます」
僕は胸元に忍ばせていた<最後の救済>に手を添え、二人に会釈しながらそう応えた。
日没後、フレイマ辺境伯の馬車で会場となる国境の防壁に到着すると、既に多くの人が集まっていた。慰霊式に参加していなかった人たちは、こちらで追悼祭の準備をしていたようだ。街から防壁までは大人の足で数時間かかる距離だが、この日のために必要なものを事前に運んでいたらしい。
集まった人たちは、大小さまざまな大きさのランタンを持っていた。特殊な紙で作られているそれは、一定の高さまで飛ぶと、灯した火で跡形もなく燃え尽きてしまうらしい。そしてランタンには、火炎系の魔法を得意とするフレイマ辺境伯が火を灯すそうだ。
「君に見てほしい場所がある」
そう言われて、前を歩くフレイマ辺境伯の背中を追っていると、観音開きの大きな門の前に着いた。フレイマ辺境伯は、門番をしている騎士に向かって何かを伝えると、門のそばにある脇戸を開いて僕を招いた。
脇戸の外の光景を目にして、僕は息を呑んだ。広大な草原の至るところに剣が突き刺さり、防壁にかけられた松明の光を受けて輝いていた。それはまるで、死んでいった騎士たちの墓標のようだった。
「ここが、此度の戦場となった国境だ」
辺り一帯に淀んだ魔力が漂い、その魔力の中には悲愴感にまみれた想いが混じっていた。今朝の慰霊式で僕がやった鎮魂の儀は、生者のためだけに行った、形式的で無意味なものであったと、まざまざと突きつけられた。
そうか……。ここが、本命だったんだ…。
スキルを発動していないのに、僕の中に残留思念が流れ込む。感受性が強いのは<言霊>を持つ者の特性らしく、他者の想いを感じることはこれまで何度もあった。それでも、ここまで辛いと思ったことはない。
〝おいていきたくない〟
〝もっと一緒にいたい〟
〝最後に、もう一度会いたかった〟
家族や恋人、友人に対するそんな想いが、ここには溢れかえっている。流れ込んでくる彼らの想いはあまりにも悲しく切なかったが、その根底にあるのはどこまでも深い愛だと分かる。その想いを胸の中に抱え込むことができず、僕は涙が止まらなかった。
愛する人を残して逝ってしまった人たちは、こんな想いを抱えていたんだ……。
その場から動けず空を仰ぐと、いつの間にかランタンが放たれ、無数の温かな光が闇夜を灯す美しい光景が広がっていた。僕には歌うことしかできなかったけど、残された人たちの想いが、志半ばで旅立ってしまった彼らへ届くよう、力の限り調べに乗せた。
〝あなたとの思い出は、決して消えない。あなたの想いは、この胸で生き続ける。だから安心して。いつかまた、あなたと巡り会えると信じて精一杯生きるから、どうか、この道の先で待っていて。〟
彼らの想いが、昇華されますように……。
そう祈りながら歌っていると、草原から幾千もの淡い光が浮かび上がり、ランタンを追うかのように夜空に舞い上がった。何故か僕には、それがこの地に留まっていた、昇華されゆく"想い"であることが分かった。
その幻想的な光景に見入っていると、急に胸元が熱くなり、僕は<最後の救済>を取り出した。その中身は、<世界樹>が放つ光と同じ色に輝く結晶で満ちていた。
今なら、願いを叶えてくれるかな……?
かつてないほどの疲労感で膝をつき、薄れゆく意識の中、僕は<最後の救済>を両手で握りしめ、強く願った。
どうか、僕を───。
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