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最終章
109 -ルークside- ㊺
しおりを挟む次にユイを見たとき、彼は護衛騎士に抱きかかえられ、まるで死んだように眠っていた。
転移魔法陣の光に包まれ、笑顔で西方辺境伯領に向かう姿を見送った時は、ユイがこんな状態で戻ってくるなんて想像できなかった。旅立った時と同じように、また笑顔で帰ってくる。そう信じていた。
いや、ただそう信じ込もうとしていたんだ。
大聖堂でユイを見送った後モーリス大司教に辞去を告げ、俺は邸に戻ってユイの帰りを待つことにした。予定では明日の朝に大聖堂に帰還することになっている。それまでに、製作途中のものを完成させようと考えていた。
自室に転移すると、なぜか姉さんがソファで優雅にティーカップを傾けていた。
「手記のことはもう報告したのに、なんで俺の部屋で寛いでいるんだ?」
「ここで茶を飲むのは不本意だが、お前に一言言うためだ。ユイは西方辺境伯領へ発ったんだろう?ならば、彼が帰ってくるまで、お前もやるべきことをやれ」
今日から三日に渡って開催される、王家の夜会への参加を促しているのだろう。姉さんの言う『やるべきこと』について考えたくもなかったが、収穫祭までに一度謁見に行く約束を、なんだかんだあってすっぽかしてしまった負い目もある。
「…はぁ。今夜の夜会は参加する。でも、明日以降は出ない」
「それで許してやる、優しい姉に感謝しろ」
そう言い残して、姉さんは部屋から出ていった。憂鬱だが、それが王都へ一緒に転移する条件だったから仕方ない。それに、ユイの帰りを悶々としながら待つよりは、いくらか気がまぎれるかもしれない。
自分にそう言い聞かせながら、俺は時間が来るまで錬成室に閉じこもった。
夜会では想像以上に神経を削がれた。姉さんと一緒に会場に入り、方々に挨拶をしてまわって、国王と王妃に謁見する。そこまではよかった。しかし、姉さんと別行動となった途端、令嬢たちに取り囲まれ、帰りたくても出口になかなか近づけなくなった。辛うじて平静を装うことはできたが、彼女たちの話は全く頭に入ってこなかった。社交経験を積んでいたら、まだ上手く受け流せたかもしれないが、貴族らしいことをしてこなかった俺には到底無理な話だ。
それでも何とか令嬢たちを捲き、テラスに逃げ込んで一息ついていると、モーリス大司教が微笑みながら近づいてきた。
「楽しんでおるかな?クイントス伯爵令息。何やら随分と、ご令嬢たちに追いかけ回されていたようだが」
「楽しんでいるように見えますか?ユイが心配で仕方がないのに…」
アスターのことを知って以降、ずっと不安が付きまとっている。エリクサーの準備はしているが、もしユイが遠い西の地で命を落としてしまったら、どうすることもできない。
「今は、信じて待つしかあるまい」
モーリス大司教が空を仰ぎながら言うと、突然テラスに焦った様子の男性が出てきた。男性はモーリス大司教に駆け寄り、小声で何かを伝えている。大司教の目つきが変わり、「すぐに…」と呟いたのが聞こえた。
「クイントス伯爵令息、今エリクサーは持っておるか?」
「はい。どうか…したんですか?」
何だか、胸騒ぎがする……。
「西方辺境伯領に向かったギルバート司教から、これから転移魔法具で戻ると一報が入った」
「帰還は明日のはずでは?」
「どうやら、懸念していた事態になったようだ」
背中にぞわりと悪寒が走った。嫌な汗が背中を伝い、身体がわななく。
まさか…、ユイに何か……。
モーリス大司教がその場で転移魔法陣を展開し始め、俺は急いで彼の肩に手を置いた。警備上、王宮内で魔法が使える者は限られている。それなのに事もなげに魔法を使う彼は、どれだけ王家の懐に入り込み、信用を得ているのだろう。
転移した先は大聖堂の祭壇近くだった。交差部には転移魔法陣が描かれたカーペットが敷かれ、その脇に司教服に身を包んだ初老の女性と、医術師の格好をした男性が立っていた。
<レジウム大聖堂>には三人の司教が存在する。西方辺境伯領に派遣されたギルバート司教は儀式や典礼といった教務を担当する司教で、ここにいるロマティア司教は他国の教会との外交を担当する司教だ。
「モーリス大司教。ご指示通り、医術師にも来てもらいました。間もなく、ギルバート司教が転移して参ります」
「迅速な対応に感謝する、ロマティア司教」
二人が言葉を交わしていると魔法具に描かれていた魔法陣が光を放ち、人影が舞い降りた。今朝も見たギルバート司教と教会所属の護衛騎士、そして、護衛騎士に抱きかかえられたユイの姿だった。
「ユ…ユイ……?」
俺はユイに近づいて頬に触れた。眠っているだけのように見えるのに、頬も手も冷たく、生気がまるで感じられない。その姿に、心臓が握り潰されたような感覚を覚えた。
「儀式で魔力が枯渇寸前の状態です。アーロ殿が応急処置として魔力を分け与え、エーテルも使用しましたが、一向に回復しません。あちらの医術師の見立てでは、魔力器官が激しく損傷していると…」
護衛騎士がユイを床にそっと降ろすと、すぐさま医術師が診察を始めた。ユイに手をかざして魔法陣を展開し、身体の細部まで診ている。
「確かに、魔力器官の損傷が激しい。このままでは……」
ダメ…ダメだ……。俺のところに、必ず帰ってくるって約束したのに。
だから俺は、ユイの言葉を信じて、手を離したんだよ…?
視界が滲んで、ユイの顔が見えなくなっていく。ユイの手を握っても、冷たさだけしか伝わってこない。
「クイントス伯爵令息!エリクサーを!」
呆然としていた俺の肩を強く掴んで、モーリス大司教が声を荒げた。俺はハッとして、急いでベルトに着けたマジックバッグからエリクサーを取り出し、医術師に差し出した。
「っ、これを!ユイの身体に流し込んでください!」
「は、はい!」
医術師は俺から受け取った小瓶を開けると、魔法で薬液を霧状に変化させてユイの鼻元にあてた。意識がない患者にこうやって薬を投与するのは、医術師なら必ず習得している基本的な医療魔法だ。
霧状になったエリクサーは、ユイのわずかな呼吸に合わせて少しずつ身体に吸い込まれていった。すると、さっきより頬に赤みがさし、手に温かさが戻ってきた。再び医術師がユイに手をかざして魔法陣を展開すると、感嘆するように言った。
「万能薬の噂は聞いていましたが…まさか、これほどの効果があるとは…」
「そんなことより、ユイは大丈夫なのか!?」
俺が声を荒げると、医術師は我に返った様子で返事をした。
「はい。損傷部分は完全に治癒しています。その他、身体のどこにも異常は見当たりません」
その一言を聞いて、俺は全身の力が抜けた。こうやってユイの命を助けることができて、ユイと離れていたこの一年は無駄ではなかったと思えた。
俺がユイを抱きかかえて帰ろうとしたら、モーリス大司教に公邸に運ぶよう提案してきた。ユイが目覚めたとき、すぐにでも話を西方辺境伯領でのことを聞きたいのだろう。それならギルバート司教の報告だけでもいいのではとも思ったが、今は早くユイをベッドに寝かせたい。
モーリス大司教の提案を受け入れ、彼の転移魔法で公邸に移動した。以前ユイが滞在していた部屋に案内され、ベッドにゆっくりユイの身体を横たわらせた。そして俺は、そのまま付き添い続け、ユイの手を握りしめて眠る顔を見つめながら目覚めるのを待った。
しかし夜が明け、その日の日没を迎えても、ユイは目を覚まさなかった。
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