【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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<プロローグ>

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『……これ以上のことは、君が大人になってからね』

 ──今でさえ辛そうな顔してるのに、そんなに待てるの?

『ふふっ。だから早く大人になって……』

 ──うん。待ってて。


理人りひとさんとの最後の会話は、今でも鮮明に憶えてる。
互いの肌の温もりを感じながら耳元で囁き合ったあの時を思い出すと、今でも腰の辺りに甘い疼きを感じる。

暗い部屋の中、心地良い雨音を聞きながら交わした言葉。
二人以外に誰もいないのに囁くように話していたのは、慰め合いでの快感と余韻が残っていたからかもしれない。



10歳の時に両親を交通事故で亡くした後、ピアノ教室を営む伯母夫婦に引き取られた。伯母は塞ぎ込んでいた僕を元気づけるために、ピアノや歌をたくさん教えてくれた。でも、一番近くで励まし続けてくれたのは、5歳年上で従兄弟の理人さんだった。
理人さんは両親の死を受け入れられない僕に寄り添って、見放さず温もりを与え続けてくれた。そんな彼に対して恋心を抱くのに時間はかからなかった。
 そして15歳の誕生日の夜──。

ゆい、好きだよ。──愛してる』

涙がとめどなく溢れた。
伝えることも捨てることも出来なかった想いを、まさか理人さんからもらえるなんて思っていなかったから──。
僕も同じだと告げたら、蕩けるような笑顔で力いっぱい抱きしめられた。
想いが通じ合った後の日々は、幸せに満ちあふれて怖いくらいだった。



けれど、理人さんとの別れは突然訪れた。
大学の冬期休暇中に遠方でバイトをしていた理人さんは、その日、僕がまだ眠っている早朝に車で家を出ていた。
「いってらっしゃい」ができなかったから、帰ってきたら一番最初に「おかえり」を言おう。そう思っていた矢先、伯母さんのスマホの着信音が鳴った。

『ご家族が交通事故で、病院に搬送されました──』

警察の話によると、対向車のスリップに巻き込まれたことが事故原因らしい。その日は前夜から降り続いた雨と低い気温、更に現場が橋の上だったため非常に滑りやすい状態だったそうだ。即死状態だったらしく、救急救命士や医師は必死に蘇生を試みたが、理人さんは戻ってこなかった。
横たわる理人さんを見た瞬間、心臓を握りつぶされたような衝撃で息ができなかった。身体の至るところに巻かれた包帯は、事故の凄惨さを物語っていた。

葬儀には多くの弔問客が訪れ、涙を流している人も多くいた。


たくさんの人に慕われていたんだなぁ………。


焼香をあげる人々を見ながら、そんなことをぼんやり考えていた。

葬儀が終わって日常に戻った後も、どこか取り残された気分だった。
最愛の人がいなくなっても、いつもと変わらず世界は回っている──。どうしようもないその事実が、恨めしくて堪らなかった。
いっそのこと自分の時を止めてしまおうかと思ったこともあったけど、彼は絶対にそんなことを望まない。その考えが僕を何とか踏みとどまらせた。



理人さんがいなくなって3年。僕は18歳になった。
彼がいなくなったこの世界で生きることは耐えがたい苦痛で、たった3年なのに途轍もなく長く感じた。
ようやく高校を卒業して大人になれる。その日の空は雲一つなく晴れ渡り、新しい門出を祝福しているようだった。

何の思い出もない学び舎での卒業式を終えて帰宅すると、伯母さんが話があるからとリビングに呼び出された。

「理人の部屋を整理していたらね、これが出てきたの。あなたが高校を卒業したら渡そうとしていたみたい」

差し出されたのは片手に収まるほどの小さな箱。くくられたリボンの隙間にメッセージカードが挟まっている。それを見た途端、早鐘のように鼓動が激しくなった。


 "For my dear YUI"


「あなた達の関係は薄々気がついてた。あの子、大学に入ってからバイトを頑張ていたじゃない?きっと結くんにこれを贈りたかったのね」

伯母さんは箱の中身が何なのか分かっているような口ぶりだった。動けないでいる僕の手を取って、伯母さんは両手で包み込むように箱を握らせた。

「理人の想い、受け取ってくれる?」

優しく微笑んでくれた伯母さんに僕はただ頷くことしかできず、部屋に戻って茫然と受け取った箱を見つめていた。

どれくらい時間が経ったのか、外は薄暗くなっていて、あんなに晴れていた空からは雨が降り注いでいた。意を決して箱を開けると、中から出てきたのは銀色の指輪だった。
震える手で指輪を手に取りおもむろに眺めていると、内側に何かメッセージが彫られているのに気がついた。


 "Only you" ─────────『ただ、あなただけを。』


 今まで抑え込んでいた感情が堰を切ったように溢れた。
 どうしようもない衝動に突き動かされて、気が付けば9本の白薔薇の花束を手に事故現場の橋の上に立っていた。
 橋の中央付近の歩道には献花の跡が残っており、僕はそこにゆっくり花束を添えた。
 腰ほどの高さの欄干に座って曇天を見上げると、雨が顔全体に降り注いで自分が涙を流していたのかもわからなくなる。


「ねぇ、理人さん。……僕、大人になったよ」

 降り注ぐ雨は止む気配がなく、彼に手向けた白薔薇の花弁に雫を散らしている。

「だから……もう、────いいよね?」


 目を閉じて力を抜くと、身体が後ろに向かってふわりと浮いた。
 下からは激しい水音が聞こえていたはずなのに、急に別の空間に入り込んだように静かになった。



『────ユイ!!』



 ふいに、どこか遠くから僕を呼ぶ懐かしい声が、聞こえたような気がした──。




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