【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

12

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夕食では、僕のささやかな歓迎会が開かれた。僕が来る前の孤児院や村での出来事、子ども達のエピソードなどをみんな楽しそうに語ってくれた。
そうして食事の時間はあっという間に終わり、子ども達は入浴時間になった。小さい子から先に済ませるため、僕の番までしばらく時間が空く。

「司祭様。礼拝堂に入りたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、構わないよ。もう暗くて危ないから、ランプを持っていきなさい」
「ありがとうございます。それと、もう一つお願いが──」


ランプを手に取り、僕は教会の裏口に向かった。この時間帯は、表の出入口は施錠されるため、裏口の鍵を借りてそこから礼拝堂に入った。
今朝初めて入った時から気になっていたのだ。祭壇の脇に置いてあったピアノが……。
司祭様の使用許可はもらったし、隣接してはいるが扉や窓を閉じていたら、孤児院の方に音が届くこともないだろう。
僕はピアノ椅子に座って鍵盤蓋を上げた。いくつか鍵盤を押すと、澄んだ音が礼拝堂に響いた。

久しぶりに触るけど、指動くかな?

僕は練習曲として、よく弾いていた曲をゆっくり奏でた。こんな静かな月明かりの夜にぴったりの曲だ。
一番ピアノを弾いていた頃には劣るけど、思いのほか指が動いてほっとした。伯母さんの指導が無駄になっていないようだ。

……伯母さんたち、僕がいなくなった後どうしただろう?僕のことは気にせず、元気に過ごしてくれるといいけど……。

──考えたって、僕には戻る術がない。それならもっと、これからの事を考えよう。ここでは、心穏やかな時間を過ごせるかもしれない…。
今日は子ども達と一緒に過ごして、とても楽しかった。きれいな景色も見られたし、美味しい食事もとれた。そうして振り返えると少し気持ちが軽くなった。

もう一曲弾こうかな?今日の出来事を振り返るのにいい曲がある。
原曲はギターを主体としているけど、ピアノ向けにも編曲してある優しい曲だ。

この曲を弾いていると、自然と歌いたくなる。語りかけるような歌詞はどことなく子守唄のように聴こえる。

「素敵な曲だね」

驚いて顔を上げると、祭壇の近くにルークが立っていた。月明かりに照らされた銀色の髪がキラキラ輝いている。

「ユイってピアノが弾けたんだ?」
「あっ…、うん。そんなに上手くはないけどね」
「充分上手いよ。それに歌も」

歌も聴かれたのは、さすがに恥ずかしい。

「ねぇ、他にも何か歌ってよ」
「……歌は恥ずかしいから、もっと練習したらね?ピアノならいいよ」
「じゃあ、ユイが好きな曲をお願い」

好きな曲か……。それなら、前に動画サイトで見つけたあの曲にしようかな。2人の男性が、ろうそくに火を灯して語らう夜の情景の画像と一緒に流れる曲が、どこか幻想的で印象に残っていた。今の状況にちょっと似ている。

ルークがピアノに近い長椅子に座ると、僕は演奏を始めた。
時折切なさを感じる部分もあるけど、全体的にゆったりと落ち着いた旋律の曲だった。

弾き終わると、ルークは僕の隣に座ってそっと肩を寄せてきた。このピアノ椅子はギリギリ2人で座れる大きさだ。その近い距離に、ルークから仄かに石鹸の香りを感じる。

「今のも素敵な曲だった。でもなんだか、少し切ない感じがしたね」
「……うん、僕もそう思う。うまく言えないけど…、叶わない想いを抱いている相手を密かに見つめて、ささやかな幸せを感じるような……。そんなイメージ」

鍵盤に手を置いて曲のイメージを伝えていると、ルークは僕の甲に自分の手を重ねて、そっと指を絡めてきた。

「……っ!!?」
「ユイの指って、細くて長くて…キレイだね」

急に手を握られただけでも驚くのに、そんな口説くようなことを言われたら心臓がどうにかなってしまう!
でもルークは単純に思ったことを言っただけで、そんなつもりはないかもしれない。
ここは落ち着いて、冷静に対応しないと………。

「ありがとう、ルーク。曲も、喜んでもらえたなら嬉しいよ」

火照った顔はどうにもできなかったけど、笑顔で言えたと思う。ルークは僕をじっと見つめたあと、笑顔を見せてくれた。

「……あ、そうだ俺、ユイにお風呂が空いたことを伝えに来たんだった」
「そうだったの?ありがとう、すぐ行くよ」


礼拝堂を出て孤児院へ戻る途中、なんだか気まずくてルークに話しかけられなかった。すると、着替えを取りに部屋に入ろうとしたところで、ルークが声を掛けてきた。

「ユイ、待って。髪が解けかけてる」

ルークは僕の髪を結っていた白詰草を、優しく解いてくれた。瑞々しさのなくなった茎はスルッと滑り落ち、まとめていた髪がはらりと広がった。

「これは俺が処分しておくよ」
「ありがとう」
「どういたしまして。おやすみ、ユイ」
「うん、おやすみ」

ルークはそう言って、僕の向かい側にある自室に入っていった。それを見送って、僕も着替えを持って浴室に急いだ。
孤児院の浴室は教会のような簡易的な造りではなく、少し広めで2、3人入れるほどのスペースがあった。恐らく、小さな子ども達が一緒に入れるように設計されたんだろう。シャワーや浴槽は元いた世界と大きな違いはなく、シャンプーや石鹸も備え付けられている。
院長や司祭様が次に控えているため、僕は手早く全身を洗った。

そういえば結局、白詰草の"幸運"以外の花言葉が分からず終いだったな……。

浴室を出て自室に戻りながらぼんやり考えていると、階段の踊り場で院長と出くわした。リリィとアリスの寝かしつけた帰りらしい。

「あらユイ。お風呂が終わったのね」
「はい、お先にいただきました」
「湯冷めしないように、早めにベッドに入るのよ?」
「分かりました。…あっ、院長」
「ん?なぁに?」

院長ならもしかしたら……。

「白詰草の"幸運"以外の花言葉ってご存じですか?」
「ええ。確か"約束"だったわ」
「…そうなんですね」

それを聞いて、ますますルークの言葉の意味が分からなくなった。

「それと、もう一つ…"私を思って"」

…………えっ?

思考がフリーズしている僕を見て、院長が心配そうに声をかけた。

「ユイ?どうしたの、大丈夫?」
「あっ、だ、大丈夫です!すみません、変なこと聞いて。ありがとうございました。おやすみなさい」

院長をその場に残して、僕は自室に駆け上がりベッドにもぐり込んだ。ルークの言葉の意味が分かった気がして、否応なくリフレインする。


『俺は、ユイのことを想っているよ?』


きっとルークは揶揄って言っただけだ。真面目に取り合っちゃいけない。
こんなに鼓動が早いのも、こんなに顔が熱いのも、きっとお風呂上りのせいだ……。

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