【完結】あなたのいない、この異世界で。

Mhiro

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第一章

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昨夜もいつの間にか眠りに落ちていて、目が覚めたのは東の空が白む夜明け前だった。
着替えを済ませて部屋を出ると、院内はシンと静まりかえっている。子ども達はまだ眠っているようだ。
僕は足音をたてないように子ども達の部屋の前を通り抜け、ダイニングに向かった。

ダイニングには既に院長と司祭様がいた。院長は調理器具の準備をしていて、司祭様は紅茶を飲んでいる。

「おはようございます。司祭様、院長」
「ああ、おはよう。今朝も早いね」
「おはよう、ユイ」
「院長、手伝います」
「ありがとう。じゃあ、野菜を洗って皮を剝いてくれる?」

作業台で皮を剥いていると、勝手口からノックが響いた。

「あら、こんな早くに誰かしら?」
「僕が出ます」

作業を止めてドアを開けると、そこに立っていたのはアランだった。

「アラン?どうしたの、こんな朝早く。いつも午後に来るんじゃあ…」
「あ──…、おはようユイ。今朝取れた野菜が結構あったから、よかったらどうかと思って……」

アランは歯切れ悪く言いながら、アスパラガスの入ったカゴを差し出してきた。

「わぁ…!わざわざありがとう。子ども達も喜ぶよ」
「それと、これも……」

もうひとつ渡してきたのは、ネモフィラを集めた小さな花束だった。鮮やかな青の花びらはまだ瑞々しい。

「歩いていたら、咲いているのを見かけたから──」

ちょっとぶっきらぼうに言うのは照れ隠しなのだろう。彼は普段からこういう事をするのに慣れていないみたいだ。その不器用な姿が、なんだか可愛く見えた。

「ふふっ、ありがとう。さっそく飾らせてもらうね」
「おう。じゃあ、もう仕事に戻らねぇと。また昼に来るから」
「うん。いってらっしゃい」

アランは足早に去っていった。
受け取った野菜と花束を持って振り返ると、院長と司祭様がじっとこちらを見ていた。

「…どうかしましたか?」
「いえ、なんだか初々しいなと思って。そこに丁度いい花瓶があるから使って」

院長がニコニコ顔で答える。それに比べ、司祭はちょっと複雑な表情を浮かべている。

がここにいなくて良かったかもな……」

そうつぶやくと、再び紅茶を口にした。
僕は司祭様が誰のことを言っているのか分からなかったが、ひとまずネモフィラを小さな花瓶に挿して、作業を再開させた。


「おはようございます」

スープが出来上がったころに、ルークがダイニングに入ってきた。一晩経って冷静になれたおかげか、彼の顔を見ても動揺することはなかった。
僕は司祭様と院長の後にあいさつを返すと、ルークはダイニングを抜けてキッチンに入ってきた。そこで彼は作業台に置いていた花に気づいた。

「きれいなネモフィラだね。摘んできたの?」
「ああ、これね。さっきアランが持ってきてくれたんだ」
「………アランさんが?」
「うん」

ルークはなぜか眉間に皺を寄せて、花を凝視している。何かまずいことでも言ったかな…?

「……ルーク?どうかした?」

恐る恐る尋ねてみたら、ルークはいつもの表情に戻った。

「…どうもしてないよ。ユイはネモフィラは好き?」
「うん、好きだよ。花びらが鮮やかな青できれいだよね」
「じゃあユイは、青が好きなんだ?」
「うん。特に空のような澄んだ青色が好きかな」

するとルークは軽く目を見開いて、徐々に表情が明るくなっっていった。心なしか頬も紅潮している。

「……そうなんだ」

そこで子ども達が入ってきて、ルークとの会話が途切れた。その後も、ルークはどこか嬉しそうな顔をしていた。



「ユイ。よければ次の礼拝の日から、ピアノを弾いてくれないか?」

朝食が終わり、礼拝堂の掃除をしていると司祭様がそう頼んできた。

「僕がですか?あまり上手く弾けないですけど…」
「今まではルーシーが弾いてくれていたんだが、以前から単調な曲しか弾けないことが心苦しいと言っていてね。それに、ルークが言っていたよ?ユイのピアノはとても情緒に溢れていて、心に響くってね」

ルーク……。そんなもち上げるようなこと言ったの?久しぶりで全然上手く弾けてなかったあのピアノを?

「ここはルーシーを助けると思って」
「そう言われると断れません。──分かりました。それなら、今後も夜のピアノの使用を許可していただけませんか?」
「ああ、もちろん。夜だけと言わず、時間が空いた時はいつ弾いても構わないよ」

こうして僕は、週に一度行われる礼拝の日にピアノを弾くことになった。この世界の楽譜は、元いた世界のものと基本的な形は同じだ。ただ強弱記号や速度記号、アーティキュレーション記号といった表現記号がなかった。これだと弾き手によっては、だいぶ違う曲になるかもしれない。

とにかく、次の礼拝の日まで時間がないから、できるだけ練習しよう。

その日から、夜はピアノを弾く時間になった。
そして、それがルークと共に過ごす密やかなひと時となることを、この時の僕はまだ知る由もなかった。

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