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第一章
<閑話>
しおりを挟む礼拝の日の前夜──。
いつもは入浴前に練習を切り上げるが、明日が本番ということもあって、もうひと踏ん張りしようと入浴後にも礼拝堂に向かった。
どれくらい時間が経ったのか、ピアノを弾き続けているとランプの灯りがふっと消えた。側にあった唯一の光が消えて一瞬で暗闇に包まれたが、目が慣れていくにつれ周りが見えるようになると、礼拝堂の中は月の柔らかな光が降りそそいで思いのほか明るい。
ロウソクが切れちゃったか。でも今夜は満月で雲も出ていないから鍵盤も見えるし、灯りがなくても問題ないか。
練習を再開しようとしたら、扉の方でカタンと音が鳴った。
「ユイ?」
礼拝堂に入ってきたのはルークだった。
「部屋に行ってもいないから、もしかしたらと思って来てみたら…」
「ルーク?どうしたの、こんな遅くに…」
「ユイがいつも使ってたランプのロウソクが切れそうだったから、渡そうと思って。やっぱり消えちゃってたね」
「わざわざありがとう。でも今夜は満月で明るいから大丈夫……」
「危ないからダメだよ」
ルークはランプの側に替えのロウソクを置くと、ピアノに一番近い長椅子に座った。
「それにそろそろ切り上げないと。明日は礼拝の日でしょ?」
「──そうだね。それじゃあ、あと1曲だけ」
月の光だけになった礼拝堂を見ていて、弾きたくなった曲がある。その曲はピアノで弾けるよう編曲されているが、元はボーカル曲だ。
……ちょっとだけ歌っちゃおう。ルークには一度聴かれているし、今更だよね。
静かに始まるイントロ部分と、愛しい人を想いながら歌う少し切なさを含む優しい旋律が好きで、元いた世界でもたまに弾いていた。
──そういえば、理人さんもこの曲が好きだったな……。
弾き語りをしていると理人さんとの思い出があふれて、涙がこみ上げてきた。この数日、あまりに非現実なことが起こり過ぎて、悲しみに浸るどころじゃなかったから……。
弾き終わっても、ルークが声を掛けてこない。いつもなら感想を伝えてくれるのに。
急いで涙を拭ったけど、もしかして気づかれたかな?この暗さなら涙なんて見えないし、声は震えてなかったと思うけど………。
するとルークが僕の方に歩み寄って、目元に残った涙そっとを拭ってくれた。
「──俺がそばにいる。だから、泣かないで……」
どうやら気づかれていたらしい。当然かもしれない。僕にもルークが悲しそうな顔をしているのが見えたから。
寄り添うように隣に座ったルークの気遣いと優しさが嬉しくて、つい彼の頭を撫でてしまった。月の光を浴びて輝く銀髪は、とても滑らかでずっと触れていたくなるほど柔らかい。
「……ありがとう、ルーク」
するとルークは、いつかの時と同じように、頭を撫でる僕の手に自身の手を重ねて、そっと指を絡めてきた。そしてそのまま自分の頬に僕の手のひらをゆっくりと滑らせ、唇を寄せた。
リップ音をたてながら少しずつ唇を当てる場所をずらし、やがてそれが手首に迫る。長く続いた唇の柔らかな感触の後に、甘い痛みが走った。
最後のリップ音が空気に溶けると、ルークが流すように視線を向けた。その空色の瞳に艶やかさを感じて、僕の心臓が一瞬跳ねた。
「……おまじない。明日、上手くいくように」
妖しく微笑むルークを見たあと、どうやって自室に戻ったのか記憶がない。
ただ、翌朝目が覚めた時、手首に鮮やかな紅い花が咲いていたことに気づいて、昨夜のことは夢ではなかったと嫌でも自覚させられた。
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