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第一章
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しおりを挟む僕がこの世界に来て半年程が経った。
教会と孤児院の手伝いを始めてから、午前は掃除や洗濯、学習をして、午後は子ども達と遊んだり、教会に時々訪れる村の人たちの話し相手するという生活リズムができた。
また、礼拝の日にピアノを弾くようになってから、村の人たちが教会を訪れることが多くなった。
僕はこの世界に元々ある曲と、僕が元いた世界の曲を1曲ずつ礼拝の日に弾く。村の人たちは、僕が元いた世界の曲がとくに好きらしい。だから来る度に、何か1曲弾いてくれと頼んでくる。
そして、夜は礼拝堂でピアノ練習をする。
ルークの"おまじない"を受けたあの日から、夜にピアノを弾くときは必ずそばに彼がいた。しかも数曲弾いたあとは、決まってピアノ椅子に一緒に座る。そのことに今ではもう違和感を感じなくなった。
「髪、伸びたね」
今夜も数曲弾き終わってピアノ椅子に移動してくると、ルークが僕の髪に触れながら言った。この世界に来た時から少し長かったが、この半年間は前髪以外切らなかった。だから今では、肩をこえるくらいまで伸びている。
「リリィやアリスが結いたがるからね。長い方がいいかと思って」
今日は髪を一束にまとめて、左側に垂らしている。そして結び目には、もれなく花も挿してある。
「綺麗だよ」
おくれ毛を耳にかけると、ルークはこめかみにキスをした。
あの夜を境に、ルークはふたりきりになると、それまで以上に僕に触れるようになった。触れるといっても手や頬といったごく一部で、それはキスも同じだ。
初めこそ戸惑ったが、今では一般的なスキンシップだと思って受け入れている。実際、リリィやアリスもしてくるし。
はっきり想いを告げられたわけじゃない。…それに、僕は──。
「ユイ?どうかした?」
「…ううん。もうすぐ収穫祭じゃない?その日の礼拝ではどんな曲を弾こうか考えてて…」
当たり障りのない返事をしてしまった。でも収穫祭のことを考えていたのは本当だ。
この国では秋になると、その年の収穫に感謝して次年の豊作を祈るお祭りが街や村で開かれる。この村でも毎年、お昼に<世界樹>へ祈りを捧げたあと、各家庭で作った料理を広場に持ち寄って夜遅くまでお祝いするらしい。
孤児院では毎年、中庭で育てた野菜を使ってクッキーやパイを作るそうだ。
「収穫祭までまだ時間はあるから、ゆっくり考えたらいいんじゃない?」
「そうだね。司祭様にも相談してみる」
そこで、今夜の練習を終わりにした。鍵盤蓋を降ろして立ち上がろうとしたら、ルークが手を差し出してきた。
これもあの日の夜を境に、習慣になったことの一つ。ここで僕が手を取るとルークは指を絡めて、孤児院に入るまで離さない。だから変に抵抗せず、いつもルークの動きに合わせている。
ルークの隣に並んで歩くと、この半年の間で16歳になった彼が、どれだけ成長したかが分かる。会ったばかりの頃は目線の高さが僕より下だったけど、今はそれほど変わらない。
これからもっと背も高くなるんだろうな……。
「さっきからずっと上の空だね?」
いつの間にか、孤児院の裏口の前に立っていた。
「あぁ、ごめん。ルークも背が伸びたなぁって思って」
「ふふっ、すぐユイを追い越すよ」
「それは……嬉しいような、寂しいような…」
横並びに立っていた身体をくるりとこちらに向け、ルークは小首を傾げた。
「俺が大きくなるのは嫌?」
「まさか!成長が早くて感慨深いだけ」
ルークは繋いでいた手を外し、僕の指先をそっと持ち上げて弄りながら溜息をついた。
「……早く大人になりたい」
ルークが何を思ってそう言ったのかは分からないけど、気持ちは分かる。僕もあの頃はそうだったから。
「焦ることはないよ。子どもでいられるのは今しかないんだから、楽しまなきゃ」
「ユイだって俺とそんなに変わらないだろ?」
「それでも、僕はもう"大人"です」
ちょっと揶揄うように言ったら、ルークがむっとしたような表情を見せた。
すると、おもむろに僕の指先に唇をあてて、ゆっくり咥むようにキスをした。
「大人なんだから、これくらいの子どものイタズラは許してくれるよね?」
「……っ、ルーク!」
僕の顔に熱が集まっているのを見てイタズラが成功したとばかりに、ルークは嬉しそうな笑い声を上げて裏口のドアを開けた。
こういうイタズラは心臓に悪いから、本当にやめてほしい。
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