僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

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7 「っ、閨教育…?!」

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朝、嫡男殿下が自室に居ないのは毎日の事だ。

仕事がしたくなくて逃げる嫡男殿下を従者たちが探すお決まりの流れ。

いつもはすぐに見つかるのだが…それから三日三晩捜索しても殿下は見つからなかった。

元々彼の愛する町娘の事を知っていた上層の官吏や騎士達は、何故殿下が消えたのかを手に取るように理解しただろう。

「ならもう、その庶民の女性は側室に置けばよかったんじゃないの?」

嫡男殿下が駆け落ちした、と事の顛末を聞いた僕はブラウンにそう伝えた。

「殿下はそれを固く拒まれております、もしどうしても庶民の女を伴侶に宛てがうのなら…王位継承権は破棄して頂き、アン殿下を王位にという流れになっていたでしょう。王位継承を諦め王宮で扱き使われるならと、今頃森の小屋にでも逃げ込んで狩りに明け暮れていらっしゃるのでは?」


そう、今問題なのは嫡男殿下が消えた事だけではない。次期王である、王位継承一位に僕を据えるしかないという事実。

殿下は昔から僕にやたらと気にかけて下さったのは、この事が脳裏にあったからかもしれない。

「アン殿下、今日は必ず…この本とこの本と、この資料…あとこちらの地図を完全に頭に入れて頂き……」

ブラウンが、僕のデスクにバサバサと本を積み上げていく。

「ブラウン殿……本当にアン殿下に王位を……?私は…反対です、殿下は王位を望んでいませんし、何より危険です。嫡男派が何をしてくるか……」

「カイル、仕方がありません。王弟殿下たちは陛下が王位継承前に殺しあって全員が自滅、陛下のお子は嫡男様とアン様だけ。あの皇后を寵愛する陛下に隠し子がいるはずもない。それだけじゃない、アン殿下は王族としての振る舞いに長けていらっしゃる、人気も高い、王に相応しい事この上ない」


僕は、王位に少しの興味もない次男であった。だが、殿下が居ないのなら国の為に出来るのは、王位を継承する準備と、殿下がお帰りになった時相応のポストを用意する為の国づくりだ。

消えた殿下に恨み言を吐くなど僕らしくもない。

「ただ」

その二文字をブラウンが大声で口にする。

「ただ?」

「アン殿下は確かに王に相応しいお方ですが、お一人で王位を継がせる訳には参りません。アン殿下の狂気的なまでの崇拝者は一人や二人ではない…そしてその地位や名誉も人を狂わせる。ですから、陛下が退位する前に…いや、アン殿下を王位継承一位に上げると発表する前に、何としてでも有力貴族との婚姻を結んで頂きます」

元々、僕は結婚をするつもりだったからブラウンのその言葉に驚く事はなかったが、その次に飛び出した言葉は僕の心を大きく動かす事になった。

「ですから、閨教育を実施致します。王位継承二位の時は、強く出産を勧めることはありませんでしたが、王となれば別です」

「っ、閨教育…?!」

そして、僕よりも驚きを隠さなかったのはカイルだ。激しく動揺し、ブラウンをゆさゆさと揺さぶっている。


聖女の加護を賜ったこの国では、男女関係なく妊娠する事が可能だ。

だが庶民の間では女性が妊娠する事が一般的で、妊娠しにくい男性を受胎させるのは血筋を重んじる王族特有の文化である。


基本的に孕むのは王位を持った人間だという決まりがある。もちろん今の陛下も、その胎で僕を育ててくれた。
皇后様は、僕の父様で…屈強な大男。

もし王の第一子…次期王が女性だった場合は子宮に種を受け出産し、男性だった場合には何度も何度も種付けを行い帝王切開にて取り出す事になる。

嫡男殿下の愛した人は女性だったから、自ずと皇妃として迎える事は不可能だった。
皇妃は他の男性に就いて貰い、側室にその女性を置くという方法もあるが、一途な所は両親譲りらしく、嫡男殿下は消えた。

僕は…どうしてもこの小さい身体と可愛らしい顔のせいで男性の貴族との見合いばかりだったが、王位を継承するならば自ずと相手は男性でないといけない。

「……ブラウンさん、せめて…相手が決まってからじゃダメでしょうか…閨教育…」

そして、時期王として必要だと言われても閨教育というのは腰が重い。

「ダメです!アン殿下、嫡男殿下が消えた事はずっと秘密にしておける事ではありません、長くともひと月後には国民にも貴族にも知らせなければなりません。その時までに…皇妃を決めておかねば、あなたが襲撃に遭った時の何倍もの暴動…混乱…ああ、嘆かわしい」


ブラウンが打ちひしがれ、頭を抱えた。
確かに、男性の性行は命懸けだ。体勢や受け止め方を知らないと妊娠出来ない身体になりかねない。

「ブ、ブラウンさん…落ち着いて、僕閨教育受けますから……」

以前の僕なら、伴侶でもない者が僕の身体に触れるなんて汚らわしい…と一蹴していただろうが、必要な事を必要だと言えるのはリンになって良い事の一つだ。

「っ、ダメです!閨教育など……アン殿下の高貴なお身体に手を触れるなんて、どんなに力を持った貴族でも許される事では……」

了承した僕に、カイルが割って入る。
カイルの過保護さには昔から困ってきたが、今日ばかりは国に纏わる大事な教育の話。

「……あの、カイルさん」

カイルを制止しようとする僕に食ってかかるように絶対にダメです…!と語気を強めた。

「……なら、カイル…お前がやればいいでしょう閨教育。あと何か勘違いしているかも知れませんが、別に性行は行わないし裸体も見せずともよいのです、体位や体勢、受け止め方などだけ教えて差し上げれば」

カイルが僕の閨を…と考え、一瞬心臓が沸くが、カイルは今日一番の怒声を上げブラウンをまたしても揺さぶった。

「……それこそ駄目です!アン殿下は私に触れるのを酷く嫌がっていた、その私が…アン殿下の閨など……」

僕が触れるのを嫌がる?
僕は、確かに高貴な王族だがカイルに触れられる事を嫌がった覚えなどなかった。
むしろ、カイルが僕を抱き上げたり優しく撫でたりするその手を…好んですらいたはずだ。

「カイルさん、僕…カイルさんがいい」

本当につくづく、リンという人間は生きやすい。望んだ事をはっきりと口に出しても、怒らなくてもいい、嫌悪しなくてもいい。

「っでんか?!」

「…どうせなら、よく知った人がいいよ。きっと…アンもカイルさんがいいって言ったと思うし、ね?」

カイルは、慌てふためき僕の言葉を否定しようとしたがすぐに咳払いをすると騎士の礼を僕に送った。

「っ、……殿下の命令は絶対です」

「……では、一週間以内には閨教育を施し、正しい知識を教えられるようカイルもしっかりと勉強しておくこと」

ブラウンが深々と頭を下げると、事務室から退室していく。カイルに抱っこを強請る子どものように腕を伸ばすと、軽々と宙に浮いた。

「………」


腕の中で揺られながら僕の脳みそはリンになったばかりの事を考える。
触れるな、と頑なにカイルが言っていたこと。

僕が触れられるのを嫌がっていたという存在しない記憶。

あの空白の時間に、僕は…カイルに何かを言ったのだろうか。

だが、僕に今与えられた現実はこのカイルの体温。どうでもいい事だと首を横に振った。






私は頭を抱えている。
ただでさえ王位継承一位に位を上げることを不安に思っているのに、一ヶ月後には婚姻?閨?

私は…殿下の結婚相手という言葉を聞く度に胃がキリキリと痛むのを感じていた。

誰なら殿下の伴侶に相応しいのか……見合いの写真と経歴を見ては丸めて捨てる、もう早百件は下らない。

もちろん心の中では…私がつまらない嫉妬で殿下の婚期を逃している事は薄々気づいていた。

だが、どうしても…殿下に相応しい相手だとは思えないのだ。

「…カイルさん?」

殿下は結局記憶を思い出す事はなかった。
私は、安堵半分…苦しさが半分という具合である。

やはり、気高いアン殿下の事を思うと記憶が無いまま私に縋る人生など許せるはずがないと思う。

もしアン殿下の記憶が戻って、いつ解任を命じられても死ぬ覚悟は出来ている、むしろアン殿下のお心を考えたら今すぐ消えるべき罪人だ。

だが、今の殿下は一ヶ月の同居を経て頼れるのは私くらいなもので…眠れないからと抱擁を所望し、食欲が無いからと給餌を命ずる。

今のアン殿下にとって、私は必要だという免罪符だけが唯一の救いだ。

私としては、殿下が以前より私を頼り…こうした触れ合いまで多くなっている現実に、隠しきれない程の喜びを持ち合わせていた。

ひと月の庶民としての同居生活、そうして王宮に戻ってからも行われる甘い時間。

「あ、ああ…アン殿下」

「カイルさん…なんだかぼーっとしてたけど…大丈夫?体調悪い?」

「いえ、滅相もない。今夜の…その、閨教育の事を考えていたのです」


そして、命ぜられた閨教育も今日の夜に行うという段階まで来ていた。

別に…殿下を抱こうというわけじゃない。
子作りの時にうまくお身体を守れるように、体勢や作法を教えるだけだ。

「っ、ああ…もう今日だもんね。それまで…民族学の勉強をしているから…夜に、迎えに来て」

最近は、慣れない民俗学や地理も勉強されていて…頑張る姿が労しい。

私はというと、殿下に来た見合い話を見ては千切り捨てる。殿下に結婚をして欲しくないわけではないのだが…相応しい相手として欲しいだけで……。


そして、稽古や筋トレに明け暮れていると、その時間はすぐに来た。

静まり返る廊下の先に立つ衛兵たち。
カイル様、とお辞儀をするとその武装を下げた。

「アン殿下、カイルです」

あ、えと…その……と恥ずかしそうなお声がドアの奥から聞こえる。

「入ってもよろしいでしょうか?」

「あ、うん……」

遠慮がちに呟く声に反応し足を踏み入れると…そこに居たのは踊り子のようなシースルーの衣装を纏った殿下だった。

何とも可愛らしく…隠微でいやらしい。
アイスブルーのレースの向こうにピンク色の突起が透けていて…ただ見せられるより何倍も性的だ。

「っ、殿下…そのようなお召し物は…見せてはなりません」

「え、いや…でも…ブラウンさんがこれを来て閨は行われるから、予行練習だとしても着るべきだって」

確かに、いくら高貴な方とはいえ性行の手順は同じだ。初夜ならば、こうして男を誘う装いで待つのが受け入れる者の運命でもある。

私は冷静なまま、なるべく前のめりになっていることを悟られないように殿下に近づいた。

「あ、あくまで…その、口頭でお知らせ致しますから…お手は触れませんので」

「……それじゃよく分かんないよ」

ベッドに腰を掛けた殿下に断りを入れて私も腰掛ける。

「っ…そ、そうかもしれません…では、あの、形だけ…お教え致しますので、あくまで性的な事は一切行いませんから、それだけは…分かってください」

股間を大きく膨らませた男がベッドの上でする誓いなど何とも薄っぺらいが、理性の紐を手繰り寄せ、殿下の膝に手を置いた。

「こうして…恐らく、男は距離を詰め、殿下の身体に触れてきますので…」

太ももを撫で、頬に手を寄せる。
そのまま口付けを落とす仕草をし、殿下の手を私の腰に回させ、私もその細い身体を抱き寄せるとベッドに優しく倒した。

「っ、カイル」

髪の毛を優しく払い、その美しい髪の毛を梳く。
両腕を恋人繋ぎで縫い付けると、心臓が口から出そうな程に高鳴る。

このまま、抱き潰してしまったら……殿下は結婚など出来ないのではないだろうか、そんな愚かな考えが過ぎった。

「この後は、男に身を委ねて頂きます。恐らく相手も閨教育はしているでしょうから、こうして片脚を開かれたら…香油を手に取り…身体に塗り込む、なるべく脚は高く持ち上げると相手も慣らしやすく殿下の負担も少ないかと、もし辛かったらこうして男の首に腕を回してください」

香油を手に取る振りをして、殿下の脚をベッドに折る。下着は身につけているが、その細く白い肢体ははっきりと投げ出されていて…私はクラクラと頭が揺れる程に性的な欲求は昂っていた。

そして…自分で閨の手順を口に出すといやでも想像してしまう殿下の乱れた姿。
相手は…卑しい権力だけでのし上がった公爵家だろうか、一ヶ月後には…私ではない男がこの姿を見て、ナカに入り込み種を植え付ける。

男性は妊娠しづらいから、毎日何度も…何度も子が息吹くまで続ける事になるだろう。

頭の中がドス黒い物で埋め尽くされていく。
私の頭に腕を回す殿下が顔を赤く染める。

この顔を……誰かが見る事になる。

「……カイルさん?」


ハッと我に帰ると私はあと数センチの距離まで殿下の唇に近づいていた。

「っ、ああ…申し訳ありません、ついお教えしたい気持ちが入り込みすぎました」

私は逃げ出したかった、殿下のお身体に触れた幸福感よりも、ドス黒い嫉妬から産まれる吐き気がどうも収まらない。

すぐに殿下の上から退こうとしたが、殿下は私の腕を掴んだ。


「っ、カイル……僕、来月には結婚しないといけないんでしょ…?そしたら…カイルも騎士辞められるよ?僕、ここに来てずっと思ってた……カイルさんって産まれた時から騎士で…僕に対する崇拝だって、敬愛だってそう生きなきゃいけなかっただけで……別々に生きてみたらカイルさんだって他にやりたい事や好きな事がたくさんあるんじゃないかって……」

殿下に言われた言葉が脳内に回る、解任の文字。リンとして生きている殿下にさえ、命ぜられる事になるのだろうか。

「……殿下…確かに、殿下の騎士ではない人生だったら…私は他に趣味や恋人や…色々あったのかもしれません」

「……やっぱり」

「っ、でも!今の私は今の私、そんな想像など出来ない……解任したいのなら、殿下の手で私を…抹殺してください」

苦しめるだけだと分かっている、だが…どうしても側から離れたくはないのに……誰かと婚姻を結びお子を拵える殿下を見たくないという二律背反が酷く苦しめる。

「カイルさん……」

アン様を、心の底から愛している気持ちは洗脳や刷り込みでは言い訳が出来ない。

むしろ、捨ててしまえるのなら今すぐにでも捨ててやる、この醜い恋慕を、性愛を、欲を。

「僕も、カイルも…産まれた時から決まってたんだもんね。それが…悲しいのかも…よく分からない。僕は、平民として産まれてたらどうしてたんだろう。好きな人と…キスしたり、してたのかな」

私の頬を撫ぜる殿下の瞳から、つ…と美しい物がこぼれ落ちる。この涙を見るのは、私が殿下に恋人になれないと告げた時以来だった。

「ねえ、カイル…僕は好きでもない貴族ともう少しで結婚するよ。初めても…その人にあげなきゃいけない。だから…ね、お願い……キスして」

好きでもない貴族との結婚……ずっとずっと分かっていた事だろう、私も殿下も。
それが王族として産まれた殿下の役目だったから。

私は…殿下の涙を人差し指でそっと拭う。

私は忠誠心の高い男だと思っていた、だがそんな事は無かったのだ。私は…殿下のお側に居られたらいいだけの騎士に過ぎなかった。

口先だけの忠誠と崇拝を掲げた、殿下に恋慕を寄せるただの男だ。

この人の幸せを勝手に決めつけ…私の欲のまま動く最低の男。

涙を流す殿下の唇に近づくと、優しく口付けを落とす。

やっぱり…させたくない、絶対に…結婚なんて。

私以外の男に、殿下を触れさせる事なんて絶対に許さない。

私は、もう殿下の為だなんて下らない戯言を吐く気はない。己の……欲の為だけに動く、ただの犯罪者だ。





私は珍しく休暇を取ると殿下の近くから離れ、廃屋となっていた領地内の小さな山小屋を改築していた。
領地だとバレてしまうだろうから、外見は廃屋のままだが、中は綺麗に片付け、国では最新設備の冷暖房や風呂と、嵌め殺しの窓を設置した。

もちろん殿下の部屋は持ち前の鍵でしか開かない作りにし、だが殿下が少しでも気が滅入らないように届かない位置に天窓を。

あの方は昔から暗い色の方が好きだった。
今の殿下もそうなのかは分からないが、全体的に暗くシックな寝具と、使いやすそうな重厚なソファ。

一生ここに居てもらうにはかなり手狭だが、私が騎士を辞め家督を継げばもっと広い屋敷に殿下を幽閉出来るだろう。

そう、私は殿下を攫う。
どの男にもやらない、これが殿下の意思に背く事でも…私はあの人を手に入れたい。

記憶をもし取り戻せば酷く叱責される事は目に見えているが、そんな事はもうどうでもいい。

王位を継げばもちろんあの方を狙う者は後を絶たないだろう、命も……その身体も。
そして、殿下を失うくらいなら…私の側に誰の目からも隠してしまえばいい。

私は色々な準備を完了させると、王宮に戻った。私は殿下を攫うと決めた日から見合いを握り潰さずに殿下にお渡ししていた為、大量の資料と睨めっこしている。

「殿下、ただ今戻りました」

「ああ、カイルさん。なんだかいきなり凄い数の見合いが来てるんだけど……なんかどれもパッとしなくて……」

どれも伯爵家までの有数貴族だが、温室育ちの彼らが殿下をお守り出来るとは到底思えない。

あの時、殿下の命を失いそうになった恐怖などもう味わいたくはない。

「でしたら…そのくらいにして、今日は一緒に風呂に入りましょうか。以前から…肌を見せてはいけないと風呂に従者を連れていく事は無かったので、たまには私に洗わせてください」

私は殿下のデスクから見合い写真の冊子を取り上げると、殿下を抱き上げた。

「っわ」

小さくて、可憐で愛らしいアン殿下、もう少しで私のものになる。

「カイルさん…あの小屋では僕が一緒に風呂に入ると言っても頑なに嫌がっていたのに…絶対触るなとか言ってさ」

殿下は不貞腐れたように唇を突き出した。

「昔……殿下に触れるのを嫌がられた事がありまして。あの時は、殿下の命には背けず、私が無闇に触れれば記憶が戻った時に苦しむだろうと。でももう今は…閨教育の時にも触れてしまいましたしね」

「………それっていつ?」

そう言われて少し戸惑う、事故以前の記憶に関してアン殿下はあまり私に聞いてくる事はないから。

「……昔ですよ」

そう言えば、納得したのかしていないのか、私の腕の中で大人しくなる。

一緒に風呂に入ると言っても殿下は風呂用のローブを纏い、私は濡れてもいい格好でご一緒するだけだ。

香油を塗り込み、髪の毛を洗い、軽くマッサージし、風呂から上がった殿下の髪の毛を乾かしたりする。

本来なら貴族はこのように従者と風呂に入るのが一般的だが、殿下はその高貴さ故、風呂や身支度でも従者に触れられるのを嫌がった。

準備や服の選択こそ従者の仕事だが、こうして風呂での奉仕を任せて頂けるのは私だけだ。

そう、以前から…この身体に触れていいのは正真正銘私だけだった。

「ふう、ありがとう…カイルさん。一人でも十分だけど、なんだか凄く気持ちいい」

「いえいえ、殿下に喜んで頂けるのなら。以前もこうしてたまにご一緒させて頂いおりました」

「ふふ、前の僕も…きっとカイルさんに触られたくないなんて嘘だよ。だってこんなにも優しくて丁寧なんだもん」

笑うアン殿下、そうだろうか……あの時醜い欲を殿下に抱えていると知られていなければ…殿下は私に触るななどと言わなかったのだろうか。

私は、部屋着の用意をしながら心の中の獣の存在がバレないように問いかけた。

「殿下、もし王位継承一位に順位を上げれば自由に身動き出来なくなるかもしれませんし、明日……お忍びで街へ行きませんか?ブラウン殿にも内緒で…兵も付けずに」

私がこんなことを言うはずがない。
だが、今の殿下とはまだ二ヶ月程の仲。

そこまで違和感は持たないだろうと思ったが…殿下は怪訝な目で私を見た。

「……二人で?兵も付けずに?」

昔よく、お忍びで変装をして街へ行きたいと殿下には散々強請られたが、いくら殿下の命でも聞き入れられない事の一つだった。

「お嫌ですか?殿下は街の記憶がないでしょうから…最近頑張っている殿下にせめてもの娯楽を…と思ったのですが」

王になるのならば、民たちの生活も一度は見てみないといけないですしね…と付け加えれば殿下は断りにくそうに口を紡ぐ。

「…丁度僕も街を見てみたかったから…嬉しいよ。楽しみ!」

すぐにその表情には紅を差したように花が咲く。

「では、明日……朝お迎えに上がりますから、くれぐれも従者にバレませぬように」

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