結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

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結婚間近の僕が殿下の皇太子妃に?

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殿下はお優しい人だ。
歴代后妃や側室を輩出する家系だった僕は、そのお姿を小さい頃から拝見してきた。

いつも優しくて逞しくて…そして、こんな公爵家でも末の生まれの僕にも施しをくれる。

公爵家にも関わらず、五番目の末っ子として生を受けた僕は、親にとっていらない子でしかないのだと気づいたのは十の頃。

上の兄たちには、妃にさせるべくした教育も美しさを磨く金貨も、惜しまずに費やされていた。


この国では、精霊の加護により男性でも処女の時まぐわった相手の子のみ、妊娠する事が可能である。

政も男性のみで行う為、妃候補は男性しかなれない。
妃を決まった家紋から輩出するのも、必ず処女でなければ陛下のお子を妊娠できないからだ。

僕はと言えば、嫡男の兄様の様な綺麗な金髪も、次男のお兄様の様な利発な脳みそも、三番目のお兄様の様なコミカルなトーク力も、四番目のお兄様の様な守ってあげたい儚げな魅力も何も持ち合わせていなかった。

なので間違いが起こらない様にと、遊びに行く事も出来ない兄様達と違って、僕は恋人を作る事も許されている。

親は、文官にでもなって精々お家の為に役に立てと言わんばかりに数字の勉強だけはさせてくれていた。

むしろ春を散らさぬ様にと箱に入れるより、底辺でも貴族と結婚してくれた方がまだお家の為なのだろう。

そのお陰もあり、こんな僕でも長年交際を続ける恋人がいるのも確か。


そして…数字と向き合っている時だけが僕の安寧だ。本に向かい、見目麗しい兄様達が殿下に一生懸命にアプローチを仕掛ける最中にも薄暗い図書庫で本を読む。

だが、どこで本を読んでいてもこうして公爵家を訪れた殿下は必ず僕を見つけるのだ。


妃候補では無いし…そう、近い言葉を見つけるのなら僕は、殿下の下僕であり友人だった。

殿下も、僕を友だと思っていてくれたらこの上ない僥倖で……妃になりたい兄様達よりもずっと、殿下のお幸せを願っていると自負している。

「……殿下、兄様達にまた睨まれてしまいます」

幼い頃から月に何度も屋敷を現れては、妃候補達の様子を見るついでに僕に構ってくれるようになり、早十数年。

殿下の齢はもう二十三歳で、妃をお取りになるには十分だ。

兄達も長兄は二十五程になっていて、妃になる為に待ち続けるには長すぎる年月だろう。

「リア、屋敷に来た時くらいお前の隣に居させておくれ」


僕の肩に頭を預ける殿下のさらさらな髪の毛が僕の耳に触る。そして、一番の友であり敬愛する皇太子殿下。

この言葉は親よりも先に伝えようと決めていた、言い出すタイミングを失いたくないので、僕は殿下に向き直る。


「殿下、あの…まだ父上達にも言ってないのですが、とうとう僕…結婚をする運びになりました、殿下には一番にお伝えしようと……僕みたいな若輩者が殿下よりお先に結婚だなんて…生意気にも程があるのですが、僕みたいな落ちこぼれは…行き遅れると後がないですから」

本当は殿下のご結婚を待ちたくて、一年程は待っていたのだが、そんな素振りも見せない殿下のお妃事情を問いただす訳にも行かず、来月の結婚を決めたのだった。


「……そうか」

にっこりと笑う美しい殿下の顔。
一番の友に真っ先に喜んで欲しかった、その気持ちが叶う事がこんなにも嬉しいだなんて。

正直、婚約者にプロポーズしてもらったときでさえこんなに嬉しくなかったかもしれない。

王国の主である陛下、そして第一継承権を持ったこのアシュレイ殿下が…僕の太陽で、恐れ多くも大事な友なのだから。


殿下が、お帰りになるとの事でお見送りをして、また本の虫になろうと図書庫へ向かう。

兄様達は、お互いを押しのけて殿下に食事の誘いをしていたけれど、殿下は取り合わずに馬車に乗って行った。


「リア」

またしても中断される僕の読書。
今度僕を邪魔したのは婚約者の声だった。

「……どうしたの?今日は殿下がお越しになるから来ないって……」

殿下とはまた違う男性らしさを持つこの男が、僕の婚約者、男爵家の次男坊。

「もう帰ったのか?せっかくならお前との口付けでも見せつけてやればよかったな」

僕の腕を強引に掴むと、ちゅ、と唇に口付けをする。

「ちょ……だめ、だって……殿下は僕達の結婚をお喜びになって下さったんだから…そんな下品な真似しなくても……」

「公爵様は本当に硬ぇな、いいだろ、もう来月には結婚するんだから」

顔に降らされたキスが、こそばゆくてうっとおしい。この男は僕なんかを選んでくれた人ではあるが、強引な所は玉に瑕であった。

「なぁ、やらせろよ。どうせ俺の子を孕むんだから結婚前でも結婚後でも同じだろ?」

大体の事は婚約者の言いなりになって生きてはいるが、流石にこれは許諾出来ない。
妃候補ではないとはいえ、婚前での性交渉なんて、殿下がきっと悲しむ……と思ってしまう僕が居た。

「っ、そういうのは結婚してから!」

強い力で突き飛ばすと、彼がよろけたうちに自室へと逃げる。部屋に入ってから、自身が涙を流している事に気づいた。


公爵家において…いや、この国において婚前交渉など野蛮すぎると分かってもらえない事……それがなんだか悔しくて……僕はまた少し泣いていた。





「とうとう殿下が妃様をお決めになった!」

あの日、結婚をお伝えしてから一週間後の事だ。朝早くから父上が雄叫びをあげて駆けずり回る。

そしてバタバタと兄様達が、誰が相手だと父上に駆け寄った。

父上の手には、最上の報せを伝える王家の紋章、これが家の誰かを妃にと、お決めになったとはっきりと分かる証拠だ。

もしただの側室であれば、ここまで堅苦しい紋様を象った手紙はお送りにはならないだろう。

「もちろん妃様と、他の兄弟三人も側室へと迎える手紙だろう!こんなにも美しい兄弟達なのだから」

震える手で父が手紙を開封する。

そして、一瞥すると一瞬時が止まったようにその手紙を、はた…と落とした。

今にも亡くなってしまうのでは無いかという程に赤くなった顔が、次第に困惑で青に変わっていく。

兄様達に続き僕も覗き込んだ。


『リア・アーバスノットを皇太子妃として迎える』

時が止まる。

殿下のお美しい文字、そして僕の名前。
絶叫する兄様達が今にも倒れそうなので、僕は逆に平静を保つ事が出来た。

兄様が先に叫んで居なかったら僕の方がきっと叫んでいただろう。

良かった、兄様達が居なかったら僕まで殿下のご乱心を疑ってしまったかもしれない。

手紙を拾い上げると、僕は添えられた押し花を鼻に押し当てる。

良い香り。

ラベンダーの香りが鼻腔をくすぐり、殿下が僕の好きな花を覚えていてくださったのが嬉しかった。

ついに、長兄のお兄様がバタンと床に倒れ込み二番目のお兄様が必死に抱きとめる。

「…っ、ちょっと!リア!なんでそんなに冷静で居られるんだよ!!やっぱりお前!興味無い顔して殿下に懸想を…!」

三番目のお兄様が泣きながら僕を睨んだ。

何故、冷静かって?

「殿下が僕なんかを妃に選ぶはずがないですから。きっと何かご事情があったのでしょう。例えば……妃選びを余儀なくされ、仕方なく友の僕を置いたが、まだ決め兼ねている…とか?殿下は、僕が結婚する事も知っていますから…白いまま、きっと返されるのでしょう」

もちろん僕の婚姻の事は家族には伝えていたが……相手も相手なだけに家族は誰一人として興味は持ち合わせていないようだった。

殿下は、何があっても僕の事を……国民の事を一番に考えてくれる人だ。

どんな理由があったのかは知らないが、絶対に殿下にもご事情があり、そしてこの婚姻は撤回される事になるだろうという事を、僕は疑いもしていない。

だって殿下は、僕の結婚を…喜んでくれたのだから。

「大丈夫です、兄様。どんなご事情かは分かりませんが……きっとすぐに破談になって、またごゆっくりと殿下の妃選びが始まりますから、安心していて下さい」


兄様や父上が確かにその通りだろう、と頷く程には僕は殿下の妃に相応しくなかったのだ。


殿下に好きな人が出来るまでの期間限定の皇太子妃生活になるだろう。




「でかー……」

八歳の時…いや七歳か?それくらいぶりの王宮。あの後すぐに来た、王家の紋様の入った馬車は僕をこの王都のど真ん中へと連れてきていた。

「リア・アーバスノット様、お荷物はこちらで運びますのでお部屋までご案内致します」

相も変わらず豪華すぎる内装。ここが自宅だと言うのだから、王家というものの権力の強さは計り知れない。

僕は、殿下に会った時のお言葉を必死に思案していた。仮にも妃に娶るというお達しを頂いたのに、間違いですよね?何かお考えがあるんですよね?と聞くのは無礼だ。

きっと、こうしなければいけなかった理由に一番心を痛めているのは殿下。あの美しいお顔が曇る事は僕にとって、心苦しい事である。

「……っ、リア!」

そして部屋へと向かう道中、僕の一番の敬愛を
 送る太陽が僕の元へと走る。

「殿下!ご挨拶申し上げさせてください……この度は、殿下の片腕として…国家の為の母として選んで頂いた事を感謝致します」

深々と下げた頭と堅苦しい挨拶は、誰が見ても政略結婚を余儀なくされた関係だと映るだろうか。

「……リア、受けてくれてありがとう」

この国で、王家からの命に背ける貴族などいるわけが無いのに、お優しい殿下は僕にそう呟いた。
陛下であれば、うむ……としか言わなかっただろうに、僕のような者との白い結婚でさえも礼を言ってくれる人だ。

「………リア」

そして、やはりその顔は苦しそうに歪む。
僕にとっての太陽にそんな顔をさせるわけにはいかなかった。

「殿下、僕は分かっておりますから」

広い広い王宮を歩く殿下と、僕と従者、その場が凍る程の冷たい冷たい声色。

「……リアは何も分かってないよ」

その声色に驚き、殿下の顔を覗き込めば、あの時僕の結婚報告に向けた時と全く同じ笑顔が咲いていた。



「リア、リアが後宮入りする為に、色々と作り替えているんだ。結婚式の日にちは三ヶ月後だが、婚約発表の祭典は二週間後を予定している」

ようやく僕に与えられる部屋へとたどり着くと、そこはまるで迷路の様に入り組んだ廊下の一番奥の最上階であった。

凄く豪華で、王都を見渡せるような塔のような作り…そして、美しい迷路の様な廊下たち。これではまるで……牢獄のようだと思ったのはきっと、歴代の妃の中でも僕だけだろう。

他の妃様達は、喜びの最中にここを訪れたのだろうから。

「殿下…、殿下……!」

従者達が荷物を部屋に置いていると、殿下が僕の腕を引いて寝室へと引っ張り込む。

「はぁ、リア……ごめん、いきなり妃だなんて……でも、私はリアに会えて嬉しい、一瞬色々…忘れさせて」

やはりお疲れのようだった。
僕はソファに座り込むと殿下の頭を太ももで受け止める。こうして、頭を撫でれば殿下はいつも安心した様に笑う。

「リア、私は君に何を言ったらいいだろう。私は……私の為に悪魔になった」

その言葉に秘められたであろう全て。
抽象的に伝えられた悪魔…という言葉、この…僕を巻き込んだ婚姻騒動の事なのか。

「殿下、僕は分かってます…殿下は国民の事を一番にお考えになる、とても大きな大きな太陽です。僕の唯一の太陽、そんな殿下が僕を不幸にするはずなど無いのですから」

下から見上げる殿下の美しい紺色の瞳がゆらりと揺れた。

「その言葉に、勘違い出来ていた……お前を思って心底幸せだった…十四くらいの私を憎く感じるよ」

「……?今は幸せではないんですか?」

十四…といえば、殿下は次期王としての勉学が忙しい時期だ。なのにいつも僕に会いに来ては必ず幸せにしたいからと毎回言ってくれていた。

そして、僕が結婚相手…男爵家の次男である彼と出会ったのもその時期だったと記憶が思い返される。

正直、相手からすればかなりの玉の輿…貴族同士とはいえ公爵家の我が家と男爵家の次男では釣り合いが取れない。

そう、兄様達だったら。
だけど相手は出来損ないの僕で…末の后妃候補にも上がらないくるくるの天パ。

婚約白紙の報せはもちろん送ったが、まさか待っててくれと言えるはずもなく、一方的に送ったその内容はあまりに業務的なものになってしまっている。

童子書で見たみたいに、テレパシーが使えたら……待っていて欲しいと伝える事が出来るのに。


「幸せ……に決まってるよ、お前の幸せを壊した事以外はね」

殿下は考え込んだ挙句に、そう捻り出す、やはりお優しい人。
理由は知らないが、仕方の無い政略的な婚姻に心を痛めておられる。

「殿下、大丈夫です……僕だって公爵家の端くれですから、もしいつか殿下が僕をいらなくなっても…きっと生きていけます」

婚前にする話でない事は承知していたが、殿下のお心が少しでも救われて欲しかった。

「……それは、君が白いままなら、という事か」

「…僕を抱きたい人なんていませんから…そこは大丈夫です」

この国では、基本的に離婚は許されても姦通後の再婚は許されない。

だから、悲しまないで殿下。
そして、無礼にもその美しい髪の毛に指を通せば、以前見せた様な美しい笑顔が僕に送られる。

いつの間にか、僕は殿下のこの笑顔以外知らなかった。






それから数日は、初めての自宅以外のベッドと手厚すぎる従者達のお世話に慣れず、どうにも居心地が悪かった。

だが人は慣れるもので、明日に婚約の祭典を控えた今日も、無事に迎えたのである。

「殿下…流石に婚姻を結ぶとはいえ、婚前なのですから夜遅くにお部屋に来られるのは…」

早々と慣れる事が出来たのは、こうしてお忙しい殿下が足繁く部屋に通ってくれたというのも大いに助けている。

公務が終わり、夜遅くになると婚前にも関わらず部屋に訪れた。来ても隣に座り本を読んだりたわいもない話をするくらいだが、外聞では殿下は僕に対する寵愛が深いのだという事になっている。

側室を置く為の宮も解体したという話も、たちまち国中に広がったらしい。

「お前が、後宮にいる。会いに来ればここにいる、仕事中も、お前がここにいると思うと元気が出るんだ。そして…毎日こうして顔が見れる。これが私にとってどんな夢なのかリアは知らないだろう」


そして…こうして嬉しそうに微笑まれれば僕は黙る事しか出来なかった。

確かに、今まで友人とはいえ会えても二週に一度、お忙しい時期は三月開く事も。

「……とうとう明日だ、婚姻式典………」

そう、とうとう明日なのだ。
今日は恐ろしい程に身綺麗にされ、髪の毛も身体もベストになるように…この一週間は次期妃にも関わらず筋トレまでさせられる始末。

とりあえず、明日さえ乗り切れば三ヶ月後の結婚式まではまた、ゆっくりとした生活を送れるだろう。

「殿下、眠いのですか?婚姻式が行われれば、こうして部屋に来るのももっと容易い事になるのですから……今日くらい早くお休みになられては……」

殿下が、僕の膝に頭を乗せたまま胴を抱き締める。いつも次期王として気を張っておられる殿下が、こうして子供の様に甘えるのはその反動だと理解している。

そして、僕の前でくらい少しは気を弛めて欲しくて、つい頭を撫でてしまうのだ。

「………いや、お前の笑顔が見られるのも今日で最後だと思うからな……しばらくの間、と思いたいが」

殿下は、婚姻式前に婚約は破棄されるおつもりなのだろうか。僕としては、もちろん式典前の方がありがたいが……二人きりだと言うのに、それがはっきりと聞けない事が苦しい。


だが、その言葉の意味を知るのは次の日の夜だった。

殿下はその後眠たそうに、お部屋に戻って行ったので、僕もすぐに眠りについた。

起きてからは、もしかしたら式典前に婚約が破棄されるのかもしれないとソワソワしていたが、いつもの倍くらいの従者が部屋に押し寄せ、僕はどんどんと装飾品を付けられていく。

こんなに着飾った後に婚約破棄が報せられたらどうしよう……と頭を悩ませたのも束の間、殿下のお父上……王陛下に頭を垂れ挨拶している頃、この式典は無くなる事はないのだと確信し、残念さと安心感が同時に僕を襲った。

今頃、婚約者の彼は理不尽すぎる別れに、苛立ちや困惑を宿しているのではないかと思えば、苦しさは拭えない。

「王陛下、ご挨拶に参りました。この度、アシュレイ殿下との婚姻を結ばせて頂く運びとなりました。……この身は以前よりも深く、国家の為に沈めていきましょう、大きな太陽に照らされる月の様に…必ずアシュレイ殿下のお力になると誓わせて頂きます」

僕が震える声で一生懸命に口上を唱えると、頭を上げる命も無い。

「ああ、よく支えなさい」

たったそれだけだが、王から賜った祝福が苦しい。きっと、この婚姻は長くは続かないというのに……。

そして僕が頭を下げたまま、陛下がお戻りになり僕の眼前には手袋をした手が出される。

それは見間違える事の無い殿下のもので、僕がその手を取ると手を引いて立ち上がらせてくれた。

「すまない、父とはいえ…陛下なりの祝福なんだ」

パタパタと埃を払い僕の身体を案じ、そのまま握ったままの手にキスを落とす。

それは貴族が伴侶や恋人に行う、一番の愛情表現で……殿下ともあろう方が、汚れた僕の手を取り口付けをするなど、また新聞紙に取り上げられてしまう程のパフォーマンスである。

そして……またしても僕の畏敬はぎゅっと締め付けられ、この人がどうか幸福に…と脳内で祈りを捧げた。

もちろん国で一番尊いのは陛下だが、どうしても……殿下をお慕いしてしまう。この方が僕にとっての主で他ならない。

「殿下…ありがとうございます」

「ああ、行こう……もう、国民も待ちわびている」

そのまま手を引かれ民衆の待つ式典へと歩を進める。そして…そこは僕が見た事もない様な光景が広がっていた。

たくさんの…民衆、民衆、民衆。
その顔はどれも希望や祝福に満ちていて、僕もそちら側にいたら同じ顔をしていただろう。

だが、その…この間まで同じ顔をしていた民衆達が祝福を向けるのは……僕だった。

ちらりと横を向けば、本当に嬉しそうな殿下が立っている。政略結婚とはいえ、やはり民衆からの祝福は嬉しいのだと思う。

殿下が喜んでくれているのは、僕だって嬉しい……だがどうしても胸には重たい物が伸し掛る。

きっと殿下にもいつか、好きな人が出来るだろう、その時は僕達の関係にちゃんと終わりは来る。

そして…その時まで…婚約者の彼は待っていてくれる……僕が白いままならまた婚約者に戻れる……よね。

 これは希望的な発想だというのは重々理解していた。妃になり、春を散らしたであろう元婚約者を待つはずもない。

でも、それでも僕を好きでいてくれるのなら……待つ…というよりも、他の人を好きにならないでくれるのでは、という期待がある。

そう思わないと僕の胸は締め付けられたままで、笑えそうになかったから。

一頻りのお披露目を終えると、待っていたのは貴族との食事会だった。
政を取り仕切るような、今まで遠い存在だった国のトップクラスの官吏達と立食しながら会話を交わす。

アーバスノット家の中でも、何故僕の様な末のつんつるてんが選ばれたのか不思議そうな者も居たが、どの御仁も酷く祝福してくれた。

脳内ではどんな罵りが行われているのかは知らないが、表面上は妃として殿下の隣に立つ僕を褒め讃える。

兄様達だったらこの結婚を心から喜び、笑顔で立ち振る舞えたのだろうが、僕はろくに社交会の授業も受けていないので、愛想笑いを浮かべながら相槌を打っていた。

「リア、疲れた?」

殿下は流石といったところで、次期王の威厳と格式が見受けられるが……そんな偉大な殿下が、僕の浮かない顔にまで目をやって下さる事に畏敬の念しか浮かばない。

「……あ、いえ殿下…」

「戻ろう、折角婚姻を結んだのだから、ゆっくりしよう」

颯爽と、式典の終わりの挨拶を述べれば、素晴らしい式だったと柏手が打たれる。
僕の手を握り、ゆっくりと会場を後にする僕達に降りかかる喝采は、二人の退場する背中を押した。

流石に今日は僕も疲れた。

そのまま、手を引かれて連れて行かれたのは殿下の私室であった。
普通なら、夫婦とはいえお渡りになるのは殿下で、僕は殿下の部屋に入る事は出来ない。

「……殿下、お疲れでしょう?僕は自室に戻りますよ」

「……リア、部屋に入ってくれ」

もちろん、殿下が望むのなら別なのだが。

部屋の中は、思ったよりもシンプルで…僕の部屋と変わらない広さの居住スペースと寝室。

殿下…僕にとって最も尊いお方の私室…絶対にお茶を零さないようにしよう…なんて馬鹿みたいな事を考えていた僕に何かがまとわりついた。

「リア」

それは、殿下の腕で……何かを考える間もなく、殿下が僕の足をすくい上げた。

横抱きにされ、隣室へと運ばれる。

「……殿下?」

「リア、ごめんね」

そのまま優しく宝物を置くかのように落とされたのは殿下の匂いがするベッドで……。

「殿下?一緒に…寝るのですか?」

少しだけ声は震えていた、流石に雰囲気や殿下の行動が僕の知っている殿下じゃなかったから。

「リア、王室の夫婦が契ってもいいのはいつだっけ?」

「……婚約を報せる祭典の日…から……です」

「流石はアーバスノット家だ」

そのまま、僕の唇には殿下の唇が重なった。

流石に僕でも、これがまずいという事くらいは分かる。装飾が一つ一つ…外されていく。

「っ、殿下?!」

殿下は黙ったままだった、僕が殿下の手を振り払えない事をよく知っていて、握りこまれた左手はあくまで優しく添えられたものだ。

物心付いてから母上にも見せた事がないような姿に剥かれていく。

「でんか、でんか……あの、なぜ脱がせるのですか」

答えを考えるのが怖い。今からでも、冗談だと殿下が笑うんじゃないかと、馬鹿みたいな希望的観測が生まれるが、ちらりと目をやった殿下の恥部は張り詰めていた。

ひゅっ、と喉から嫌な音がする。
僕は、もう記憶の中で自分以外の性器を見た覚えがなく、ズボンの上からでも分かる大きさが僕のものと違いすぎて…同性にも関わらず怖い。

そして、とうとう僕の下着にまでてがかかる。

ぶわっと吹き出した汗が額を伝う。

「っ、で!でんか!そこは……見せたら父上に怒られてしまいますっ!」

「……はは、リアは面白いな。それは夫婦でもか?」

呆気なく、僕の性器を守っていた布は投げ捨てられる。

「っ……!でも、でも…」

僕は思い込んでいたんだ。
殿下が僕に目交いを求めるはずがないと、抱くはずがないと。

それはもちろん友だから……そして、僕などと子供をこさえない以上、いつか手放すのだと……。

殿下は、最初から僕を孕ませるつもりだったのだろうか。考えたくは無いが、殿下は跡取りを作る為なら友ですら抱けるのだろうか。

そして、耳に……頬に、唇に、鎖骨に…口付けられていく。

友達なのに……と言ったのは僕なのに、殿下の唇の感触が心地いい。

ぞわぞわと上がってくる快感は僕の背筋をピンと張らせる。
舌は、どんどんと触れた事の無い所に触れていく。乳首、へそ…そして性器、秘部。

殿下の口の中に僕の性器が入っているのを目の当たりにし、罪の意識でおかしくなりそうだ。

「っ、でんか…おやめください、も…」

「どうして?夫婦だろ?私が元の男の元に戻れるように白いままで居させてくれるとでも思った?子は側室とでも作れって?」

どうして、あなたは僕を正室に迎えたんですか、命じられたから?仕方がなかったから?

でも、公爵家の中で誰でもよかったのなら、結婚を間近に控える友じゃないと駄目だったのか。
今更すぎる疑問が降って湧く。


何かご事情があったのだろうと、殿下を信じていたからこそ聞かなかった言葉だが、そう聞いたら殿下は何と答えたのだろう。

どんどん快楽が脳内を占め、その事しか考えられなくなっていくのがせめてもの救いだ。

誰も触れた事のない狭い穴のナカに殿下の美しいお指が入り込む。

羞恥と、お腹側に倒される度に身体を突き抜ける快楽。

「キツイな。もし何かの間違いで婚前にあの男の物になっていたら死にきれなかった」

二本の指が押し込まれ、苦しそうにするとそれを助けるかのように口内を殿下の舌が犯す。
そして、性器にも手をやられる。

僕は、公爵家の人間として自慰をするのもはばかられ、洗う時意外ほとんど触れたことが無い。

「っ、でんか、でんか、催して……しまいます、お願いです、殿下の前で……粗相してしまいますから、おねが、手、て、はなして……」

強すぎる快楽の中に感じる尿意。

「リアは…自慰すらもした事がないのか。あまりに真っ白すぎるな……君の兄達もきっと、ここまで真っ白ではない。大丈夫、それは尿意じゃない、私の手に身を任せて……」

そして、とうとう僕のそれは、殿下の手の中で……弾けていた。
一番敬愛する太陽、大好きな大好きな殿下の手の中で。

「っ、う…ひ、く」

「……泣かないで、リア。これは射精だ。すごく……凄く可愛い」


もう僕は緊張も羞恥も快楽もとっくの昔にキャパシティを超えているのに、殿下は僕への愛撫を辞めるつもりはないらしい。

身体を吸われると赤い跡が舞い、最初は違和感しかなかった秘部の指がバラバラと動く度に快楽を産む器官になる。

そして、降ろされた殿下のズボンの中からは、僕の物の倍ほどはありそうな性器がずるん、と露にされた。


「これで……もう君は私の子しか産めなくなる。まぁ、私なら姦通済みでも君を正室として迎えただろうが」

脳みそが思考を止めた。
秘部に押し当てられた性器がそのまま入り込んでくる、苦しさに呼吸をするのも精一杯だったから。

殿下の性器が、僕の中に入っている。
殿下は見た事のない様なお顔をしていて、欲に塗れた獣の様なお姿は、いつもお優しく紳士的な殿下しか知らない僕には衝撃的でしかない。

殿下でも、性交渉の時はこんな顔をするんだ…とぼんやりと考えていたが、部屋に木霊する嬌声が僕の物だと気づくと、またしても現実に引き戻されていく。

ぱちゅぱちゅという、殿下の性器が僕のお尻にぶつかる音と、僕の口から止めどなく発せられる下品な高いの声。

そして、殿下の熱くて大きなソレは僕の性感帯をゴリゴリと虐めた。

先程殿下に教えて貰ったばかりの人生初めての射精は、もう二度目を迎え……苦しい程に強すぎる快楽が僕を逃がしてくれない。

「っ、りあ…りあ、りあ……私のだ、私の……りあ」

身体が作り変わっていく。
自慰すらも知らなかった僕の身体が、快楽に順応して、嬌声をあげて殿下の首に腕を絡める。

殿下が先程してくれた唇の感覚が妙に恋しくなって、気づけばその唇に自ら口付けをしていた。

一瞬、戸惑う殿下がその次の瞬間に…今日一番深い所に入り込んだ。

そして、僕と舌を絡ませ、痛いくらいに手を握り込み最奥に性器を押し入れると、ドクドクと温かい物が中で散った。

殿下が、僕のナカで射精なされたのだと何となく理解すると、緊張の糸が事切れ……僕の意識は闇の中へと沈んでいった。





孤独というのは人を駄目にする。
実家は嫌いだったが、あそこに孤独は無かった。まず、本もあったし…兄様達もいた。

マッサージさせられたり、御髪を梳いたり…大体何かさせられてはいたが、今思うとあの生活は悪くなかったようだ。

あの後、起きると僕は後宮の自身のベッドで横たわっていた。

それから一週間、あれ程訪れていた殿下のお渡りは無く、何故か総とっかえされた従者達は、ろくに話もしてくれない。

その孤独が……僕を苦しめる。

考える時間は散々にあった。
とりあえず、妃を選びたかったのだとしても……僕じゃなきゃ駄目だったのかという事。

殿下は、僕の事を一番に考えてくれるだろうという驕り、結婚を控えた僕を正室に迎え子も孕ませようとしている理由……考えても考えても、苦しくなるだけだ。


僕は今まで、殿下との対話を遠ざけすぎた。
絶対王政のこの国で、殿下のやる事なす事に口を出す事など出来ないと端から…この十五年、考える事もずっと放棄していた。

殿下のお考えは必ず正しく、殿下の行動は絶対に国民の為で僕の為なのだ、と刷り込みの様に教え込まれた常識を疑った事などなかったから。

だが、今だけは……少し、辛かった。
殿下の事が分からなかった。

何故僕を妃に選んだのか、何故抱いたのか……その答えを探そうとすると、脳内の殿下は非人道的で冷たい事しか仰ってはくれない。

『本当はリアが憎くて堪らなかったから復讐だよ』

『処女の公爵家であれば誰でも良かったんだ、扱いやすそうなお前にしただけだ』

僕の信じた殿下を想像しては口々に僕を蔑む。僕をもし本当に大切にしているなら、抱いた後一週間も放置するだろうか。


男爵家の彼は……こんな僕を待っていてくれる?

もう彼の子は孕めない。

僕が公爵家じゃなくても……知らない土地で、ひっそりと二人きりで……生きる事を選んでくれない……かな。

ただ、救われたい。
この苦しさから僕を……救ってくれるのなら、なんでもよかった僕に、救いなどあるはずがなかったのに。

何もする事の無い毎日がいつ終わるのかも知らない。殿下とは結婚式には会えるだろうが、三月も先の話。

一度従者に頼み、散歩を試みたが許されたのは誰もいない庭園のみで、余計に僕の孤独は増すばかりだ。

男爵家の彼に会いたい。
許されないその気持ちは毎日積もっていく、せめて顔を見て…謝罪を述べたい。


後宮は、想像の何倍もあっさりと抜け出す事が出来た。最初に着ていたラフなシャツにフード付きのマントを大きめに羽織ると、警備の兵はすんなりと僕を門の外に通した。


簡単に外に出てしまった手前……僕は王都の街並みを歩く。
たくさんの商売人達が何かを売っていたり作っていたり……そして、民衆がそれを楽しそうに見ている。

王都は何度も来た事があるが、こうして平民と同じように歩く事は初めてで……それだけで少し胸が高鳴った。

お金を払えば目的地まで乗せてくれるという馬車を見つけ、例の男爵家までお願いする。

公爵家や王家の馬車と違い、ガタガタと揺れスピードもやたらと早く不安になるが、数時間も馬車に揺られれば見慣れた街並みへと変わった。

そろそろ僕が居ない事に気づき、殿下はお慌てになっているのだろうか。
それとも、僕の事などどうでもよくて、居なくなってくれて嬉しかったりして。

どうもネガティブな性格はやはり兄様達に虐げられてきたかららしい。

男爵家の彼に、お前だから愛しているんだ、そう言って欲しかった。

男爵家の少し遠くで馬車を降ろしてもらうと、僕は何度も足を運んだその家へと歩く。

家を訪ねて平気なのか、出てくるまで待とうか……と思っていた僕の心配は杞憂のようだ。

庭先で本を読む彼。

僕の旦那様になるはずだった人。
僕を……今、肯定してくれるかもしれない人。

「………あの、」

おずおずと話しかけると、彼の顔には困惑が浮かぶ。

「………リア?」

パタン、と本が閉じられ怪訝そうな彼が僕に近づいた。

「皇太子妃様、ご挨拶申し上げます」

最高敬意の礼は、僕には嫌味のように写る。

「や、やめてよ……」

「……皇太子妃様に対し、無礼を働く事はこの国では罪ですから」

僕は何を勘違いしていたのだろう。
勝手に婚約は破談になり正室に入った僕が会いに来て、迷惑じゃないわけない。

「……ごめん、直接謝りたかったんだ。なんで僕に縁談が来たのかは分からない。でも、君は僕を……愛していてくれたんじゃないかって、そう思ったら、つい……来てしまって」

「………愛?皇太子妃様は面白い事を仰る。公爵家のご子息と、男爵家次男の婚姻と聞くだけでもどんな関係かお分かりになるでしょう」

ぽたぽたと、落ちた涙が芝生に吸い込まれていく。だが、いつもなら僕を気遣う彼が一歩たりとも動こうとはしない。

涙を拭って……大丈夫か、と問うてはくれない。

「ま、一ヶ月前までは…もっと貴族として力を付けたいと野心を持ってたんですがね、それはもう諦めました。代わりに……底辺の貴族でもいいような可愛い町娘とでも結婚して……細々と生きていきますから。やたらお堅いだけの地味男をわざわざ娶らなくて良くなったそうですし」

その言葉への返事は見つからなかった。

僕のボロボロに傷ついた心は、その否定に耐えられるはずもない、ぼーっと彼に背を向け涙を流すしか出来ず、そのまま何処へ向かうでもなく歩いていた。

まだたったの一ヶ月程、本来だったら今頃僕達は丁度結婚をしてた頃だろう。

公爵家だからという理由でもいいから愛して欲しかった。望んだ結婚、望んだ妊娠……僕は誰かに望んでもらえたのに。

王都から数時間離れたここはもう田舎だ。もちろん行きで来た馬車ももう居なくて……僕は途方に暮れていた。

いつもなら公爵家の馬車が待っていたが、今はそんな事もない、誰にも言わずに来てしまったからもちろん迎えも来るはずがない。

お金は持ってきてはいるが、そもそも泊まる場所すらあるのかも知らない。

僕はあまりに無鉄砲で無知だったのだ。


暗くなってくれば、不安が心を過ぎる。
そして、そんな不安は杞憂では終わってくれないようだ。

「へへ、こんな小綺麗な子が一人で?」

「なんだ?男を探してたんじゃねえか?お貴族様だろう~?そんな貴族様が一人で夜ほっつき歩くって、お誘いだよなぁ?」

二人組の、薄汚い格好の男が僕に近寄る。

「っ、お、お金なら…ありますから!」

ジロジロと舐める様に見る目が気色悪い。
カタカタと身体が震え、走り出そうと身体を翻すと、もう一人が僕の後ろに回り込む。

「金ねぇ、あんたを気持ちよくしてやった礼として貰っといてやるよ」

僕は、足が絡まって尻もちを付いてしまい、もう逃げる事もうまく言いくるめる事も出来そうにない。

「っ、やめ…………」

「おい」

涙で滲む視界には、この田舎町に似つかわしくない上等な衣服に身を包んだ……その方がいた。

「…あ?貴族がもう一人登場かぁ?」

「、おい…流石に俺でも分かる……逃げるぞ!」

一週間前に披露された皇太子妃は知らずとも、流石に王家の嫡男は知っていたらしい。

剣を抜こうとする殿下に立ち向かいもせずに踵を返すと走り去っていく。

「……リア、帰ろう」

尻もちも付いて、汚いはずの僕を平気で抱き上げてくれる。
近くに付けていた王家の馬車に僕を抱いたまま座り、優しく抱き締めた。

「……殿下、殿下……申し訳ございません……殿下、どうしても僕、婚約者に謝りたくて……」

本当は、僕の存在意義を確かめたかったなどと、殿下に言えるはずもない。

「ああ、私が悪い。実は、一応……あの者には私から直接出向き…ちょっとした慰謝料も渡した。それをちゃんと伝えるべきだったし……お前に色々とちゃんと話すべきだった。私は、自分の欲とお前を囲う事に専念しすぎて……お前の気持ちを蔑ろにした」


 「殿下……あの日から、会いに来てくれなくなって……僕、嫌われたのかなって、僕の事など最初からどうでもよかったのかなって思ったら……不安で」

優しい手が僕の頭を撫でる。
殿下のお優しさを疑った僕を叱って欲しい。

やはり、殿下は僕を助けてくれた、悪党からも……苦しさからも。

「あの者とは……ちゃんと話せたのか。私が君たちの婚姻を台無しにしてしまった事は逃れられない罪だ」

「……はい、やっぱり公爵家だから結婚しようと思っていたって言われて……僕の事なんて最初から好きじゃなかったみたいです」

ぽろぽろと流した涙が、殿下の衣服を濡らしてしまうのが心苦しい。だが、殿下はそんな事を気にするつもりもないようで、僕を抱く腕を緩めようとはしない。

「そうか……でも、私以外の事で泣いてくるな。私は……もちろん、公爵家でなくても…君がもし子を宿せなくても、リアだから………」

「………僕だから?」

殿下の紺色の瞳と、僕の水色が交わる。
馬車の音すら感じなくなりそうな二人だけの空間のまま、時が止まる。

だが、殿下は続きは教えてはくれなかった。

着く頃には朝になる、少し寝なさいと子供にするようにポンポンと背中を叩いてくれる。

殿下の香りが……殿下の体温があまりに心地よくて、僕は殿下の膝の上で意識を夢の中に溶かした。

だけど、少しだけ怖かったんだ……またあの時みたいに殿下と一緒に眠るのが。

起きたら一人になっているような気がして。



だが、僕のトラウマは一瞬で砕けて消えていく。僕の腰には殿下の腕が回されていて、大事そうに抱き込まれ身動きが取れない。

苦しい程に抱かれた僕の身体、殿下がちゃんと僕の横にいるという何よりの印。

どんどんと意識がはっきりしてくると、殿下の私室のベッドで二人で寝ていたのだと理解した。

多分、あのまま寝た僕を抱えて連れてきて下さったのだろう。服も脱がされているとはいえ、散々外で汚れた僕の身体が殿下のベッドに触れているのが申し訳ない。

でも……僕は嬉しかった。
殿下が僕の隣にいる、抱きしめてくれている。

そう思うと妙に胸が暖かく、今まで誰かの一番になれなかった心が満たされていく。

「……リア?」

もそもそと照れて寝返りを打つ僕を逃がすまいと抱き込むと、耳元で名前を呼んだ。

「殿下……大好きです、殿下」

「………リア?」

驚いたように、目を見開くと僕の唇に唇を重ねた。

「……すまない、キスしていいか聞くべきだった。リア……キス、しても?」

もう、一度重ねられた唇を離すと、緊迫した殿下がそう問うた。殿下はいつもそうだった、常識的に考えて断らない様な事でも必ず僕に確認をする。

「…………はい、殿下。でも………キスしたら、ちゃんと殿下のお言葉……聞かせてくださいね」


その後は、何度も、何度も……舌を絡ませ口付けをした。唇がふやけそうになるくらいに。

「……は、リア………愛している」

心臓が優しく鳴る。

「なんで言ってくれなかったんですか」

こんな、拗ねた子供の様な事を殿下に言うのは初めてだと思う。だが、なんだか甘えてみたかった。

「お前が聞いてこなかったんだろう、何も言わずにずっと、僕は分かってます~しか言わないから……私だって、何も言えなかったんだよ」

「抱いた後だって、一週間も放ったらかしにしました」

「……すまない、無理に抱いた私の顔など見たくないと思ったのだ、許してくれリア……許してくれるのなら、やり直させてくれ…起きても…次の日も、ずっとお前を抱き締める」

僕が笑う、そして殿下の腰に僕も腕を回すと、その胸におでこをぐりぐりと押し付けた。

僕と殿下の幸せな結婚は、きっと今日から始まる。







「出すよ、リア」

「~~~~~っ」

全身で覆いかぶさられ、こうして絶対逃げ道が無いように中に出すのが殿下はお好きだ。

僕は逃げないのに……時には一日に二度も、こうして僕の身体を揺さぶる。

とぷとぷと、奥にぶちまけられる感覚は何度経験しても気恥しい。

僕にとっては一番尊い…殿下の種。
こんなにも光栄な事はないのだと、きゅうとお腹の奥が熱くなる。

「……これだけ毎日出したら、流石にすぐに孕みそうだ」

「…っ、はい!僕、必ずお世継ぎを宿しますから……」

汗ばんでいる殿下の身体が僕を包んだ。

「……違うよ、世継ぎなど私は二の次だ。私は、リアと私の子が欲しいだけだよ。もちろん居なくてもいいのだが……居たら、きっと可愛いし私は絶対にリアにとってなくてはならない存在になれるだろう?あと、私がリアを抱きたいだけ」

ほんの少しだけ……心が軽くなる。
こうして、毎日ナカに頂く度に世継ぎの為に頑張っておられるのではないかと思うと…期待に応えたかったから。

「そんな……世の民達もこんな毎日毎日…その……ふしだらな事…しているのですか?」

「……ふしだらって…子作りなのだから…神秘的な行為だろう。だって…私は十二くらいの時からリアをこうして抱く事を想像して…その、望んでいたし」

殿下のお言葉は僕には刺激が強すぎて、つい殿下に背を向け、ベッドの中で距離を取ろうともがく。

「十二……って、僕なんて性交で子を宿すのだと知ったのは十七の時です……!そりゃ、人を好きになる感覚や愛される感覚に興味はありましたけど…まさか、こんな秘部をさらけ出して性器を挿入する行為で子を宿すなんて……!」

そして、背を向けた僕を後ろから抱き込むと背中にも、殿下の物である印が落とされていく。

「そりゃ……妃候補の公爵家と王家の嫡男では教育がまるで違うだろうが……流石にリアは純すぎるんだ。いくら上流貴族でも、花の中から子は産まれるなどと…信じていたのは幼少期だけだぞ」

それはこの国で伝わる子の産まれ方だ。
神殿に咲く大きな大きな蓮が花開くと、その中に宿された赤子を神官が抱え……愛する二人の元へ連れていくと。

確かに…それだと何故腹が大きくなるのか…という矛盾点があったが、深く考えた事もない。

「僕は……信じておりました。というか…殿下が十二の頃…僕はまだ八つですが……おいくつから殿下は僕に懸想を……」

初めて恋人が出来た時もいつも通り笑っていらしたし…結婚を報告した時も変わりはなかったと思う。

殿下は、本当にそんな昔から…僕を好いてくれていたのだろうか。

「そりゃ、私が九か、十くらいの頃だろう。あの頃、会う度に私を慕っています、僕だけの太陽と子供ながらに笑う君に、私はしっかり勘違いしていた、それも七年もだ。私は疑わなかった、リアは私を好きなのだと……私の伴侶になるのだと」

殿下の言う勘違い、とは僕の敬愛が恋愛感情を含んだ物であるという事。

まさか…恋愛感情などあるわけがない……というよりも、公爵家にも関わらず妃候補にすらなれなかった僕が殿下にそんな思いを持つ事すら如何わしい。

無意識よりももっと深い所で禁じた、太陽への恋慕……恋や愛などと考えもしない程、殿下は唯一の太陽だった。

「君が、十三で私が十七程の頃……成人したら君に…プロポーズしようと思っていたのだが…君の無邪気な笑顔は、私に恋人が出来たと言った……」

僕は、言って下されば……と心の底から叫びたくなったが、殿下からしたら、疑いもしなかった一番の下僕から、恋人が出来たと告げられたのだから、仕方がないのかもしれない。

「……どうして、幼い頃に好きだと言ってくださらなかったのですか……」

「言ったさ、君が大切だと、ずっと側にいてくれと……それで、君に永遠にお側におりますなんて言われて……てっきり私の伴侶になりたいのだとばっかり…思っていたよ。でも驕っていたのは私だ、私は恥ずかしながら…まさか公爵家の君が誰かに取られるなんて思いもしなかったんだ」

なんて遠回りだろう。
あの男爵家の彼と出会う前に、殿下が恋慕を抱えていると知れば、僕はきっと迷いもせず殿下を見ていただろうから。

男爵家の彼に出会いたくなかったなどと言うつもりはない、彼と過ごしたたくさんの時間は政略的な婚約とはいえ…僕を成長させたのも確かだ。

「うう……殿下のお話は僕にとって…もどかしくて苦しい。でも、でも…今は殿下の伴侶として…ずっと側にいると心に決めていますから……それでお許しを…」

また殿下の方を向かされると、その唇に優しい暖かさが落ちてくる。

幸せすぎるピロートークも終わりを告げる、従者達が殿下のご公務ギリギリの時間に、ドアをノックする音が遠くから聞こえていた。

僕は立ち上がると、急いでバスローブを殿下に羽織らせ紐を探す。

「ああ、ありがとう……リア、謝らなければいけないのは私の方だ、私はお前を権力で私の物にした。絶対的な力を持った王家だが、絶対にしてはならない事……民衆を権力で思い通りにする事だ。私は私を一生許す事はない」

僕は泣き出しそうだった。
確かに、殿下は民の結婚を壊してまで僕を呼び寄せたのだから。結果的には、僕は酷く幸せで…男爵家の彼も無理な政略結婚から開放され…最近では爵位を上げたと聞かされた。

殿下は間違っておりません、と口に出したくてもそれは余計に殿下のお心を苦しめそうで…。

「……殿下が許さなくても僕は許します…」

バスローブ越しに僕が背中から抱きつく。
数秒、殿下は黙っていたがすぐに僕の方を向き、抱き締め返してくれた。

「リア、愛している」

従者が、控えめかつ慌ただしそうにまたノックをした。もう時間は迫っているらしい。
殿下は回した腕を離したがらないので、僕がやんわりと外すと、ドアを開ける様に促す。

「む、もう限界か……リアは、風呂を用意させようか?」

「……あ、いえ、もう少し…殿下の種がお腹に馴染むまで…ゆっくりさせて頂こうと思っております」

殿下が僕を見つめる、じ…と僕を見る紺色が美しい。

「………公務はサボろう」

僕は、殿下の人間らしい所を見る事が出来るのが堪らなく嬉しい。
殿下でもサボりたくなるし、僕を抱き締めたまま動かなくなったり、従者にまでヤキモチを妬いたりする。

僕にとっていつも完璧だった殿下は僕の前でだけ、我がままな幼子に戻ってくれる。

だが、こうして駄々をこねる殿下をお送りするのも皇太子妃としての最初の仕事なのかという気持ちもあり…くいくいとドアに押すと渋々とドアノブを回す。

「いってらっしゃいませ、殿下」

「ああ、すぐに戻る」

最後のキスは瞼だった、この温もりを糧に…今日の殿下がお戻りになるまでの数時間を過ごそう。





私は本当に、リアの結婚を邪魔するつもりなど無かったと言ったら…何かの免罪符になるだろうか。

そもそも、今の私は一切の罪悪感など持ち合わせてはいないのだが…やはり形はどうあれ権力を民に振りかざした事は忘れるべきでは無い。

人生で手に入らない物など無かった。
絶対王政のこの国で、父は私に王としての威厳を保つ傲慢さ、佇まいを教えてくれた、そして母は民衆の尊さを。

王は頭を下げてはいけない、そして王に歯向かう者を許してはいけない…欲しい物は全てを手に入れ、上に立つ……だが、その根本を支えてるのが民衆なのだと。

教わった、と言っても外聞の話だ。

父にも母にも会った回数は数える程。母は弟を産む為に必死だったし、父は何人もいる側室に連日種付けし、それが分かれば母は発狂していたらしい。

産み落とした私は乳母に育てられたが、母なのだと錯覚しない様に常に皇太子殿下、と頭を下げる乳母を幼い頃から見てきた。

そんな時だった、妃候補との初対面。
父親の側室達と同じ目をする妃候補達の側で、キラキラの太陽を映す幼いリアの水色。

美しくて魅入っていたら、王子様、と僕に抱擁を強請る。

この者なら妃にしてやってもいい、などと勘違いも甚だしい気持ちを抱えたまま、私はどんどんとその朗らかさに惹かれ…気づけば引き返す事の出来ない所にいた。


『殿下、僕…恋人が出来たんです!好きになったと…社交会で言われて……僕が行き遅れると殿下に心配を掛けてしまいますから、とりあえずは一安心です』

穏やかで優しい王子だと散々言われ続けていた私の脳内を、怒りと苦しさが占める。

初めて湧き上がる殺意。

その日から、全てが無価値に思えた。
リアが私の伴侶になるのだと、信じて疑わなかったから。

手に入らない物は無いと思い込んでいた私が初めて出会う、人の心という名の手に入らない物。

もちろん過去に戻れるのなら、あの忌々しい男爵家の男になど近づけず、小さい頃から愛を囁いて妃になって欲しいと伝えよう。

私の最大の誤算は、知らぬ間に男爵家の男が忍び寄る足音に気づかなかった事。

私もただの貴族であれば、恋人が出来た後でも、私も好きだったと伝えればリアにどちらがいいのか選んでもらう事が出来る。

だが、私は次期王。
私の望みを叶えない事は罪。

たった一言、私の物になれと伝えれば叶う願いは……私にとって重く…絶対に許されない物になってしまっていたのだ。

結局、私は権力を振りかざしリアを妃にしたのだからもっと早く遂行していればよかったのだろうが、結婚の話をされるまで本当にリアの人生を操ろうなどと思っていなかった。


あの日……リアに結婚をすると言われ……リアがあの者の物になり、子をこさえればもう後戻りが出来ないと思った時、私は悪魔になった。

『リア・アーバスノットを皇太子妃として迎える』

そう、たったこれだけの手紙で私は人生で唯一欲しい物を手に入れられる。


リアは、国家…いや私に対する畏敬の念を強く抱いていたし、案の定何を勘違いしたのか知らないが、僕は分かっていますから…と笑っていた。

本当に分かっているのだろうか、私の信念を曲げてまでリアを私の側に置こうとする、どす黒い執念を。

絶対に私自身でリアの春を散らし、私の子しか未来永劫作れない様にすると、決めている事を。


そして、もう一つの作戦はあの男への一切の未練を断ち切らせる事だった。



「……皇太子殿下」

二人で対面するのは、初めてだ。
田舎町にひっそりと佇む古い屋敷、ここに住む次男の元へ、私自ら訪れていた。

「最初に言うが、謝る事は出来ない」

私を睨みつけるその目から目を逸らさずに、距離を詰める。

「……何でしょう、私の婚約者はお元気ですか?ああ、元でした…申し訳ございませんね」

嫌味の様にそう言い放つ男は、苛立ちを隠さずに拳を握り込む。

「君に頼みがある」

「あ?」

「公爵家との縁談を邪魔した事に対する慰謝料と、頼みを聞いてくれた場合の謝礼を渡す」

私は、慰謝料にしては莫大な金額を書いた制約書を彼に渡した。

彼は呆れたように笑うと、制約書の内容も読まずに添えられたペンをさらさらと動かす。

「はは、公爵家と結婚するのよりも得が出来そうな額だ、断る理由がねえな」

「頼みの内容も聞かずにサインしていいのか?」

「オージサマが一番知ってんだろ、王家の頼みなんか断れねえだろうが。で、頼みは?」

つまらなそうに、庭の埃をかぶったベンチに座り込む男を見下ろす。

「今、リアはギリギリの状態だ。毎日泣いていて、時おり君の名前を呟く。どこから出れるのか画策している事も確認している。何処かに逃げようとしているなら君の所だろう、だから…リアが来たらちゃんとその未練を断ち切って欲しい」


先程まで道化のように笑っていた男の眉が、ぴくりと動いた。

「何でそんな状況を放っている?リアに何したか知らねえけど、大好きな皇太子殿下に優しくされたら俺の事なんて少しも思い出さないと思うぜ?そもそも、逃げ出そうとしていると思うなら何故囲わない?」

やはり、この男はリアをただの公爵家の子息だとしか思っていないというのは正しくないだろう。

「このまま私が言いくるめ、どうにか後宮に押し込んでいても、一生お前に対する未練も罪悪感も抱えたままだ。なら、逃げたいなら逃がせばいい…そして、帰ってくる様に仕向ければいい」

「はは、悪魔だな…こりゃ。俺への未練を断ち切らせる為ならリアが今、地獄に居るのはどうでもいいって??は、まぁいいや…公爵家でもないリアを攫って二人で暮らしたって一銭の金にもならねぇしな」


そう、呟く男の目は……少しだけ以前の私に似ていた気がした。

私が、一生懸命笑顔で隠した…その目が。


「分かってくれたならいい、私はもう行く。ここの会話の不敬罪は不問にしといてやる」

「ああ、そうしてくれ」

私は男に背を向け数歩歩き、歩みを止めた。

「お前は本当にリアを公爵家の子息としか思っていなかったか?」

男がどんな顔をしていたのかは分からない。

「あんたも知ってんだろ、あの地味な末っ子ちゃんも笑った時くらいは可愛いんだよ」


王家の馬車に乗り込むと、もう男爵家の男は屋敷の中に入っていた。
苦しくないと言ったら嘘になる、もし私が男爵家で…権力を翳してリアを横から奪い取られたら、王家という力を末代まで呪うだろうから。


だが、この罪と共に生きていく事を厭わない程に、リアだけが我の全てなのだ。





僕は、親族との関わりをもうほとんど持っていない。

父上からは、頻繁に手紙が来るが…内容は、以前では有り得ない程の僕への賛美が綴られているだけで、もう見飽きてしまった。

もちろん兄達に会う事は無い、そもそも兄達は僕には会いたくないだろうから。

最後に会ったのは僕の結婚式で…殿下が式の構成を風変わりな物にしてくれて、僕はほとんど兄様達と話さなくて済んだから、会ったと言えるのかも分からない。


だが例外はあった、それは、四男の兄様だ。

元々、四男の兄様だけは年が近いのもありそこまで不仲では無く、個人的に手紙をくれたのも四男の兄様だけだった。

「皇太子妃様、この度はお世継ぎのご出産おめでとうございます」

「兄様も……僕なんかに会いに来てくださってありがとうございます……あの、ごめんなさい僕……屋敷を出た時、すぐに破談になるなんて無責任な事を言って…結局お子までこさえてしまって……」

可愛い出で立ちに僕に少し似たくるくるの髪の毛、だが僕とは違い凄く似合っているので洒落ている。

「は~僕は分かってましたし。どうせ皇太子妃サマが戻ってこない事くらい」

「兄様……皇太子妃様はちょっと……戻ってこない事が分かっていたって…何故ですか?」

あれから約一年だが、兄様の可愛らしさは全く損なっていなく、逆に凛とした魅力が混じって妖艶にも見える。

「はは、皇太子妃サマのお言葉は絶対だもんね?だって、殿下…リアの事見る目違ったから。ほんと、僕達の事は全く興味持ってなかったけどさ、他の兄様達はそれは友だからだって信じたかったのか知らないけど……リアが後宮入りした時、僕は殿下がリアを自分の物にする決心が着いたんだなって分かってたって事」

兄様達の話が出ると、どうも胸の辺りが、ずんと重くなった。

殿下に見初められる為の努力を隣で見てきたからこそ、言ってしまえば何の努力もしていない僕が立っている場所は憎いだろうから。

「ふ、リア…顔に出てる。努力してきた兄様達に申し訳ないって?」

見透かした様に兄様が笑う。

「……それは、否定出来ません」

「そう、だからそれを教えてあげようと思ってきたんだよ。僕だって、兄様達には虐められたし…こんなふわふわヘアーも似ちゃってさ、ムカつくけど僕にとっては唯一の弟だし」

兄様は、一人一人食い摘んで話してくれた。

長男の兄様は、元々本当は気になってる人が居た事。洗脳のレベルで妃教育を受けていた時はまさか殿下以外と結婚など考えなかったが、僕が結婚してからは憑き物が落ちた様に、恋愛にも興味が出たのだとか。

次男の兄様は、勉強が得意で…妃になれないのなら官吏を目指すお考えだという事。
賢い兄様にぴったりだと僕も思う。

今でも恨み言を垂れ流しているのは意外にも三男の兄様らしく、三男の兄様は殿下の事を真剣にお慕いしていたのだろうか…とも思ったが、今はまだ幼い第二継承権を持つ王子へとアピールするべく美しさを磨いているらしい。

そして……兄様。

「僕はね、嫁を取る!殿下だったらと思ったけど……殿下が無理なら、可愛い女の子を毎日抱いてやる!」

一番可愛らしい容姿を持つ兄様は、女性との婚姻を望んでいた様だ。

「ふふ、ありがとうございます…兄様。少し心が楽になりました」

「リアも……初っ端から男児様をお産みになって……幸せそうで、よかったよ」

兄様は、優しく微笑む。そのお美しい微笑みは、兄様自身のお心も少し軽くなったように見える。

そして、僕は兄様に歴とした殿下の伴侶になった経緯をお話した。
まさか従者に言える話でもないので、殿下の事をお話出来る家族の存在など、夢の様だ。


「へ~ロマンティックな話じゃん」

「そ、そうなんです……!悪党から守ってくださった殿下がかっこよくて…逞しくて……」

照れる僕を見て、ニヤニヤと口元を綻ばせたが、すぐにムッとした様に表情を歪ませた。


「でもさぁ~~余計な事言うと、殿下に怒られそうだけどさ……さっき話してくれたリアの話……後宮なのに警備が居なくて変装したら簡単に出られて……婚約破棄した男爵家は何故か莫大な金貨を払って爵位を上げたんでしょ?……帰りに遭った暴漢から颯爽と現れ守ってくれた殿下……ねぇ?それさぁ……」

僕が、さっき兄様にお話した殿下との経緯を復唱する。

「おや」

少し大きめの声量の麗しい低音が庭園に響いた。

「……皇太子殿下…ご挨拶申し上げまーす」

この一年で殿下の美しい髪の毛は肩程まで伸び、まだ新生児の子の面倒を見る為に公務からのお帰りが早い。

「これはこれは、妃の兄上……我も兄と呼ばせて頂こうか」

「……はは、僕が憧れていた王子様は…意外と子供っぽいやり方で全部掻っ攫ったわけね……気づかないリアもリアだけど……」

兄様が小さな声で何か唱えた様だが、それは僕の耳に届く事は無かった。

「殿下、ご冗談は程々に。僕はもう帰りますから、ご子息の誕生も祝えたし、色々話せたので……王国の月と太陽に祝福をお送り致します~」

つまらなそうにそう言うと、兄様が席を立つ。殿下と三人で食事でも…と言いたかったが、殿下は土産をお持ち頂こう、と仰ったので僕は兄様を見送る事となった。

殿下でも従者でもない方との歓談の終わりは少し寂しい。やはり、今までは毎日顔を合わせていた仲だから…。

「っ、兄様……他の兄様方にも、よければ後宮に遊びに来てくださいと……お伝え頂けますか?」

従者に付き添われ、庭園から去ろうとする兄様が振り向くと優しく微笑んだ。
僕が王家に嫁いでも、子にとって兄様達は伯父だ、たくさんの親戚に会わせてあげたいという親心も助け、兄様に…きっとですよ!と叫ぶと、また背を向け左手を上げた。

「……行ってしまわれた……」

兄様の背中は見えなくり、庭園にはいつも通りの静寂が漂う。

「リア、兄達とは仲が良くないと思っていたが……」

「……そうですね、どの兄様も妃になる為に生きていましたから…てっきり恨まれてると思っていたのですが、杞憂だった様です」

殿下は、寂しそうに笑う僕を抱き締める。

殿下はお優しい人だ。
こんな……僕を愛してくれるのだから。

「さ、子も寂しがっているだろう。あの子には…たくさん母と父の顔を見せて育てたいんだ」

子は、殿下に似た男児であった。
僕の宝物は、殿下の宝物で……二人にとって唯一無二の太陽はまさにこの子。

殿下は、今僕の太陽とは少し違う気がする。
大好きな、こうして手を伸ばせばその頭に腕を回す事の出来る旦那様。

僕が、殿下に抱き着くと優しく抱き締め返してくれる。そのまま僕を抱えると今や三人の住居と化した部屋へと向かった。

僕達が居なくて泣いているのでは、という心配を他所に寝息を立てている。

そんな、小さな寝顔を覗き込む殿下が微笑みを称えた。

「リア、まだ子は数ヶ月だ。もちろん承知しているが……お願いだ、子が寝ている今だけでいい……今だけリアを貸してほしい」

またしても僕を抱えると、どちらともな口付けを落とす。
子が起きないようにと優しく閉じられた扉が遠ざかる。夫婦の寝室は、あまりに甘い……僕の大好きな場所になっていた。

「リア、愛している」

ちゅ、と優しい音を立て唇を吸われると簡単に僕の秘部は期待した様に収縮する。



いつかこの王が治めるこの国は、きっと一人の后妃によって王宮を賑わせるのだろう。
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遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。 「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。 未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ) 自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。 ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。 少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。

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