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一通の招待状と、悪役令嬢の婚約者①
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季節を先取りしたような熱のある風が庭にある椎の木の枝を揺らし、研究員の白衣をはためかせる。
この数日、ハーナンザ王国の王都ザーハでは暦の上ではまだ春の終わりだと言うのに、暑い日が続いていた。
空もどこまでも蒼く澄み渡っていて、晩春から初夏へ移り変わる様は、新緑をより美しく輝かせている。
当然ながら天気が良ければ日差しも力強い。
ここ新薬を開発するマークランズ研究所の真っ白な建物は眩しいほどに輝いている。
そして施設内に併設されている準責任者のカゼット・ファルザの屋敷の一室、一人娘のルシータの部屋にも、それは真っ直ぐに差し込んでいる。
けれどこの部屋の持ち主であるルシータは爽やかな陽気に浮かれるどころか、10日以上雨が続いているような陰鬱な表情を浮かべていた。
「………なんでこんなもの受け取っちゃったのかしら……」
ルシータは机の上に置いてある一通の封筒を見つめながら、深い溜息を付いた。
執事のカイルドが運んできた手紙をうっかり受け取ったのが運のつきだった。
きちんと差出人を確認しておけばよかった。そうしていたなら、絶対に受け取ったりしなかったのに。
「てっきり、ボードレイ先生からだと思ったのに……」
ルシータは2ヶ月前に卒業した、母校の恩師の顔を思い出した。
女性でありながら生徒に無駄口を叩く暇を与えることなく教鞭をとるその姿に、当時16歳だったルシータは、ときめきすら覚えてしまうものだった。
そして2年間の学園生活では、ルシータは懐いた子犬のように、ボードレイ先生の姿を見かけると一目散に駆け寄り、尻尾を振る代わりに、ありとあらゆる質問をした。
中にはくだらないものや、科目とはかけ離れたものもあったけれど、先生は嫌な顔をすることなく答えてくれたのだ。
これが男性教師なら、迷わず恋に発展するところ。
だが、そういう流れにはならなかった。ただ今でも手紙のやり取り程度の交流は続いている。
季節の挨拶を抜きにして、淡々と日々のことを綴る手紙は、いっそ潔さすら感じられ、ルシータは読む度に胸が熱くなる。そして最後に、一言添えられる気遣いの言葉。
ほうっと、ほんのりと頬を赤く染めながら舐めるように何度も読み返すその姿は、端から見たら、大好きな彼からの恋文と断定されてもおかしくはない。
───ということは、置いておいて。
要は、恩師が女性らしい華美なことを好んでいない性格だということなのが需要なのだ。
つまり、薄バラ色の封筒で手紙を送ることなどあり得ない。
それに学生生活においても卒業後も、過去、色つきの封筒で手紙を受け取ったことなど一度もなかった。
なのに、めったに自分宛に手紙がこないからと、早とちりしてしまったのは、間違いなく自身の落ち度だった。言い訳はできても、言い逃れはできない。
そんな結論に辿り着いてしまったルシータは、再び溜息を付く。
ちなみに、今ので17回目の溜息だったりもする。
突然だけれど、ファルザ家は貴族である。ちなみに爵位は男爵で、領地を持たない末端貴族だ。
なので、生活を維持する為には働かなければならない。
ただルシータの両親は、共に新薬の開発をする研究者であるが、それは二人にとって労働ではなく生き甲斐なのである。
それゆえ、幼い頃ルシータの世話をしていたのは乳母ではなく祖母だった。なのでルシータは、いわゆる”おばあちゃん子”であった。
だから溜息を付くと幸せが逃げていくという言い伝えがあることを知っている。が、今日に限ってはどうにも止まらない。
机の上におざなりに置いてある薄バラ色の封筒に、ちらりと視線を落とす。既に開封済みである。
その中身を確認したのはルシータで、開封してぱっと目を通した途端、無言で封筒に戻したのもルシータだった。
でもその内容は不愉快なほど、しっかりばっちり覚えてしまっている。
半月後に開かれる同級生の婚約披露を兼ねてのお茶会の招待状だった。同窓会でもあるそうだ。
優美な書体で書かれていたそれは、銅板印刷されていたものなので、きっとたくさんの人達に送ったものなのだろう。
だから、ルシータに届いたこれは、数多の一つと割りきって、破って破って粉砕して、ゴミ箱に突っ込んでしまえば良い。
なのにそれができないのは、最後に書かれていた一文に引っかかりを覚えてしまったから。
【昔のことは許してあげる。だからどうぞ気軽に参加してね】
この部分だけは、手書きだった。
インクが滲んでしまうほどの筆圧に、ある種の念が込められていることが容易に想像が付く。
ここハーナンザ王国は階級社会だ。
けれど、身分の上下に関係なく15歳から18歳の健康な男女には必ず2年間、教育機関で就学することを義務付けている。
ルシータは持病などない健康優良児だ。
そして学ぶことを楽しいと思っている人種でもある。
だから両親の母校でもあるアイセルイン学園に就学できることを楽しみにしていた。
けれど、その学生生活が充実していたのかと聞かれると、とても悩ましい。
勉学については何一つ不満はなかった。尊敬できる師に恵まれ、、実りある学園生活だった。
けれど学園生活というのはそれだけではない。学舎で多くの友を作る場所でもある。
アイセルイン学園は、貴族令嬢の行儀見習いや、将来に向けてのコネ作りの機関ではない。
そういった裕福な上流貴族のみを対象としたものではなく、どちらかというと中流階級の真剣に学びたいものを対象にしている。
ルシータは末端貴族の一人娘。
領地を持たない底辺貴族───男爵令嬢のため、この学園に入学するのは決して身分不相応な行為ではない。はっきりいって妥当なものだった。
けれどルシータは卒業後、貴族令嬢として他の貴族たちと交流を深めたりすることはしていない。
屋敷に併設されている研究所の手伝いをする以外は、ほとんど部屋から出ることはない。
俗に言う、引きこもりの生活を送っている。
先に言っておくが、遅い反抗期が来たわけではない。
ただちょっとばかし、人間不信になってしまっただけ。
それは、この招待状をよこした人物───アスティリア・ヨーシャのせいだったりもする。
この数日、ハーナンザ王国の王都ザーハでは暦の上ではまだ春の終わりだと言うのに、暑い日が続いていた。
空もどこまでも蒼く澄み渡っていて、晩春から初夏へ移り変わる様は、新緑をより美しく輝かせている。
当然ながら天気が良ければ日差しも力強い。
ここ新薬を開発するマークランズ研究所の真っ白な建物は眩しいほどに輝いている。
そして施設内に併設されている準責任者のカゼット・ファルザの屋敷の一室、一人娘のルシータの部屋にも、それは真っ直ぐに差し込んでいる。
けれどこの部屋の持ち主であるルシータは爽やかな陽気に浮かれるどころか、10日以上雨が続いているような陰鬱な表情を浮かべていた。
「………なんでこんなもの受け取っちゃったのかしら……」
ルシータは机の上に置いてある一通の封筒を見つめながら、深い溜息を付いた。
執事のカイルドが運んできた手紙をうっかり受け取ったのが運のつきだった。
きちんと差出人を確認しておけばよかった。そうしていたなら、絶対に受け取ったりしなかったのに。
「てっきり、ボードレイ先生からだと思ったのに……」
ルシータは2ヶ月前に卒業した、母校の恩師の顔を思い出した。
女性でありながら生徒に無駄口を叩く暇を与えることなく教鞭をとるその姿に、当時16歳だったルシータは、ときめきすら覚えてしまうものだった。
そして2年間の学園生活では、ルシータは懐いた子犬のように、ボードレイ先生の姿を見かけると一目散に駆け寄り、尻尾を振る代わりに、ありとあらゆる質問をした。
中にはくだらないものや、科目とはかけ離れたものもあったけれど、先生は嫌な顔をすることなく答えてくれたのだ。
これが男性教師なら、迷わず恋に発展するところ。
だが、そういう流れにはならなかった。ただ今でも手紙のやり取り程度の交流は続いている。
季節の挨拶を抜きにして、淡々と日々のことを綴る手紙は、いっそ潔さすら感じられ、ルシータは読む度に胸が熱くなる。そして最後に、一言添えられる気遣いの言葉。
ほうっと、ほんのりと頬を赤く染めながら舐めるように何度も読み返すその姿は、端から見たら、大好きな彼からの恋文と断定されてもおかしくはない。
───ということは、置いておいて。
要は、恩師が女性らしい華美なことを好んでいない性格だということなのが需要なのだ。
つまり、薄バラ色の封筒で手紙を送ることなどあり得ない。
それに学生生活においても卒業後も、過去、色つきの封筒で手紙を受け取ったことなど一度もなかった。
なのに、めったに自分宛に手紙がこないからと、早とちりしてしまったのは、間違いなく自身の落ち度だった。言い訳はできても、言い逃れはできない。
そんな結論に辿り着いてしまったルシータは、再び溜息を付く。
ちなみに、今ので17回目の溜息だったりもする。
突然だけれど、ファルザ家は貴族である。ちなみに爵位は男爵で、領地を持たない末端貴族だ。
なので、生活を維持する為には働かなければならない。
ただルシータの両親は、共に新薬の開発をする研究者であるが、それは二人にとって労働ではなく生き甲斐なのである。
それゆえ、幼い頃ルシータの世話をしていたのは乳母ではなく祖母だった。なのでルシータは、いわゆる”おばあちゃん子”であった。
だから溜息を付くと幸せが逃げていくという言い伝えがあることを知っている。が、今日に限ってはどうにも止まらない。
机の上におざなりに置いてある薄バラ色の封筒に、ちらりと視線を落とす。既に開封済みである。
その中身を確認したのはルシータで、開封してぱっと目を通した途端、無言で封筒に戻したのもルシータだった。
でもその内容は不愉快なほど、しっかりばっちり覚えてしまっている。
半月後に開かれる同級生の婚約披露を兼ねてのお茶会の招待状だった。同窓会でもあるそうだ。
優美な書体で書かれていたそれは、銅板印刷されていたものなので、きっとたくさんの人達に送ったものなのだろう。
だから、ルシータに届いたこれは、数多の一つと割りきって、破って破って粉砕して、ゴミ箱に突っ込んでしまえば良い。
なのにそれができないのは、最後に書かれていた一文に引っかかりを覚えてしまったから。
【昔のことは許してあげる。だからどうぞ気軽に参加してね】
この部分だけは、手書きだった。
インクが滲んでしまうほどの筆圧に、ある種の念が込められていることが容易に想像が付く。
ここハーナンザ王国は階級社会だ。
けれど、身分の上下に関係なく15歳から18歳の健康な男女には必ず2年間、教育機関で就学することを義務付けている。
ルシータは持病などない健康優良児だ。
そして学ぶことを楽しいと思っている人種でもある。
だから両親の母校でもあるアイセルイン学園に就学できることを楽しみにしていた。
けれど、その学生生活が充実していたのかと聞かれると、とても悩ましい。
勉学については何一つ不満はなかった。尊敬できる師に恵まれ、、実りある学園生活だった。
けれど学園生活というのはそれだけではない。学舎で多くの友を作る場所でもある。
アイセルイン学園は、貴族令嬢の行儀見習いや、将来に向けてのコネ作りの機関ではない。
そういった裕福な上流貴族のみを対象としたものではなく、どちらかというと中流階級の真剣に学びたいものを対象にしている。
ルシータは末端貴族の一人娘。
領地を持たない底辺貴族───男爵令嬢のため、この学園に入学するのは決して身分不相応な行為ではない。はっきりいって妥当なものだった。
けれどルシータは卒業後、貴族令嬢として他の貴族たちと交流を深めたりすることはしていない。
屋敷に併設されている研究所の手伝いをする以外は、ほとんど部屋から出ることはない。
俗に言う、引きこもりの生活を送っている。
先に言っておくが、遅い反抗期が来たわけではない。
ただちょっとばかし、人間不信になってしまっただけ。
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