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かつてご先祖様が私財を売り払い孤児の為の学び舎を建設したことを国王陛下から高い評価を受け、ウィステリアという家名と共に伯爵位を賜った。
ウィステリアは花の名前。薄紫色の春の終わりに咲く【優しさ】という花言葉を持つ綺麗な花。
でもその家名を持つ人間は、ちっとも優しくなんかない。
そして、その家名を持つ者を婚約者にする男も。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。まぁ……少々、手違いがありましたが、互いにこの件は無かったことにして、今後とも変わらぬ関係でいましょう」
公爵家嫡男であるロジャード・エリドは、次期当主らしい堂々とした口ぶりだった。
その隣に居るシャーリーは、正式に婚約者になったばかりの彼をうっとりと見つめている。
ロジャードと婚約したのはフェルベラが12歳になった春。それから6年。ずっとずっと彼に相応しい女性になる為、血の滲むような努力を重ねてきた。
けれど、妹のシャーリーはたった半年で彼の心の全てを奪った。
半年?……いや、一瞬だったのかもしれない。あの日、何気なく誘ったお茶の席で、ロジャードはシャーリーばかりを見ていたのだから。
シャーリーはフェルベラの2つ年下の16歳。波打つ金髪に、秋の空のような澄んだ青色の瞳。誰もが人形のようだと、褒め称える容姿。
対してフェルベラは枯葉のような茶金色の髪に、くすんだ緑色の瞳。細すぎる体形はまるでホウキみたいだと誰かが言っていた。
あの日の茶席では、自分はシャーリーの引き立て役でしかなかったのだ。
そう気付いていながら、見ないフリをした。6年という彼と過ごした時間を信じた。
その結果がこれだなんて……なんて愚かな末路なのだろう。
フェルベラは幸せそうに微笑む元婚約者と妹を見ながら自嘲する。本当は今すぐ泣き崩れたいのに。
でも、ロジャードの瞳に最後に映る自分は奇麗でありたいというちっぽけなプライドが邪魔してできないのだ。
なのにロジャードは、最後の最後までフェルベラの心を蔑ろにした。
暇を告げ扉に向かう途中、フェルベラに向けてこう言った。
「ああ、フェルベラまだ居たんだ。じゃあ一応伝えておくけど、君との婚約期間はまあまあ楽しかったよ。じゃあね」
取ってつけたような、それでいて何の後悔も覚えていないその台詞に、フェルベラはプツンと何かがキレた。
「あ、そう」
フェルベラは、淑女の鏡のようだった自分の口から到底吐くはずの無い台詞を口にして、スカートの裾をむんずと掴むとロジャードに駆け寄った。
そして、何事だと怯えるロジャードにめがけてーー回し蹴りをした。
「そうね、ロジャード。わたくしもそこそこ楽しかったわ。それでは、失礼」
死んだカエルのように床に突っ伏した元婚約者の背中をピンヒールで踏みつけて、フェルベラは颯爽とサロンを去っていった。
ウィステリアは花の名前。薄紫色の春の終わりに咲く【優しさ】という花言葉を持つ綺麗な花。
でもその家名を持つ人間は、ちっとも優しくなんかない。
そして、その家名を持つ者を婚約者にする男も。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。まぁ……少々、手違いがありましたが、互いにこの件は無かったことにして、今後とも変わらぬ関係でいましょう」
公爵家嫡男であるロジャード・エリドは、次期当主らしい堂々とした口ぶりだった。
その隣に居るシャーリーは、正式に婚約者になったばかりの彼をうっとりと見つめている。
ロジャードと婚約したのはフェルベラが12歳になった春。それから6年。ずっとずっと彼に相応しい女性になる為、血の滲むような努力を重ねてきた。
けれど、妹のシャーリーはたった半年で彼の心の全てを奪った。
半年?……いや、一瞬だったのかもしれない。あの日、何気なく誘ったお茶の席で、ロジャードはシャーリーばかりを見ていたのだから。
シャーリーはフェルベラの2つ年下の16歳。波打つ金髪に、秋の空のような澄んだ青色の瞳。誰もが人形のようだと、褒め称える容姿。
対してフェルベラは枯葉のような茶金色の髪に、くすんだ緑色の瞳。細すぎる体形はまるでホウキみたいだと誰かが言っていた。
あの日の茶席では、自分はシャーリーの引き立て役でしかなかったのだ。
そう気付いていながら、見ないフリをした。6年という彼と過ごした時間を信じた。
その結果がこれだなんて……なんて愚かな末路なのだろう。
フェルベラは幸せそうに微笑む元婚約者と妹を見ながら自嘲する。本当は今すぐ泣き崩れたいのに。
でも、ロジャードの瞳に最後に映る自分は奇麗でありたいというちっぽけなプライドが邪魔してできないのだ。
なのにロジャードは、最後の最後までフェルベラの心を蔑ろにした。
暇を告げ扉に向かう途中、フェルベラに向けてこう言った。
「ああ、フェルベラまだ居たんだ。じゃあ一応伝えておくけど、君との婚約期間はまあまあ楽しかったよ。じゃあね」
取ってつけたような、それでいて何の後悔も覚えていないその台詞に、フェルベラはプツンと何かがキレた。
「あ、そう」
フェルベラは、淑女の鏡のようだった自分の口から到底吐くはずの無い台詞を口にして、スカートの裾をむんずと掴むとロジャードに駆け寄った。
そして、何事だと怯えるロジャードにめがけてーー回し蹴りをした。
「そうね、ロジャード。わたくしもそこそこ楽しかったわ。それでは、失礼」
死んだカエルのように床に突っ伏した元婚約者の背中をピンヒールで踏みつけて、フェルベラは颯爽とサロンを去っていった。
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