悪役令嬢は伝説だったようです

バイオベース

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 魔導王国ワーズは大陸では俗に『学問の園』とも呼ばれている。
 それは『エンデ魔法学院』という優れた魔導の学び舎を有しているからだ。

 優れた魔術師を育成するため、国の内外から魔導の素質を持つ人物を集め養育する。
 かの伝説の聖女が創始した小さな学び舎は、今や大陸でその名を知らぬ者はいないほどの隆盛を誇っていた。

 学院には国の未来を担う貴族は勿論、平民の姿さえ見受けられる。
 この国では、こと魔導に関する事柄に貴賤は無いのである。
 かつてそのように聖女エンデは教育を行い、数々の偉人を生み出したのだから。

 とはいえ、それは儀礼の場では別である。
 それが変わったのは今年に入ってからのこと。
 この国の王太子ヴァレールが入学してからのことである。



 会場は静かなどよめきに包まれていた。
 今年はとかく異例づくめだ。
 王太子が入学したことも、彼によって年末の学院パーティーに平民が参加出来るよう『改革』されたことも。

 だが、これ以上の変事は無い。
 会場の貴族たちはいつしか踊りを楽しむことすらやめて、会場の中央を凝視した。

 そこにいるのはこの国の王太子ヴァレール。
 そしてその御手に引かれる栄誉に預かったのは、婚約者の侯爵令嬢ティアーヌ――ではなく平民の女性。
 学院では何かと有名な王太子のの女性徒だった。

 類まれなる魔導の素質を持ち、寒村から出て来たその少女の名前はリュマ。
 野に咲く花のような天真爛漫な笑顔の持ち主。
 彼女は今その笑顔を王太子に向かって投げかけている。

「てぃ、ティアーヌ様は……」

 上級生の貴族は、彼女たちの同級生である一年の貴族たちにそう問い正した。
 彼らが目をやった先では、扇子を口元にあてながら微笑む女性の姿。
 侯爵令嬢ティアーヌが剣呑な笑みで一部始終を静かに見守っていた。

「今日この場で宣言しておかねばならないことがある」

 ひとしきり平民女とのダンスを楽しんだ後、王太子は恭しく口を開いた。

「私と侯爵令嬢ティアーヌとの間の婚約は、今日この場を持って破棄させて頂く」

 会場に波を打つようなどよめきが走った。
 ティアーヌは口元こそ笑みを湛えているが、その瞳からは温かみが消えていた。
 見下したような、呆れたような氷の微笑。

「心当たりならあるはずだ」

 ヴァレールそれに全く動揺したそぶりも見せない。
 しかしティアーヌも引かずにいよいよその冷たい笑みを深くする。

「まあ、何か至らないことでもあったでしょうか?」
「ふてぶてしいぞ!」

 今度は感情を露わに、ヴァレールは怒鳴りつけた。
 そしてその口から吐き出される罵倒の数々。

 ――曰く、聖女さまの志を忘れ平民を見下していた。
 ――曰く、平民のリュマの才に嫉妬して執拗な嫌がらせをしていた。

 それらの不義に対して、王太子は力ある者として立ち上がったのだと言う。

 ティアーヌは思案顔でそれを黙って聞いていた。
 公の場で貴族の女性が男に抗弁するなど、分別を問われることである。
 善か悪かは置いておくとしても、『正解』の選択肢では無いのだ。

 無論ヴァレールもそれを知っているからこそ、こうも強気で罵倒しているのだ。

「そしてそんな辛い学院生活の中でも、彼女はその輝きを損なうことは微塵も無かった。彼女のような者こそ王妃に相応しい」

 そう告げて、二人は夢見心地で見つめ合う。
 まるで趣味の悪い演劇のような一幕だった。

 観衆の貴族はというと、身も凍るような思いである。
 魔道の素養に恵まれた女性が貴人に嫁ぐ――それ自体は良い。
 この国では珍しくともたまに聞く話ではある。

 しかしそれが王の配偶者、しかも元の婚約者を押しのけて。
 ここまで来るとさすがに前代未聞である。

 そんな貴族たちの困惑に気が付いたのか、ヴァレールは強気な笑みを作った。

「戸惑うのも無理はない。だが私は気が触れたワケでも、冗談を言っているのでも無いぞ? これは神意なのだッ!」

 そしてそっと隣に寄り添うリュマの手を引き、彼女と一緒に前に進み出る。
 もう片方の手には、いつの間にか鈍く輝く小さなナイフが握られている。

「これを見よッ!」
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