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魔導王国ワーズは大陸では俗に『学問の園』とも呼ばれている。
それは『エンデ魔法学院』という優れた魔導の学び舎を有しているからだ。
優れた魔術師を育成するため、国の内外から魔導の素質を持つ人物を集め養育する。
かの伝説の聖女が創始した小さな学び舎は、今や大陸でその名を知らぬ者はいないほどの隆盛を誇っていた。
学院には国の未来を担う貴族は勿論、平民の姿さえ見受けられる。
この国では、こと魔導に関する事柄に貴賤は無いのである。
かつてそのように聖女エンデは教育を行い、数々の偉人を生み出したのだから。
とはいえ、それは儀礼の場では別である。
それが変わったのは今年に入ってからのこと。
この国の王太子ヴァレールが入学してからのことである。
◆
会場は静かなどよめきに包まれていた。
今年はとかく異例づくめだ。
王太子が入学したことも、彼によって年末の学院パーティーに平民が参加出来るよう『改革』されたことも。
だが、これ以上の変事は無い。
会場の貴族たちはいつしか踊りを楽しむことすらやめて、会場の中央を凝視した。
そこにいるのはこの国の王太子ヴァレール。
そしてその御手に引かれる栄誉に預かったのは、婚約者の侯爵令嬢ティアーヌ――ではなく平民の女性。
学院では何かと有名な王太子のお友達の女性徒だった。
類まれなる魔導の素質を持ち、寒村から出て来たその少女の名前はリュマ。
野に咲く花のような天真爛漫な笑顔の持ち主。
彼女は今その笑顔を王太子に向かって投げかけている。
「てぃ、ティアーヌ様は……」
上級生の貴族は、彼女たちの同級生である一年の貴族たちにそう問い正した。
彼らが目をやった先では、扇子を口元にあてながら微笑む女性の姿。
侯爵令嬢ティアーヌが剣呑な笑みで一部始終を静かに見守っていた。
「今日この場で宣言しておかねばならないことがある」
ひとしきり平民女とのダンスを楽しんだ後、王太子は恭しく口を開いた。
「私と侯爵令嬢ティアーヌとの間の婚約は、今日この場を持って破棄させて頂く」
会場に波を打つようなどよめきが走った。
ティアーヌは口元こそ笑みを湛えているが、その瞳からは温かみが消えていた。
見下したような、呆れたような氷の微笑。
「心当たりならあるはずだ」
ヴァレールそれに全く動揺したそぶりも見せない。
しかしティアーヌも引かずにいよいよその冷たい笑みを深くする。
「まあ、何か至らないことでもあったでしょうか?」
「ふてぶてしいぞ!」
今度は感情を露わに、ヴァレールは怒鳴りつけた。
そしてその口から吐き出される罵倒の数々。
――曰く、聖女さまの志を忘れ平民を見下していた。
――曰く、平民のリュマの才に嫉妬して執拗な嫌がらせをしていた。
それらの不義に対して、王太子は力ある者として立ち上がったのだと言う。
ティアーヌは思案顔でそれを黙って聞いていた。
公の場で貴族の女性が男に抗弁するなど、分別を問われることである。
善か悪かは置いておくとしても、『正解』の選択肢では無いのだ。
無論ヴァレールもそれを知っているからこそ、こうも強気で罵倒しているのだ。
「そしてそんな辛い学院生活の中でも、彼女はその輝きを損なうことは微塵も無かった。彼女のような者こそ王妃に相応しい」
そう告げて、二人は夢見心地で見つめ合う。
まるで趣味の悪い演劇のような一幕だった。
観衆の貴族はというと、身も凍るような思いである。
魔道の素養に恵まれた女性が貴人に嫁ぐ――それ自体は良い。
この国では珍しくともたまに聞く話ではある。
しかしそれが王の配偶者、しかも元の婚約者を押しのけて。
ここまで来るとさすがに前代未聞である。
そんな貴族たちの困惑に気が付いたのか、ヴァレールは強気な笑みを作った。
「戸惑うのも無理はない。だが私は気が触れたワケでも、冗談を言っているのでも無いぞ? これは神意なのだッ!」
そしてそっと隣に寄り添うリュマの手を引き、彼女と一緒に前に進み出る。
もう片方の手には、いつの間にか鈍く輝く小さなナイフが握られている。
「これを見よッ!」
それは『エンデ魔法学院』という優れた魔導の学び舎を有しているからだ。
優れた魔術師を育成するため、国の内外から魔導の素質を持つ人物を集め養育する。
かの伝説の聖女が創始した小さな学び舎は、今や大陸でその名を知らぬ者はいないほどの隆盛を誇っていた。
学院には国の未来を担う貴族は勿論、平民の姿さえ見受けられる。
この国では、こと魔導に関する事柄に貴賤は無いのである。
かつてそのように聖女エンデは教育を行い、数々の偉人を生み出したのだから。
とはいえ、それは儀礼の場では別である。
それが変わったのは今年に入ってからのこと。
この国の王太子ヴァレールが入学してからのことである。
◆
会場は静かなどよめきに包まれていた。
今年はとかく異例づくめだ。
王太子が入学したことも、彼によって年末の学院パーティーに平民が参加出来るよう『改革』されたことも。
だが、これ以上の変事は無い。
会場の貴族たちはいつしか踊りを楽しむことすらやめて、会場の中央を凝視した。
そこにいるのはこの国の王太子ヴァレール。
そしてその御手に引かれる栄誉に預かったのは、婚約者の侯爵令嬢ティアーヌ――ではなく平民の女性。
学院では何かと有名な王太子のお友達の女性徒だった。
類まれなる魔導の素質を持ち、寒村から出て来たその少女の名前はリュマ。
野に咲く花のような天真爛漫な笑顔の持ち主。
彼女は今その笑顔を王太子に向かって投げかけている。
「てぃ、ティアーヌ様は……」
上級生の貴族は、彼女たちの同級生である一年の貴族たちにそう問い正した。
彼らが目をやった先では、扇子を口元にあてながら微笑む女性の姿。
侯爵令嬢ティアーヌが剣呑な笑みで一部始終を静かに見守っていた。
「今日この場で宣言しておかねばならないことがある」
ひとしきり平民女とのダンスを楽しんだ後、王太子は恭しく口を開いた。
「私と侯爵令嬢ティアーヌとの間の婚約は、今日この場を持って破棄させて頂く」
会場に波を打つようなどよめきが走った。
ティアーヌは口元こそ笑みを湛えているが、その瞳からは温かみが消えていた。
見下したような、呆れたような氷の微笑。
「心当たりならあるはずだ」
ヴァレールそれに全く動揺したそぶりも見せない。
しかしティアーヌも引かずにいよいよその冷たい笑みを深くする。
「まあ、何か至らないことでもあったでしょうか?」
「ふてぶてしいぞ!」
今度は感情を露わに、ヴァレールは怒鳴りつけた。
そしてその口から吐き出される罵倒の数々。
――曰く、聖女さまの志を忘れ平民を見下していた。
――曰く、平民のリュマの才に嫉妬して執拗な嫌がらせをしていた。
それらの不義に対して、王太子は力ある者として立ち上がったのだと言う。
ティアーヌは思案顔でそれを黙って聞いていた。
公の場で貴族の女性が男に抗弁するなど、分別を問われることである。
善か悪かは置いておくとしても、『正解』の選択肢では無いのだ。
無論ヴァレールもそれを知っているからこそ、こうも強気で罵倒しているのだ。
「そしてそんな辛い学院生活の中でも、彼女はその輝きを損なうことは微塵も無かった。彼女のような者こそ王妃に相応しい」
そう告げて、二人は夢見心地で見つめ合う。
まるで趣味の悪い演劇のような一幕だった。
観衆の貴族はというと、身も凍るような思いである。
魔道の素養に恵まれた女性が貴人に嫁ぐ――それ自体は良い。
この国では珍しくともたまに聞く話ではある。
しかしそれが王の配偶者、しかも元の婚約者を押しのけて。
ここまで来るとさすがに前代未聞である。
そんな貴族たちの困惑に気が付いたのか、ヴァレールは強気な笑みを作った。
「戸惑うのも無理はない。だが私は気が触れたワケでも、冗談を言っているのでも無いぞ? これは神意なのだッ!」
そしてそっと隣に寄り添うリュマの手を引き、彼女と一緒に前に進み出る。
もう片方の手には、いつの間にか鈍く輝く小さなナイフが握られている。
「これを見よッ!」
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