悪役令嬢は伝説だったようです

バイオベース

文字の大きさ
3 / 15

しおりを挟む
 ヴァレールは観客に見えるように右手を頭上に掲げ、ナイフをそこに滑らせる。
 赤い線が伸び、そこから一拍遅れて生命の潮が流れ出る。
 男たちはその様に息を飲み、女たちは悲鳴を上げた。

「た、大変ッ!」

 リュマはヴァレールの腕に縋りつくようにして引き下ろす。
 そしてそこに自らの手を乗せた。
 まばゆい閃光がその手より発せられる。

「すまないね、コレが一番手っ取り早いんだ」
「も、もうっ! びっくりしたんだからっ!」

 そんなやり取りをした後で、ヴァレールはその傷がついた手を再び観客に向けた。
 いや、正しくは傷が手だ。
 再び天高く掲げられたその手には、傷など少しも見受けられなかったのだから。

「ち、治癒の魔術……?」

 誰かがそう呟き、王太子は鷹揚に頷く。
 治癒の魔術とはとうに失伝した神の御業。
 かの聖女が民草を救うために使っていた、と伝承が残るのみ。
 嘘か真か、死者の蘇生すら可能だったという。
 その伝説が目の前に顕れた。

 そこで初めて観客たちは合点がいった。
 確かに『伝説』の体現者なら、ワーズの王の傍らに侍るのも頷ける。

「今ここに私は宣言する! 伝説の再来を! そしてこの混迷した国の改革の日が来たことを!」

 その声は、確かに王者の威厳を感じさせるものだった。

「そしてには頼もしい仲間がいる! いずれも劣らぬ、民草の為に立ち上がった勇者たち!」

 一体いつ準備をしたのか、王太子の背後から数人の若人たちが並び出た。
 宰相の、騎士団長の、枢機卿の麗しい子息たち。
 それらが微笑みを投げかけた後、王太子の声に習い礼をする。

「この国に変革の時が来たのだッ! 私は彼らと共に戦うことを誓おう!」

 ヴァレールは剣を抜き放ち、それを婚約者――だったティアーヌへと向ける。

 古き者との決別、悪しき者との決別。
 見る者にそんな構図を植え付けるかのように。

 侯爵令嬢ティアーヌは、完ぺきなまでに「貴族の淑女」だった。
 儀礼に精通し、身分を尊み、一部の隙も無い。
 あの王太子の傍らの平民少女とは対極に位置する存在だろう。

「彼女、リュマは伝説の再来! かの聖女様の生まれ変わりなのだ! ティアーヌ、お前は『聖女の教え』をないがしろにし、平民を見下し、彼女を傷つけた!」

 その怒号を契機として、ティアーヌの周りも俄かに騒がしくなる。
 居並ぶ観衆を押しのけ、武装した男たちが現れたのである。
 それらの顔に見覚えのある生徒たちもいた。
 王太子ヴァレールと日頃から政治談議をしている友人たち。
 『清流派』を名乗る若い理想家だ。

「さあ、聖女を貶めたこと。何か申し開きはあるか! 侯爵令嬢ティアーヌ?」



 侯爵令嬢ティアーヌは微笑みを絶やさず、内心で頭を抱えてた。
 なんだこの茶番は、と。
 挙句拘束でもするつもりか、取り巻きを使ってコチラを取り囲む始末だ。

(どう収集を付けよう……?)

 さすがに淑女の領分を超えている。
 どうあがいてもコチラも無傷では居られないだろう。
 おまけに『聖女』なんて言い出したら、他国にも拠点を持つ教会をも巻き込んだ大事になること必須である。

 そう考えるといっそ今すぐ助走をつけて王太子の頬を殴りつけてやりたい気分だ。

(それにしてもあれよね、一番バカバカしいのは……)

 ちらり、とティアーヌは壇上の王子の顔を見た。

「さあ、慈悲を望むのならばこの場で罪を認めろ」

 すっかり勝ち誇った顔でコチラを見下している。

「聖女の生まれ変わりリュマに首を垂れるが良い」

 そしてそんなことを言っている。

 ――聖女の生まれ変わり。

(それ私なんですけど……)

 こんな馬鹿は200年前の記憶を掘り起こしても終ぞいなかった。
しおりを挟む
感想 83

あなたにおすすめの小説

婚約破棄を求められました。私は嬉しいですが、貴方はそれでいいのですね?

ゆるり
恋愛
アリシエラは聖女であり、婚約者と結婚して王太子妃になる筈だった。しかし、ある少女の登場により、未来が狂いだす。婚約破棄を求める彼にアリシエラは答えた。「はい、喜んで」と。

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

婚約破棄が私を笑顔にした

夜月翠雨
恋愛
「カトリーヌ・シャロン! 本日をもって婚約を破棄する!」 学園の教室で婚約者であるフランシスの滑稽な姿にカトリーヌは笑いをこらえるので必死だった。 そこに聖女であるアメリアがやってくる。 フランシスの瞳は彼女に釘付けだった。 彼女と出会ったことでカトリーヌの運命は大きく変わってしまう。 短編を小分けにして投稿しています。よろしくお願いします。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

「反省してます」と言いましたが、あれは嘘ですわ。

小鳥遊つくし
恋愛
「反省してます」と言いましたが、あれは嘘ですわ──。 聖女の転倒、貴族の断罪劇、涙を強いる舞台の中で、 完璧な“悪役令嬢”はただ微笑んだ。 「わたくしに、どのような罪がございますの?」 謝罪の言葉に魔力が宿る国で、 彼女は“嘘の反省”を語り、赦され、そして問いかける。 ――その赦し、本当に必要でしたの? 他者の期待を演じ続けた令嬢が、 “反省しない人生”を選んだとき、 世界の常識は音を立てて崩れ始める。 これは、誰にも赦されないことを恐れなかったひとりの令嬢が、 言葉と嘘で未来を変えた物語。 その仮面の奥にあった“本当の自由”が、あなたの胸にも香り立ちますように。

婚約破棄に全力感謝

あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び! 婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。 実はルーナは世界最強の魔導師で!? ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る! 「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」 ※色々な人達の目線から話は進んでいきます。 ※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)

あなたが剣神になれたのは私のおかげなのに、全く気付いてないんですね。

冬吹せいら
恋愛
ある日、ベネット・アプリカーナは、アンバネラの王子であり、婚約者のミゲル・ゼファーノに呼び出され、婚約破棄を言い渡される。 困惑するベネット。その理由は、ただ単に、ミゲルがベネットに飽きたから……というだけだった。 自分を遠くの国から連れ出しておいて、今更その言い分はないだろう。そう反抗したベネットだったが、抗議虚しく、国外追放が決まってしまう。 ミゲルの二人の妹、フレイアとレオノンは、聖女と賢者。彼女たちにも散々文句を言われ続け、不満が溜まっていたベネットは、さっさと荷物をまとめ、国を出た。 ……しかし、ゼファーノ家は、とあることに、全く気が付いていなかった。 ミゲルが剣神、フレイアが聖女、レオノンが賢者になれた理由は……。 ベネットの固有スキル『精霊の加護』があったからなのだ。 ベネットがいなくなり、崩壊するゼファーノ家、そして国。 一方ベネットは、自分の国に戻り、かつての友人たちと再会。 やがて、アンバネラにモンスターの大群が押し寄せ……。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

処理中です...