悪役令嬢は伝説だったようです

バイオベース

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「ふぅ……」

 尋問染みた娘との会話を終えると、サンレアン侯爵は一息つく間もなく執務室の椅子に戻った。
 目を通さねばならない書類は多い。

「旦那様」

 侯爵が顔を上げると、そこには見慣れた老執事の顔。
 さて追加の書類か、と思いきやその手には何も持っていない。
 ただ非難気な眼差しでコチラを見つめているだけだ。

「少々酷ではございませんか?」

 胡乱な顔を返すと、執事は遠慮も無くそんなことを言ってきた。
 家族同然の長い付き合いなので、それを無礼とは思わない。
 しかし単純に、侯爵はその言葉の意味する所が分からなかった。

「何の話だ?」
「お嬢様とのお話のことでございます。ただでさえ辛い失恋の最中でございますのに、あのような」
「問題があったか?」
「あれではまるで尋問のようではございませんか」

 そう言われて、侯爵は顎をしきりに撫でた。

「慰めたつもりだったのだが……」

 一言そう告げると、執事は愕然と口を広げた後に呆れ顔にを隠そうともしなかった。

「事務的に過ぎます!」
「……そうか」

 侯爵の表情は相変わらず変わらない。
 しかしその声音は平時より幾分か萎んでいた。
 その微細な違いが分かる者は、この屋敷では幼少の頃より仕えているこの老執事以外にいないだろう。

 見た目と内面に相当の隔離があるのは、サンレアン侯爵家の遺伝病とも言える。

「では『聖地』に赴くように告げたのは、真実ティアーヌ様の身を案じてのことですね?」

 鬼気迫る顔で念押しする執事に、侯爵は子供の時そうしていたように「うん」と答えた。

「治癒の魔術は『聖地』の番人に学んだ――ティアーヌもそう言っていたではないか」

 前々から娘が番人に気に入られていたのは知っていたが、そのような秘術を授けてもらえるほどの間柄とは父である侯爵も知らなかった。
 ならば意の一番に番人に事情を話し、味方に付けた方が何かとティアーヌの為にもなる。
 そう考えて、侯爵はあの会話の後すぐさま娘を『聖地』へと使いに出したのだった。

「恐らくお嬢様は、旦那様が『聖地』の遺産に興味を示されたのだと誤解なされたことでしょう」
「ええ……?」
「治癒の魔術のことを聞いた後に切り出せばそういう事にもなります」

 屋敷に籠っているよりはその方が安全。
 そんな単純な理由以外、此処から追い立てた意味は無かった。

 王太子ヴァレールが宗教を引き合いに出した事は、侯爵からすればそれだけ頭の痛い問題だった。
 理屈が分からず暴走する輩が他にも出て来かねない上、他国からの横やりも懸念される。

 そうした諸々を考えれば、娘が『聖地』の番人と懇意にしていると内外に示すのは妙手だと言えた。
 王家との対立では『聖女』を讃える宗教家たちの関心を引けるし、何より――。

「あの子は実際に治癒の魔術を人前で使ってしまったからな。下手をすればコチラまで『聖女』として持ち上げられかねん。それよりは『番人の贔屓だから』ということにして幾分権威を下げた方が良い」

 執事はその説明を聞いて小さくため息を吐いた。

「はっきりとそう告げられてしまえば宜しいでしょうに」
「それではあの子の中の私に対する威厳がだな」
「そんなことをおっしゃっている間に、万が一にでもお嬢様が本当に『聖地』から何かしらの遺産を持ち帰ってしまえばどうなります?」

 執事はただの軽口のつもりでそう言ったのだろうが、指摘された侯爵は唸った。
 それが何かによるだろうが、とりあえず王家のメンツは潰れるだろう。

「……まぁ、良いのではないか? 多少騒ぎにはなるだろうが、最後には王家への献上品ということにすれば」
「ヴァレール殿下のことは?」

 ヴァレールは治癒の魔術を行使する平民の少女を『聖女』の後継と謳って騒ぎを起こした。
 しかし失伝した秘術は他にも使い手がおり、更にその敵が『聖地』から他に本物の『聖女』の遺産を持ち帰る。

 そんな事になれば本当に王太子が道化に終わってしまうが、侯爵はただ「知らん」とだけ答えた。

「王家も他の王子を立てるだろう。後はもう粛々としていれば終わる話だ」

 興味を失い、書類に目を戻しながら侯爵はそう付け加えた。
 ただなんとなく、先ほどの執事の言葉が気にかかる。
 今更『聖地』で何か持ち帰ったところで事態が大きく動くとは思えない。
 しかし嫌な予感を拭えず、侯爵は窓から『聖地』のある方角を眺めた。

「さすがにこれ以上は何も起こらんさ、何も――」
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