2 / 26
2
しおりを挟む
一部始終を見ていた会場の令嬢達たちからは叫び声に近い悲鳴が響き渡っていた。
すぐに離されると思っていた唇はいつになっても離れず、息が苦しくなったことで正気に戻ったリーゼが必死にウィルフレッドの肩を叩いてようやく離された。
「何してるんですか!?」
「嫌だったか?」
「──ッ!!」
目に涙を浮かべ顔を真っ赤にして怒りを露わにするが、ウィルフレッドは詫びいれることもせずにニヤッと微笑みながら言ってきた。
嫌かどうか聞かれたら、なんて答えるのが正解なのさ!!
こちらの都合で付き合わせた手前、キス一つぐらい文句を言うなと言われればそれまでだし、一応はファーストキスだった訳だから文句を言ってもいいような気もする。
「叔父上!!」
悶々と考えている所に、ロドルフが声を張り上げた。その顔は怒りに満ちているような気もする。
「なんだ?」
「それはこちらの台詞です!!リーゼは私の──!!」
「お前の、なんだ?手放したのはお前だろう?それとも、俺のものになると思ったら惜しくなったのか?」
「……」
(図星かい)
ウィルフレッドにばっさり言われたロドルフは悔しそうに顔を歪めている。
「今更撤回はできないぞ。この場にいる者全員が証人だ。自分の言葉には責任を持てと何度も言っていただろう」
「………………」
幼い子を諭すように言うが、もう彼の耳には届いていないようで黙ったまま下を向いている。傍らではアリアナが鬼の形相でこちらを睨みつけているが知らん。
「まあ、こんな大勢の人前で唇を奪ったんだ。責任は取るつもりだ」
「え、いや……」
この二人をぎゃふんと言わせられれば良かっただけで、貴方と婚約するつもりは鼻っからありませんでした。すみません。と全力で土下座したいが、ここで全てをばらしたら水の泡になってしまうのでグッと言葉を飲み込んだ。
「色々と手続きがあるからな。俺達はここで失礼する」
ウィルフレッドに肩を抱かれ、会場を後にした。
❊❊❊
「さて、詳しく話してもらおうか?」
連れてこられたのは、ウィルフレッドの屋敷でもあるヴェンデルス邸。
外観からして世界が違うなぁ。と溜息が出るほど立派な佇まいだった。
応接間に通され、座るように促されたがソファーなんて上等な物に座れる様な振舞いをしていない。なんなら土下座で額を押し付けるぐらいの事をやったのだ。
その点を踏まえたリーゼは、黙って床に座ろうと膝を折った。
「ほお、余程俺の膝の上に座りたいと見える」
悪魔の声が聞こえた瞬間、折りかけた膝を正しソファーに座った。
落ち着かせるために、フーと深く息を吐いているとクスクス笑う声が聞こえた。
「先ほどの威勢はどうした?まるで別人だな」
「あれは、その場の勢いに過ぎません。団長様もお気付きでしょ?」
「随分と他人行儀だな。先程のようにウィルと呼んではくれないのか?」
リーゼはウィルフレッドと距離を取るために、敢えて役職で呼んだのだが、ウィルフレッドは揶揄うよに悪戯に笑みを浮かべながら言ってくる。
完全にこちらの意図を分かっていて言っているのだからタチが悪い。
「……くだらない事に巻き込んでしまった事に関しては謝罪いたします。ですが、団長様も私に謝罪することがあるのでは?」
「ああ、君の唇を奪った件か?」
「そうです。これでも初めてだったんですよ?まあ、こちらが悪いので責めるつもりはありませんが、この件はそれで相殺としてくだい」
犬に嚙まれたことにして忘れるから、あんたも今までの出来事一切忘れろと訴えた。
「そうか…そう言う事なら尚更、責任は取るべきだな」
「は?」
「俺もいい加減婚約者を据えようと思っていた所でな。まさに飛んで火にいる夏の虫だった」
「え?」
なんか雲行きが怪しくなってきたのを察したリーゼはこの場にいるのはまずいと、腰を上げたところで逃がさんとばかりにガシッと腕を掴まれた。
「君はロドルフを陥れる為に俺を利用しただけかもしれないが、こちらはそうもいかない。何より、あの場で堂々と俺の事が好きだと宣言したんだ。自分の言った言葉には責任を持たないとなぁ?」
甘くて魅惑的な声色なのに、冷や汗が止まらず全身の血の気が一気に引いた。
利用した相手は安易に手を出していい人物ではなかった。利用されたと分かった時点で、自分が利用する側に回る人間だ。
(人を呪わば穴二つ。か…)
己のしでかした結果に深い溜息が出た。
リーゼとて馬鹿ではない。
今ここで地団駄踏んで拒否を貫き通すより、大人しく従っていた方が賢明だ。
「分かりました。元はと言えば私が言い出した事。その責任は取ります。…が、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「正式に婚約を結ぶのは待って下さい。要は、仮の婚約者と言う状態ですね」
リーゼがそう言うと、ウィルフレッドは不服そうに眉を顰めた。
「いいですか?私はつい先程婚約を破棄された者。言わば、傷心中の身です」
「そうは見えんが?」
うぐっと一瞬言葉に詰まったが、続けた。
「団長様とて、こんな訳ありな女を傍に置いていたら名に傷が付きますでしょ?」
「そんな簡単に傷付く名なら、当に棄てている」
「心が撃ち抜かれる様な出会いがあるかもしれませんよ?」
「ああ、既に出会っているな」
「……………」
澄ました顔で言い返してくるウィルフレッドに完全敗北。
リーゼは、その場に崩れるように膝を付いた。
手強いとかそういう問題じゃない。こちらの話を全く聞こうとしない。
「まあ、いい。仮だろうと俺の婚約者には変わりないのだろう?今はそれでいい。だが、覚えておけ。俺は目を付けた獲物は逃がすつもりはないからな」
項垂れるリーゼに追い打ちをかけるように、怖いくらい優しい声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、不敵な笑みを浮かべたウィルフレッドと目が合った。
リーゼは顔を引き攣らせながら、彼の本質を見誤った自分を心の底から呪った。
すぐに離されると思っていた唇はいつになっても離れず、息が苦しくなったことで正気に戻ったリーゼが必死にウィルフレッドの肩を叩いてようやく離された。
「何してるんですか!?」
「嫌だったか?」
「──ッ!!」
目に涙を浮かべ顔を真っ赤にして怒りを露わにするが、ウィルフレッドは詫びいれることもせずにニヤッと微笑みながら言ってきた。
嫌かどうか聞かれたら、なんて答えるのが正解なのさ!!
こちらの都合で付き合わせた手前、キス一つぐらい文句を言うなと言われればそれまでだし、一応はファーストキスだった訳だから文句を言ってもいいような気もする。
「叔父上!!」
悶々と考えている所に、ロドルフが声を張り上げた。その顔は怒りに満ちているような気もする。
「なんだ?」
「それはこちらの台詞です!!リーゼは私の──!!」
「お前の、なんだ?手放したのはお前だろう?それとも、俺のものになると思ったら惜しくなったのか?」
「……」
(図星かい)
ウィルフレッドにばっさり言われたロドルフは悔しそうに顔を歪めている。
「今更撤回はできないぞ。この場にいる者全員が証人だ。自分の言葉には責任を持てと何度も言っていただろう」
「………………」
幼い子を諭すように言うが、もう彼の耳には届いていないようで黙ったまま下を向いている。傍らではアリアナが鬼の形相でこちらを睨みつけているが知らん。
「まあ、こんな大勢の人前で唇を奪ったんだ。責任は取るつもりだ」
「え、いや……」
この二人をぎゃふんと言わせられれば良かっただけで、貴方と婚約するつもりは鼻っからありませんでした。すみません。と全力で土下座したいが、ここで全てをばらしたら水の泡になってしまうのでグッと言葉を飲み込んだ。
「色々と手続きがあるからな。俺達はここで失礼する」
ウィルフレッドに肩を抱かれ、会場を後にした。
❊❊❊
「さて、詳しく話してもらおうか?」
連れてこられたのは、ウィルフレッドの屋敷でもあるヴェンデルス邸。
外観からして世界が違うなぁ。と溜息が出るほど立派な佇まいだった。
応接間に通され、座るように促されたがソファーなんて上等な物に座れる様な振舞いをしていない。なんなら土下座で額を押し付けるぐらいの事をやったのだ。
その点を踏まえたリーゼは、黙って床に座ろうと膝を折った。
「ほお、余程俺の膝の上に座りたいと見える」
悪魔の声が聞こえた瞬間、折りかけた膝を正しソファーに座った。
落ち着かせるために、フーと深く息を吐いているとクスクス笑う声が聞こえた。
「先ほどの威勢はどうした?まるで別人だな」
「あれは、その場の勢いに過ぎません。団長様もお気付きでしょ?」
「随分と他人行儀だな。先程のようにウィルと呼んではくれないのか?」
リーゼはウィルフレッドと距離を取るために、敢えて役職で呼んだのだが、ウィルフレッドは揶揄うよに悪戯に笑みを浮かべながら言ってくる。
完全にこちらの意図を分かっていて言っているのだからタチが悪い。
「……くだらない事に巻き込んでしまった事に関しては謝罪いたします。ですが、団長様も私に謝罪することがあるのでは?」
「ああ、君の唇を奪った件か?」
「そうです。これでも初めてだったんですよ?まあ、こちらが悪いので責めるつもりはありませんが、この件はそれで相殺としてくだい」
犬に嚙まれたことにして忘れるから、あんたも今までの出来事一切忘れろと訴えた。
「そうか…そう言う事なら尚更、責任は取るべきだな」
「は?」
「俺もいい加減婚約者を据えようと思っていた所でな。まさに飛んで火にいる夏の虫だった」
「え?」
なんか雲行きが怪しくなってきたのを察したリーゼはこの場にいるのはまずいと、腰を上げたところで逃がさんとばかりにガシッと腕を掴まれた。
「君はロドルフを陥れる為に俺を利用しただけかもしれないが、こちらはそうもいかない。何より、あの場で堂々と俺の事が好きだと宣言したんだ。自分の言った言葉には責任を持たないとなぁ?」
甘くて魅惑的な声色なのに、冷や汗が止まらず全身の血の気が一気に引いた。
利用した相手は安易に手を出していい人物ではなかった。利用されたと分かった時点で、自分が利用する側に回る人間だ。
(人を呪わば穴二つ。か…)
己のしでかした結果に深い溜息が出た。
リーゼとて馬鹿ではない。
今ここで地団駄踏んで拒否を貫き通すより、大人しく従っていた方が賢明だ。
「分かりました。元はと言えば私が言い出した事。その責任は取ります。…が、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「正式に婚約を結ぶのは待って下さい。要は、仮の婚約者と言う状態ですね」
リーゼがそう言うと、ウィルフレッドは不服そうに眉を顰めた。
「いいですか?私はつい先程婚約を破棄された者。言わば、傷心中の身です」
「そうは見えんが?」
うぐっと一瞬言葉に詰まったが、続けた。
「団長様とて、こんな訳ありな女を傍に置いていたら名に傷が付きますでしょ?」
「そんな簡単に傷付く名なら、当に棄てている」
「心が撃ち抜かれる様な出会いがあるかもしれませんよ?」
「ああ、既に出会っているな」
「……………」
澄ました顔で言い返してくるウィルフレッドに完全敗北。
リーゼは、その場に崩れるように膝を付いた。
手強いとかそういう問題じゃない。こちらの話を全く聞こうとしない。
「まあ、いい。仮だろうと俺の婚約者には変わりないのだろう?今はそれでいい。だが、覚えておけ。俺は目を付けた獲物は逃がすつもりはないからな」
項垂れるリーゼに追い打ちをかけるように、怖いくらい優しい声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、不敵な笑みを浮かべたウィルフレッドと目が合った。
リーゼは顔を引き攣らせながら、彼の本質を見誤った自分を心の底から呪った。
468
あなたにおすすめの小説
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?
桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』
魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!?
大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。
無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!!
*******************
毎朝7時更新です。
嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。
国外追放ですか?畏まりました(はい、喜んでっ!)
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私は、セイラ・アズナブル。聖女候補として全寮制の聖女学園に通っています。1番成績が優秀なので、第1王子の婚約者です。けれど、突然婚約を破棄され学園を追い出され国外追放になりました。やった〜っ!!これで好きな事が出来るわ〜っ!!
隣国で夢だったオムライス屋はじめますっ!!そしたら何故か騎士達が常連になって!?精霊も現れ!?
何故かとっても幸せな日々になっちゃいます。
一夜限りの関係だったはずなのに、責任を取れと迫られてます。
甘寧
恋愛
魔女であるシャルロッテは、偉才と呼ばれる魔導師ルイースとひょんなことから身体の関係を持ってしまう。
だがそれはお互いに同意の上で一夜限りという約束だった。
それなのに、ルイースはシャルロッテの元を訪れ「責任を取ってもらう」と言い出した。
後腐れのない関係を好むシャルロッテは、何とかして逃げようと考える。しかし、逃げれば逃げるだけ愛が重くなっていくルイース…
身体から始まる恋愛模様◎
※タイトル一部変更しました。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる