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#1 プロローグ
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パリン、と、頭の中で何かが割れる音を聞いた。
暇つぶし程度の趣味でアニメを見ていた。今どき流行りの転生物で、原作は乙女ゲームだとか。話題にはなっていたけれど、女性向けだと言うこともあってCMを目にする程度だった。金色のグルングルンとした縦巻きカールがとても印象的で、彼女が悪役令嬢と呼ばれ主人公《ヒロイン》の前に立ちふさがる。
「あなたごときが殿下に近づいて良いと思っているの?」
派手な扇で口元を隠しているくせに明らかな侮蔑の視線。一眼見て分かる悪役といった様は見目も派手でヒロインとは対照的だ。突き飛ばされたのか足元で座り込んでいる女の子は負けじと彼女を睨み返す。
「シェラード公爵令嬢。わたしから殿下に近づいたことは一切ございません」
身の潔白を訴える女の子の発言に、周囲の令嬢達はくすくすと笑うだけで誰も彼女の味方などしない。まあまあ、よくある話だな、と思ってあまり気に留めていなかった。どうせヒロインは選ばれし聖女とか、そういうやつなんだろうな、って思っていた。今はそういった話がいくつもあるから、真剣に見ていなかった。だってアニメ自体、時間つぶし程度にしか思っていなかったから、余計に。
どうしてそんなことを今更思い出したのか。十六年の人生、何事もなく……、いや、前世を思い出したからこそ、公爵令息として育った俺は世間一般からはかけ離れている。何事もなく平穏だなんて到底言えない。これまでそれが当たり前だと思っていた育ち方に身の毛が弥立つ。
四大公爵家の一つ、シェラード家。その三男として生まれたのが俺、ヴィンセント・ド・シェラードだ。全寮制の国立学校に通う二年生。今はちょうど長期休みに入っていて、帝都にあるタウンハウスに帰宅しているところだ。何か衝撃的なことがあって前世の記憶を思い出したのか、机の上に広がっている書類が俺の頭上に降ってきたとか、そんなことを考えたけれど、まったくもって身に覚えがなかった。
というか、俺、いつ死んだんだ。
新しく人生をやり直しているということは、死んだってことだろうか。死んだってことだろう。ぼんやりとコーラを飲みながらアニメのCMを見ていたのが最後の記憶だが、コーラに毒が入っていたか? 誰が? 何のために毒を入れる? それこそありきたりな一人暮らしをしている文系の大学生だぞ。
死んだ記憶が全くない。よくある転生物ではトラックとか電車とか車とかに轢かれているじゃないか。ああ、どうせなら、勇者一行とかの天才魔導士とかに生まれ変わりたかった……!
一体、ここはどこの世界なんだ。俺が過ごしてきた2020年の日本ではないことは確かだ。煌びやかな装飾が施された室内。たくさんある調度品も全て埃一つなく丁寧に手入れされている。
そう言えば、俺が見ていたCMで清楚としか言いようのない薄水色の髪をしたヒロインらしき女の子が、「シェラード公爵令嬢」と言っていたのを思い出す。
俺の家はシェラード家。兄弟は男ばかりだが……、父の兄弟に女性がいたこともない。
つまり………………………………。
「俺が公爵令嬢ってことか!?!?!?!?!?!?!?」
思わず大声で叫んでしまった。ぱたぱたと廊下から人の走る音が聞こえてくる。
「ヴィンセント様、どうされましたか?」
扉の向こう側からメイドの声がする。俺が大声なんて出したから何か起こったのかと駆け付けたのだろう。慌てて立ち上がり「いや、その、なんでもない!」と言いながら扉を開ける。
「驚かせてごめん」
メイドはきょとんとした顔で俺を見つめている。
「……………………………………どうした?」
「い、いえ、なんでもありません! 失礼いたします」
バタバタと走り去るメイドの後姿を見つめて、部屋よりも豪華絢爛な廊下に胃もたれすら感じる。眩しすぎて目が開けられない。こんな世界で当たり前のように物を与えられ、三男だからと甘やかされて、わがまま放題に育った俺は……。
「ああ、メイドに謝罪なんてこれまで一度もしたことなかったな……」
あの驚愕した顔は俺の発言にあった、というわけだ。
そもそもシェラード家に生まれたからと言って、俺が悪役令嬢なわけがない。最初は異世界転生していると知って混乱していたが、そんな都合よく悪役令嬢に割り当てられるなんてあってたまるもんか。
俺以外に兄弟は上に二人。一人は嫡男で跡取り、もう一人は研究熱心で引きこもり。そして俺はシェラード家の財を湯水のように使う我儘令息。ってやっぱり俺じゃねーか!
頭を抱えていると今度はコツコツと静かな音が聞こえて顔を上げる。黒い髪に白い筋がいくつか入った初老の男性は俺を見るなりに朗らかに笑みを浮かべる。この家の執事だ。
「ヴィンセント様。クラリッサ皇女殿下がお越しになりました」
「…………は?」
「今日、お茶会をする予定でしたよね。庭のほうで準備を済ませております」
皇女殿下……? 聞きなれない言葉に首を傾げそうになって俺は再び床を見る。
そう言えば俺の婚約者、皇女だった。
暇つぶし程度の趣味でアニメを見ていた。今どき流行りの転生物で、原作は乙女ゲームだとか。話題にはなっていたけれど、女性向けだと言うこともあってCMを目にする程度だった。金色のグルングルンとした縦巻きカールがとても印象的で、彼女が悪役令嬢と呼ばれ主人公《ヒロイン》の前に立ちふさがる。
「あなたごときが殿下に近づいて良いと思っているの?」
派手な扇で口元を隠しているくせに明らかな侮蔑の視線。一眼見て分かる悪役といった様は見目も派手でヒロインとは対照的だ。突き飛ばされたのか足元で座り込んでいる女の子は負けじと彼女を睨み返す。
「シェラード公爵令嬢。わたしから殿下に近づいたことは一切ございません」
身の潔白を訴える女の子の発言に、周囲の令嬢達はくすくすと笑うだけで誰も彼女の味方などしない。まあまあ、よくある話だな、と思ってあまり気に留めていなかった。どうせヒロインは選ばれし聖女とか、そういうやつなんだろうな、って思っていた。今はそういった話がいくつもあるから、真剣に見ていなかった。だってアニメ自体、時間つぶし程度にしか思っていなかったから、余計に。
どうしてそんなことを今更思い出したのか。十六年の人生、何事もなく……、いや、前世を思い出したからこそ、公爵令息として育った俺は世間一般からはかけ離れている。何事もなく平穏だなんて到底言えない。これまでそれが当たり前だと思っていた育ち方に身の毛が弥立つ。
四大公爵家の一つ、シェラード家。その三男として生まれたのが俺、ヴィンセント・ド・シェラードだ。全寮制の国立学校に通う二年生。今はちょうど長期休みに入っていて、帝都にあるタウンハウスに帰宅しているところだ。何か衝撃的なことがあって前世の記憶を思い出したのか、机の上に広がっている書類が俺の頭上に降ってきたとか、そんなことを考えたけれど、まったくもって身に覚えがなかった。
というか、俺、いつ死んだんだ。
新しく人生をやり直しているということは、死んだってことだろうか。死んだってことだろう。ぼんやりとコーラを飲みながらアニメのCMを見ていたのが最後の記憶だが、コーラに毒が入っていたか? 誰が? 何のために毒を入れる? それこそありきたりな一人暮らしをしている文系の大学生だぞ。
死んだ記憶が全くない。よくある転生物ではトラックとか電車とか車とかに轢かれているじゃないか。ああ、どうせなら、勇者一行とかの天才魔導士とかに生まれ変わりたかった……!
一体、ここはどこの世界なんだ。俺が過ごしてきた2020年の日本ではないことは確かだ。煌びやかな装飾が施された室内。たくさんある調度品も全て埃一つなく丁寧に手入れされている。
そう言えば、俺が見ていたCMで清楚としか言いようのない薄水色の髪をしたヒロインらしき女の子が、「シェラード公爵令嬢」と言っていたのを思い出す。
俺の家はシェラード家。兄弟は男ばかりだが……、父の兄弟に女性がいたこともない。
つまり………………………………。
「俺が公爵令嬢ってことか!?!?!?!?!?!?!?」
思わず大声で叫んでしまった。ぱたぱたと廊下から人の走る音が聞こえてくる。
「ヴィンセント様、どうされましたか?」
扉の向こう側からメイドの声がする。俺が大声なんて出したから何か起こったのかと駆け付けたのだろう。慌てて立ち上がり「いや、その、なんでもない!」と言いながら扉を開ける。
「驚かせてごめん」
メイドはきょとんとした顔で俺を見つめている。
「……………………………………どうした?」
「い、いえ、なんでもありません! 失礼いたします」
バタバタと走り去るメイドの後姿を見つめて、部屋よりも豪華絢爛な廊下に胃もたれすら感じる。眩しすぎて目が開けられない。こんな世界で当たり前のように物を与えられ、三男だからと甘やかされて、わがまま放題に育った俺は……。
「ああ、メイドに謝罪なんてこれまで一度もしたことなかったな……」
あの驚愕した顔は俺の発言にあった、というわけだ。
そもそもシェラード家に生まれたからと言って、俺が悪役令嬢なわけがない。最初は異世界転生していると知って混乱していたが、そんな都合よく悪役令嬢に割り当てられるなんてあってたまるもんか。
俺以外に兄弟は上に二人。一人は嫡男で跡取り、もう一人は研究熱心で引きこもり。そして俺はシェラード家の財を湯水のように使う我儘令息。ってやっぱり俺じゃねーか!
頭を抱えていると今度はコツコツと静かな音が聞こえて顔を上げる。黒い髪に白い筋がいくつか入った初老の男性は俺を見るなりに朗らかに笑みを浮かべる。この家の執事だ。
「ヴィンセント様。クラリッサ皇女殿下がお越しになりました」
「…………は?」
「今日、お茶会をする予定でしたよね。庭のほうで準備を済ませております」
皇女殿下……? 聞きなれない言葉に首を傾げそうになって俺は再び床を見る。
そう言えば俺の婚約者、皇女だった。
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