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#2 プロローグ
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俺が皇女の婚約者になったのは向こうからの希望ではなく、目立ちたがりだった俺が父に皇女を婚約者にしたいと駄々をこねたことから始まった。
父はあまりいい顔をしていなかったが、家格が釣り合っていたことと、意外にも皇宮から嫡男以外の息子のうちどちらかを婚約者にできないかと打診があったことから、晴れて俺の希望が通った、と言う流れだ。皇女の婚約者という立場まで手に入れた俺はどこへ行ってもやりたい放題、色んな所で恨みを買っていた。
まあ、どうせ、このまま話が進んでいけば、俺は婚約破棄をされて修道院かどこかに幽閉される流れなんだろうけど、贅沢な生活さえ望まなければ現代で暮らしていた俺なら苦にもならないはずだ。もしくはさっさと皇女に婚約破棄をしてもらって、田舎とかでのんびり暮らすとか、俺の知っているアニメで得ただけの乏しい知識が次々と浮かんできた。
庭にあるテラスへ向かうと皇女はやってくる俺を一瞥してすぐに前を向く。親が決めた婚約者に彼女は興味も関心もない。そんな彼女が休暇中にわざわざ家までやってきたのは、どうやら俺に話があるかららしい。城に呼び出せばいいものを。
「お待たせして申し訳ございません、皇女殿下」
「時間を取らせて悪かったわね」
「とんでもございません」
俺が席に着くと使用人がてきぱきとお茶を用意する。音もたてずに俺の前にカップが置かれ、皇女は静かにソーサーを持ってゆっくりと茶を口に含む。
「こういうことははっきり言っておいたほうがいいと思うの」
「…………何でしょう」
あまりいい話ではなさそうな話の切り出し方だ。
「新学期が始まるとすぐに収穫祭があるでしょう? その舞踏会でのエスコートなのだけれど、今回はあなたに遠慮してほしくて」
皇女は顔色一つ変えずに淡々と話す。前世の記憶なんていうとんでもないパンドラの箱が開いてしまったせいで、まだ現実を受け入れ切れていないと言うのに、婚約者からエスコートを断られるなんて普通なんだろうか。俺の知っている範囲では常識ではない。
「ど、どういうことでしょう」
「いきなりこんなことを言われても混乱するでしょうけれど、ごめんなさいね」
皇女は言い訳も何もせずにそれだけと言うと、「じゃあ、言いたいことも言ったし、帰るわ」と立ち上がり、呆然としている俺に目も向けずに去って行った。これだけの用件なら手紙でもよかったのでは? と思ったけれど、彼女なりの誠意だったのか。
しかしお茶をしたいから、家に行くと言われたのは昨日。言いたいことを言ってすぐに立ち去ってしまうのはあまりに勝手すぎるのではないだろうか。思い返すと彼女はそう言った勝手な部分があり、従者や使用人が困っているという話を耳にしたことがある。以前の俺は自分のことを棚に上げて、皇女として育ったせいだろう。俺と結婚したらしつけてやらなければ、なんて思っていたけれど、そもそも皇家に婿入りする時点で躾けられるのは俺の方だ。
まあ、学校で行われる舞踏会のエスコートなんて婚約者がいる人間はともかく、一人で来る奴も少なくはないからダメージは少ない。ただ彼女にどんな狙いがあってそんなことを言ったのか気になるところではある。今後のためにも彼女がエスコートを断ってきた背景ぐらいは調べておいたほうが良さそうだ。原作知識がさほどない俺はこの後何が起こるのかさっぱり分からない。それに主人公の邪魔はあまりしないほうがいいだろう。
くるりと振り返るとメイドたちが気まずそうに俺から顔を背ける。
「…………ケイシーを呼んでくれないか」
思いの外、自分がすんなりと使用人に命令できたことに驚く。十六年間、貴族令息として育ってきたことは、この体に染み付いているようだ。顔を伏せていた使用人は「分かりました」と返事をすると、そそくさと母屋に入っていく。するとすぐにもう一人を連れてテラスに戻って来た。
「お呼びですか、ヴィンセント様」
俺付きの使用人であるケイシーは年齢もさほど俺と変わらない。
「皇女がこの休暇中何をしていたか、調べることはできるか?」
質問に対してケイシーは「ええ」と言って服の中から手帳を取り出す。俺が言う前から皇女の行動を調べていたのは、父からの指示があったからなのか。俺付きの使用人と言っても、ケイシーとは仲がいいというわけでもないから、わざわざ俺のために皇女のことを調べたりしないだろう。
「簡単に言いますと、皇都にあるケーキ屋に毎日通っています。今日もそちらへ一応お忍びで行っているはずです」
「……ケーキ屋?」
わざわざ店などで買わなくても、皇宮にはパティシエが何人もいるだろう。
「そんなに人気なのか?」
「ええ、人気と言えば人気ですが、皇女殿下の場合、目当てはケーキではありません」
その後に続く言葉は何となく想像がつく。これは乙女ゲームの世界の中だ。きっとそこにはヒロインがいるはずだが、女である皇女がヒロインに夢中になるとかあるのだろうか。
「そのケーキ屋には休暇明けから国立学校に転入する息子がいます」
「む、息子!?」
「ええ。この前まで騎士学校で優秀な成績を修めていたそうです。騎士で終わるのがもったいないと学校長からの推薦で国立学校に転入することとなりました」
おそらくそれがヒロインと呼ばれる主人公なのだろう。
女のヒロインがここでは男だと言うのなら、この世界は乙女ゲームのキャラクターが男女逆転している、ということに、なるのだろうか。
父はあまりいい顔をしていなかったが、家格が釣り合っていたことと、意外にも皇宮から嫡男以外の息子のうちどちらかを婚約者にできないかと打診があったことから、晴れて俺の希望が通った、と言う流れだ。皇女の婚約者という立場まで手に入れた俺はどこへ行ってもやりたい放題、色んな所で恨みを買っていた。
まあ、どうせ、このまま話が進んでいけば、俺は婚約破棄をされて修道院かどこかに幽閉される流れなんだろうけど、贅沢な生活さえ望まなければ現代で暮らしていた俺なら苦にもならないはずだ。もしくはさっさと皇女に婚約破棄をしてもらって、田舎とかでのんびり暮らすとか、俺の知っているアニメで得ただけの乏しい知識が次々と浮かんできた。
庭にあるテラスへ向かうと皇女はやってくる俺を一瞥してすぐに前を向く。親が決めた婚約者に彼女は興味も関心もない。そんな彼女が休暇中にわざわざ家までやってきたのは、どうやら俺に話があるかららしい。城に呼び出せばいいものを。
「お待たせして申し訳ございません、皇女殿下」
「時間を取らせて悪かったわね」
「とんでもございません」
俺が席に着くと使用人がてきぱきとお茶を用意する。音もたてずに俺の前にカップが置かれ、皇女は静かにソーサーを持ってゆっくりと茶を口に含む。
「こういうことははっきり言っておいたほうがいいと思うの」
「…………何でしょう」
あまりいい話ではなさそうな話の切り出し方だ。
「新学期が始まるとすぐに収穫祭があるでしょう? その舞踏会でのエスコートなのだけれど、今回はあなたに遠慮してほしくて」
皇女は顔色一つ変えずに淡々と話す。前世の記憶なんていうとんでもないパンドラの箱が開いてしまったせいで、まだ現実を受け入れ切れていないと言うのに、婚約者からエスコートを断られるなんて普通なんだろうか。俺の知っている範囲では常識ではない。
「ど、どういうことでしょう」
「いきなりこんなことを言われても混乱するでしょうけれど、ごめんなさいね」
皇女は言い訳も何もせずにそれだけと言うと、「じゃあ、言いたいことも言ったし、帰るわ」と立ち上がり、呆然としている俺に目も向けずに去って行った。これだけの用件なら手紙でもよかったのでは? と思ったけれど、彼女なりの誠意だったのか。
しかしお茶をしたいから、家に行くと言われたのは昨日。言いたいことを言ってすぐに立ち去ってしまうのはあまりに勝手すぎるのではないだろうか。思い返すと彼女はそう言った勝手な部分があり、従者や使用人が困っているという話を耳にしたことがある。以前の俺は自分のことを棚に上げて、皇女として育ったせいだろう。俺と結婚したらしつけてやらなければ、なんて思っていたけれど、そもそも皇家に婿入りする時点で躾けられるのは俺の方だ。
まあ、学校で行われる舞踏会のエスコートなんて婚約者がいる人間はともかく、一人で来る奴も少なくはないからダメージは少ない。ただ彼女にどんな狙いがあってそんなことを言ったのか気になるところではある。今後のためにも彼女がエスコートを断ってきた背景ぐらいは調べておいたほうが良さそうだ。原作知識がさほどない俺はこの後何が起こるのかさっぱり分からない。それに主人公の邪魔はあまりしないほうがいいだろう。
くるりと振り返るとメイドたちが気まずそうに俺から顔を背ける。
「…………ケイシーを呼んでくれないか」
思いの外、自分がすんなりと使用人に命令できたことに驚く。十六年間、貴族令息として育ってきたことは、この体に染み付いているようだ。顔を伏せていた使用人は「分かりました」と返事をすると、そそくさと母屋に入っていく。するとすぐにもう一人を連れてテラスに戻って来た。
「お呼びですか、ヴィンセント様」
俺付きの使用人であるケイシーは年齢もさほど俺と変わらない。
「皇女がこの休暇中何をしていたか、調べることはできるか?」
質問に対してケイシーは「ええ」と言って服の中から手帳を取り出す。俺が言う前から皇女の行動を調べていたのは、父からの指示があったからなのか。俺付きの使用人と言っても、ケイシーとは仲がいいというわけでもないから、わざわざ俺のために皇女のことを調べたりしないだろう。
「簡単に言いますと、皇都にあるケーキ屋に毎日通っています。今日もそちらへ一応お忍びで行っているはずです」
「……ケーキ屋?」
わざわざ店などで買わなくても、皇宮にはパティシエが何人もいるだろう。
「そんなに人気なのか?」
「ええ、人気と言えば人気ですが、皇女殿下の場合、目当てはケーキではありません」
その後に続く言葉は何となく想像がつく。これは乙女ゲームの世界の中だ。きっとそこにはヒロインがいるはずだが、女である皇女がヒロインに夢中になるとかあるのだろうか。
「そのケーキ屋には休暇明けから国立学校に転入する息子がいます」
「む、息子!?」
「ええ。この前まで騎士学校で優秀な成績を修めていたそうです。騎士で終わるのがもったいないと学校長からの推薦で国立学校に転入することとなりました」
おそらくそれがヒロインと呼ばれる主人公なのだろう。
女のヒロインがここでは男だと言うのなら、この世界は乙女ゲームのキャラクターが男女逆転している、ということに、なるのだろうか。
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