異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ

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#3 ヒロイン(男) 

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 皇女がヒロインにご執心なら、いっそのこと放っておいたほうが身のためでは? と思った。考え込んでいるとケイシーから「見に行かないんですか?」と聞かれて返答に迷う。俺の中で選択肢が二つ浮かんできた。

 1.偵察しに行く。
 2.余裕ぶって見に行かない。

 乙女ゲームをやる気分というのはこういう感じなのだろうか。

 ただのゲームだったら本能が赴くままに選択肢を選んだだろうが、ここは夢のようで現実だ。安易な行動は取れない。

「……その男の名は?」

「アルフレッド・リースです。今は母親と二人で暮らしています。母親はセンター男爵の元メイドで愛人関係にもありました。子を産む前にセンター男爵夫人に男爵との関係が明るみになって屋敷を追い出されています」

 つまりヒロインは貴族の血が半分流れているということだ。と言っても父親が男爵なら爵位はあまり高くないし、婚外子でもあるから、結局のところ、出自でいちゃもんをつけられるのは運命だったのかもしれない。

「店は男爵が支援を?」

「いえ、センター男爵にそこまでの余裕はないはずです」

 これまで他領のことなど気にもしていなかったから、センター男爵領がどれほどの規模なのか分からない。牽制するつもりなど更々ないが、相手の情報ぐらいは手に入れておかないと後に悔やみそうだ。ケイシーも誰の指示か分からないが、皇女がご執心の相手までしっかり調べているようだし「見に行くから準備をしてくれ」というと、待ってましたと言わんばかりに楽しそうに笑って「分かりました」と勢いよく手帳を閉じた。

 コイツ、野次馬根性で調べたんじゃないだろうな。

 まあ、俺に対する忠誠心など持ち合わせていないだろうから、言われる前に細かく調べてくれていたのはどんな理由であれ助かる。

「すぐに行きますよね?」

「いや……、色々準備だってあるだろう?」

「こんなこともあろうかと全て揃えておきました」

 どこから出したのか庶民の服に紋章が隠された地味な馬車、護衛も平民に紛れられるよう軽装に着替えている。

「…………………………お前、もしかして、俺が今日、エスコートを断られるって分かってたんじゃないだろうな?」

「まさか」

 平然と真顔でとぼけるケイシーを見て、殴りたくなったのは今日が初めてではないはずだ。



 あまり着慣れないざらりとしたシャツは、先ほどまで着ていたつるつるとした高級素材のシャツよりも風通しがよくて心地いい。通気性がよく夏場に平民が好んで着ているというのは納得だった。さすがに人前には着ていけないけれど、部屋着にはちょうどよさそうだ。この世界に部屋着という概念があるのかどうかは謎だが。

 ガタガタと馬車に揺られながら皇都の中心部へと向かう。郊外に建てられた貴族たちのタウンハウスから平民達の暮らす中心部までは馬車でそう時間もかからない。やはりヒロインを見に行くのは時期尚早だったのではないか。悪役令嬢なら悪役令嬢らしく、ドンと構えていたほうが良かったのではないか。なんて後悔がぐるぐると脳内で渦巻いていた。

 俺の気持ちとは裏腹に対面に座ったケイシーは楽しそうだ。どうしてそんなに嬉しそうなのかと聞きそうになり、ハッと自分の中で予想がついた。

「一つ聞くが、皇女は普段、どれぐらいそのケーキ屋に滞在するんだ?」

「まあ、三十分から一時間、と言ったところでしょうね」

「今から俺が行ったら出くわさないか?」

 ケイシーはその問いに答えず、俺から目を逸らした。やはりこいつは俺が皇女の浮気現場に出くわしてその反応を楽しむつもりなのだ。使用人のくせにどういうつもりだ、と怒鳴りたくなるが、そもそも主人らしい行いをしていなかった俺が、ケイシー達使用人になめられているのも無理はない。自分の行いというのは自分に返ってくるものだ。文句は一息で飲み込んで外を見た。

 外は気持ちよいほどの晴天だ。雲一つない。平民たちの暮らす中心部がもうそこまで来ていた。

 市場に馬車では入れないため、入り口で停めてもらいケイシーと例のケーキ屋に向かった。さすがは皇都の中心街なだけあって、活気づいている。人の往来も多く、油断しているとぶつかってしまいそうだ。

 ケイシーに案内されなくてもヒロインがいると思われるケーキ屋はすぐに分かった。人気店でもあるので人だかりが出来ているし、何より派手な格好をした女が護衛を引き連れて美形な男と対峙していたからだ。

 まさか俺の家に来たそのままの格好でこんなところに来ているとは思いもしなかった。皇女ってバレてないことが不思議なぐらいだ。

 だが高貴な身分の女性であるのは一目瞭然だ。周囲の人間があまり関わりたくなさそうに避けているのがよく分かる。

「アルフレッド。この後のことなのだけれど、わたくしの知り合いが営んでいるレストランへ行きましょう」

 断られるとは思っていないのだろう。エプロン姿の男は水色の髪の毛を困ったようにかいて、「申し訳ありません」と頭を下げている。 もしかして皇女だって分かっていないのだろうか。

 ただ皇女が気に入るのも無理ないぐらいヒロイン(男)は眩しいぐらいの美形だった。背も高くて騎士学校に通っていたというだけあって体格もいい。短髪のせいで涼やかさが更に増しているように見えた。

 俺だって顔はそこまで悪いほうではないだろうが、あれに勝てる男はそう多くない。

「お誘いいただいて嬉しいのですが、家の手伝いもありますから」

「少しぐらいならそこの騎士に手伝わせるわ」

 手に持っていた扇を閉じると、皇女は囲んでいる護衛の一人を扇で指した。まさか平民の店の手伝いを言いつけられると思っていなかった護衛騎士はぎょっとした顔で皇女を見ている。彼だって平民からしたら殿上人のようなものだろうに。

「そういうわけにはいきません」

 ヒロイン(男)が苦々しい顔で首を横に振ると、指名された護衛はあからさまに安堵の表情を見せた。剣しか扱ってこなかった人生、平民に交じって商売なんて想像もできないだろう。気の毒だ。

「どうするんですか? ヴィンセント様」

「へ?」

 遠目からやり取りを見つめていると、こっそりとケイシーに声を掛けられて間抜けな返事をしてしまう。

「いいんですか? 皇女殿下を取られたままで」

 修羅場を期待していた男だ。ここで俺が怒鳴り込んでほしいのだろう。そんな勝手な希望を押し付けられても、期待通りに動くつもりは更々ない。「帰るぞ」と言って背中を向ける。きっと本物の悪役令嬢だったなら、ここでなりふり構わずにあの輪の中へ入っていけるのだろうが、俺にはそこまで度胸はない。

 ヒロイン(男)には悪いが、皇女を頼んだ!
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