異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ

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#9 新学期

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 国立学校は学力によって三つのクラスに分けられる。公爵令息としても皇女の婚約者としても幼い頃から帝国内でも指折りの家庭教師を付けられていた俺は当然一番優秀なクラスだ。皇女も言うまでもない。そして騎士学校からわざわざ推薦されて国立学校に転入したヒロイン(男)も同じクラスだった。

 修羅場だ。席が決められているわけではないから、皇女は当たり前のようにヒロイン(男)の隣に座っている。迷惑だろうな、と思ったが、俺が口出しをすれば嫉妬していると思われるだろうし、出来るだけ視線は向けずに知らんぷりだ。それもそれで変な勘繰りをしている人間もいると言うのだから俺にとっても迷惑な話だ。

 きっとゲームでもこんな感じだったのだろうか。ヒロインに王子が言い寄って、それに嫉妬した悪役令嬢がヒロインをいじめる。もしかしたら俺と同じように悪役令嬢は王子から顔を覚えられていなかったかもしれない。

 だとしたら王子が大分悪くないか? どうやってヒロインは幸せになるんだ?

 あのまま周囲を巻き込んでヒロインをいじめたとするなら、悪役令嬢はいずれ断罪されただろう。だが強引で自分の意見などまともに聞いてくれない王子相手に、あの気の強そうなヒロインが惚れたりするのか?

 こんなことになるなら、ちゃんと見ておけばよかった。後悔しかない。

 結局、俺が争いを避けようとしても、曲解されたり余計なことをする奴が出てくるだろう。いくら自分の身の潔白を訴えたとしても、皇女からすれば俺は邪魔者だ。あれこれ因縁を付けて、出来る限り俺を悪者にして婚約解消をしたいだろう。

 公爵家との婚約はそう簡単に解消できるものではない。ましてや皇家から婚約の提案があったから余計だ。

 この辺りを皇女はどう考えているのだろうか。きっと何も考えていないだろうな。考えていたらこんな公衆の面前で婚約者以外の男とべったりしているはずがない。

 教師がやってくるとこの異様な状況にぎょっとした顔をする。皇女相手に注意することもできないのか、そのまま目を逸らして早速授業が始まった。

 授業中だけはそれに集中していれば全てを忘れられるから気休めになった。今年はそれなりにいい成績が取れそうだ。




 新学期が始まって一週間がたつと、自分の婚約者が他の男と居るのが日常になり始めた。元からそんなに気にしていなかったので、二人が仲良く話している内容も知らなかったのだが、面白がっているお節介たちから「収穫祭の夜にある舞踏会の衣装について話し合ってたぜ」だの、「次の休みは二人で遊びに行くらしいぜ」など余計な話をたくさん聞かされた。

 せめてそう言う話は人に聞かれないところでやってほしいものだが、舞い上がっている皇女にそれは難しい話だ。ヒロイン(男)がずっと困った顔をしているというのに、好きな男の態度など微塵も気にしていないところを見ると、彼女は彼の外見に惹かれただけで中身などどうでも良さそうで気の毒だった。

 良くも悪くも皇女と俺はよく似ている。俺は相手の身分ばかり気にして、皇女の中身など気にもしていなかった。きっと皇女も同じだ。俺のことなど公爵令息ぐらいにしか思っていなかったから顔すら覚えなかったのだろう。

 あまりに失礼な話だが、俺も同じだから決して皇女を責めることなどできない。

「舞踏会の衣装の話をしていたって言うけど、エスコートは婚約者のお前がやるんじゃないのか?」

「今回はしなくていいって言われた」

 さすがにそんなことを言われているとは思わなかったのだろう。空気が凍り付いたのを感じる。

「ちょっと、それはヤバくないか?」

「皇女の意向だから仕方ないだろう」

 あまり気にしていない素振りを見せていたのだが、さすがに俺を憐れに思ったのか、その日からヒロイン(男)に陰湿な嫌がらせをする人間が出てきてしまった。そんなことをすれば疑われるのは俺だと言うのに。

 誰もいない教室でビリビリに破かれた教科書を拾っているヒロイン(男)が居た。そのまま見過ごしてもよかったのだが、何だか俺にも原因があるように思えて誰もいないのを確認してから中に入った。

「ほら、これ、使えよ」

 教科書なんてなくしたと言えばすぐにケイシーが用意するだろう。俺の教科書を差し出すと「……あ」と言って、ヒロイン(男)は視線を落とす。

「いいよ。このままでも使えないことないし」

「そのままでいれば奴らが増長して嫌がらせがもっと酷くなるだけだ。いいから受け取っておけ」

 ずいと差し出すと、ヒロイン(男)は渋々俺の手から教科書を受け取った。

「これ、君からオレが盗んだって言われないかな」

 あはは、と冗談交じりにヒロイン(男)がそう言うけれど、そこまで考えていなかった俺は「確かに」と真顔で頷いてしまう。

「そうなったら古くなって捨てただけだって言うからいい」

 苦しい言い訳になるが、その捨てた教科書を誰が拾おうが俺には関係ない話だ。

 ようやくヒロイン(男)は楽しそうに笑って、「さすが公爵令息だね」と言った。
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