異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ

文字の大きさ
29 / 46

#29 婚約破棄

しおりを挟む
 婚約破棄に関する手続きは簡潔に行われた。俺が出席したせいか皇女も同席していたが言葉を交わすことはなかった。

 淡々と処理が進んでいき、最後に皇帝と父が署名する。

「…………シェラード公爵」

「何でしょう、陛下」

「娘の父として謝罪する。すまなかった」

 深く頭を下げる皇帝に、皇女が反応する。

「な、お父様、どうして!」

「お前は黙っていなさい、クラリッサ!」

 まだ何か言いたそうにしていたが、皇帝から強く窘められると皇女は渋々口を噤む。自分は悪くない、と言いたいようだが、今回の件に関しては俺には何も非がない。勝手にアルフレッドに言い寄って、俺を邪険にして、学校内での立場を全て奪ったのだ。

 今後、皇女は婚約するのに苦戦するだろう。一国の姫だとしても婚約破棄になったという傷が残れば、他国に嫁ぐこともできない。

 彼女はそこまで考えていたのだろうか。きっと考えていたらこんなことをしていなかったはずだ。

「ヴィンセント君もすまなかった。君の縁談については悪いようにはしないから安心したまえ」

 そう言ってにこりと微笑まれても、当分は婚約者とか婚約とかからは距離を置きたい。どう返答すればいいのかと隣の父を見るとにこりと笑みを浮かべるだけだ。好きに答えて良いと言うことだろう。

「ありがとうございます、皇帝陛下。ですが縁談はもう少し先で……」

「そうかそうか。その気になったら公爵に言うと良い」

「お気遣いに感謝いたします」

 ぺこりと頭を下げて顔を上げた時に皇女と目が合った。こちらを恨めしそうに睨んでいるが、全ては自分の身から出た錆だ。俺を恨むのはお門違いだ。震えるほどきつく握りしめた手から血が滲んでいるのを見てしまい、俺はぱっと目を逸らした。

 もう彼女は真っ当な判断ができないのかもしれない。恋に落ちるというのは恐ろしいな、と思いながら、アルフレッドとは誕生祭で終わっていて正解だったのかもしれないとようやく思い至った。



「ヴィンス。次の新年祭は陛下への挨拶だけにして、パーティは欠席しなさい」

 皇宮からの帰り道、馬車に乗るなり父さんがそう言った。皇帝への新年の挨拶は病気などでない限り、帝国中の貴族が挨拶に行くのは決まりとなっている。だがその後のパーティに関しては任意だ。

「分かりました」

「いくらお前に悪いところがないと言っても、皇女と婚約破棄となればいろいろ噂する人も出てくるだろうしね」

 確かに好奇の目で見られるだろう。パーティに参加する気にもなれなかったし、父さんの提案は俺には好都合だった。

「そう言えば新年祭は市場でたくさんの店が開かれると聞いているよ。最近、市場のほうにも顔を出していると聞いたよ」

 ぎくりと顔を強張らせてしまう。

「ケイシーを連れて行ってくるといいよ。狩猟や賭け事ばかりするよりいい」

 そうやって市井を見て回るのは勉強になるからいい、と言う意味だが、別に俺は庶民の暮らしを知りたくて市場に行っていたわけではない。変わった俺に対して父さんが好感を持っているのは知っている。ここで拒否すれば傷ついてしまうかもしれない。

「わ……、分かりました」

 市場はアルフレッドと出くわす可能性がある。ケイシーを連れて行け、と言われた以上、この話は父さんからもケイシーに話をするだろう。アルフレッドのことをケイシーに話せていないし、話すつもりもないなら、行くしかない。

 でも会いたくない。

「ヴィン――……」

 父さんが俺に声を掛けようとしたとき、馬車が大きく揺れた。

「うわっ!?」

 ガダンと大きな音を立てて、馬が「ヒヒーン!」と泣き声を上げる。つんのめった俺は前に転びそうになったところを父さんに助けられ、馭者も「うわ!」と悲鳴を上げた。俺を対面に座らせると父さんは「何事だ?」と馬車のカーテンを開けた。何かを轢いてしまったわけでもなさそうだが、カタカタと小刻みに馬車は揺れている。

 地震か? これは。

「何て言うことだ……」

 父さんがぼそりと呟く。つられるように窓の外を見ると、青かった空は夕焼けのように真っ赤に染まっている。まだ日中だというのに、一体、何が起こったのだろう。

「ヴィンス。父さんは皇宮に戻るから、お前は早く家に戻りなさい」

「え……、あ、はい」

 皇宮から出て間もない。父さんはここから歩いていくつもりなのだろう。ドアの取っ手に手を掛けた父さんに「何が起こったんですか?」と尋ねてみる。答えてくれないかもしれないが、異様なことが起こっているのは空を見ただけで分かった。

「竜だ」

「……え?」

「竜が目覚めた」

 父さんはそれだけ言うと馬車のドアを開けて外に出て行ってしまった。窓からは空の色しか見えなかったが、ドアを開けたことでその異様さを認識する。

 とぐろを巻いたような黒い雲が皇宮の上空に出現している。正しくは皇宮の後ろにある山、だろうか。

 俺はふと、この国の逸話を思い出した。


 皇宮の背後に聳える帝国一番の山には、竜が棲んでいる。


 あれはただのおとぎ話ではなかった、と言うことか? しかし俺が学んだ歴史では竜が目覚めたなんて聞いたこともなかったのに、父さんは一目見てこれが竜の目覚めだと気付いた。

 貴族の中でも一部しか知らない事実なのか? これは国の存亡にも関わる。

 震える手を握りしめて、俺はドアを閉めた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい
BL
マルフォニア王国宰相、シャーディル侯爵子息のマシューは軍の訓練中に突然倒れてしまう。頭を打ったはずが刺されたとお腹を押さえ、そしてある女性が殺された記憶を見る。その彼女、実は王太子殿下と幼馴染で…?! マシューは彼女の調査を開始、その過程で王太子と関わりを持ち惹かれていくが、記憶で見た犯人は父親だった。 そして事件を調べる内、やがてその因縁は三十年以上前、自分と王太子の父親達から始まったと知る。 王太子との関係、彼女への嫉妬、父親…葛藤の後、マシューが出した結末は――。 *性描写があります。

【完結】おじさんの私に最強魔術師が結婚を迫ってくるんですが

cyan
BL
魔力がないため不便ではあるものの、真面目に仕事をして過ごしていた私だったが、こんなおじさんのどこを気に入ったのか宮廷魔術師が私に結婚を迫ってきます。 戸惑いながら流されながら?愛を育みます。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

男だって愛されたい!

朝顔
BL
レオンは雑貨店を営みながら、真面目にひっそりと暮らしていた。 仕事と家のことで忙しく、恋とは無縁の日々を送ってきた。 ある日父に呼び出されて、妹に王立学園への入学の誘いが届いたことを知らされる。 自分には関係のないことだと思ったのに、なぜだか、父に関係あると言われてしまう。 それには、ある事情があった。 そしてその事から、レオンが妹の代わりとなって学園に入学して、しかも貴族の男性を落として、婚約にまで持ちこまないといけないはめに。 父の言うとおりの相手を見つけようとするが、全然対象外の人に振り回されて、困りながらもなぜだか気になってしまい…。 苦労人レオンが、愛と幸せを見つけるために奮闘するお話です。

ゲームの世界はどこいった?

水場奨
BL
小さな時から夢に見る、ゲームという世界。 そこで僕はあっという間に消される悪役だったはずなのに、気がついたらちゃんと大人になっていた。 あれ?ゲームの世界、どこいった? ムーン様でも公開しています

タチですが異世界ではじめて奪われました

BL
「異世界ではじめて奪われました」の続編となります! 読まなくてもわかるようにはなっていますが気になった方は前作も読んで頂けると嬉しいです! 俺は桐生樹。21歳。平凡な大学3年生。 2年前に兄が死んでから少し荒れた生活を送っている。 丁度2年前の同じ場所で黙祷を捧げていたとき、俺の世界は一変した。 「異世界ではじめて奪われました」の主人公の弟が主役です! もちろんハルトのその後なんかも出てきます! ちょっと捻くれた性格の弟が溺愛される王道ストーリー。

処理中です...