異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった

カイリ

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#31 前夜

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 太陽が沈んで辺りが暗くなっても、赤い月が昇る空は異様だ。竜が目覚めてからこんな日が続いている。市場の入り口に到着し、馭者には一度、屋敷に戻るよう指示をしてから駆け足でアルフレッドの家に向かった。

 今の状況が尋常でないことはもう帝国中に広まっているようだが、何が起こったのか発表されていない以上、平民たちの不安はかなり大きいだろう。夜になっても市場の中心部はいくつか店が開いていたが、今は明かりも少なくがらんとしている。吹きすさぶ風が余計に侘しさを誘った。

 店の裏手に回って扉を叩こうとしたところで、それが壊れていることに気付いた。恐る恐る取っ手に手を掛けると鍵はかかっていないようで軽い力で開いてしまった。

「……どなたですか」

 中から声がして驚く。強盗にでも入られたのか、中は荒らされていて所々家具が壊れていた。

「俺だ」

 声を掛けるとガタと慌ただしい音が聞こえてきて、奥からアルフレッドが飛び出してきた。

「ヴィンセント様……?」

「一体、これはどうしたんだ? 何があったんだよ」

 聞きたいことはたくさんあるが、それよりも今は家が荒らされていることだ。竜が目覚めたからと言って市民が凶暴化するなんてことはないだろうし、むしろ、人々は異様な光景に恐れて外出していないだろう。

「どうして……、何で来たんです?」

「どうしてって、そりゃ、お前が宝石の運搬に志願したって聞いたから来たんだよ」

 本題はそこだ。アルフレッドは困ったように笑うと、「そんなことでわざわざ?」と俺の質問には答えない。

「そんなことって、そうじゃないだろ。お前は騎士でもないのに……」

 話していて違和感を覚えた。荒らされたせいか家の中は明かりがついていなくて薄暗い。突然、俺が現れて男のアルフレッドが様子を見に来たのは分かる。けれどこの家にはもう一人いるはずだ。アルフレッドとの会話で俺が不審者ではないと分かっただろうに。なぜ、出て来ない。

「お前、母親は?」

 そうここに居なければならない人物、アルフレッドの母親の姿がない。アルフレッドは相変わらず困った顔をしているだけで俺には何も言わない。それがもどかしくなってどんと胸を叩く。

「何があったんだよ。お前が志願したのと、母親がいないことは無関係じゃないんだろ?」

「……どうしてヴィンセント様は、俺がどん底の時に来てくれるんです?」

「どうしてって」

「俺、あなたのことを諦めようと必死になってるのに、こんなことされちゃ、諦められないじゃないですか」

 ぐいと腕を引っ張られて抱きしめられる。

「皇女からの命令です」

「は……? どういうことだよ」

「母さんを人質にされました。行かなければ、殺すと」

「でも、行けばお前が……」

 父さんが言っていた言葉を思い出す。宝石を渡しに行った騎士は戻って来られない。自分が死ぬか、母親を殺されるか、どちらかを選べと言われたのか。母親を大事にしている彼が前者を選ぶと分かっていて、皇女はアルフレッドを脅迫したのか。

 許せないと思った。こんなことをした理由は明白だ。けれど命を弄ぶようなことだけは、絶対に許せないと思った。

「抗議してくる」

 抱きしめたままのアルフレッドの胸を押そうとすると、更にぐっと抱きしめられて身動きが取れなくなる。

「待ってください! 俺はちゃんと納得した上で志願してます」

「それが皇女の狙いだろ!? お前が手に入らないから、それなら殺してしまおうと思ったんだ」

 あまりにも素早い対応に竜の目覚めすら皇女の仕業なのではないかと疑問が浮かぶ。いくら記録が残っていないとしても、皇宮には竜の記載がどこかにあるのではないだろうか。だから大量の宝石を保管していたりなど、対策をしている。たまたま皇女がそれを目にしてしまったとしても不思議ではない。

「けど誰かが行かなきゃいけないんでしょう? それなら俺でもいいはずです。こうしてヴィンセント様が引き留めてくれてすごく嬉しかった。ありがとうございます」

 顔を上げるといつものように微笑んでいた。アルフレッドの意思はもう決まっているようだった。俺が何を言っても、もう決めたことだと曲げる気がないのだ。確かにこれは誰かが行かなければならないことで、選ばれた騎士は今のアルフレッドのように家族や大切な人から引き留められたりしているかもしれない。

「何か……、俺に出来ることはないのか」

 引き留めることが叶わないなら、何かしてやりたかった。俺にもっと力があればアルフレッドを守ってやれたかもしれないのに。後悔ばかりで俺はいつも何もできずに見ていることしかできない。

「じゃあ、今晩だけ、俺と一緒に居てくれませんか?」

「そんなことでいいのか?」

「ええ、十分です」

 もっと色々と要望を言ってくれてもいいのに、一緒に居るだけで十分だなんて欲のない男だ。顔を上げると仄かな明かりに照らされたアルフレッドの顔が見える。ゆっくりと近づいてくるのをそのまま受け入れるように目を閉じた。
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