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#45 宮廷舞踏会
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式典と舞踏会の喧騒から切り離された控室は、静まり返っていた。窓の外に見える月は高く、雲の切れ間から銀光が差し込んでいる。赤い絨毯に靴音が沈み、豪奢なシャンデリアも今は静かに灯るばかりだった。
その中で一人、椅子に腰を掛けていた。落ち着きなく指先を組み替えながら、思い返すのは、舞踏会でのあの一幕。 アルフレッドの母親が扉を開けて入ってきた瞬間から、全てが変わった。
センター男爵の主張は否定された。
けれど、それは同時に何かが、隠されているという確信でもあった。テラスへと出ていったアルフレッドの姿が、頭に焼きついて離れない。母親と二人きりで何を話しているのか。俺が入る余地などなかったから後を追いかけなかったが、気になって気になって落ち着かない。いつしかテラスに突入してしまいそうだったから控室に戻って来たけれど、結局のところ、こんなところに居ても落ち着くはずがなかった。
何も知らされていない自分が、少しだけ遠ざけられた気がして凹む。これは俺の弱さかもしれない。この数日、自分の逞しさに感心するばかりだったが、弱い面を見せつけられると途端に気落ちした。
そんなとき、控室の扉が控えめにノックされて、開いた。現れたのは、父さんだった。
「……まだ、ここにいたんだ」
淡々とした声。いつもの調子。だがその目だけが、どこか探るように俺を見ていた。
「アルフレッドを、待ってる」
「……そっか」
父さんは静かに歩み寄ってきて、俺の正面の椅子に腰を下ろした。珍しく何も言わず、すぐに口を開かない。その沈黙が逆に俺の中の焦燥を掻き立てた。
「……父さん」
「ん?」
「センター男爵の件。あれが嘘だったのは分かった。でもアルフレッドの本当の父親は誰なんだ?」
父さんは目を伏せた。
「あまり他人の秘密に踏み込まないほうが自分のためだよ?」
遠回しな拒絶。いつもなら、俺もそれ以上踏み込まなかったかもしれない。けれど今は違う。
「でも俺はアルフレッドのことなら知りたいんだ。アルフレッドと共に生きていたいと願っている。だから父さんが知っていることがあるなら、俺に教えてほしい」
こんなふうに父さんに頼んだのは、何年ぶりだろうか。少なくとも前世の記憶を取り戻してからは一度もないから、俺にとっては初めてのような経験だが、わがまま放題だった過去を考えると何度もしているかもしれない。
父さんは少し目を細めて、ため息をひとつ吐いた。
「……十七年前。帝国の北辺境で、ある使節団が滞在していた。隣国・エリューザルの王族を中心とした使節団だ」
「エリューザル……って、北方の?」
父さんはこくりと頷く。
「その中に、一人だけ王子がいた。王太子ではなく、次男だ。名をイリア・エリューザル王子。あれはまだ若く、騎士に憧れ、帝国の軍制や文化を学びたいと訪れていたそうだ」
そう言って少し父さんは目を伏せた。
「その旅の最中、王子はある女性と出会った。彼女の名はリアナ。センター男爵に仕えていた侍女だった」
リアナ。アルフレッドの母親の名だ。アルフレッドにそっくりな、優しさを湛えた瞳を思い出す。
「イリア王子とリアナは、帝国内で惹かれ合った。だが王子の帰国命令が下され、彼は一人で国へ帰ることになった。王族と領主の娘の恋など、許されるはずがない。彼女は彼を追わず帝国に残ってひとりで子を産んだ」
「……それが、アルフレッド」
呟くように言うと父さんは頷いた。
「私は直接聞いたわけではない。だが当時その噂は一部で囁かれていた。彼女が身籠もったと同時期、センター男爵もまた侍女にご執心だという噂が。彼女は断ったと言っていたが、実際のところはどうか分からない。センター男爵がアルフレッド君を自分の息子だと言い張っていたのを考えると、何かしらはあったのかもしれないね」
俺は息を飲んだ。
「でもなんでそれを、アルフレッドには隠していたんだ?」
「彼女にとってはアルフレッド君を誰の子ということより、どう育てるかが大事だったのだろう。王家の血が混じっていようが、彼を帝国の民として育てる覚悟をした。だが今日、センター男爵が公に父親だと名乗ったことで、彼女は否応なく真実に向き合わざるを得なくなった」
父さんはふうと肩を落とすように息をついた。
「……そして私は彼女が男爵の言葉を否定したことで確信した。アルフレッド・リースはエリューザルの王子の血を引いている、とね」
アルフレッドの父親について、父さんは二つの選択肢があったというわけか。もしかすると隣国の王子の血を引いているかもしれない。だから俺に対して仲良くしているほうがいい、と言っていたのかもしれない。まあ、仲のいい友人を超えてかけがえのない人になってしまったわけだが。
「教えてくれて……ありがとう、父さん」
父さんはただ黙って頷いた。俺の気持ちを知ってか否か、どこか寂しげだった。
「アルフレッド君から頼まれていることがあってね」
「アルフレッドから?」
「うん。ヴィンスと……、共に生きていくことを許してほしい、と。君たちが友人という枠を超えているのは何となく気付いていたけれど、実際に言葉にされると色々とショックでね。返答を待ってほしいと言ったんだが、そろそろ私もアルフレッド君に答えを出してやらないといけないときが来たね」
まるで娘を嫁にやるときのような台詞に俺は少し笑ってしまう。
「ヴィンスも同じ気持ちなら、何も言うことはないよ」
「……ありがとうございます」
「そりゃ、親としては気にする部分も多いけれど、それ以上に息子の、ヴィンスの幸せを願っているから。彼と一緒に居ることがヴィンスの幸せならそれで十分だよ。嫌になったら公爵家に帰って来なさい」
帝国筆頭貴族の当主ならば息子が平民と共になることを許したり出来ないはずだが、誰よりも子供のことを考えてくれる父さんに頭が下がる。ジワリと涙が浮かんでくると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
その中で一人、椅子に腰を掛けていた。落ち着きなく指先を組み替えながら、思い返すのは、舞踏会でのあの一幕。 アルフレッドの母親が扉を開けて入ってきた瞬間から、全てが変わった。
センター男爵の主張は否定された。
けれど、それは同時に何かが、隠されているという確信でもあった。テラスへと出ていったアルフレッドの姿が、頭に焼きついて離れない。母親と二人きりで何を話しているのか。俺が入る余地などなかったから後を追いかけなかったが、気になって気になって落ち着かない。いつしかテラスに突入してしまいそうだったから控室に戻って来たけれど、結局のところ、こんなところに居ても落ち着くはずがなかった。
何も知らされていない自分が、少しだけ遠ざけられた気がして凹む。これは俺の弱さかもしれない。この数日、自分の逞しさに感心するばかりだったが、弱い面を見せつけられると途端に気落ちした。
そんなとき、控室の扉が控えめにノックされて、開いた。現れたのは、父さんだった。
「……まだ、ここにいたんだ」
淡々とした声。いつもの調子。だがその目だけが、どこか探るように俺を見ていた。
「アルフレッドを、待ってる」
「……そっか」
父さんは静かに歩み寄ってきて、俺の正面の椅子に腰を下ろした。珍しく何も言わず、すぐに口を開かない。その沈黙が逆に俺の中の焦燥を掻き立てた。
「……父さん」
「ん?」
「センター男爵の件。あれが嘘だったのは分かった。でもアルフレッドの本当の父親は誰なんだ?」
父さんは目を伏せた。
「あまり他人の秘密に踏み込まないほうが自分のためだよ?」
遠回しな拒絶。いつもなら、俺もそれ以上踏み込まなかったかもしれない。けれど今は違う。
「でも俺はアルフレッドのことなら知りたいんだ。アルフレッドと共に生きていたいと願っている。だから父さんが知っていることがあるなら、俺に教えてほしい」
こんなふうに父さんに頼んだのは、何年ぶりだろうか。少なくとも前世の記憶を取り戻してからは一度もないから、俺にとっては初めてのような経験だが、わがまま放題だった過去を考えると何度もしているかもしれない。
父さんは少し目を細めて、ため息をひとつ吐いた。
「……十七年前。帝国の北辺境で、ある使節団が滞在していた。隣国・エリューザルの王族を中心とした使節団だ」
「エリューザル……って、北方の?」
父さんはこくりと頷く。
「その中に、一人だけ王子がいた。王太子ではなく、次男だ。名をイリア・エリューザル王子。あれはまだ若く、騎士に憧れ、帝国の軍制や文化を学びたいと訪れていたそうだ」
そう言って少し父さんは目を伏せた。
「その旅の最中、王子はある女性と出会った。彼女の名はリアナ。センター男爵に仕えていた侍女だった」
リアナ。アルフレッドの母親の名だ。アルフレッドにそっくりな、優しさを湛えた瞳を思い出す。
「イリア王子とリアナは、帝国内で惹かれ合った。だが王子の帰国命令が下され、彼は一人で国へ帰ることになった。王族と領主の娘の恋など、許されるはずがない。彼女は彼を追わず帝国に残ってひとりで子を産んだ」
「……それが、アルフレッド」
呟くように言うと父さんは頷いた。
「私は直接聞いたわけではない。だが当時その噂は一部で囁かれていた。彼女が身籠もったと同時期、センター男爵もまた侍女にご執心だという噂が。彼女は断ったと言っていたが、実際のところはどうか分からない。センター男爵がアルフレッド君を自分の息子だと言い張っていたのを考えると、何かしらはあったのかもしれないね」
俺は息を飲んだ。
「でもなんでそれを、アルフレッドには隠していたんだ?」
「彼女にとってはアルフレッド君を誰の子ということより、どう育てるかが大事だったのだろう。王家の血が混じっていようが、彼を帝国の民として育てる覚悟をした。だが今日、センター男爵が公に父親だと名乗ったことで、彼女は否応なく真実に向き合わざるを得なくなった」
父さんはふうと肩を落とすように息をついた。
「……そして私は彼女が男爵の言葉を否定したことで確信した。アルフレッド・リースはエリューザルの王子の血を引いている、とね」
アルフレッドの父親について、父さんは二つの選択肢があったというわけか。もしかすると隣国の王子の血を引いているかもしれない。だから俺に対して仲良くしているほうがいい、と言っていたのかもしれない。まあ、仲のいい友人を超えてかけがえのない人になってしまったわけだが。
「教えてくれて……ありがとう、父さん」
父さんはただ黙って頷いた。俺の気持ちを知ってか否か、どこか寂しげだった。
「アルフレッド君から頼まれていることがあってね」
「アルフレッドから?」
「うん。ヴィンスと……、共に生きていくことを許してほしい、と。君たちが友人という枠を超えているのは何となく気付いていたけれど、実際に言葉にされると色々とショックでね。返答を待ってほしいと言ったんだが、そろそろ私もアルフレッド君に答えを出してやらないといけないときが来たね」
まるで娘を嫁にやるときのような台詞に俺は少し笑ってしまう。
「ヴィンスも同じ気持ちなら、何も言うことはないよ」
「……ありがとうございます」
「そりゃ、親としては気にする部分も多いけれど、それ以上に息子の、ヴィンスの幸せを願っているから。彼と一緒に居ることがヴィンスの幸せならそれで十分だよ。嫌になったら公爵家に帰って来なさい」
帝国筆頭貴族の当主ならば息子が平民と共になることを許したり出来ないはずだが、誰よりも子供のことを考えてくれる父さんに頭が下がる。ジワリと涙が浮かんでくると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
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