離した手の温もり

橘 凛子

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同棲

ep.80

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『あ!』
「ん?どうした?」

蒼ちゃんに髪を乾かしてもらい、リビングでお揃いのロンTを着て寛いでいた時。

私はふと、まずい事に気づいた。

どうして気がつかなかったのだろう。

浮かれてたのかな。

『蒼ちゃん、どうしよう…』
「ん?」
『メイク用品買わなかった。明日仕事なのに…』

小さな化粧直し用のポーチは持っている。

だが、その中には下地やファンデーションなどは入っていない。

このままではスッピンで出勤する羽目になってしまう。

今からでも帰ろうかな。

「あるよ。メイク用品」
『へ?』
「仕事用のだけど」
『ぁ…そっか』

ヘアメイクアーティスト。

その肩書きならメイク用品があってもおかしくない。

助かった。

「朝、メイクしてあげるよ」
『ぇ…いいの?』
「うん。可愛くしてあげる」
『……別に普通でいいんだけど。仕事行くだけだから』

気合い入れられても困る。

普通にオフィスメイクをしてくれたらそれでいい。

「わかったよ。ナチュラルにね」
『…お願いします』
「…ん。
もう寝ようか。朝、早いんでしょ?」
『いつもよりはゆっくりだよ。近いから』
「送るよ」
『ぇ…いいよ、そこまでしなくて』
「店行くついでだよ」
『休みじゃないの?』
『ちょっと野暮用』
「ふーん…?」

それ以上、蒼ちゃんは語らなかった。

仕事の話をされたところで私は何も言えない。

彼からしても無闇に首を突っ込まれたくないだろう。

私だったら嫌だ。

いくら恋人同士でも踏み込んでほしくないラインはある。

「もう寝るよ」
『……あれ…もうこんな時間…』

時刻は二十三時を過ぎていた。

そろそろ寝なくては。

仕事がある日は零時までにはベッドに潜りたい。

寝つきが悪く、すぐ眠れるタイプではないのでグダグダベッドの中で過ごす時間が必要だ。

広いリビングを遮るように引き戸があり、その先に寝室はあった。

キングサイズのベッドがあるだけの部屋。

いかにも高級そうなその寝具はキルティングの背もたれがあり、過ごしやすそうだった。

傍らに小さなキャビネットがあり、ペットボトルが数本、散乱している。

全て炭酸飲料水。

蒼ちゃんらしいな。

『蒼ちゃんってさ…』
「ん?」
『変なとこでお金かけるよね』
「大事だよ。睡眠」
『まぁ…そうなんだけど。極端すぎ』

リビングと寝室との金のかけ方が違いすぎる。

別に蒼ちゃんが購入した部屋なので文句はないのだが、あまりにも極端すぎな気がする。

ここまで広いとどうも落ち着かない。

身分不相応な気がするのだが。

私は遠慮がちにその大きなベッドに身を預けた。
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