20 / 56
20.私は、差し入れをする
しおりを挟む「これくらいですかね」
「ああ、いい頃合いだ。高温だから気をつけなさい」
「はい。よっ」
どっしりとした鉄板の上にずらりと並んでいるのは、黄金色に焼き上がったマドレーヌもどきである。
「少し温度が下がるのを待って型から外したほうがいいね」
「そうですね」
「あっちは冷めたようだから、先に篭にいれておこうか。しかし聖女様がお菓子を作るとはね!」
フランネルさんのお屋敷の料理を担当しているモーナさんは、驚いたさと言うとガハハと吹き出しをつけたいほど豪快に笑った。
「急にすみませんでした。昨日、騎士団の人達に多分、迷惑をかけたので。やっぱり謝ろうと決めたけど手ぶらで行くのもと思っていたので助かりました」
お昼過ぎに鍵を二回閉めた後に戻れば、今日は食べても大丈夫なんですねとメイドさんが用意してくれたクッキーを見て、作るのもよいかもと思い調理場に勇気を出してお願いしに行ったのだ。
「つまみやすい大きさだし良い案だよ」
「そう…ですかね」
「なんだいその顔は! 喜ぶにきまっているさ!」
なんとなく女の人はお上品が当たり前なように感じていたので、モーナさんみたいな飾り気のない人に会えてちょっと嬉しかった。
「よかったら、お屋敷の皆さんにも」
私は先に作ったスティック状のチーズと細かくした薫製のお肉をまぶしたパイもどきをモーナさんに渡した。
「いいのかい? 実は、とても気になっていたんだ。だけど差し入れで作ったんだろう?」
「はい。沢山焼いたので。ただ材料は頂いた物で申し訳ないですが」
こんなのでしかお礼を表せなくて。
「ありがとうよ。皆、喜ぶさ」
優しそうな緑の目を細め私の背中を軽く、いや、私にとっては痛いけど、本人はきっとスキンシップなんだと思う。その証拠に髪が入らないようにしていた布を頭から外せば、頭を強く撫でてくれた。
なんか子供扱いが恥ずかしくて、マドレーヌもどにの型を抜く準備をしながら伝えた。
「マドレーヌも食べてみて下さい」
「ああ!勿論だとも!」
私は、久しぶりに自然に笑えていたと思う。
* * *
「えっ! 嬢ちゃんは」
「突然、しかも度々すみません」
いきなり転移して室内になんて失礼かなと思ったけど、フローラさんにそれとなく外出を伝えてみれば、馬車を用意すると言われて。なんだか大事になりそうなので結局、安易な転移を選んだ。
『帰る時 呼んで それまで 離れる』
蝶々さんは、すぐに何処かに避難してしまった。一人だとなんか緊張するな。そういえばと、大きな机のほうに目をむければ主はいない。
「団長は書庫に行ってますよ。呼びましょうか?」
穏やかな声に振り向けば、背の高い金髪で薄い茶色の目の人が本や紙の束を持って立っていた。
「ああ、失礼。ライナスと申します」
副団長という雑用係ですと自己紹介をされた。副団長さんってもっと偉そうな人を想像していただけに拍子抜けした。目の前の人も私の様子に気づいたのか、ちょっと笑った。
「怪我は大丈夫ですか? 団長の腕なら問題ないとは思いますが」
「あ、はい。もう治ってます」
「よかった。訓練場での傷も?」
「…はい」
あれは、多分蝶々さんかなぁ。そういえば、最初から見たくないようなシーンを騎士団の人にみせたり、迷惑極まりないよね。
「あの、迷惑をお掛けしたお詫びに。よかったら夜食にでもしてもらえたら…え?」
副団長さんに差し出した篭に誰かの手が伸びてスティックパイをつかんでいった。
「ダン、お前は」
「うまっ」
ダンと呼ばれたとても大きい人は口の中がいっぱいみたいで、ほっぺたがふくらんでいる。それを見て、この人、私が踏み台にした人だと気がついた。お礼をと口を開いたけど、先に声を出したのはダンさんだった。
スティックパイを飲み込んだ後、手のパイの欠片をはたきながら聞かれた。
「聖女さんは、生きたくないのか? 俺は、聖女さんが団長の嫁になるのに全額賭けてるんだが」
思わず手を放してしまった篭は、副団長さんがキャッチしてくれた。でも、それさえ気がつかなかった。
生きたいかはなんとなく質問としてわかる。ただ次のは。
「今、嫁って言いましたか?」
誰が? 言葉に出してないのに、ダンさんは私を指差して言い切った。
「聖女さんに決まってるだろ」
「私?!」
「そうだ。俺は、全額かけてるんだぜ!」
自信満々な見た目は渋いカッコ良さを持つダンさんのはしゃぎっぷりを見て、ここ騎士団だよねと不安になる。その時、更に不安要素が。
「賭け事は禁止だ。それに何が決まっていると?」
三人と他、室内にいた人達は第三者の声に固まった。
「お前達、よっぽど暇しているようだな」
絶対零度とは、このような状態をさすのではないかと柊は思った。
24
あなたにおすすめの小説
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする
楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。
ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。
涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。
女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。
◇表紙イラスト/知さま
◇鯉のぼりについては諸説あります。
◇小説家になろうさまでも連載しています。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる