期限付きの聖女

波間柏

文字の大きさ
28 / 56

28.フランネルは、追う

しおりを挟む

「兄上」

 勤務中そのように呼ばれる事がないフランネルは、僅かに顔をしかめ書類から視線を離した。

「失礼致しました」

 すぐに気づいた妹は、おざなりながらも謝罪を口にした。

「何があった?」

 妹の来訪で周囲の事務処理中の部下達は話すのをやめ室内は静まり返った。

フローラは通常は王族、主に王女の警護にあたっている為、こちらに顔をみせることはない。今は聖女つきだとは把握していても、やはり妹が珍しいのだろう。

「聖女がいなくなりました」

 ヒイラギの警護をすべき妹がこの場にいるというのは、彼女に何かよくない事があったのだろうと察しはつく。

 だが、フローラが彼女がただ室内にいないだけで自ら屋敷を離れてきたというのが苛立たせた。

 彼女は、あの蝶々とたまに転移をしているのはいつもの事だ。日が暮れる頃には必ず戻るため最近は黙認をしていた。気になるというならば、今日は大がかりな鍵を閉めかなり疲労してるだろう。

「侵入者の気配がないのなら夕刻には戻るだろう」

 他国からの刺客をうけて屋敷の周囲には強い結界がはられ、私が不在の際は、力を持つ部下を一人配置してある。今日はフィックスがいるはずだ。

「外からの襲撃はありません」
「ならば問題はないだろう」
「本当にそう思われているのですか?」

 これで話は終わりだど書類に目を戻そうとすれば、非難の声に流石に妹を睨み付けた。

「期日は明後日なのでしょうか?」
「何が言いたい」

 持ち直したペンを仕方なく置いた。こうなると妹は頑として動かない。

 一部の女性達に妹はたいそう人気があるらしい、家族の私から見ても端正な顔は、今は険しい。

 他人に興味がない妹にしては珍しい事だった。

 その妹は、更に私に近づくと何かを見せた。揺れるそれを見て私は、妹が過剰に反応し過ぎていたわけではないと理解した。

「これは、何処にあった?」

 母が亡き後、私の物になった鍵は、いまやヒイラギの胸元にあるはずの品。

「机の上の彼女の元の世界から持ってきたハンカチの上に置かれていました。また、それだけではなく彼女の私物は、ほぼ机の上に並べられており衣類は畳まれておりました」

 フローラから鍵を受け取り握りしめ集中するが。

「やはり難しいですか」

 すぐに力を抜いた私に妹は、想定はしていたのだろう。落胆もせず淡々と呟いた。

「これを身に付けて転移していたなら追えるが、残像では困難だ」
「…兄上?」

 私は、ところ構わず転移する彼女が周囲から無下にされないよう、また国内ならすぐに見つけ出せるようにと家の家紋が入った指輪も鎖に通して渡していた。

 自分の引き出しにある物を出し、再度集中すれば瞼にぼんやりと映し出された。

「確信まではいかないが目星がついた。だが違っていた場合は間に合わなくなる可能性がある」

確証が欲しい。

 私は、両手に力を集め強く呼んだ。

「なんだ?!」
「噂に聞いていた素か?」

 騒ぐ部下達を無視し、この場が苦手な蝶々は早々に去りたいのか、訪ねればすぐに居場所は判明した。

 やはり視た場所で間違いないようだ。行きは転移で着くが帰りは力が残っているか分からない。馬の用意をしなければと席を立つ私を引き留めたのは。

「お待ちください」

 急かしておいて今度は何故止める? フローラは、私の前に立ちはだかると言い放った。

「行ってどうなさるのですか?」

どうとは。

「生きる気がない聖女をどうするのですか? 助けたとしてその先は?」

 今日の、今朝のヒイラギの姿が浮かんだ。私に楽しめと言い隣で柔らかに微笑んだ顔。鍵をかけた後に子供達と声を出し笑う彼女を目にした時に今までの不自然さに気づいたのは私だけではないだろう。

 今まで声こそあげなかったが、時おり笑っていた笑みは作っていたものだと。

「彼女を救う手段は?」

 ライナスの言葉に、言うべきか悩んだ為に更に追及された。

「団長らしくないですね。俺達そんな仲ですか?」

皆の視線を感じ、諦めた。

「私の力を、命を半分彼女に渡す。それしかない。また成功するかもわからない」
「団長は、とりあえずは生きていられるんですか?」
「ああ。お前達と同等の寿命ぐらいになるだろうな」

 文献を漁り蝶々をヒイラギから借りた結果、彼女を救うのはこの方法だけだ。

「そうですか」

 ライナスは、おもむろに私の机の上の束を抱え込み席についた。

「ライナス、それはまだ読んでもいない…なんだこれは?」

 ノットが無言で渡してきた紙を広げた。

「戦が終わって、休みをずっと取っていないのを思い出しました。今から休みます」
「あ、俺もー!」
「ノットずりぃ!」
「ハイハイ! 私もとります!」

 まだ許可もだしていないのに部下達から手に乗せられる紙。

「帰りは馬車を用意したほうがよいですし、人手は大丈夫そうですね」
「ライナス」
「適当にコレはサインしておきます」

 ライナスは、戦場での背を任せている顔をみせた。

「必ず連れ帰って下さい。勿論、貴方も一緒ですよ。まだ団長には貸しを返してもらっていないですから。フローラ様、この鈍感男を行かせても?」
「不甲斐ない兄だが、仕方がないですね」

 何故、妹の許可が必要になるのか疑問が一瞬頭を掠めたが、猶予はないと転移する事にした。

「場所は、ミュスカ跡だ」
「わかりましたって…だからここは転移禁止ですよ!」

 私は、ライナスの示しがつかないとブツクサ文句を言う声を聞きながら移動した。




* * *



 目を開けるより先に、花の香りと風が葉を揺らす音を感じた。

 たいして高さはないが山の上だから気温が低い。肌寒く感じる中、彼女の姿を探す。一歩を踏み出すごとに今の季節しか咲かない花から光る花粉が飛び散る。

「ヒイラギ」

 それほど時間もかからず彼女を見つけた。

 遥か昔に作られた今は、岩の固まりと化している建物に背を預けたヒイラギは、身を投げだしていた。

 その目は虚ろで、何も映していなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

私は、聖女っていう柄じゃない

波間柏
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

恋愛は見ているだけで十分です

みん
恋愛
孤児院育ちのナディアは、前世の記憶を持っていた。その為、今世では恋愛なんてしない!自由に生きる!と、自立した女魔道士の路を歩む為に頑張っている。 そんな日々を送っていたが、また、前世と同じような事が繰り返されそうになり……。 色んな意味で、“じゃない方”なお話です。 “恋愛は、見ているだけで十分よ”と思うナディア。“勿論、溺愛なんて要りませんよ?” 今世のナディアは、一体どうなる?? 第一章は、ナディアの前世の話で、少しシリアスになります。 ❋相変わらずの、ゆるふわ設定です。 ❋主人公以外の視点もあります。 ❋気を付けてはいますが、誤字脱字が多いかもしれません。すみません。 ❋メンタルも、相変わらず豆腐並みなので、緩い気持ちで読んでいただけると幸いです。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

処理中です...