期限付きの聖女

蝋梅

文字の大きさ
30 / 56

30.私は彼と再会した

しおりを挟む
 
 上達されましたね。10日後、城での夜会への参加も問題ないでしょう」
「ありがとうございます」

 私は、お礼の言葉とともに開いていた教本を閉じた。

『貴方は、とても印象に残る生徒でした』

 講師の最後の言葉を廊下を歩きながらぼんやり思い返す。

「出来が悪かったという意味なのか。それとも良い意味なのか。笑いもせず上から目線で言われたってわかんないよ」

 窓から見える青空とは違い私の心はずっと曇っていた。

 フランネルさんに何かをされて、恐らく治癒みたいなものだろうか。その後、意識を失って目が覚めた場所は、歴史ある格式が高い家の屋敷だった。

 何故かわからないけれど、いままで問題がなかった読み書きは全くできなくなっており会話が成り立たないという現実に私はショックを受けた。

 違う、自分がまだしぶとく生きている事にガッカリしたのだ。

「私は、何してるんだかな」

 優秀だという講師達をつけられ、今までにない努力のお陰で会話、所作は合格ラインまで到達し、陛下の誕生日のお祝いついでに私もお披露目参加する事になった。

不自由のない生活。
けれど。

「蝶々さん。私、けっこう頑張ったよ。でも…虚しいのは何でかな?」

 与えられた豪華な自室で呟いても、それに答えてくれる黄色い光はない。

 命を繋げてもらってから、約一年近く経過した。

 だけど、私の心は取り残されたまま。

「あれからずっと私は、私の中は曇り空じゃなくて…濁っている」





* * *



「スノウ嬢」

 一瞬間が空いたのは仕方がない。私の名前が柊からこのスノウという名になってまだ数ヵ月だ。

「こんなに美しい花をヴァンフォーレ家で独占するとはね」

 返事をする前に目の前の脂ぎった男はべらべらと勝手に話し出した。

「そういえば、ヴィトをお弾きになるとか。今日置かれている物は、歴史ある品ですので是非試されては如何でしょうか?」
 
 手を握られそうになり、なんとか逃げれば、そんな事を吐き出してきた。

「ダンノア家が誇る品でしてね」

 ダンノア家といえば私がお世話になっている、ハッキリ言ってしまえば養子になったヴァンフォーレ家に劣る成り上がりの家だ。

 だけどダンノア家は、経済面、輸入や輸出に長けているお金持ちの家であり、その交渉術は、なかなからしい。ああ、あと欠点は女好きだっけ。

「では、お耳汚しになるかと思いますが、私でよろしければ弾かせて下さい」

 頭に叩き込んだ知識を稼働させ、敵に回さないほうがよいと私の脳は判断した。

 それにヴァンフォーレ家当主どの約束通り、会場に顔は出したのだから一曲弾いた後、慣れない場でとか適当に言って帰ろう。

 私は、奏者の方々に近づいた。

「ごめんなさい。少しだけお借りします」

 素人がプロの方々の側で弾くなんて辛い。だけど、あのぶ厚い手でセクハラを受けるよりマシだ。

「椅子の高さは大丈夫でしょうか?」
「少し低いですが…ありがとうございます」

 奏者の方々は、大声で話すダンノア家の男の声が聞こえてきていたのか、椅子の高さを変えてくれたりと皆さん優しい視線を送ってくれた。

 鍵盤を見ると白く色が塗られていて驚いた。あぁ、おしいな。半音部分も黒くしてくれたらピアノなのに。そんな感想を抱きながら手袋を外し鍵盤に触れた。


急に静まり返った室内に響く音。私の選曲は場違いなものだった。

怒りと絶望の曲。
音はひたすら暗く激しい。

 勢いだけで弾ききった私に待っていたのは、罵声でも、もちろん賛辞の言葉でもなく異様な静けさ。

 原因は私ではなく突然、陛下の前に進み出た人物のようだ。

「陛下、発言をお許しください」
「よい。申せ」
「先の褒美を下さるとの件ですが、スノウ・ラン・ヴァンフォーレ様との婚姻の許可を頂きたく」

 陛下にとんでもない事を願い出た人物は、鮮やかな緋色のマントを纏った人物。

「よい。許可する」

 冷え冷えとした深い水色の目は、いまや私を見ていた。

忘れたくても不可能な存在。

 約一年ぶりに目にしたフランネルさんだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣
恋愛
女子大生の花恋は、いつものように大学に向かう途中、季節外れの鯉のぼりと共に異世界に聖女として召喚される。 ところが花恋を召喚した王様や黒ローブの集団に偽聖女と言われて知らない森に放り出されてしまう。 涙がこぼれてしまうと鯉のぼりがなぜか執事の格好をした三人組みの聖獣に変わり、元の世界に戻るために、一日三回のキスが必要だと言いだして……。 女子大生の花恋と甘やかな聖獣たちが、いちゃいちゃほのぼの逆ハーレムをしながら元の世界に戻るためにちょこっと冒険するおはなし。 ◇表紙イラスト/知さま ◇鯉のぼりについては諸説あります。 ◇小説家になろうさまでも連載しています。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...