17 / 46
17.それではさようなら
しおりを挟む「ん~っ。よく寝たわ」
外は肌寒いけど室内は窓から差し込む光で暖かい。奏は両腕を上に上げ思いっきりのびをした。
「タカミヤ様。ノージス様がいらしております」
「ノージズって、あ、ランクル君か。入ってもらって大丈夫です」
最後まで関わった人達の家名とやらは覚えられなかった。
「きっと自分に覚える気がないんだな」
「カナ様。おはようございます」
長靴を履き軍服姿のランクル君は、超がつくほど爽やかである。
「昨日帰るはずだったんだけど、これ見てからでよかったのかも」
「どうされましたか?」
「こっちの話」
元の世界じゃこんないい男はいないわよね。じっくり見ておこう。
私の視線が嫌なのか身じろぎする彼がおかしい。だって、私より若くて恐らく戦いとなれば強い。引き締まった身体は自慢するものではなく実際に必要だからなんだろう。
「今日の護衛担当かな? 来てくれてちょうど良かった。これ、陛下にも提出したやつと同じ紙」
薄っぺらの紙には婚約破棄の私の署名が記入されている。
「そうですか」
あれ? 嬉しくないの? 拒否する間も与えず仮とはいえ婚約者にされたのに。ほっとする顔は予想がついたけどこの無表情は意外だ。
「いや、ムカついていたのは分かるけどって」
右手首を掴まれ、引き寄せられた。その力は強く思わず大事な紙を落としてしまい文句を言おうとしたのにその前に封じられた。
「ふっ」
強く口に押し付けられたのは自分以外の唇だ。閉じていた瞼が薄く開き私を見ている。
「つ、まっ」
今度こそ抗議しようとやっと顔を少しづらせたと思えば、更に上から体重をかけるようにキスをされた。
反り返りバランスを崩しそうになるとすぐに頭の後ろに手が回され支えられて更に角度を変えられ深くなっていく。
「はぁ。苦しって、んっ、ちょっと!」
やっと解放されたと一気に力が抜けたら離れた唇は首筋に移動し鈍い感覚の後、腕が解かれた。
こんなにも人に求められたのは、初めてだ。今の自分の顔は…きっと赤くなっている。
──不覚だ。
「俺の署名はしていない。だから今はまだ婚約者のはず」
「なにそれ」
熱に浮かされた頭の回らない状態で、彼に抗議したがおかしいでしょ。
「あっ、もういいってば」
再び腰を腕で支えられ強引に持ち上げられまたキスをされた。いやいや私がすがりつくような状態にちょっと違うと言いたい。
「人の気持ちを乱しておいてあっさり帰還されるのだから、これくらいは欲しい」
……勘違いする人が絶対いる言い方だな。
「タカミヤ様。準備が整ったとの連絡が来ました」
遠慮がちなノックに返事をすれば侍女さんに伝えられた。
「もう、いいでしょ?」
無言で見つめ合えば、ランクル君の腕は緩みゆっくりと離れていく。
「俺は」
「お世話になりました」
彼の言葉を遮り最後の挨拶をした。
「ごめんなさい。今行きます。じゃ、最後の護衛よろしく」
入室し待ってくれていた侍女さんに謝り私は部屋を出た。もう、ランクル君の顔は、見ない。
* * *
「忘れ物はないよね?」
「ないない」
だからはよ帰せと睨むもレイロールは無視だ。
「じゃあ、あそこの円に」
指示された想像よりも、一人立ってギリギリな小さい円に足を踏み入れれば、足元が急に光だし物凄い細かな文字が浮かび上がった。
「心残りとかない?」
「ないって。あ、一つあるかな」
正直そこまでじゃないけどとぼんやり考えていたら。
「間に合ったー!」
バンッと扉が勢いよく開き見覚えのある男二人。殿下とラングだ。なんだかヨレヨレな格好であるが瞳は達成感からかキラキラだ。よしよし。
「おめでとう。やれば出来るじゃないですか」
「いやー今回ばかりは危なかった。ねぇラングも流石にキツかったよね。ホントに生きて帰れたのはついてたな」
「本命の良さも気づいたんじゃない? 彼女は大事にね。あとラングさんも、昔からの付き合いのある方と急速に距離が縮まりめでたいわね」
固まる皆を眺めながら、私の足元は消えていく。
「じゃあ、さようなら」
部屋の中で一番強い視線を送ってきた二人、ギュナイルとランクル君に手を振ったのが、異世界での最後だった。
こうして私の誰にも言えない異世界滞在記は終了した。
* * *
「……ちょっと! なんでいんのよ?!」
あの奇妙な出来事から数ヶ月後のクリスマスイブ。
「ずいぶん狭いですねぇ」
「──此処は何処だ?」
帰宅した私の前に、見覚えのありすぎる二人の男が突っ立っていた。
69
あなたにおすすめの小説
恋愛は見ているだけで十分です
みん
恋愛
孤児院育ちのナディアは、前世の記憶を持っていた。その為、今世では恋愛なんてしない!自由に生きる!と、自立した女魔道士の路を歩む為に頑張っている。
そんな日々を送っていたが、また、前世と同じような事が繰り返されそうになり……。
色んな意味で、“じゃない方”なお話です。
“恋愛は、見ているだけで十分よ”と思うナディア。“勿論、溺愛なんて要りませんよ?”
今世のナディアは、一体どうなる??
第一章は、ナディアの前世の話で、少しシリアスになります。
❋相変わらずの、ゆるふわ設定です。
❋主人公以外の視点もあります。
❋気を付けてはいますが、誤字脱字が多いかもしれません。すみません。
❋メンタルも、相変わらず豆腐並みなので、緩い気持ちで読んでいただけると幸いです。
召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
期限付きの聖女
波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。
本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。
『全て かける 片割れ 助かる』
それが本当なら、あげる。
私は、姿なきその声にすがった。
【完結】恋につける薬は、なし
ちよのまつこ
恋愛
異世界の田舎の村に転移して五年、十八歳のエマは王都へ行くことに。
着いた王都は春の大祭前、庶民も参加できる城の催しでの出来事がきっかけで出会った青年貴族にエマはいきなり嫌悪を向けられ…
元王太子妃候補、現王宮の番犬(仮)
モンドール
恋愛
伯爵令嬢ルイーザは、幼い頃から王太子妃を目指し血の滲む努力をしてきた。勉学に励み、作法を学び、社交での人脈も作った。しかし、肝心の王太子の心は射止められず。
そんな中、何者かの手によって大型犬に姿を変えられてしまったルイーザは、暫く王宮で飼われる番犬の振りをすることになり──!?
「わん!」(なんでよ!)
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています
放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。
希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。
元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。
──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。
「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」
かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着?
優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる