私は、聖女っていう柄じゃない

波間柏

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17.それではさようなら

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「ん~っ。よく寝たわ」

 外は肌寒いけど室内は窓から差し込む光で暖かい。奏は両腕を上に上げ思いっきりのびをした。

「タカミヤ様。ノージス様がいらしております」 
「ノージズって、あ、ランクル君か。入ってもらって大丈夫です」

 最後まで関わった人達の家名とやらは覚えられなかった。

「きっと自分に覚える気がないんだな」
「カナ様。おはようございます」

 長靴を履き軍服姿のランクル君は、超がつくほど爽やかである。

「昨日帰るはずだったんだけど、これ見てからでよかったのかも」
「どうされましたか?」
「こっちの話」

 元の世界じゃこんないい男はいないわよね。じっくり見ておこう。

 私の視線が嫌なのか身じろぎする彼がおかしい。だって、私より若くて恐らく戦いとなれば強い。引き締まった身体は自慢するものではなく実際に必要だからなんだろう。

「今日の護衛担当かな? 来てくれてちょうど良かった。これ、陛下にも提出したやつと同じ紙」

 薄っぺらの紙には婚約破棄の私の署名が記入されている。

「そうですか」

 あれ? 嬉しくないの? 拒否する間も与えず仮とはいえ婚約者にされたのに。ほっとする顔は予想がついたけどこの無表情は意外だ。

「いや、ムカついていたのは分かるけどって」

 右手首を掴まれ、引き寄せられた。その力は強く思わず大事な紙を落としてしまい文句を言おうとしたのにその前に封じられた。

「ふっ」

 強く口に押し付けられたのは自分以外の唇だ。閉じていた瞼が薄く開き私を見ている。

「つ、まっ」

 今度こそ抗議しようとやっと顔を少しづらせたと思えば、更に上から体重をかけるようにキスをされた。

 反り返りバランスを崩しそうになるとすぐに頭の後ろに手が回され支えられて更に角度を変えられ深くなっていく。

「はぁ。苦しって、んっ、ちょっと!」

 やっと解放されたと一気に力が抜けたら離れた唇は首筋に移動し鈍い感覚の後、腕が解かれた。

 こんなにも人に求められたのは、初めてだ。今の自分の顔は…きっと赤くなっている。

──不覚だ。

「俺の署名はしていない。だから今はまだ婚約者のはず」
「なにそれ」

 熱に浮かされた頭の回らない状態で、彼に抗議したがおかしいでしょ。

「あっ、もういいってば」

 再び腰を腕で支えられ強引に持ち上げられまたキスをされた。いやいや私がすがりつくような状態にちょっと違うと言いたい。

「人の気持ちを乱しておいてあっさり帰還されるのだから、これくらいは欲しい」

……勘違いする人が絶対いる言い方だな。

「タカミヤ様。準備が整ったとの連絡が来ました」

 遠慮がちなノックに返事をすれば侍女さんに伝えられた。

「もう、いいでしょ?」

 無言で見つめ合えば、ランクル君の腕は緩みゆっくりと離れていく。

「俺は」
「お世話になりました」

彼の言葉を遮り最後の挨拶をした。

「ごめんなさい。今行きます。じゃ、最後の護衛よろしく」

 入室し待ってくれていた侍女さんに謝り私は部屋を出た。もう、ランクル君の顔は、見ない。




* * *



「忘れ物はないよね?」
「ないない」

 だからはよ帰せと睨むもレイロールは無視だ。

「じゃあ、あそこの円に」

 指示された想像よりも、一人立ってギリギリな小さい円に足を踏み入れれば、足元が急に光だし物凄い細かな文字が浮かび上がった。

「心残りとかない?」
「ないって。あ、一つあるかな」

 正直そこまでじゃないけどとぼんやり考えていたら。

「間に合ったー!」

 バンッと扉が勢いよく開き見覚えのある男二人。殿下とラングだ。なんだかヨレヨレな格好であるが瞳は達成感からかキラキラだ。よしよし。

「おめでとう。やれば出来るじゃないですか」

「いやー今回ばかりは危なかった。ねぇラングも流石にキツかったよね。ホントに生きて帰れたのはついてたな」

「本命の良さも気づいたんじゃない? 彼女は大事にね。あとラングさんも、昔からの付き合いのある方と急速に距離が縮まりめでたいわね」

 固まる皆を眺めながら、私の足元は消えていく。

「じゃあ、さようなら」

 部屋の中で一番強い視線を送ってきた二人、ギュナイルとランクル君に手を振ったのが、異世界での最後だった。

こうして私の誰にも言えない異世界滞在記は終了した。





* * *




「……ちょっと! なんでいんのよ?!」

 あの奇妙な出来事から数ヶ月後のクリスマスイブ。

「ずいぶん狭いですねぇ」
「──此処は何処だ?」

 帰宅した私の前に、見覚えのありすぎる二人の男が突っ立っていた。




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