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25 花の貴婦人
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寂しい……。
「マリセアさん、ラングリフ様がお戻りになられるまで、あと何日でしょうか?」
「奥様、その質問は昨日もされましたよ。旦那様がお帰りになられるまで、あと二週間ほどです。年に一度の騎士団の大演習ですから、それぐらいはかかります」
はい、申し訳ありません。
昨日と同じ答えを律儀に寄越してくれるマリセアさんに、頭が上がりません。
そうなのです。
現在、ラングリフ様は騎士団の遠征により、王都を空けておられるのです。
この時期、私は広いお屋敷で彼の帰りを待ち続けています。
去年もこうして、ひたすら虚無な日々を送っていたのでした。思い出しました。
「ああ、ラングリフ様……」
「しっかりしてくださいませ、奥様」
「お姉様って、実は結構寂しがり屋さんだったのね。意外だわ」
「それだけ殿下を深く愛されていらっしゃるということでしょうけれどね」
今日も今日とてお屋敷に遊びに来ている、シルティアとオリヴィエ様。
現在は、リビングにてお茶会真っ最中です。
「私も、ここまで参るとは思っていなかったのです。ああ、ラングリフ様……」
「びっくりするくらい弱ってらっしゃるのね、見ていて面白いわ」
「オリヴィエ様、私のお姉様をおもちゃを見るような視点で眺めないで?」
最近、少しずつ言葉遣いがよくなってきたシルティアが、私を助けてくれます。
「うぅ、ありがとう、シルティア。あなたはいい子ね。泣けてきます」
「あ、お姉様、本格的に弱ってるわね、これ……」
「笑顔が素敵な『花の貴婦人』にも、こんな弱点があったのですわね~」
……『花の貴婦人』?
「何ですか、オリヴィエ様、その呼び名は?」
「あら、ご自分のことなのに御存じないのね。リリエッタ様ったら」
え、私のことなのですか?
「結構前から、社交界でずっと噂の種になってるんですって。『花の貴婦人』。ほら、お姉様はもう『花の令嬢』ではないでしょ?」
「あ、そうね、シルティア。令嬢ではないわね」
でも、だからって『花の貴婦人』? いささか安直では?
私、半年前のパーティー以来、夜会に一度も出ていないのですけど……。
「仕方がありませんわね。あの夜のリリエッタ様が皆様にとって刺激的すぎたのよ。今や非公式ファンクラブができているくらいですもの。大したものよね」
「ひ、非公式ファンクラブ……ッ!?」
本人が知らないところで、何が進行しているというのですか……!
「会長はラングリフ殿下よ?」
「ラングリフ様が!?」
二度目の衝撃が、私の頭をガツンと殴りました。
私が見ていないところで、一体何をしておられるのですか、ラングリフ様……。
「ちなみに私も会員ですわ」
「私も~! お姉様のファンクラブですもの、当然よね!」
「な、な、な……」
平然と言ってのける二人に、私は絶句するしかありませんでした。
そして、同時に思いつくのです。
「そ、それでしたら、ラングリフ様の非公式ファンクラブなどもあるのですよね? あのパーティーで活躍なされたのは、ラングリフ様の方ですものね!」
「え、ないわよ」
「何故、何故なのですか……」
シルティアの一言に、私が抱いた淡い期待は打ち砕かれてしまいました。
何故でしょうか。ラングリフ様ほどの御方なら、あってもおかしくないのに。
「仕方がありませんわよ」
紅茶を一口啜って、オリヴィエ様が肩をすくめます。
「だってあの方は『断崖の君』ですもの。面白い方であることは私も知ってますけれど、人はまず外見から入るものしょう? 近寄りがたいのよ、どうしても」
「……そういうものでしょうか」
「そうですわよ。あの立食パーティーでもリリエッタ様が隣にいらっしゃるのに、一度も笑顔にならなかったでしょう? そういうところが、ね」
「…………」
オリヴィエ様の言葉を聞いて、私はシルティアを見ます。
あの方の呪いについて知っている妹も、私と同じく複雑そうな顔をしています。
そう、そうでした。
半ば忘れていましたが、ラングリフ様は『断崖の君』と呼ばれる方。
周りに人を置くことのない、決して笑わない孤高の人。
滅多に社交の場に顔を出さないことから、そんな噂が信じられているのです。
あれで、中身は人を笑わせるのが好きなお茶目さんなのですけど。
時々、お茶目が過ぎて、始末に負えない事態になったりもしますが……。
例えばチョコレートの花束事件とか。
ただ、噂の一端は当たってはいるのです。
生まれて一度も笑ったことがないと揶揄されるラングリフ様ですが、事実です。
あの人は、笑うことができない呪いにかかっているのです。
この世に生を受けたその日、ほかでもない自分の母親に呪われて。
その呪いを解くすべは、今のところ見つかっていません。
今後も見つけられるかどうか、わかりません。
本人は、とっくに諦めたようなことを言っています。
でも、そんなはずはないのです。
ずっとそばで彼を見てきた私は知っています。
ラングリフ様は、心の底では『笑うこと』を望んでいます。憧れています。
叶わないからこそ、焦がれてやまない。
そういったものの一つや二つ、誰にだってあることでしょう。
彼の場合は、それが『笑うこと』なのです。
何てささやかで、そして切ない渇望でしょうか……。
いつか、ラングリフ様が笑える日が来るのでしょうか。
その日が来るのなら、それまでは私が彼の分まで笑い続けようと思います。
ああ、それにしてもラングリフ様、早くお戻りになられませんでしょうか。
寂しい……。
「マリセアさん、ラングリフ様がお戻りになられるまで、あと何日でしょうか?」
「奥様、その質問は昨日もされましたよ。旦那様がお帰りになられるまで、あと二週間ほどです。年に一度の騎士団の大演習ですから、それぐらいはかかります」
はい、申し訳ありません。
昨日と同じ答えを律儀に寄越してくれるマリセアさんに、頭が上がりません。
そうなのです。
現在、ラングリフ様は騎士団の遠征により、王都を空けておられるのです。
この時期、私は広いお屋敷で彼の帰りを待ち続けています。
去年もこうして、ひたすら虚無な日々を送っていたのでした。思い出しました。
「ああ、ラングリフ様……」
「しっかりしてくださいませ、奥様」
「お姉様って、実は結構寂しがり屋さんだったのね。意外だわ」
「それだけ殿下を深く愛されていらっしゃるということでしょうけれどね」
今日も今日とてお屋敷に遊びに来ている、シルティアとオリヴィエ様。
現在は、リビングにてお茶会真っ最中です。
「私も、ここまで参るとは思っていなかったのです。ああ、ラングリフ様……」
「びっくりするくらい弱ってらっしゃるのね、見ていて面白いわ」
「オリヴィエ様、私のお姉様をおもちゃを見るような視点で眺めないで?」
最近、少しずつ言葉遣いがよくなってきたシルティアが、私を助けてくれます。
「うぅ、ありがとう、シルティア。あなたはいい子ね。泣けてきます」
「あ、お姉様、本格的に弱ってるわね、これ……」
「笑顔が素敵な『花の貴婦人』にも、こんな弱点があったのですわね~」
……『花の貴婦人』?
「何ですか、オリヴィエ様、その呼び名は?」
「あら、ご自分のことなのに御存じないのね。リリエッタ様ったら」
え、私のことなのですか?
「結構前から、社交界でずっと噂の種になってるんですって。『花の貴婦人』。ほら、お姉様はもう『花の令嬢』ではないでしょ?」
「あ、そうね、シルティア。令嬢ではないわね」
でも、だからって『花の貴婦人』? いささか安直では?
私、半年前のパーティー以来、夜会に一度も出ていないのですけど……。
「仕方がありませんわね。あの夜のリリエッタ様が皆様にとって刺激的すぎたのよ。今や非公式ファンクラブができているくらいですもの。大したものよね」
「ひ、非公式ファンクラブ……ッ!?」
本人が知らないところで、何が進行しているというのですか……!
「会長はラングリフ殿下よ?」
「ラングリフ様が!?」
二度目の衝撃が、私の頭をガツンと殴りました。
私が見ていないところで、一体何をしておられるのですか、ラングリフ様……。
「ちなみに私も会員ですわ」
「私も~! お姉様のファンクラブですもの、当然よね!」
「な、な、な……」
平然と言ってのける二人に、私は絶句するしかありませんでした。
そして、同時に思いつくのです。
「そ、それでしたら、ラングリフ様の非公式ファンクラブなどもあるのですよね? あのパーティーで活躍なされたのは、ラングリフ様の方ですものね!」
「え、ないわよ」
「何故、何故なのですか……」
シルティアの一言に、私が抱いた淡い期待は打ち砕かれてしまいました。
何故でしょうか。ラングリフ様ほどの御方なら、あってもおかしくないのに。
「仕方がありませんわよ」
紅茶を一口啜って、オリヴィエ様が肩をすくめます。
「だってあの方は『断崖の君』ですもの。面白い方であることは私も知ってますけれど、人はまず外見から入るものしょう? 近寄りがたいのよ、どうしても」
「……そういうものでしょうか」
「そうですわよ。あの立食パーティーでもリリエッタ様が隣にいらっしゃるのに、一度も笑顔にならなかったでしょう? そういうところが、ね」
「…………」
オリヴィエ様の言葉を聞いて、私はシルティアを見ます。
あの方の呪いについて知っている妹も、私と同じく複雑そうな顔をしています。
そう、そうでした。
半ば忘れていましたが、ラングリフ様は『断崖の君』と呼ばれる方。
周りに人を置くことのない、決して笑わない孤高の人。
滅多に社交の場に顔を出さないことから、そんな噂が信じられているのです。
あれで、中身は人を笑わせるのが好きなお茶目さんなのですけど。
時々、お茶目が過ぎて、始末に負えない事態になったりもしますが……。
例えばチョコレートの花束事件とか。
ただ、噂の一端は当たってはいるのです。
生まれて一度も笑ったことがないと揶揄されるラングリフ様ですが、事実です。
あの人は、笑うことができない呪いにかかっているのです。
この世に生を受けたその日、ほかでもない自分の母親に呪われて。
その呪いを解くすべは、今のところ見つかっていません。
今後も見つけられるかどうか、わかりません。
本人は、とっくに諦めたようなことを言っています。
でも、そんなはずはないのです。
ずっとそばで彼を見てきた私は知っています。
ラングリフ様は、心の底では『笑うこと』を望んでいます。憧れています。
叶わないからこそ、焦がれてやまない。
そういったものの一つや二つ、誰にだってあることでしょう。
彼の場合は、それが『笑うこと』なのです。
何てささやかで、そして切ない渇望でしょうか……。
いつか、ラングリフ様が笑える日が来るのでしょうか。
その日が来るのなら、それまでは私が彼の分まで笑い続けようと思います。
ああ、それにしてもラングリフ様、早くお戻りになられませんでしょうか。
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