風の歌よ、大地の慈しみよ

神能 秀臣

文字の大きさ
8 / 13
ポカホンタスの章

相容れぬ者達

しおりを挟む


 一六〇八年から翌九年の冬は、ジェームズタウンの男達に取って前年以上に厳しいものとなった。飢餓と寒さに耐えなければならない過酷な日々が再び始まった……。
 スミスが議長に就任してからは労働が強化され、ウィングフィールドやラトクリフの頃には行われていなかった農業がようやく行われたものの、この年の夏は日照りが強く、作物は壊滅状態となってしまった。海や川には魚介類が、森には鹿や熊が幾らでもいたが、こちらはいつになっても獲ろうとする者は現れなかった。
 更にニューポート船長が運んで来た食糧は、一緒に船に乗って来た鼠に全て食い荒らされており、食糧倉庫の中では何千と言う鼠が走り回っていた。飢えた男達は当てもなく狂ったように森を彷徨い、食用となる木の実をはじめ酷い時には蜥蜴や蛇等も口にする有様だった。
 この頃には酋長のポウハタンだけでなく、他の部族の族長達も次々と食糧の援助を取り止めていた。彼らは戴冠式の裏にあるイギリスの真意に感付いていたのだ。
 あの戴冠式でポウハタンの人間を失望させたことを知ったスミスとビリーは手当たり次第に協力的な部族を探した……が、それも上手く行く筈もなく、ただ無駄に体力を消耗するだけであった。夏の日照りはポウハタンの人々にも同様の被害を与えていた。普段好意的に接してくれた部族も、今回ばかりはジェームズタウンを援助する余裕を失っていたのだ。
 特に彼らと友好的だったポーチンスの村も例外ではなかった。
「やっぱり、君達も夏の日照りにやられたか。僕の村もそうなんだよ……見てもらったら分かるけど、今年はどうにも不作でね。援助はしたいが、僕達も村のことで手一杯なんだ」
「そうですか……」
 ポーチンスはスミスに村の食糧倉庫を見せたが、そこには殆ど食糧がなかった。
 ポーチンスの話では、今年は冬の間も食糧確保の為にあちこちの部族が走り回っており、これはポウハタン側に取っても異例の事態だと言う。
「ま、直接的な援助は出来ないけど、何か有益な情報が入ったらすぐに教えるよ」
「ありがとうございます……」
 スミスはポーチンスに礼を言うと、その場を後にした。
 もうポウハタン側の援助に期待は出来ない……スミスは途方に暮れた。そして、そんな彼に追い打ちをかけるように、またもや事件が起きた。
 ポーチンスの村を訪ねた翌日、スミスが十数人の男達を連れてジェームズ川の下流にあるナンセモンドと呼ばれる部族を訪ねた時のことだ。スミスが同じ年の夏に探検して彼らを訪ねた時、いずれ取引をしようと約束をしていた。もし、あの時の約束が生きてたら……スミスは最後の賭けとして、あらゆる交易品を持って食糧との交換を望んだ。だが、やはりここも食糧に余裕が持てないのを理由に断った。これが事件の引き金になった。
 最後の希望として訪問したナンセモンドが駄目だと分かると、やけっぱちになった一部の男達が帰り際に村を襲い、強引に食糧を奪おうとした。更に火を点けて逃げたのだ。
「オイ!お前達何やってるんだ!?馬鹿なことは止めろ!」
 スミスは暴れ狂う男達を遂に止めることは出来なかった。結局、彼らが手に入れた食糧も一週間程度で食い尽くされてしまった。たったそれだけの食糧の為に部族民との信頼を失ってしまった……ジェームズタウンの男達の心は嘗てない程に荒み切っていた。
 彼らは武器を手に森へ繰り出し、ポウハタンの人々を襲った。そして、食糧確保の為に猟へ出ていたアリーヤも標的となった。
「食糧っ……食糧を寄越せぇっ!」
「チィッ……食い物に困ってんのは、テメェらだけじゃねぇんだ!」
 アリーヤは半ば狂人と化した男達の銃撃を躱しながら、ひたすら逃げた。だが、男達の追撃はいつまでも続き、彼女を崖の淵まで追い詰める。もう逃げ場はない……仕方なくアリーヤは背中の蛇腹剣に手をかける。
「しゃーねぇ、友好関係の為に不殺を貫き通して来たが……やるしかねぇってか!」
 そう言うと、男達に向かって剣を振るった。
 彼らに悩まされていたスミスは最後の手段として、男達の体力が残っている内にポウハタンへ全面戦争を仕掛けて、彼らを支配下に置く以外に生き残る道はないと考え始めていた。
 ウィングフィールドやラトクリフがやろうとしていたことを自分もやろうとしている……スミスは思い悩みながらも侵攻作戦を立てていた。スミスから作戦内容を聞かされたビリーは当然真っ向から反対し、
「ジョン!本気でそんなことを言ってるのか!?」
「本気さ……ここまで考え得る手は全てやった。でも、悉く失敗に終わった。もう、これ以外に生き残る道はないんだ……」
「だから全面戦争を仕掛けるのか!?これまでやって来たことを全て否定して!?」
「もうジェームズタウンに猶予はないんだ!綺麗事だけ言っても、腹は満たされないんだよ!」
「戦わなくても生き残れる道はある!!」
「そんなもの……ある訳ないだろう!あるなら、とっくにやってる!!」
 二人は衝突した……これがスミスとビリーに取って、初めての喧嘩だった。それ以降、スミスは独りで作戦を立てる為に建物に籠ることが多くなった。ビリーは久々にスーザン・コンスタント号の甲板に座り込んで、ジェームズ川を眺めていた。スーザン・コンスタント号の上から眺める景色なんて、いつ以来だろう……ビリーは近い内に始まるであろう、ジェームズタウンとポウハタンの全面戦争に思いを馳せながら空を見上げた。
 そんな時、彼らの元に思いも寄らぬ知らせが届いた。
 ポウハタンの使者が、スミスにウェロウォコモコへ来るよう伝えに来たのだ。
「もし来れば、あなた方の船を食糧で一杯にして差し上げましょう……その代わり、あなた方と同じ家を一軒建てて欲しい。これが、酋長の言葉です」
 それだけ伝えると、使者は帰ってしまった。
 スミスは、この時期になって何故ポウハタンが食糧の援助をして来たのか、疑問に思っていた。だが、追い詰められたスミスが取れる選択は一つしかなかった。
 最早、残された時間は殆どない。スミスはジェームズタウンにいた数人の大工と十人余りの男達を陸路でウェロウォコモコへ送り込んだ。そして彼自身も交易用の物資を全て船に積み込み、ビリーをはじめ二十人程の男達と共にポウハタンの元へ向かった……。

                  ★

 一六〇九年一月。
 スミス達はポウハタンの待つウェロウォコモコ付近までやって来た。川は岸の付近が凍り付いており、更に引き潮だった為に船は川の途中で停泊し、凍った川の上を歩いて行かなければならなかった。
 何度も訪問したスミスに取って、その道は完全に行き慣れたルートだった。懐かしさすらも感じられる……そして、そこにはポカホンタスがいる。ポウハタンは自分の命を狙っているかも知れないと言うのに、スミスは笑みを浮かべていた。
 ビリーは片手に木の箱を抱えていた。普段は探検に必要な最低限の物しか持ち合わせていない彼には珍しい持ち物だった。
 ウェロウォコモコの建物は中央に儀式の火が焚かれ、その向こうにはポウハタンが鎮座し、その周囲には他の部族の族長達もいた……が、その数は前回と比べてもかなり減っていた。殆どの部族はジェームズタウンを見限ってしまったのだろう……スミスはそう思っていた。
 ポカホンタスはアリーヤと共に建物の外から様子を見ていた。ポカホンタスは父が突然スミスを呼び出したことを聞いて、一体何事かと恐れていた。だが、どうやら飢えに苦しむ彼らを助けようとしているのを知って、ホッと胸を撫で下ろした。とにかくスミスに会えた……それだけで彼女は嬉しかった。
 スミス達が到着すると、いつものように儀式と宴が催された。しばらくすると、ポウハタンがパイプを片手にスミスに尋ねる。
「それで……今日は何の御用かな?」
 彼の言葉を、スミスは宴の席の軽い冗談だと聞き入れた。
 スミスは単刀直入に答える。
「ポウハタン酋長……ここへ来れば、食糧を分けて頂けると言うことでやって参りました。それと家を建てて欲しいと言うあなたのご要望にお応えしようと大工と他労働者達を既に派遣しておりますが、建築の進み具合はいかがでしょうか?」
「……」
「食糧は頂けるのですか?」
「……」
 ポウハタンはスミスの言葉を黙って聞いていた。その眼は戴冠式の時のような怒りや憎しみを含んだものではなく、悲しみだけが表れていた。スミスもビリーもそれを肌で感じ取っていたが、ジェームズタウンの代表として取引をするべく、情を移さないようにした。
 確かにポウハタンとは友好関係を結んでいた……が、今は植民地の命運を背負う立場にある。半端な覚悟でここに来た訳ではない!スミスは自分にそう言い聞かせた。
「ポウハタン酋長。私はあなたが食糧を援助してくれると言う言葉を信じて、ここへやって来たのです。そして、私の親愛の情を示す為に、自分達の家の建設を一時中断してまで少ない職人達を派遣したのです。なのに、何故……何も答えて下さらないのですか!?」
 ポウハタンはスミスの真摯な質問に、それまで閉ざしていた口をゆっくり開く。
「ならば、我が息子スミスよ。君は一体、この地に何をしにやって来たのか……私はそれを予てより疑問に感じている。我々は自分達がひもじくとも、客人をもてなすことを喜びとしている。君達にも大地の恵みを分けれるだけ分けてあげたい。だが、君達がこの地に来たのは交易の為ではなく、この地に住まう人々を追い払い、この地を奪おうとしている……そのような噂が皆の間で広まっている。実際、君達は上から下まで武装しているではないか。親愛の情があるのなら、何故そうする必要がある?そして、どうして自分達を侵略しようとしている者達に食糧を分け与える気になるのだろうか?」
「……」
 今度はスミスが黙り込んでしまった。実際、彼とビリー以外の男達は鉄の鎧を着込んで、マスケット銃や剣で武装している。ポウハタンはスミス達に本音をぶつける。
「私は親愛なる者達に対して嘘はつかないし、つきたくもない……だから正直に言わせてもらおう。私は君達が怖いのだ。未知の武器を振り回し、この地を荒らし回る君達の姿が恐ろしいのだ。何故、息子同然の存在である筈の君とその仲間に対して、そのような感情を抱かなければならないのか……スミスよ、君の仲間が持っている武器を船に置いて来て欲しい。ここは戦場ではない。君は私の息子であり、ここにいるポウハタンの者達は全て君の友人なのだ」
「……」
 スミスはポウハタンの流儀に従って、最後まで黙って聞いていた。ポウハタンの言うことはいずれも正しい……全て当然の言い分だ。以前の自分なら、すぐに男達の武装を解除させてポウハタンと話し合う体裁を整えていただろう。だが、今の自分は国王であるジェームズ一世とバージニア会社の代理的存在とも言える『バージニア統治評議会』の議長だ。ここでポウハタンの言葉を聞き入れてしまえば、国のやり方に逆らうことになる。
 スミスは、国策に反する彼の要求を受け入れる訳には行かなかった。
「申し訳ございません……それは出来ません」
 スミスは絞り出すような声で答えた。ここで交わされる会話の一つ一つがバージニアと言う地を巡る政治的なやり取りに繋がっている……そればかりが意識にある今のスミスは、さながらイギリスと言う傀儡子に操られた人形そのものだった。
 ポウハタンは、そんなスミスの返事を聞いて悲し気な表情を浮かべた。彼はここでスミス達に最後のチャンスを与えようとしていた。武器を介すことなく、スミス達イギリス人と分かり合いたかった。同じ人間である以上、そうなれる道もあると信じていたから……。
「お父様……スミス……」
 ポカホンタスは、ポウハタンとスミスがこれ以上睨み合うことなく、何処かで折り合いをつけて欲しいと願い続けて、二人のことを見守っていた。隣で見ていたアリーヤは、スミスを見てポツリと呟く。
「アイツ、変わったな。以前、四人で一緒に旅した時とは全く目が違う……ビリーもだ。しばらく会わない内に何があったか知らねぇけど、何でああなるまで黙ってたんだ……!」
 アリーヤはスミス、そして何よりビリーが自分達に黙って色々と抱え込んでいたこと、そして彼らの苦悩に気付いてやれなかった自分が腹立たしかった。
 ポウハタンは自身の過去の体験を交え、戦争と平和について話し始める。
「私は自分の家族が、そして自分の部族の者達が戦いで死んで行くのを何度も見て来た。私の父と祖父も戦いの中で死んでいる。私の息子の中にも戦いで殺された者が何人もいた。そこに人がいる限り、いつか争いは起きるだろう……だからこそ私は、戦争の虚しさと平和の大切さを誰よりも知ってるつもりだ。いずれ私の跡を継ぐ未来の酋長、そして新たに生まれて来る若い世代にも、戦争の虚しさと平和の大切さを知って、学んで欲しい。そして、私が全ての部族民や君達に愛を与えたのと同じように彼らも多くの人に愛を与え、君達もまたポウハタンに生きる人々全てに同じだけの愛を捧げて欲しい……」
 ポウハタンは自身の全てをスミスに伝え、説得を続けた。ここで確実な対話を重ねて、お互いに理解し合わなければ、永遠にすれ違ったままだろうとポウハタンは考えていた。スミスも恐らく内心では分かっている……しかし、彼の背後にいる存在が対話を阻んでいることも、ポウハタンは感じ取っていた。ポウハタンは続ける。
「少し質問を変えてみるとしよう……スミスよ。君達は愛で得られるものに対して、何故必要のない武力を用いて奪おうとするのだ?そして、ただ君達に愛を持って接しようとしている者達を、何故滅ぼそうとしているのだ?平和の道を避け、敢えて戦争と言う道を選んでまで何を得ようとしているのだ?」
「……」
「私はな……君達が友好的な態度で我々に接している限り、武器を向けることなどない。それどころか、君達が望む物全てを喜んで分け与えるつもりだ。当然だ、大事な家族や友に意味もなく武器を向ける者がどこの世界にいる?私達は外敵から逃れる為に住居を放棄し、森の中を逃げながら寒い夜を過ごし、明日の食糧も寝る場所もままならない生活を送りたいと思っている訳ではないのだ。この地で愛する家族と静かに且つ平和な時を過ごし、そして君達とも笑いながら交易する方が遥かに良いと願っている。私は争いによって生まれる恐怖を取り払い、君達と真の意味で分かり合いたいのだ……もう、互いに睨み合うのは終わりにしよう」
 ポウハタンは、自分の願いがスミスの心に届いてくれるよう、必死に訴えかけた。
 彼はスミスのことを全て知っている訳ではない。しかし、ちゃんと話せば分かり合える男であることだけは直感で分かっていた。
 ポウハタンとジェームズタウンの間に出来た溝はとても深い。だが、今なら話し合いで修復して行くことも出来る筈だ……ポウハタンは話を締める。
「私が言いたいことは以上だ。もし、分かってもらえるのなら、君達の持つ武器を今すぐ船に置いて来て欲しい。さもないと……」
 建物内の空気が凍り付いた。ポカホンタスは、父がその先に言おうとしている言葉を聞くのが恐ろしくてならなかった。スミスも息を呑んで、ポウハタンの目を見ていた。緊迫した空気の中、ポウハタンはスミスに最後の言葉を口にする。
「さもないと、君達は戦いの中で死んで行くことになるだろう」
 実質的なポウハタンによる最終警告だった。
 本当は自分の息子同然の男に対して、こんなことなど言いたくなかった……だが、自分は部族連合の間を取り持つ調停者。私的な個人の考えで部族間の結束を乱す訳には行かない。
 ギリギリまで他の部族が本格的な戦いを仕掛けないよう何とかして来たが、自分だけの力ではもう限界だ。後はジェームズタウンの指導者であるスミス次第だ……ポウハタンはそう思いながら、スミスの言葉を待った。
 スミスはしばらく黙っていた。
 ポカホンタスは二人を交互に見て、胸を詰まらせた。
 ビリーは冷静な表情で、沈黙を決め込んでいた。その裏で彼は思う。
(この会談……もう僕達は何も出来ない。イヤ、何かしたところで意味がないんだ・・・・・・・)
 もう一個人の想いだけで何とかなる程、単純な状況ではない……これはバージニアと言う地を懸けた二つの国の政治的な闘争だ。故に、この会談は二人の代表者に託された。暫しの沈黙の後、スミスはポウハタンの目を見て答える。
「ポウハタン酋長……あなたの願いと私の願いは、恐らく同じ先にあるのだと思います。ですが、武器を置けと言う要求に応じることは申し訳ありませんが出来ません。私達はあなた方がジェームズタウンを訪ねた時、武器を置けだなんて決して申しません。それは、あなた方が私達の敵でないと分かっているからです。敵でないから……信頼してるからこそ、武器を置けとは言わないのです。どうか、ご理解下さい」
 スミスそう答えた。同時にこれまでのことを振り返って、何故こんな返事をしてしまったのかと考え、激しく後悔した。ポウハタン酋長と初めて対面して最初に交わした約束を破ってしまった時……イヤ、バージニアに上陸した直後から生じていたボタンのかけ違いが、今の答えと共に修復不可能な程の綻びをハッキリ作ってしまった。
 ポカホンタスは涙を浮かべながら、何も言わずにその場を走り去ってしまった。
「オイ、どこ行くんだよ!?」
 アリーヤはポカホンタスを追おうとしたが、ビリーのことも気になって踏み止まってしまった。
 ポウハタンはスミスの望まぬ言葉を聞くと、嘗てない程の悲しみに満ちた表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
「今から食糧を用意させる……それを持って帰るが良い」
「ポウハタン酋長……」
 スミスはポウハタンに何か言おうとしたが、途中で言葉が詰まった。ポウハタンも「もう何も言うな」と目で伝えると、
「スミス……我が息子よ……さらばじゃ」
 そう言い残して、去って行った。
 そして、これこそスミスとポウハタンが顔を合わせる最後の機会だった……。

                  ★

 無我夢中で森を走り続けていたポカホンタスは、いつの間にか神樹やフィリアンノがいる森までやって来ていた。無意識の内にこの森まで来ていた彼女は、驚きながらも独り森の中を歩き続ける。彼女はスミスと父の会談を思い出す。
「どうして……こんなことになっちゃったんだろう」
 本来なら分かり合える筈の二人が睨み合うことに、ポカホンタスはただ涙を流すことしか出来なかった。現実から目を背けたところで、何かが変わる訳でもない。でも今は何も考えたくない……ポカホンタスは何も出来ない無力な自分を心底恨んだ。
 これからどうする?自分には何が出来る?頭の中で自問自答を繰り返しながら、彼女は雪が積もる森の中を彷徨い続けた。そんな時、
「あら?ポカホンタスじゃない。こんな寒い中、何やってんの?」
 何処からともなく声が聞こえて来た。
 ポカホンタスは涙を拭いて、前を見る。そこにいたのはフィリアンノだった。彼女は食糧確保で忙しくしているポウハタンの人々の様子を見に出かけていた。その帰りに偶然、ポカホンタスと出会ったのだ。ポカホンタスはフィリアンノの顔を見ながら小声で呟く。
「フィリ……アンノ?」
「え?何?」
 いつもと違う友人の様相に、フィリアンノはキョトンとする。まさか、変なものでも口にした?割と有り得そうだと彼女が思っていると、ポカホンタスが目の前で泣き始めた。
「フィリアンノォ……」
「ちょっ……何で会うなり泣くの!?」
「フィリアンノッ!!」
 ポカホンタスはフィリアンノを抱き締めた。とにかく今は誰でもいい。やり場のない自分の苦しみ、そして悲しみを誰かに打ち明けたかった。ポカホンタスは涙声で尋ねる。
「フィリアンノ……私……私、どうすればいいの……?」
「ウッ……ブググッ……何か悩みがあるのは分かるけど……取り敢えず放してくれるかしら?このままじゃ……ウグッ……私がアンタの胸で窒息死しちゃうから」
 フィリアンノはポカホンタスの胸の中で、顔を青くしながら言った。
 ずっと泣きじゃくるポカホンタスをどうにか宥め、フィリアンノは彼女を神樹の所まで連れて行った。
 神樹の前までやって来て、ようやく泣き止んだポカホンタスは神樹とフィリアンノに訳を話した。二人はポカホンタスから話を聞いて、険しい表情をする。
「そうか……スミスとお前さんの父親は対立する道を選びおったか」
スミスアイツがこの森に牙を向く……聞きたくなかったわね」
 神樹もフィリアンノもスミスのことをそれ程深く知っている訳ではなかったが、彼に対しては特段悪い感情を抱いている訳でもなかった。寧ろスミスに対して好意的な感情を持っていたぐらいだ。それだけに、スミスとの敵対は二人に取っても受け入れ難い事実であった。
「神樹様……私はどうしたら良いのでしょう」
 ポカホンタスは神樹に尋ねた。彼女の問いかけに、神樹は答える。
「そうじゃのぉ……その質問に答える前にポカホンタスよ。お前さんが以前、儂に問うたことを覚えておるかの?」
「以前?」
「そう。勇気ある者とは何なのか……進むべき道とは何なのか……お前さんは儂らにそう問うたじゃろ。そして儂もその問いに答えた」
「勇気ある者とは、愛に満ちた者……進むべき道とは、心が指し示す道……」
「その通り。心を愛で満たし、その先に光差す道……今こそ勇気ある者となりて、お前さんだけの道を切り開くのじゃ」
 神樹はポカホンタスに『ヒント』とも言える言葉を与えた。
 神樹の助言に付け加えるように、フィリアンノもポカホンタスに尋ねる。
「アンタはどうしたいの?」
「私?」
「そ!結局のところ、進むべき道ってのはアンタだけの道……アンタにしか進めない道なんだから、最後に決めるのはポカホンタス自身なのよ」
「フィリアンノ……」
「あのスミスって奴のこと、好きなんでしょ?」
 フィリアンノはポカホンタスの本音を聞き出そうとした。ポカホンタスは黙り込んだ。確かにフィリアンノの言う通りだ……最後に決めるのは他の誰でもない、自分自身だ。自分の意思で決めても良いのなら、進むべき道も見えて来る。
 ポカホンタスは、ふと父の言葉を思い出す。
「白き者達は何をしにこのポウハタンの森へやって来た?砦を築いて、こちらに攻撃を仕掛けているではないか。仮にこの地を侵略しに来たのでないならば、何故我々の所へやって来て挨拶の一つもしない?何故いつも武器を持ち歩いている?何故意味のない戦いを繰り返す?これまでの状況を思い出して、まだ彼らが侵略者でないと言えるだろうか」
 父は自分にそう言って「もう会うな」と釘を刺した。でも、楽しかったんだ!たとえ相容れない者だろうと、彼と過ごす一日一日が楽しかった!ポウハタンの次期酋長と周囲から期待されて、白き者達が上陸して、多くの血が流れて……でも、心から愛した人がずっと自分の傍にいる。それだけでいつも嬉しかった。
「……そうだ……本当は、私……」
 ポカホンタスは目を擦って、ウェロウォコモコのある方角を見た。そして、神樹とフィリアンノに宣言する。
「私……行くよ!」
「え!?行くって……」
「進むべき道とは、心が指し示す道……自分の心に嘘はつきたくないから……」
「でも、今更アンタが行ったって……!」
「それでも……何とかして見せるよ!私はスミスを愛しているから!!」
 ポカホンタスの目つきが変わった。迷いを振り切った目、決意に満ち溢れた目だ。
 彼女の変わり様に、フィリアンノも驚きを隠せずにいた。神樹も笑顔で言う。
「どうやら、道は決まったようじゃのぉ。ポカホンタスよ。ここから先は、お前さんが後悔しない道を真っ直ぐ駆け抜けるが良い!」
「神樹様……ありがとうございました!フィリアンノもありがとう!」
 ポカホンタスは二人に礼を言うと、ウェロウォコモコへ向かって駆け出した。
 もう迷いはない……!

                  ★

 ウェロウォコモコでは、ポウハタンの男達が食糧倉庫から分けられるだけの食糧を川岸に運んでいた。分けられるだけとは言っても、冬を越すには充分な量だった。彼らは山のような食糧を川岸まで持って来たが、船まで運ぶことはしなかった。友好関係が終わった今、必要以上のことはしないと言う意思表示だろう……スミスは、そう感付いていた。ジェームズタウンの男達は「食糧を運んでいる間に、ポウハタンの男達が不意打ちをして来るのではないか」と怯えながら、凍った川の上を歩いて船に運ばなければならなかった。そのせいで作業は一向に進まなかった。
 せっせと食糧を運びながら、ビリーは男達を見やる。
(皆怯えてる……無理もないな。もう、ポウハタンとは敵対関係にあるんだから)
 今いるのは、敵陣の本拠地とも言える場所だ。そんな所で延々と食糧を運ぶ作業なんて、誰だろうとしたくないだろう。一刻も早く、ここを離れたい筈だ。
 結局、夜になっても作業は終わることがなかった。残った食糧の荷揚げは、翌日の早朝に再開することとなった。男達が作業を中断したところでポウハタンの男が一人やって来て、スミス達に伝言を残す。
「今日はもう遅いので、夕食を取って行くように……と酋長からの伝言です」
 それだけ伝えると、男は戻って行った。もらう物だけもらって逃げる訳にも行かない。スミスはせめてもの礼儀として、ポウハタンの最後の誠意に応えることにした。
 スミスは同行した男達と一緒に、来客用に用意された小屋に入った。スミス達の他には誰もいなかった。しばらくすると、女性達が豪華な料理を持って来た。毒が盛られているのではないかと疑っている男達を見て、ビリーは手を叩きながら言う。
「さぁ、皆さん。頂きましょうか」
 そう言って、料理を美味しそうに食べた……が、何も起こらなかった。それを見た男達も安心して食べ始める。その時、
「よぉ」
 小屋の扉が開き、アリーヤが入って来た。男達は驚いて、彼女に注目する。アリーヤは食事を中断した男達に言う。
「皆、食事中のところりぃ。ビリーはいるか?」
「アリーヤ、どうしたんだい?」
 ビリーは自分が指名されて、すぐに立ち上がった。
「お前と話がしたい。ちょっと来てくれるか?」
「あぁ、いいよ。僕も丁度君に用があったんだ」
 ビリーはそう言うと、手持ちにあった木の箱を持って外に出て行った。
 スミスは友人が席を外したのを見て、思った。ジェームズタウンとポウハタンの友好関係は今回の会談を以て決裂したと言ってもいい……いずれ全面戦争に発展するだろう。だが、あのポウハタン酋長が最後の情けで食糧を与えたその日の内に、それも自分の村の中で戦うようなことは流石にしないだろうと考えた。

                  ★

 ポカホンタスは雪が積もる森の中を走っていた。自分の吐く息以外は、何の音も聞こえない闇……静寂に包まれた夜だった。風のように木々の間をすり抜けながら、スミスのいるであろうウェロウォコモコへ向かって全力で走った。
 ここで少し、時間は遡ることとなる。一時間程前、ポカホンタスは偶然にもポウハタンの男達が森の中で話しながら歩いているのを偶然見かけた。素早く茂みに隠れて様子を窺っていると、男達はとんでもないことを話した。
「聞いたか?今日ウェロウォコモコにやって来た白き者達のこと……ポウハタン酋長との話し合いの末に、友好関係を破棄したんだってさ」
「らしいな……あの後、オラパクスの村で呪術師が『白き者達を大いなる精霊へ捧げよ』なんて言ってから、全面戦争は避けられないよ」
「一部の部族は呪術師に言われる前から戦う気満々だとよ。今からウェロウォコモコに引き返して、連中を奇襲するつもりだそうだ」
 男達の話を、ポカホンタスは全て聞いていた。彼らによれば、部族連合は非戦闘員の殆どをウェロウォコモコから一時的に避難させて、スミス達だけになったところを襲撃するつもりらしい。現時点ですぐに結集出来る部族連合の総勢力などたかが知れているが、それでもスミス達二十人程度の相手を討つ分には充分な数だった。
「スミスが殺される……」
 男達が目の前から去り、気配が完全に消えたことを確認すると、再びポカホンタスは走り出した。部族連合がウェロウォコモコに辿り着くよりも早く、自分が聞いた全てをスミスに伝えなければ……ポカホンタスは少しも速度を緩めることなく、森を駆け抜けた。
 でも、どうやってスミスを救えばいい?意思は固まったが、その先の具体的なことまでは考えていない……ポカホンタスは考え続けた。ポウハタンの地を侵略しようとしている白き者達と彼らの指導者であるスミス、そしてポウハタンの地とそこにいる全ての生命を守ろうとしている部族連合の戦士達。しかし、ポカホンタスに取ってのスミスは「ポウハタンの地に災いを持ち込む白き者達」ではなかった。スミスはスミスだ。その名は彼女が初めて知った異国の言葉、そして彼女に新しい世界を見せてくれた男性ヒトだ。
 しばらく走ると、激しい水の流れる音が聞こえて来た。ポカホンタスは、いつの間にかスミスと邂逅を果たした滝の近くまで来ていた。滝の音を聞いて、彼女はスミスと顔を合わせたあの日を思い出した。白き者達の中でも一際異彩を放っていたスミスだったが、彼の声は暖かな春の川のように優しい声をしていた。スミスとの出会いがポカホンタスを変えたのだ。
「スミス……待ってて!」
 ポカホンタスの心は、既にポウハタンと言う枠から飛び出そうとしていた。

                  ★

 同じ頃、スミス達は食事を終えて休息を取っていた。際限なく運ばれて来る食事に対して食傷気味になっていた彼らは、満腹感と同時に眠気に襲われていた。久々に腹一杯食べ物を口にした彼らは気が緩んでいたのか、小屋の中でウトウトしていた。
 しばらくすると、ビリーが戻って来た。アリーヤは一緒におらず、出る時に持っていた箱もなくなっていた。ビリーは座り込むと、仲間が食べ残した料理を口に運ぶ。
 スミスはビリーの顔をチラッと見たが、特に声をかけるようなことはしなかった。
 ポウハタンと戦う道を選んでしまったことで、ジェームズタウンで唯一味方だったビリーとも実質的に対立する結果になってしまったのだから、話せる立場でないことも分かっている。非戦派の彼にしてみれば、今の自分は相容れないものであると言うことは想像に難くない……スミスはそう思っていた。その時、
「スミス!」
 突然、透き通った声と共に小屋の扉が勢い良く開いた。何事かと思い、その場にいた全員が扉の方を見ると、そこにいたのはポカホンタスだった。彼女は呼吸が荒いまま、小屋の中を一瞥する。目を丸くして自分の姿に注目するジェームズタウンの男達の中にスミスを見つけた。スミス達は無事だった。部族連合よりも先に辿り着くことが出来たのだ。
 ポカホンタスは、スミスがまだ無事なことを大いなる精霊に感謝した。
「ポカホンタス、どうしたんだ!?そんなに慌てて……一体何があった!?」
 息を切らしながら、滝のような汗を流していた彼女を見て、スミスは近くにあった水を彼女に渡した。明らかに普通じゃないことは誰の目から見ても明らかだった。水を軽く飲み、すぐさま呼吸を整えると、ポカホンタスはスミスに自分が見たこと聞いたことを伝える。
「聞いて!部族連合の皆が……」
「!!」
 ポカホンタスから話を聞いたスミス達は驚愕した。ポウハタン酋長はウェロウォコモコで事を荒立てるようなことはしないだろう……それ故に「他の部族民も攻撃はしない」と言う思い込みを全員が抱いていた。だが、実際は違った。彼らの社会はイギリスのように国王が支配するような君主主義社会ではなく、合議制に基づく民主主義社会……つまり、それぞれの部族が独立した意思を持っていた。酋長の部族に今すぐ戦う気がなくとも、他の部族まで同じとは限らない……スミスもビリーも他のことを考える余り、それが頭から抜けていた。
「甘かった……肝心なことを忘れていたなんて……」
 スミスは自分の迂闊さを、ひたすら呪った。ウェロウォコモコに向かっている部族連合はスミス達が小屋で食事をしている間に船を襲って武器を根こそぎ奪い、その武器と現時点での総力を挙げてスミス達も全滅させる作戦を立てていた。
 今スミス達が殺されれば、ジェームズタウンの統制は大幅に乱される。しかも、植民地内に残留している人間は冬の寒さと食糧不足が原因で満足に動けない者達だ。即ち、スミス達の全滅はジェームズタウンの壊滅に等しいことであった。
「さぁ、行きましょう!」
「しかし、いいのか?俺達を逃がせば、君は……」
「大丈夫。私は私の道を見つけたから……もう迷わないよ!」
  ポカホンタスはそう言うと、急いでスミス達を小屋から連れ出した。
 自分のやっていることはポウハタンの民全てに対する明確な裏切りだ……だが、愛するスミスを救う為なら同胞を敵に回しても構わないと、彼女は覚悟していた。父がこのことを知ったら、悲しむのは目に見えている。それでも彼女は己の心のままに走り続けていた。
(ごめんなさい、お父様……私は、私の進むべき道を行きます)
 ポカホンタスは振り返ることなく、スミスと共に前だけを見つめていた。
 全員が川岸までやって来ると、凍った川の向こうに船が見えた。幸いなことに、船はまだ部族連合に襲われていなかった。
「良かった……間に合ったみたいだ……!」
 スミスは船が無事なことに胸を撫で下ろした。川岸には、まだ荷揚げされていない食糧が山のように積まれている。スミス達は急いで凍った川岸からボートを使って男達と残りの食糧を船に乗せた。この間に何往復もし、回を増す毎に焦りが出て来た。
「時間的にも食糧全てを持って行くのは、恐らく無理だな。次で最後か……ん?」
 スミスがボートを待っていると、先程まで食事をしていた小屋の方角が騒がしいことに気が付いた。どうやら向こうに脱出が知れたらしい。
 殆どの男達は既に乗船済みだ。残ったのは、スミス、ポカホンタス、ビリー、そして二名の男達だった。スミス達が追っ手を気にする中、ようやく最後のボートが戻って来た。
「よし!皆、行くぞ!」
 スミスは全員に指示を出すと、ポカホンタスに手を差し出した。ポカホンタスも、スミスの手を掴んでボートに乗ろうとする。だが、
「待ちな!」
 突然、スミス達を呼び止める声が響いた。スミス達は元来た道を振り返って驚愕する。そこにいたのはアリーヤだった。しかし、いつもと様子が違う。彼女はスミス達に対して凄まじい殺気を放っている。ビリーと初めて接触した時とは比べ物にならない本気の殺意……ポカホンタスは瞬時に察しながらも、彼女に尋ねる。
「アリーヤ……まさか、あなた……」
「ハァ……全く、んなるぜ。アタシとしては、こんな形の顔合わせなんざしたくなかったのによぉ……残念だよ、ホント」
「だったら……もう、止めにしよう?どうして私達が戦わなくちゃいけないの!?こんな必要のない争いなんて!」
「当然それを望んでる!戦わずに済むんなら!けど、今は敵同士……武器を取るのは当然だ!文句はスミス達……イヤ、その後ろにいる国王とやらに言ってくれ!」
 アリーヤは剣を構えて、言い返した。彼女にも確固たる覚悟があるのだろう……もう説得は不可能だと、ポカホンタスは半ば諦めかけていた。その時、横からビリーが出て来た。
「それが君の選択か……僕には君に何か言う資格なんてないし、今更見苦しい言い訳をする気もない。だけど、君とこんな別れ方なんて……したくなかったよ」
「ビリー……たとえ個々で分かり合えたとしても、戦わなきゃならない時は戦うしかねぇんだよ。お前の持つ非暴力の精神は大切にしろ。だが、気持ちだけで何とかなる程、この世界は優しくねぇ。さぁ、話はここまでだ……これ以上続けても、悲しくなるだけだよ」
 寂しそうな表情をしながら、アリーヤはビリー達目がけて剣を振るった。彼女の剣はまるで生きているかのように変則的な軌道を描きながら襲いかかる!
「皆、一ヶ所に固まるな!出来る限り散らばれ!」
 アリーヤの武器の特性を理解していたビリーは、素早く指示を出した。幾ら複数の敵を一掃するのに適した武器でも、標的が広範囲に散らばれば集中も分散する……蛇腹剣の攻撃力と命中精度を少しでも落とす為に、ビリーは一旦仲間を散開させた。
「それでアタシの攻撃を対処したつもりかい!?纏めて斬れないなら、一人ずつ斬り刻んで行くまでよ!先ずはビリー……テメェだ!!」
 手始めにアリーヤは、最も戦闘力の低いビリーを標的にした。アリーヤの剣は地面を抉りながら、凶暴な蛇の如くビリーに食らいつこうとする。戦闘慣れしていないビリーは、たどたどしい動きをしながら紙一重で斬撃による猛襲を躱して行く。
 離れた位置からアリーヤの戦いぶりを見ていたジェームズタウンの男二人は、本国では見ないような武器を目にして呆気に取られる。
「な……何だ、あの剣は。奴は魔法でも使ってるのか!?」
 何も知らない者からすれば、剣が伸びて曲がるなんてファンタジーの中の出来事だと思うだろう。男達も、アリーヤの剣をその類の物だと思っていた。それを聞いていた彼女は真っ向から否定する。
「ヘッ……お生憎様、そんなもん使っちゃいねぇよ。今も昔もな!!」
 アリーヤの攻撃は更に激しさを増した。スミスもビリーを救出しようとするが、迂闊に飛び込めば斬り刻まれてしまう……下手な動きは出来ないと考え、踏み止まっていた。何か間合いの外から攻撃出来る手段があれば……そう考えたスミスは川岸にあるボートの方を見る。
 そこにはスミス達を船に運ぶ為にボートを漕いで来た男が乗っていた。ボートの男はマスケット銃を肩にかけている。アレを使えば……。
「ポカホンタス、ここで待っててくれ!」
「スミス!?」
 スミスはアリーヤの視線がビリーに集中している隙を衝いて、ボートまで走った。
 正直なところ、マスケット銃でアリーヤを倒すのは難しい……だが、ほんの僅かでも怯ませる程度のことは出来る筈だ。スミスはボートで待機している男のマスケット銃を強引に奪い取る。
「それを貸せ!」
 スミスは奪い取った銃をアリーヤの剣に向けて発砲した。乾いた音と共に、蛇腹剣の刃はスミスの放った弾を受けて、その場で停止する。
「なっ……」
 攻撃を止められたアリーヤは驚きの余り、動きを止めた。
 これまで攻撃を避けようとする者・・・・・・・・はいても、止めようとする者・・・・・・・・は見たことがなかった。斬撃を止めたスミスの射撃は、アリーヤにかなりの精神的ダメージを与えることとなった。
 ゆっくりとスミスに視線を移したアリーヤは刃を戻して、剣を地面に突き刺す。そして、深呼吸をしながら腰の両サイドに手をやる。
「どうやら、真っ先に始末しなきゃなんねぇのはテメェみてぇだな。その火を吹く杖も厄介だが、アタシの攻撃まで止めるテメェはもっと厄介な存在だ……」
 ただでさえ鋭いアリーヤの目つきが、一層鋭くなった。そして腰の両サイドに納めていた銀色の鉄の塊を抜き出したのだ。スミスは一瞬それ・・に対する理解が遅れたが、その形状からすぐに何なのかを察する。
「アレは……まさか……!?」
「何?あの銀色の塊がどうかしたの!?」
 スミスは「信じられない」と言うような表情で、アリーヤが持つそれ・・を見て戦慄した。ポカホンタスはスミスのリアクションの意味が全く分からず、呆然と立ち尽くしている。
 だが、彼女の理解が追い付いていないのも無理はないだろう。何故ならそれは、本来この時代には存在しない物なのだから……。
 回転式拳銃と自動式拳銃……短銃の存在を知っていたジェームズタウンの男達は、アリーヤの持つ武器の正体に気付く。だが、その性能は短銃のそれとは全く別次元のものだった。
 アリーヤはスミスに向けて引き金を躊躇なく引いた。マスケット銃と同じ銃声が五発ポウハタンの森に響き渡る。
「グァッ!!」
 弾はスミスの左肩と右脚を掠めた。傷は深くないにせよ、戦闘行為は不可能な状態だ。既存のマスケット銃や短銃なんかとは比較にならない連射性能と速射性能、更に命中精度も格段に上と言う代物をアリーヤは所有していた。ビリーはアリーヤの二丁拳銃を見てポツリと言葉をこぼす。
「そうか……使うことにしたのか。アリーヤ……」
 ビリーは、彼女が銃を持っていたことを知っているかのような台詞を口走った。

                  ★

 何故、アリーヤがこの時代に存在しないような銃を持っていたのか……その答えは少し時間を遡ったところにある。
 ビリーがウェロウォコモコの小屋で食事をしていた時、アリーヤは彼を外に呼び出した。小屋から少し離れた人気のない所で、アリーヤは言う。
「昼の会談……見てたぜ。これでアタシ達はまた敵味方に分かれちまう訳だ」
「僕を……ここで殺すのかい?」
「分からねぇ……今のアタシにはな」
 アリーヤは、まだ自分がどうしたいのか分からなかった。ビリーは丸腰だから、殺すこと自体は容易い。ポウハタン側の人間としては、それが正しいのだろう……だけど、そこに自分の意思はあるのか?ここでビリーを斬って後悔することはないのか?
 アリーヤの心は大きく揺れ動いていた。
「ビリー……悪いことは言わねぇから、このポウハタンの地から出て行けよ。お前らが出て行けば、少なくともこれ以上血が流れることはねぇ。アタシもお前を斬らなくて済むんだ」
「アリーヤ……それを決めるのは、僕達をここへ送り込んだバージニア会社と国王であるジェームズ一世だ。そして、向こうは僕の帰国を許さないだろう」
「戦争になるかも知れねぇんだぞ!?もう、今まで通りには行かねぇんだぞ!」
 アリーヤは、自分の感情を爆発させた。ここまで必死に抑えて来たものが次々と噴出して行く。違う、こんなことを言いたいんじゃない。今、自分がビリーに伝えたいことは……。
「国王だか何だか知らねぇが……何でそんな奴に縛られる必要があるんだよ。もっと自分テメェの人生……大事に出来た筈だろ」
「アリーヤ……」
「国王だとかそう言うのを盾にして、勝手なこと言ってんじゃねえよ。お前は……アタシの気持ちを少しでも考えたことあんのか?」
 アリーヤは俯きながら言った。最初は力強かった声が段々小さくなって来る。
 この時になって、ビリーはアリーヤの本当の気持ちを理解した。彼女もまた、自分と同じことを考えていたんだ。不器用だけど真っ直ぐなアリーヤの姿は、まるで自分自身を見てるようだ……ビリーはそう思った。
「僕も君と同じ気持ちだよ……だからこそ出て行くことは出来ない」
「同じって……だったら何で!」
「この際だから言っておく。僕は…………君の事が好きだ。今までずっと言えなかった……僕の本当の気持ちだ」
「なっ……」
 ビリーの突然の告白に、アリーヤは言葉を失った。ビリーは続ける。
「ここを離れたら、生きて君と会えることは二度とないだろう。だから最後まで……君と同じ地にいさせてくれ」
 国の命令だけではない……ビリーもアリーヤのことを想い、相応の覚悟を持っていた。彼の強い意思に根負けしたアリーヤは、溜め息混じりに言う。
「……ケッ、好きにしろよ。お前にも意地があんなら、もう止めはしねぇ。でも、半端な覚悟しかねぇって分かったら、アタシは躊躇いなく斬るぜ!」
「ありがとう。それと、君に渡したい物があるんだ」
 そう言うと、ビリーはずっと持っていた木の箱を開けて見せた。中に入っていたのは、それまでアリーヤが見たこともない銀色に輝く奇妙な形状をした鉄の塊……彼女は不思議そうに眺めながら、ビリーに尋ねる。
「何だよ、コイツは……」
「これは僕がイギリスにいた頃、現行の短銃やマスケット銃の設計情報を基に僕が独自の改良を加えて作った銃だよ。君達がマスケット銃のことを『火を吹く杖』と呼ぶなら、こちらは『火を吹くナイフ』と言えるだろうね」
 ビリーの家は学者の家系で、父親は工学者として銃の設計開発にも携わっていた。
 彼は父親が試作の為に設計していた次世代型の銃のデータに自身のアイデアを付け加えることで、時代を大幅に先取りした武器を作ることに成功していた。彼の技術は数百年後にアメリカやイスラエルの銃器メーカーでも使われて行くこととなり、回転式拳銃はコルト・パイソン、自動式拳銃はデザートイーグルとして、世界にその名を轟かせる……。
「ビリー……いいのかよ。本格的な戦いに突入したら、アタシはこれでお前の仲間を大勢殺すかも知れねぇぜ?」
「僕が君にしてやれることは、これぐらいしかない。戦うことが出来ない僕は、こんな形でしか君を守ることは出来ないから……そして、これは国と言う呪縛に対する僕なりの抵抗と言うヤツだよ。アリーヤ、僕の心と共にそいつを行かせてやってくれ」
「……バカ野郎」
 アリーヤはビリーから託された二丁の拳銃を受け取った。ビリーに言われなくても生き延びてやる……何せ、自分はまだビリーに告白の返事を返してない。だから、道を阻む者は全て排除する……アリーヤは、そう心に固く誓った。

                  ★

「どうした!?逃げてばっかじゃ、アタシを倒せねぇぞ!」
 アリーヤは、スミスに対して銃を連射していた。スミスは既に受けた左肩と右脚以外に、脇腹にも弾を受けている。幸い急所は外れているが、逃げ回ってる間に血を流し過ぎた……スミスは地面に崩れ落ちてしまう。アリーヤは動けなくなったスミスに銃口を向ける。
「終わりだ……」
 引き金に指をかけたアリーヤを前に、スミスは目を閉じた。自分がマスケット銃や短銃を装備していても、彼女が更に強力な銃を持っている以上、優位性はないに等しいだろう。
 とにかく、ポカホンタスとビリーだけでも逃げてくれれば……そう考えていた時、
「キャアアアッ!!」
 急に悲鳴が聞こえた。スミス達が声のした方を見ると、ポカホンタスがポウハタンの男に捕まっていた。先程の銃声を聞きつけて、部族連合の戦士達が集まって来たのだ。アリーヤは戦士達を恫喝する。
「お前ら、何やってんだ!ポカホンタスから手を離しやがれ!!」
「何を言っている、アリーヤ!お前こそ、早く白き者達にトドメを刺せ!」
 ポカホンタスを取り押さえた男は、アリーヤにスミス達を殺すよう言った。
 スミスはフラリと立ち上がって、ポカホンタスに叫ぶ。
「ポカホンタス……ポカホンタス!!」
「スミス……私のことはいいから、早く行って!!」
 ポカホンタスはスミスに逃げるよう、力の限り叫んだ。
 アリーヤはスミスに再び銃口を向ける……が、それを横から遮る者がいた。ビリーである。
「なっ!?お前、何してやがる!?」
「済まない、アリーヤ……彼は君達に取っては明確な敵だ。でも、僕に取っては友達の一人でもあるんだ……!」
 アリーヤに組み付き、彼女に銃を撃たせないようにしながらビリーは必死に押さえつけた。そして、ジェームズタウンで唯一の友人だった男に謝罪をする。
「ジョン……済まなかった。アリーヤに銃を渡したのは僕だ」
「ビリー……」
「アリーヤを守る為……そして、君を止める為に勝手なことをして……何てお詫びを言ったら良いか……」
「そんなことは後で幾らでも聞く!だから早く来い!」
「ジョン……お願いだ、僕に構わず行ってくれ!君だけでも生きて……」
 ビリーはアリーヤを押さえつけていたが、もう限界だった。
 ポウハタンの戦士達が放つ矢が、雨あられのようにスミス目がけて乱れ飛ぶ。
「ポカホンタス!ビリー!」
「いけません、議長!さぁ、ボートに乗って下さい!」
 スミスは、ジェームズタウンの男達に引き摺られるようにして、半ば強引にボートに乗せられた。彼は一人残って、ポウハタンの戦士達と戦ってでもポカホンタスを連れて行きたいと思った。ビリーを助けたいと思った。だが、同行の男達が強くそれを止めた。
「クッ……待ちやがれ!」
 アリーヤはビリーを強引に押し退け、スミスのボートへ向けて引き金を引いた。しかし、銃口からは何も出ず、撃鉄の音だけが虚しく鳴った。スミスに取っては幸運にも、アリーヤの銃は弾切れを起こしていた。最も、ボートはかなりの距離まで逃げていたので、銃を持ったばかりのアリーヤでは当てられなかっただろうが。
 ボートが川の中央に停めていた船に着いた。ポウハタンの戦士達が放つ矢もアリーヤの撃つ弾も、届くことはもうない。ビリー以外の全員が船に乗り込み、スミスも後ろ髪を引かれる思いで乗船した。
 既に出航準備を整えていた船はすぐに川を下って行った。
「ポカホンタス!」
「スミス!」
 二人の声は、冬の静寂に包まれた森の奥へ消えて行った……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...