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ポカホンタスの章
別れの時
しおりを挟むポカホンタスの介入によってスミス殺害に失敗した部族連合は、ジェームズタウンに対して今までにない程に激しく執拗な攻撃を行い始めた。いよいよポウハタンの地を巡る本格的な戦争に発展したのだった。ジェームズタウンとポウハタン……ここより両者は、血で血を洗う終わりの見えない泥沼の戦争を続けて行くこととなる。それは彼らに取って、いつ果てるともない悪夢であった……。
それまで数え切れない程起きていた小競り合いなどとは全く次元が違い、この戦争はジェームズタウンとポウハタンが憎むべき敵を滅ぼし、文字通り「決着をつける」為の戦いだった。
スミスは日々激化する戦闘を目の当たりにして、ポウハタンから食糧の援助を受けることは二度と出来ないと言うことを改めて実感した。それはつまり、ポカホンタスがジェームズタウンに来ることはもうないと言うことでもあった。
「ポカホンタス……ビリー……」
スミスは自分を救ったポカホンタスとビリーが、あの一件以来どうなったのかずっと気にかかっていた。だが、部族連合と全面戦争に突入していた今の状況下で、彼女達に関する情報は殆ど入って来なかった。それに、運良く二人の情報が手に入ったとしても、恐らくこの世にはもう……そんな考えが何度も頭をよぎり、スミスは知らない方が良いのかも知れないと思い始めていた。
特に、部族連合に背いてまで自分の命を救ったポカホンタスに帰る場所なんてある筈もないだろう……寧ろ感情を押し殺して引き金に指をかけたアリーヤの方こそ、ポウハタンの人間からして見れば正しい行動だったのだ。スミスはポカホンタスの愛に感謝すると同時に、自分の存在が彼女を破滅へ追い込んだのだと自責の念を抱いていた。ビリーもだ。もし、自分がポウハタンとの友好関係を決裂させなければ喧嘩をすることもなかったし、あんな別れ方もしなくて済んだ筈だった……スミスは彼と仲直り出来なかったことを後悔していた。
大切な人が自分の周りから消えて行く……独りになったスミスは、自分の失態をただただ呪った。そんな時、
「スミス……」
砦の出入口の方から自分を呼ぶ声が聞こえた。スミスは声のした方に思わず目を向けるが、そこには誰もいなかった。
ポカホンタスの声がした……ような気がしたが、彼女の姿など何処にもない。否、いる筈などない……スミスは空を見上げながら呟く。
「ハハ……とうとう幻聴まで聴こえるようになったか」
スミスは今の自分の姿を自虐気味に笑った。ひょっとしたら、今にもポカホンタスが入って来るのではないか……そんな願望とも幻想とも言える根拠のない希望を抱いていた。しかし、彼女がスミスのいるジェームズタウンに姿を現すことは、二度となかった……。
★
スミスはポウハタンの部族連合と戦う一方で、自給自足をして行く道を模索した。
その為に先ずやるべきことは、考えるまでもないだろう……生きて行く為に必要な労働状況の改善だった。自分達の食糧は自分で作り、そして自分達で調達する。そうした基本的なところから、ジェームズタウンの男達は出来ていなかった。植民地周囲には豊かな自然が何処までも広がっている。頭と身体を使って食糧確保に努めれば、こんな問題はすぐ解決する。寧ろ今までやらなかったことが異常だったのだと、スミスは思った。
更に貴族や職人、そして下っ端の労働者も関係なく、入植者全員に対して今まで以上に厳しい労働を課した。当然、指導者であるスミスも自ら率先して砦の壁や建物の材料となる丸太を作り、作物を育てる為に畑を耕し、充分な飲み水を得る為に新たな井戸を掘った。加えて砦の外でも周辺の森を少しずつ切り拓いて行き、その途中で捕虜にしたポウハタンの戦士から豆やトウモロコシ等の育て方を習い実践した。
「捕虜は丁重に扱え」
スミスは戦闘でポウハタンの戦士達を殺すことがあっても、捕らえた者を決して手にかけることだけはしなかった。無駄な殺生を好まないのは友好関係を築いていた頃の名残か、それとも心底に流れる生来の優しさか……今となっては真実を知る者などいない。
自ら働いて食糧を得るか、或いは飢えて死ぬか……ポウハタンからの支えを失ったジェームズタウンに与えられた選択肢は、その二つ以外になかった。
真面目に働く労働者に対しては更にモチベーションを向上させるよう煽り立て、働くことを嫌う上流階級の者に対しては、強制的に労働に従事させた。最初はスミスに反発していた上流階級の男達も、彼の厳しい体制に次第に感化されて行った。だが、その実態は殆ど洗脳に近い状態だった……。
バージニア統治評議会……その議長であるスミスは、まるで人が違ったように植民地内を厳格な規律で纏め上げて行き、生き残る為にあらゆることを試みた。
「そうさ……ポカホンタス、ビリー、他にも色んな人達から俺は命をもらって来たんだ。だからこそ、このジェームズタウンを潰す訳には行かない。どんな手段を用いてでも、俺は生き残ってやる……そして、必ず植民事業を成功させてみせる!」
死んで行った者達に必ず報いる……その誓いと共に、ジョン・スミスは変貌した。
植民地はスミスの指導の下で、ポウハタンの領土を奪いながら拡大成長した。ポカホンタスと一緒にいた頃に見せていた柔らかな笑顔は完全に消え失せ、修羅さながらの形相とふるまいでポウハタンの人々に対する略奪行為を繰り返していた。
そして、スミスは嘗て自分を捕らえたオペチャンカナウの住むオラパクス村にも侵略を開始した。感情の宿らない瞳で、スミスは部下達に言う。
「手順はいつも通りだ。ただし、抵抗しない者は殺すな」
それだけ指示を下すと、彼は大勢の部下と共に村への襲撃を敢行した。
突然の襲撃に村人は驚き、逃げ惑った。弓や斧で抵抗する者は、マスケット銃や鉄の剣による猛攻で瞬く間に駆逐されて行った。次々と倒れ行く仲間達を見て、戦士達は動揺する。
「な、何だ!?コイツら、前はここまで強くなかったのに……どうなってる!?」
あまりにも洗練されたジェームズタウンの男達による連携攻撃を前に、ポウハタンの男達は為す術もなく倒されて行った。それもその筈……彼らはスミスによって対ポウハタン用の戦闘訓練を受けさせられていたのだ。ポカホンタスやアリーヤから様々な情報を得ていたスミスは、それを戦いに活かせないか工夫を凝らし、戦闘訓練の中に組み込んでいた。
結果、ジェームズタウンの男達はスミスの主導によって、ポウハタンの戦士達にも劣らぬ戦闘力を身につけたのだ。
そのままオペチャンカナウの家に攻め込み、そこで家主と対面する。互いに顔を見るのは久しぶりだった……オペチャンカナウはスミスに言う。
「やはり来たか……堕ちたな、スミス」
「お久しぶりです、オペチャンカナウ族長」
スミスは冷たい表情で、軽い挨拶をした。オペチャンカナウはスミスの心の奥に何かを見出したのか、近くに置いてある武器を取ることもなく、スミスに語りかける。
「スミスよ……お前の中にあるのは戦いだけじゃない筈だ。侵略だけじゃない筈だ。心を闇に委ねるな。もう一度……自分の心を見つめ、向かい合って見ろ」
「まだ、そんなことを仰っているのですか」
「お前も本当は分かってる筈だ……」
「……今更あなた方が何を言おうと、私は変わりません。そして今の自分なら、誰の前だろうと……非情になれそうだ」
スミスはそう言うと、オペチャンカナウの胸に短銃を突き付けて家から強引に連れ出した。戦える男達の殆どを失い、戦意すら失っていた村人達を前にしてスミスは恫喝する。
「さぁ!族長を殺されたくなければ、この村にある食糧全てを我々の船まで持って来い!今すぐにだ!!」
族長が銃口を突き付けられているところを見せられた村人達は、急いで食糧全てをスミス達に差し出した。この頃のスミスを知る者は、皆「まるで邪神に取り憑かれたようだった」と口を揃えて話したと言う……。
★
一六〇九年七月。
スミスが植民地を発展させるべく必死に奔走していた時、サミュエル・アーガルを船長とするトレジャラー号がチェサピーク湾に姿を現した。予期せぬ補給船の到来にスミスが驚きを隠せなかった。
アーガルは幾つかの言伝をロンドンから預かっており、到着早々評議会議長であるスミスにそれを伝えた。その内容はスミスに希望と絶望を同時に与えた。
アーガルは先ず、植民地の出資者がバージニア・トレジャラー会社と言う組織に変わったことを伝えた。この会社は、後に「知識は力なり」の名言や「イドラ」の概念で名を残した哲学者であるフランシス・ベーコン卿を筆頭とした貴族や政治家、そして商人等の総勢三百人以上の有力者達が出資して設立した投資会社だった。
そして、そのバージニア・トレジャラー会社が新たな船をジェームズタウンに向けて出航させることが決定されたことをスミスに伝えた。船には山のような食糧や生活物資全般、それに大量の武器が積み込まれ、新たに補充要員五百人も乗船させると言う。前の出資会社の関係者から植民地の状況を聞いていた会社は、危機に瀕しているジェームズタウンの再生及び発展の為に幾らでも支援を惜しまない上に、バージニアに向けて何度でも何隻でも船を出すことを約束していると、アーガルは言った。
(やっとまともな支援を受けられるようになったか!しかも報告内容が本当なら……)
スミスはアーガルからの言伝を聞き、ようやく本国がジェームズタウンの状況を理解して植民地経営に本腰を入れ始めたのだと、胸を撫で下ろした。しかも、アーガルが言った通りの補給があれば次の冬も余裕で越せる上に、ポウハタンとの戦争も乗り切ることが出来る!スミスはイギリスのファインプレーとも言える判断に、心から喜んだ。
だが、そんな彼の喜びも直後に打ち砕かれてしまう。本国からの知らせはまだあった。もう一つ、スミスに取ってもジェームズタウンに取っても重要な知らせがアーガルの口から伝えられる。
「バージニア・トレジャラー会社……新バージニア会社は、植民事業を円滑に進めるべく新たな体制で植民地経営を再スタートさせる。その内容として、先ず既存のバージニア統治評議会は廃止、バージニア最高評議会を新たに設立する。最高評議会総督は第三代デラウェア男爵であるトマス・ウェスト。現統治評議会議長の権限は、デラウェア卿が植民地に到着したその日に最高評議会総督へ委譲されるものとする……報告は以上」
「待て!最高評議会総督って、一体どう言うことだ!?そんなこと聞いてないぞ!!」
アーガルの最後の知らせを聞いたスミスは、顔を真っ赤にして激昂した。会社の経営方針が変わって、やっと本格的な植民事業が始まろうとしていたところに突然の解任宣告……スミスはアーガルの胸ぐらを掴んで説明を求めた。
二年以上もの間、ジェームズタウンの為に命懸けで尽力して来た。その中で大切な人を何人も失って来た。それなのに、いきなり指導者としての立場を追われるだなんて到底納得の出来るものではなかった。
何も知らない本国の連中に、植民地で奮闘していた自分の苦労が分かるか……下らん気まぐれな決定で、今までやって来たことを全て否定されてたまるか……スミスの怒りは留まるところを知らなかった。
だが、アーガルはスミスの腕を解いて非情な現実を突き付ける。
「私は会社からの伝聞をそのまま君に伝えただけだ。そして、君の為にもハッキリ言わせてもらおう。会社は、今のジェームズタウンとその指導者である君に失望してるんだ。太平洋への航路も黄金も発見出来てない、邪教を信じる野蛮なインディアンをキリスト教に改宗させることも出来てない……現状、出来てないことばかりじゃないか。出資者達も決して道楽で金をつぎ込んでる訳ではないと皆言っている。君が何もしてない訳でないことは、今のジェームズタウンを見れば分かる。だが、今後はデラウェア卿に従って欲しい。これは決定事項だ」
アーガルの言ってることに間違いはない。実際、自分が進めて来た植民地の拡大こそ順調であるが、肝心の任務は全くと言っていい程進んでいない。アーガルが立ち去り、その場に取り残されたスミスは呆然と立ち尽くしていた。
スミスの中で支えとなっていたものが、ガラガラと音を立てて崩れて行った……。
★
アーガルから議長解任の報を受けたその日の夜。
スミスは大きな木の枝に座り込みながら月を眺めていた。空は晴れ渡り、立派な満月が妖しい輝きを放っていた。その周囲には燦然と煌めく星々が夜空を埋め尽くしている。
「そう言えば、傭兵としてヨーロッパ各地を遠征してた頃も……こんな風に夜空を眺めてたっけな」
スミスは昔を思い出しながら、小さく呟いた。あの頃は何もかもが自分の思い通りになると思っていた……それが出来るだけの力があると信じていた。だから、バージニアに来た時も同じだと考えていた。でもそれは、間違いだったんだ。ポウハタン酋長を前にして、自分の考えは傲慢な勘違いであることを思い知らされると同時に、色んなことを学んだ。ポウハタンと最後に会談した時、彼の言ったことが今なら分かる気がする……スミスはそう思った。
「バージニアで過ごした俺の二年間は、一体何だったんだ……?」
スミスは悲し気な表情で、自分自身に問いかけた。仲間を何人も失い、ラトクリフ達に振り回されて、最後には本来敵対する筈のなかったインディアンをただ殺し回っただけ……これが自分の望んでいた結果なのか?スミスは、自分が国策をはじめ、利益欲しさに群がって来た特権階級の人間や商人達のいいように利用された使い捨ての駒に過ぎなかったのだと、静かに理解した。
「でも……こんな終わり方は寂し過ぎる」
その言葉と共に、スミスは嘗て自分が愛した少女からもらった羽根を眺めた。
彼にはポカホンタスがいた……ポカホンタスとの出会い、そして彼女と共に過ごした思い出があった。今となっては過ぎ去りし思い出だが、彼女は確かに存在した。
スミスの心には、ポカホンタスがいつもいた。そして、ジェームズタウンが窮地に陥っている時には必ずポカホンタスがやって来てくれた。スミスがピンチになったらいつも救ってくれた。スミスだけじゃない……ジェームズタウンがここまで生き延びて来られたのも、全てポカホンタスのお陰と言っても過言ではない。彼女の存在こそが、スミスの原動力ともなった。
スミスがポカホンタスのことを考えている内に、いつの間にか夜が明けようとしていた。
空に煌めく星々が朝日の訪れと共に消えようとする空を眺め、スミスはポカホンタスに告白したあの日を思い出す。
「いつか……一緒に世界を旅してみないか?俺……他の国に吹く風の歌声や色も、その身で感じてみたいんだ。君と一緒に……」
「!……ええ!」
スミスとポカホンタスはそう約束した。だけど、その約束ももう……。
バージニアに来て初めて、スミスは涙を流した。
これまでの努力が全て水の泡と化し、自分の存在意義を失ったと悟ったスミスは、バージニア最高評議会の初代総督であるトマス・ウェストの植民地入りを待たずしてバージニア統治評議会議長の職を辞任することにした。もう、議長としてジェームズタウンを発展させて行く気力すらない……スミスの植民地経営に対する熱意は完全に失われていた。
更にスミスの辞任を決定付ける出来事として、植民地経営を阻んだ張本人とも言えるラトクリフが再び戻って来ると言う知らせも届いた。解任以来、ジェームズタウンの過酷極まりない環境に耐えられず帰国していた彼だが、会社が変わって植民地の経営体制が改められたことを聞きつけて、再び戻って来ることにしたのだ。
大きな流れに乗って甘い汁をすすろうとするところは、ずる賢いラトクリフのやりそうな行動である。そう思ったスミスは、事あるごとに対立していたあの男の顔をもう一度見たいとは欠片も思わなかった。
会議場に議員を招集して、全員の前で自身の意向を伝える。当然、議員達は引き留めた。
「どう言うことですか!?何故、このタイミングで……」
「デラウェア卿が来られるのは、まだ先じゃないですか!」
皆口々にスミスの辞任に反対した……が、スミスの意思は変わらない。
「俺には……もうジェームズタウンで役に立てることなんてないから」
それだけ言い残すと、スミスは議長の座を手放した。元々彼は役職に執着し、そして縛られるタイプの人間ではなかった。故に、議長職に対して何の未練もなかった。
彼の後任には、最初にバージニアに渡ったジョージ・パーシーが最高評議会初代総督の到着までの間、臨時で議長職に就くこととなった。
(これでいい……これでいいんだ……)
スミスは、自分がバージニア統治評議会議長から普通のジョン・スミスに戻ったことを再確認すると、雲一つない快晴の青空を見上げた。
ポウハタンと決裂し、議長の職も追われ、孤独の淵を彷徨い歩いていたスミスは砦の外へ出る。森の中を歩き、急な坂を越え、彼が辿り着いた所はジェームズタウン全体を一望出来る小高い丘だった。
スミスは、今の正直な思いをジェームズタウンにぶつける。
「これが……ジェームズタウン……俺の住む所か……小さい!!」
スミスは力の限り叫んだ。今や自分を縛る存在でしかない植民地を見下ろして、スミスは自分自身に尋ねる。
「ジェームズタウンが何だ!議長を追われた俺に、この植民地でこの先……どんな生き方があると言うんだ!?」
スミスは自分の中に積もっていた思いを吐き出した。そして、嘗ての仲間であったビリーやアリーヤの顔も浮かんで来る。
「友が何だ!たとえ大好きでも、互いの生涯を重なり合わせる生き方なんて……出来やしない!」
唯一の友人であったビリーと喧嘩別れし、アリーヤも明確な敵となった今、スミスに親しい者は一人もいなかった。自分の周囲のしがらみを振り払うように、スミスは叫ぶ。
「一度しかない俺の一生は……俺のものだ!!」
この叫びと共に、スミスの中に一つの決意が芽生えた。それは、アーガルからバージニアの新体制について聞かされた時……自分が植民地に取って用済みと見なされたと悟った時から頭の片隅で決めかけていたことだった。
「ここを抜けて、また旅に出よう。今度は戦いのない安息の地へ……」
一人なら充分にやって行けるだろう……スミスはそう考えていた。ジェームズタウンの人間でなくなれば、砦を守る必要もないし、黄金を探す必要もない。ポウハタンの人々をキリスト教に改宗させる必要もない。本国でこちらの都合も考えず、偉そうに物事を決めている国王や投資会社の連中に従うことなく自由に生きて行ける。
傭兵としてヨーロッパ中を飛び回って、そして新大陸の探険の為にわざわざ海を越えてバージニアまでやって来たのは、もしかしたら心の何処かで安住の地を探し求めていた……からかも知れない。スミスは、自分の本心にようやく気が付いた。
行き先については、全く心当たりがない訳ではなかった。スミスは以前、バージニア一帯の地図を作るべく探険に出ていた時、部族連合の手が一切届いていない地域へ続く道を幾つか見つけていた。西には後のウェストバージニア州にケンタッキー州、南にはノースカロライナ州がある。いずれも自然に満ち溢れており、旅をするには申し分ない場所だった。
スミスは取り敢えず、西を目指してみることにした。もしかしたら、道中でポウハタンの部族連合に属さないインディアンと遭遇するかも知れない……だが、ポウハタンの関連部族でないと言うことは、イギリス人のことも知らないと言うこと。上手くすれば、余計な戦いを避けることだけは出来る筈だ……スミスは、そう考えた。
だが、ジェームズタウンから去る前に、どうしても気になることがあった。それはポカホンタスとの思い出。
スミスは、バージニアで生きて行く為のあらゆることをポカホンタスから教わっていた。大自然の中で生きて行く為に彼女から色んなことを教わった。そして、彼女と共に生きる大いなる精霊達、風の色や歌、大地がもたらす慈しみを知った。
自分が大自然の中で生きて行く為に必要なことは、全てポカホンタスから学んだと言っても過言ではない……スミスには、ポカホンタスが最後の希望となっていた。
「ポカホンタスを捜そう」
最早、自分の生きる希望は彼女の存在だけ……スミスは決心した。
スミスは、ウェロウォコモコでポカホンタスと別れた時のことを思い出す。ポウハタンの部族連合が自分を殺そうとしていた時、その身を犠牲にする覚悟でポカホンタスは知らせてくれた。そんな彼女を、自分は置き去りにしてしまったのだ。もし、あの時に自分も一緒に残ってアリーヤをはじめとするポウハタンの戦士達と戦っていれば、彼女を救うとまでは行かなくとも最期まで共にいられることは出来た筈だ……だが、スミスはそれが出来なかった。
ジェームズタウンと仲間を守ると言えば、聞こえがいいかも知れない……だが、実際はそんな大義名分を盾に、ポカホンタスを見捨てて逃げ帰ったに過ぎない。同胞を裏切った彼女があの後どのような罰を受けた考えることもせず、スミスは森を去ってしまったのだ。
何故あんなことをしてしまったのか……スミスは激しく後悔していた。
「そうだ……こんなことになったのも俺のせいだ。ポカホンタスを捜さなければ!」
ポカホンタスがまだ生きているかどうかなんて分からない……でも、ここで彼女を捜し出さずに一人逃げることなんて出来なかった。
あの時の約束を今度こそ果たそう……でなければ、自分は前に進めない。
「ポカホンタス……一緒に旅に出よう。あの約束を果たす為、今行くぞ……!」
スミスはそう言うと、改めてポウハタンの森に目を向けた。
もしかしたら、初めて旅に出た時からずっと探し求めていたのはポカホンタスだったのかも知れない……スミスの心は既に愛する者の元へ飛び去っていたのだ。
★
その夜、スミスは自分が生活する小屋で食事を取っていた。食事と言っても、相変わらず質素なものであったが、二年以上も口にしていると悪くないとすら思えてしまう。
(これがジェームズタウンでする最後の食事……今夜限りで、皆と今生の別れだ……)
スミスは、植民地内で育てた作物や川で獲った魚介類で作った料理を食べながら静かに思った。
食事を終えると、身辺整理に入る。もうここに戻ることはないから、持って行かない私物は全て処分することにした。使い古した漆黒のマントと純白のシャツを脱ぎ棄て、予め用意していた深緑のマントと群青色の上着に着替える。出立の準備は完了済みだ……後は時が来るのを待つのみ。まるで天もスミスに味方してくれたのか、天候も先日同様良好だった。
(もう……皆、眠ったろうな。旅仕度も済んだ……行くか!)
小屋の中から外の様子を窺ったが、誰の声も聞こえない。全員が寝静まったことを確認すると、スミスはジェームズタウンを後にした。約二年半もの間、必死の思いで築き上げた植民地だったが、未練などなかった。
ジェームズタウンからの脱走は、イギリス国王であるジェームズ一世を見限ることと同義であるから、発覚すれば当然罪に問われる可能性がある。先ずは見つかって通報されぬよう植民地を抜け、その後は砦の外にいる敵や罠を避け、一切の休息も取らず、複雑に枝分かれした川を遡って間道や山道と言った道なき道をひた走る逃亡の旅であった。しかも、スミスの場合はポカホンタスの捜索も加わっている。普通に逃亡するよりも死の危険は遥かに高い。
彼はジェームズ川の岸に停めてあった小型のボートに乗って漕ぎ出した。念の為、銃と弾薬も積めるだけ積み込んだ。ポカホンタスを捜すと言うことは、ポウハタンの戦士と戦う可能性があると言うこと。正直なところ、現時点での手持ちだけで足りるとは思えないが、ないよりは遥かにマシだろう。それよりも大事なのはポカホンタスの居場所を突き止めること……スミスはそう考えて前だけを見つめた。
(マズいな……植民地を出てからすぐ、ずっと尾行してる奴がいる……)
スミスは早速、敵の気配を感じていた。今のところ、数は一人……ジェームズタウンの人間なら全員眠っているのを確認したばかりだし、そうなると考えられるのはポウハタンの戦士が偵察に出ているとしか考えられない……スミスは警戒しながらボートを漕いだ。
追っ手はスミスのボートを追跡しながら、物音を立てずに走った……が、途中で見失う。
(どこへ行った……!?)
追っ手は見通しの悪い茂みから姿を現して川岸を走る。そして、スミスの乗っていたボートを見つけた。だが、肝心のスミスはボートにいなかった。追っ手が困惑していると、
「おや!誰かと思ったら、アリーヤじゃないか」
「んなっ……!」
ボートが停めてある岸の近くにある木……その裏からスミスが姿を現した。傍にある茂みで採ったのであろう木苺を食べながら余裕の表情をしている。スミスの追っ手であるアリーヤは背後を取られたことに焦りを見せていた。
木々の隙間から見える月を眺めながら、スミスはアリーヤに言う。
「良い月夜だなぁ」
「テメェ……こんな夜中に一人でどこへ行く気だ!?」
「アリーヤ、俺を見張っても無駄だ。俺はもう、ジェームズタウンの議長じゃないからな」
「何だと!?……ハッ、嘘つけ。テメェらはポウハタン酋長を暗殺しようと狙ってんだろ!」
「何だって!?そりゃ本当か!」
アリーヤの想定外の発言に、スミスは驚嘆した。アリーヤは惑わされないぞと言わんばかりに、スミスに畳み掛ける。
「ごまかすんじゃねぇ!こっちは皆、感付いてんだよ。けど、ポウハタン酋長も全盛期の頃はアタシ以上の強さを誇ってたんだ。そんなポウハタン酋長を殺せる程の手練となりゃ、先ずはお前だ!」
「へぇ~。それで俺を見張ってたのか」
「だが、アタシはお前が今の戦力でそんなバカなことをする奴とは思えん。そして、今夜のお前の行動は怪しさに拍車をかけてやがる。暗殺者ってのは群から離れ、ジッと機会を窺うものだからな」
「ふむ。なるほど」
流石はポウハタン最強の女戦士、戦いに関する洞察力は確かなようだ……スミスは木苺を頬張りながら、のんびりと聞いていた。アリーヤは尋問を続ける。
「今夜はどこへ行く気だ……!?」
「実はな。本当は内緒なんだが……これから俺はジェームズタウンを捨てて旅に出るんだ!」
「なっ……何ぃいいいいいっ!?」
唐突な脱走宣言に、アリーヤは思わず声を上げた。スミスは意味のない冗談を言う男ではない……だからこそ、彼女には信じられなかった。この時期に脱走なんかして何になる?スミスの発言の意味を、アリーヤは全く理解出来なかった。
スミスは言う。
「もし、本当にジェームズタウンの連中がポウハタン酋長を殺したら、ただでさえ熾烈な戦争が更に激化するぞ?君が今後の戦いの中で死んだら、ビリーの奴もあの世で悲しむぞ?」
「あぁっ!?」
「そうだ!アリーヤ、今から俺達とこのまま逃走しよう!うん、それがいい!!」
「なっ!なっ……何だとぉおおおおおっ!!」
一人で何盛り上がってるのかと思いきや、突然自分も誘って来やがった……アリーヤは困惑した。勝手にビリーを殺したり、「俺」じゃなく「俺達」と言ったりとツッコミどころが多いが、それどころではない怒涛のトークラッシュにアリーヤは圧されていた。
「俺はポカホンタスを見つけて、バージニアから西へ進み、大陸を横断しようと思ってる!そうなるとだ、道中で思わぬ敵と遭遇するかも知れないし、食糧の確保だって必須だ。他にも問題はまだまだある……だから、君のような子がいると心強い!だから、なっ!一緒に行こう!!」
「な、何ほざいてやがる!?前々から変なところがあると思ってたが、とうとう本物の馬鹿になったか!?無理に決まってんだろが!!」
「そっか。やっぱり無理か……アリーヤも一緒なら、ポカホンタスも喜ぶと思ったんだがなぁ」
スミスは残念そうに俯きながら、再びボートに乗り込んだ。
一体何処まで本気なのか、そもそも何を考えているのか……ポーチンス程でないにせよ、この男も掴みどころのない所があるせいで、アリーヤは苦手だった。
スミスはボートの上で、自作の地図を見ながら位置確認を行う。そして、アリーヤと再び目が合ったところで、スミスは柔らかな笑みをこぼす。それを見たアリーヤは反射的に両腰の二丁拳銃に手をかけて身構える。
「分かったぞ!アタシを油断させて、不意打ちする気だな!!」
「そんなことはしない。アリーヤ、よーく考えろ。たとえイギリスがポウハタンの地を侵略しなかったとしても、いずれ他の国がここへ攻め込んで戦争になるんだ。そして君みたいな若い命が外の世界も知らずに、戦乱の中でただ散って行くだけのことがあってもいいのか!?勇気を振り絞って飛び出すんだ、アリーヤ!!」
「……」
「今、無理なら後で来い!アリーヤのような若くて才能ある逸材は、つまらない戦争で失わせちゃいけないんだ!!」
「……」
「じゃ、俺は一足先に行ってる!縁があったら、広い天地の何処かで再び会おう!」
スミスはそう言い残すと、振り向くことなくボートを漕いで川を遡って行った。スミスの姿が殆ど見えなくなり、アリーヤは不思議と笑みをこぼした。その表情は、まだ全面戦争が始まる前に見せていた彼女本来の顔だった。
(ホントに出て行きやがった……帰る場所も仲間も捨てて……なんて野郎だ)
ただ一人、スミスの出立を見送ったアリーヤは、この後スミスに続くようにポウハタンの地から広い世界へ飛び立って行くこととなる。ポカホンタスの死後は、ポウハタンとイギリスの間に一時的ながらも和平を築いた彼女の名を語り継ぎ、侵略の愚かさや戦争の悲惨さを次の世代へと伝えて行くのである。
そして、アリーヤに別れを告げたスミスもポカホンタスを捜して、取り敢えず心当たりがある場所を片っ端から探索することにした。
気が付くと周囲が明るくなって来ている……アリーヤと話している内に夜が明けようとしている程に時間が経っていたことに、スミスは驚いた。だが、彼の意思は変わらない。ポカホンタスと一緒に旅に出る……スミスの頭の中はそれでいっぱいになっていた。
「ポカホンタスを見つけて、広い世界を旅しよう。色んな国の人々と交流したり、文化を学んだり……そして、この森のように美しく静かな場所を見つけて二人で暮らすんだ。また昔みたいに自然を謳歌しながら、一緒に……」
そんなことを考えていた時、森の奥から紅く輝く人魂のようなものが物凄い速さで飛んで来て、ボートに積んであった弾薬を撃ち抜いた。同時にボートは爆音を立てながら赤々と燃え盛る炎に包まれた。人魂の正体は火矢で、それを撃ったのはポウハタンの戦士だった。
ポカホンタスに会いたいと言う一途な願い……それが油断となり、スミスのあらゆる行動と反応を遅らせた。
矢はスミスに当たることこそなかったが、ボートに積んでいた大量の弾薬に命中したことが大きく災いした。火の点いた鏃に引火した弾薬はスミスの間近くで大爆発を起こした。スミスは一瞬にして火だるまになり、爆風で川に投げ出された。スミスの記憶はそこで途切れることとなる……。
一体、どれぐらい意識を失っていたのだろう……目を覚ますと、スミスはジェームズタウンの小屋の中にいた。状況を確認したいが、全身に途轍もない痛みが走り、指一本すら動かすことが出来ない。しかも、右目は全く見えず、右腕と右脚の感覚も全くない……スミスの身体は全身包帯に包まれていた。
スミスの意識が戻ると、彼を治療した医師が当時の状況を説明する。
あの後、スミスが姿を消したことを知ったジェームズタウンの男達は、彼を捜索するべく早朝から森へ入っていた。その最中に爆発音を聞きつけて、駆け付けた時には既にボートは川の真ん中で炎上、スミスが川岸の近くで浮いてる所を発見し、どうにか救出したと言う。爆風で岸の近くまで吹き飛ばされたことが手早い救出にも繋がったとのこと。
発見された直後、スミスは全身に酷い火傷を負っており、爆発で右腕と右脚が吹き飛んでいた。一応、腕と脚は仲間が拾って持ち帰ってくれたが、医師は接合が不可能と判断した。
救出直後のスミスは意識が朦朧としており、外科医も最善を尽くしたが、植民地に専用の設備がある訳でもなかったので、充分な手当てが出来なかった。スミスの意識がようやく回復したのも数日経ってからのことであった……。
またしても死の淵から生還した……我ながら物凄い強運だ。そう思いながらも、今回ばかりは神に感謝しても良いものかとスミスは複雑な思いを抱いていた。右腕と右脚を失い、右目も潰れた……実質的に右半身は全く機能していない。
「ポカホンタスと……旅に出るんだ……二人で……安息の地を……目指して……」
スミスは何度も繰り返し呟いた。だけど、それも今の身体では叶わぬ夢……全身の傷が激しく痛み、地獄のような苦しみが続いた。
ベッドに横たわりながら、窓の外に広がる大空を見る。とても優しく心地良い風が外から流れ込み、包帯の隙間から僅かに露出しているスミスの頬を優しく撫でた。
それは嘗て、ポカホンタスが歌った「風の歌」のようであった……。
★
何とか一命を取り留めたスミスだが、弾薬の爆発による傷の具合はかなり酷く、特に右腕と右脚の傷口は放っておくと壊死する可能性が高い危険な状態だった。
「このままだと傷口から腐って、いずれ死に至る……マズいな」
ジェームズタウンにある医療設備ではどうすることも出来ない程の負傷で、医師も急いでイギリスに帰国して適切な処置を受ける必要があると診断した。
だが、スミスの帰国はすぐに許されることはなかった。と言うのは、スミスの後任としてバージニア統治評議会議長に就任していたパーシーがスミス脱走の日のことを怪しみ、それを理由に彼を反逆罪で告発したのだ。
「一体、スミス前議長は深夜に何処へ行こうとしていたのか」
「ボートに銃と弾薬を大量に積んで、何かをしようとしてたのは分かるが……」
他の議員達も疑問に思っていた。
パーシーはスミスのことを元から快く思っていなかったが、彼が議長に就任してからは一層疎ましく感じていた。上流階級の者にも労働を強制し、「働かざる者、食うべからず」などと言う規則を作り、農家出身の分際で勝手に厳しい罰則を設けて従わせていたスミスを、機会があれば大義名分の下に抹殺しようと考えていた。
パーシーは、スミスや彼と共に奔走していたビリーの活躍のお陰で今日まで生き残れたことを完全に忘れ、恩を仇で返そうとしていたのだった。
「ジョン・スミス前議長は、デラウェア卿が総督に就任されるまで職務を全うすべきだったところを、個人的且つ勝手な理由からその責任を放棄し、ポウハタン側に寝返ろうとしていたのだ!彼は以前からポウハタンの者達と親交があったらしいしな!」
パーシーはジェームズタウンの入植者全員を砦の中央に集め、彼らの前でスミスをこれでもかと責め立てた。更に彼は、スミスとポカホンタスの関係も利用して、
「スミス前議長はジェームズタウンの現況に嫌気がさしてポウハタン側への逃亡を決意し、そして野蛮なインディアンの娘であるポカホンタスと結婚するつもりだった!そして、ポウハタン部族連合を率いる王になろうとしていたのだ!」
そう告発した。勿論、ポウハタンの社会に「王」なんてものは存在しない。
パーシーの発言は全て決定的な証拠のない憶測によるものに過ぎなかった。
大勢の男達に見守られる中、砦の中央に作られた即席の寝台に寝かされたスミスには、目の前でパーシー達によって執り行われている裁判の内容など全く頭に入ってなかった。自分の前でパーシーが何か喚いてる……スミスはそう考えながら天を眺めていた。
(こんな身体じゃ、生きていてもしょうがない……もう、いっそ殺してくれ……)
もうジェームズタウンに対して何の興味もないし、言われのない罪を問う裁判が行われていても好きなように罪状を決めるがいい……周囲で行われていることを他人事のように流していたスミスの頭の中は、何処かで生きているかも知れない……否、生きているであろうポカホンタスのことしかなかった。そんな彼女も、今の身体ではもう迎えに行くが出来ない……スミスは自分の運命を胸中で嘆いた。
スミスの裁判は二週間近くも行われた。中々罪状を確定出来ないパーシーは、二年程前に行われたスミスとビリーに対する反逆罪を問う裁判のことを持ち出して来た。
食糧確保の為に探険に出ていたスミスが同行していた仲間二人を殺害して、敵前逃亡したと責め立てられた事件のことだ。この件に関しては、偵察に出ていたポウハタンの戦士に捕縛されて村のあちこちをたらい回しにされた後、ポカホンタスのお陰で何とか処刑を免れたのだが、当時のラトクリフと共にパーシーはスミスの言うことを全く信用していなかった。
更にスミスとビリーの銃殺刑が行われる寸前のところでやって来たニューポート船長の説得により、判決が取り消された(加えてニューポートがポーチンスから裏を取っていた)にも拘らず、無理矢理有罪判決に持ち込む為の説得材料としようとした。
スミスとビリーに対するパーシーの敵意は、バージニア上陸当時の頃から徐々に膨張していたのだ。
「ここにいるスミス前議長……イヤ。大逆の罪人、ジョン・スミスは以前より親しくしていた野蛮なインディアンの娘であるポカホンタスと結婚して、ポウハタン部族連合の王になろうとしていたことは間違いない!それは我らが国王ジェームズ一世に対する反逆行為に他ならぬものであり、二度とこのような者が出ないよう私はここに死刑を求刑する!」
パーシーは衰弱していたスミスに引導を渡そうとした。この時点でパーシーは他の上流階級の男達を味方につけており、その全員が口を揃えてスミスを糾弾した。生き残る為だったとは言え、慣れない労働を強制されて、しかもそれを提唱していたのが農家の息子と言うことに彼らは屈辱を感じると同時に、内心で腹を立てていた。
だが、彼らの自分勝手な考えが通ることはなかった。何故なら、今や上流階級の男達以上の数を占める労働者達がそれに猛反対したのだ。スミスの評判はどうであれ、彼はジェームズタウンが何度も壊滅の危機に瀕し、入植者達が飢えや病で苦しんでいた時、ビリーと共に誰よりも率先して働き、そして皆が砦の外を恐れる中探険に出かけ、敵だと思っていたポウハタンと友好関係を築き、食糧を確保して来たことを労働者達は覚えていた!
「スミス前議長がいなかったら、俺達ゃ今頃飢えと病で死んでたぜ!」
「大体、ここに上陸した直後は碌に働きもせず、スミス前議長が築いたインディアンとの友好関係も快く思ってなかったアンタ達に偉そうなことが言えるのかい!?」
労働者達は一致団結して、ジェームズタウンを幾度となく窮地に追い込んだのはスミスではなく、ウィングフィールドやラトクリフ、パーシーをはじめとする無知で排他的な考えしか持たない上流階級の者達だと猛抗議した。
裁判は、上流階級と労働者に分かれて長い争いが続いた。そして、最終的に大多数を占める労働者の主張が通され、スミスには無罪が言い渡された。
この法廷争いをキッカケに、スミスだけでなく労働者達まで離反してしまったら植民地経営どころではない……上流階級の男達は仕方なく負けを認め、引き下がることにした。
かくして、スミスの帰国は許されることとなった。
★
翌日。
スミスは担架で船に乗せられて行く中、辛うじて見える左目でバージニアの大地と空を見つめた。眩しい朝日が大自然を照らし輝いている。
遥か遠くに見える山の頂に、微かだが椅子のように突き出た岩が見えた。それは、ポカホンタスが「風の歌」を教えてくれた思い出の場所……スミスは、ポカホンタスと共に岩の上に立って風の歌を聴いたことを思い出す。
二人で森のトンネルを駆け抜け、広大な花畑の真ん中で寝転がり、大きな川を魚達と共に泳いだ。その音色が紡ぐ終わりの無い輪の中で、世界の全てを目にすることが出来た。
ジェームズタウンと言う呪縛から解放され、およそ二年半分の疲労が今になって一気にのしかかって来たのだろう……段々視界がボヤけて来る。薄れゆく意識の中、懐かしい声がスミスに語りかけて来た。
「スミス……」
「ポカホンタス……」
黒い髪をなびかせ、黄金の美しい瞳をした少女……ポカホンタスが目の前にいた。
スミスは申し訳なさそうに俯きながら、ポカホンタスに言う。
「俺は……君を助けることが出来なかった。そして、君からもらった命を無駄にしない為だなんて言いつつ、ポウハタンの人達に対して侵略と略奪を繰り返した。何て言えば良いか、詫びる言葉も見つからない……」
「謝らなくてもいいんだよ……ありがとう、スミス。ずっと私のことを想っててくれて、私の為にいっぱい苦しんだんだね……」
「違う!俺は苦しんじゃいないよ……俺が君を苦しめたんだ。あの時、俺がポウハタン酋長との対話を受け入れていれば、こんなことには……」
スミスの口から出るのは、後悔のみ。彼の頬を熱い何かが伝う。
どうしてこんなことになってしまったんだ……何故、こんな未来になってしまうような選択をしてしまったんだ……幾ら悔いたところで、過去が戻って来ることなどない。ポカホンタスはゆっくりとスミスの元へ歩み寄り、彼を優しく抱き締めた。あの岩の上にいた時に感じたのと同じ温もり……スミスもまた、彼女を抱き締める。
ポカホンタスは柔らかな口調で、スミスに言う。
「スミス……悲しまないで。私とあなたは、マニトウに導かれて出会った。全ての命は精霊が見守る聖なる輪の中で廻る……だから、この別れも永遠じゃないわ」
「ポカホンタス……」
「さよなら、スミス。また会おうね」
ポカホンタスが小さな微笑みを浮かべた。そして、彼女の姿は光となってゆっくりと消えて行く。
「……!」
ポカホンタスがスミスの腕の中から消えたその時、何処からともなく歌が聴こえて来た。スミスは目を閉じて、その歌に耳を澄ませる。それはポウハタンの森を温かく包み込む風の歌……ポカホンタスが歌ったあの歌だ。あの時と同じ、美しい音色は幾重にも絡み合い、やがてそれは一つとなって大きな輪のようになっていた。その中にスミスもいた。
スミスは自分の頬を伝う熱いものが涙であることにようやく気付いた。
「俺は……泣いてるのか?」
無意識の内に溢れ出て来る大粒の涙は留まるところを知らず、スミス自身もそれを止めることは出来なかった。
ほんの僅かだが、意識が戻る。彼は火傷で引きつった左手をどうにか動かして、その手の中あるものを見た。全身包帯だらけのスミスの手に握られていたのは、ポカホンタスがくれた羽根……二人の絆の証だった。ボートの炎上で一部が黒く焼け焦げてしまっているが、これだけは失うまいと本能的に守っていた。この羽根があれば彼女と繋がっていられる、彼女と一緒にいたことを証明出来るから……スミスに取っては何物にも代え難い宝物であった。
「ポカホンタス……俺は……」
一六〇九年十月。スミスを乗せた船の出航を知らせる号砲の音が、バージニアの地に別れを告げた。そして、彼が戻って来ることは二度となかった……。
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(2022.04.04)
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