風の歌よ、大地の慈しみよ

神能 秀臣

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レベッカ・ロルフの章

連れ去られたポカホンタス

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 スミスが負傷して帰国を余儀なくされた頃、不安気な表情で空を見上げる少女がいた。
 ポカホンタスだ。彼女は生きていた。
「スミス……」
 ポカホンタスは、ジェームズ川と並行するように流れているパムンキー川、マタポニ川、ラパハノック川の更に北の方角に位置するポトマック川の上流に住むポトマック族と言う部族の村に身を寄せていた。
 スミス殺害をギリギリのところで阻止された一部の部族は、彼女を裏切り者として処分しようとしていた。父であるポウハタンも愛する実の娘とは言え、今回ポカホンタスがやったことを擁護し切ることは出来なかった。
 これを聞いた大多数の部族の族長達が、彼女を許すよう主張した。ポカホンタスとスミスの仲を応援していたポーチンスをはじめ、呪術師も彼女を処分することによって得られるものはないと進言した。ポカホンタスは、部族連合に属する多くの人々から愛されていたのだ。
 彼女の処遇を巡って、部族同士は何度も意見をぶつけ合った。そして、とうとうポカホンタスを処分するべきだと主張していた部族側が折れ、彼女は晴れて自由の身となった。
 だが、また同じようなことをされて勝利出来る機会を逃しては、元も子もない……そんな一部の部族の意見を聞き入れたポウハタンは、ポカホンタスをウェロウォコモコから追放し、白き者達と接触する可能性が極めて低い遠方の部族に預けることにした。それが、ポトマック族だった。
「これならポカホンタスも処分を受けず、部族全体も納得するだろう」
 ポウハタンは、取り敢えず娘の問題は解消出来たと一安心した。
 ポトマック族は、部族連合に属する部族の中では最大級の人口を持つ部族で、実り豊かな広大な土地で平穏に暮らしていた。彼らの村はジェームズタウンから大きく離れた所に存在しており、それ故に白き者達との接点もこれまでなかった。
 愛するポカホンタスの安全を確保する為、ポウハタンはポトマックの族長に話を通していたのだった。
 ポカホンタスは、ポトマックの村でスミスの無事を祈っていた。そして、彼の優しい透き通った声を思い出していた。
「僕の名は、ジョン・スミス……」
 彼女が初めて聞いたスミスの声は、今も記憶の中から一片も消えることなく残り続けていた。
 村の近くにある森へ出かけたポカホンタスは、スミスにもらったガラス玉を空にかざして眺める。彼から初めて受け取った思い出深い物である故に、ポカホンタスはいつも肌身離さず持ち歩いていた。ガラス玉を覗いて見ると、そこにはスミスの笑顔や冒険に出かける姿、植民地の為に汗水流して働く姿……その全てが映り込んでいた。
 知らない言葉を心で理解し、それを互いに教え合い、ポウハタンの森を駆け回り、山の頂で風の歌を聴いたことが、幾度となく彼女の中で甦った。
「スミス……あなたは今、何処にいるの?会いたい……会いたいよ……」
 ポカホンタスは、スミスに会えない日々を嘆き、悲しんでいた。
 出来るなら、村を抜け出してスミスのいるジェームズタウンまで走って行きたい。
 だが、それも叶わぬことであった。何故なら、父であるポウハタンに「ポカホンタスが無茶をしないよう見張っていてくれ」と頼まれていたポトマックの人々が常に彼女を監視していたのだ。
 今逃げれば、次は確実に命がないだろう。ポトマックの人達にも迷惑をかける訳には行かない……そう思いながら、彼女は仮初めの自由の下でスミスが迎えに来てくれるのをただひたすらに待っていた。
 そんなある日、ポカホンタスの元へ来客が一人訪れる。
「よぉ、ポカホンタス」
「!アリーヤ……」
 来客の正体はアリーヤだった。腰にはビリーからもらった銃を納めるガンベルトの他に、風呂敷のような包みを巻き付けている。まるで何処かへお使いに出かける様な恰好だ。
 魂が抜けたようにボンヤリとしていた幼馴染に、アリーヤは言う。
「どうしたんだ、腑抜けた面なんざして。いい女が台無しだぞ」
「アリーヤこそ、その恰好どうしたの?何処かへ出かけるの?」
「まぁな。ちょいと世界を見てみたくなっちまってね……その前に幼馴染の顔を拝んでおこうと思って寄ったんだ」
「世界!?」
 アリーヤの思わぬ発言に、ポカホンタスは目を丸くした。勇猛果敢なポウハタンの戦士として、これまで部族連合の為に尽くして来た彼女が急にそんなことを言うなんて……ポカホンタスは理由を尋ねる。
「一体どうして?あなたが故郷を捨てるなんて……」
「別に捨てる訳じゃねぇよ。ただ、白き者達との戦いを潜り抜けてポウハタンの地と皆を守るには『世界を知ること』も大事だ。アタシは大義を掲げて、堂々と出て行くんだ」
「でも……!」
「んな顔すんなよ。幾ら仲が良くても、いつかはそれぞれの道を行かなきゃならねぇんだ。それがこの時だったってだけのことさ」
「アリーヤ……そう。あなたがそう言うのなら、私は止めないよ!アリーヤの旅が上手く行くよう、祈ってる」
 ポカホンタスはうるんだ眼を擦って、アリーヤの旅立ちを祝福した。この場に涙はいらない……友達である限り、どんなに離れていても心は繋がっているんだ。二人は胸中でそう思った。
「出立はいつ!?」
「これからこのまま!……と言いたいトコだが、軽く寄り道してから行くわ」
「寄り道って?」
「後始末」
 アリーヤはそれだけ言い残して、元来た道を引き返して行った。
 この別れこそが、二人に取って永遠の別れになったのであった……。

                  ★

 その頃、ジェームズタウンでは入植者達の間に不穏な噂が広まっていた。
 植民地から脱走を図り、その道中でポウハタンの戦士から攻撃を受けたスミス。所持していた弾薬の爆発によって瀕死の重傷を負い、それが元で右腕と右脚、更に右目を失い、まともな手当てを受ける為に本国へ戻る船に乗った彼が大西洋の海上で容態を悪化させ、そして遂に故郷を見ることもなく死んで行った……そんな噂が、ジェームズタウンを駆け巡った。
「スミス前議長が死んだ……」
「あの人がいなくなったら、俺達はこれからどうすりゃいいんだ!?」
 スミスを支持していた男達は、それを聞いて深く絶望した。
 彼の死に関する噂は忽ち広まり、同時に「もう頼りにしていたスミスが戻って来ることはない。つまり、スミスと親しくしていたポカホンタスが助けてくれることもない。これからは現議長であるパーシーに従って行く以外、道はないのだ」と言う認識を植え付けて行った。
 そうして混乱する入植者達の姿を見て、ほくそ笑んでいる男がいた。パーシーである。
「クハハ、馬鹿な奴らよ!あの噂を流した張本人が私だとも知らずに……ああ言う都合の悪い情報を流しておけば、植民地の男達は全員私を支持せざるを得なくなる。困窮してる奴を騙すのは簡単なものだ!」
 そう、スミスが死んだと言う噂を流したのは、パーシーだった。彼はジェームズタウンの男達を完全に支配下に置き、自分の立場を誇示しようとしたのだ。
 更にジェームズタウンだけに留まらず、その噂はパーシーによって、ポウハタン側にも巧妙に知らされることとなった。これには、「ポウハタンが交渉すべき相手は、最早スミス個人ではなくバージニア統治評議会と言う組織である」と言うことをポウハタンの人間に強く印象付ける為の意図も含まれていた。
 だが、その考えは甘かった。
「そうか……スミスの奴は逝きおったか」
 噂を聞いた戦士から知らされたポウハタンは物悲し気な表情を少しだけ見せると、強い意思を秘めた瞳でジェームズタウンへの総攻撃に加わることを決めた。
 彼は後に、侵略を拡大する白人達に次のような言葉を投げかけている。
「お前達の到来は、交易の為などではない。私の同胞を侵略し、私の国を占領する為だ。私にはもう三度に渡って全ての同胞の死があった。平和と戦争の違いを、私は他のどの部族よりもよく知っている」
 自分達の好意を踏みにじり、破壊と蹂躙を繰り返す白人への恨みと憎悪はポウハタンの中で増長し、前述の言葉と共に彼を戦いへ誘わせたのであろう……。
 最早話す相手はいないと悟ったポウハタンは、それまで静観を決め込んでいた重い腰を上げて、既に戦っている部族に加勢した。彼とその部族が参戦したことにより、ジェームズタウンは今まで以上に激しい戦いを仕掛けられることとなった。
 考えられる限りのあらゆる手段を用いて襲撃を繰り返し、白人達から武器を奪い、嘗て自分達がされた時と同じように人質を捕らえた。
「スミスは死んだ!もう白き者達の中に、我々と話の通じる者は一人もいない!奴らを殺せ!奴らの武器を奪うのだ!」
 ポウハタンの戦士達は、ジェームズタウンの男達が持つ火を吹く杖……マスケット銃を取り上げれば略奪を防げる上に、彼らも自分達の地から追い出せると考え、片っ端から武器を奪った。
 結果的にパーシーがやったことは、完全に裏目に出ることとなった。
 更に拡大し続ける戦争以上にジェームズタウンを追い込んで行ったのは、またもや飢餓と病であった。同年の春以来、スミスが(強引ながらも)推し進めて来た労働政策によって男達は畑を耕したが、その収穫には失敗した。結局、素人同然の彼らが耕した畑では、何一つ実りを得ることが出来なかったのだ。
 その上、この頃のジェームズタウンには、新バージニア会社が大々的に送り込んだ補給船によって、新たに五百人を超える入植者が上陸していた。激戦に次ぐ激戦で、食糧も残り僅かとなっていた時期……それなのに人口は以前と比べ物にならない程膨れ上がっていた。明らかに残りの食糧と植民地内の人口が釣り合わなくなっている状況に、そこにいる誰もが遠からず絶望的な飢餓に襲われることを予期していた。
 飢餓だけではない。マラリア菌を運ぶ蚊による黄熱病が植民地内に蔓延した。嘗てビリーが危惧していたことが現実になったのだ。
 一六〇九年十月中旬。帰国したスミスと入れ替わる形で新たに加わった入植者達に取っては初めての、そして最初に上陸した男達に取っては三度目の冬が、もう目前まで迫っていた。
 住民が次々と倒れて行く状況に、パーシーはほとほと困り果てた。鬼気迫る命の獲り合いをしている相手から冬を越す食糧を分けてもらう訳にも行かず、途方に暮れていた時、評議会に部族連合から思いも寄らない言伝が届いた。
「部族連合に属する族長達は、あなた方に食糧を提供したいと話しております。ただし、条件として鉄や銅で出来た製品を持って来ること」
 それだけ言い残すと、部族連合代表でやって来た使者は帰ってしまった。
 パーシーは、直ちに交易品を積めるだけ積み込んで、船を出すことを決めた。数ヶ月前、スミスが同じ目的でポウハタンの待つウェロウォコモコを訪ね、そして騙し討ちに遭いかけたことをパーシーは忘れていた。否、厳密には忘れてなかったのだが、追い詰められた植民地を何とかする為には、部族連合の言葉に乗るしか道はなかったのだ。敵の情けを受けなければならない程に、パーシーが率いるジェームズタウンは弱り果てていた。
「しかし、野蛮なインディアンの考えることだ……取引すると見せかけて、こちらを騙し討ちにする気かも知れん。ここは一つ、あの男・・・を使うとするか……」
 パーシーはある考えを思いついた。
 その日の午後、ジェームズタウンから二隻の船が出航した。その内の一隻は、新たな入植者達と共に再びジェームズタウンへ戻っていたラトクリフが率いていた。
 パーシーはスミスと違って自ら船に乗り込むことはせず、二隻の船に六十人前後の人間を乗せて送り出したのだ。当然、生きて戻って来ないことも視野に入れた捨て駒として……。
 案の定、川を遡って森の奥地へと入って行った二隻を待っていたのは、食糧の山でも歓迎の宴でもなく、血にまみれた殺戮だった。彼らを待ち伏せしていたポウハタンの戦士達は無数の矢を雨あられのように降らせ、ジェームズタウンの男達を皆殺しにしようとした。
 これによって二隻の船は航行不能となり、片方の乗組員が全滅する結果となった。
「クソッ!野蛮なインディアンめ……よくも我々を騙し討ちにしてくれたな!」
 辛うじて船から脱出していたラトクリフは、生き残った数名の部下と共に森の奥へと逃れていた。逃げる途中で一人とはぐれ、更に一人が捕虜となった……この状況でポウハタンとの交渉など不可能と言っても良いと判断したラトクリフは、徒歩で森を迂回しつつジェームズタウンへ戻ることにした。
 その時、突然銃声が森の中に何発も響き渡り、ラトクリフを驚かせた。同時に彼と共にいた部下が全員その場に崩れ落ちる。いずれも眉間に穴が開いていて、即死だった。
「どこに隠れてる!?出て来い、この卑怯者の野蛮人共め!!」
 ラトクリフはマスケット銃を構えて、恫喝した。複数の同伴者を一度に射殺したのならマスケット銃を持った敵は複数いる筈……そう考えた彼は木の陰に身を隠した。
「卑怯者ぉ?ケッ、今までその武器を使って一方的にアタシの仲間を殺して来た奴から、そんなことを言われるなんてなぁ……こりゃ、お笑いだね」
 森の奥から聞こえて来たのは、少女の声。その口調は、嘲笑を通り越して呆れているようにも聞こえた。そして、ラトクリフの言葉に応えるように声の主が姿を現す。
「!貴様は……」
 ラトクリフは驚きの余り、木の陰から身を乗り出した。部下を一瞬で全滅させた少女の正体はアリーヤだった。その両手には、愛する者からもらった回転式拳銃と自動式拳銃が握られている。彼女の周囲に他の仲間はいない。動揺するラトクリフに対して、アリーヤは言う。
「どうしたよ?アタシみたいな小娘一人に仲間を全滅させられたのが、そんなに驚きか?」
「ほざけ!野蛮なインディアン風情をこの私が恐れると思うか!死ねぇっ!!」
 ラトクリフは、マスケット銃の銃口をアリーヤに向けると、躊躇なく発砲した。だが、それが彼女を貫くことはなかった。アリーヤは溜め息をつきながら言う。
「ったく……テメェは本当に救いようのない野郎だぜ。スミスの奴からテメェが戻って来ると聞いた時にゃ、マジかと思ったわ……同時にちっとは改心したかと期待してたんだが、全然変わってねーのな。アイツらみたく、平和ボケした考えを持ったアタシが馬鹿だった」
 彼女の持つ自動式拳銃の銃口からは細長い煙が出ていた。ラトクリフのマスケット銃から放たれた弾は、アリーヤの拳銃の弾によって撃ち落とされていた。アリーヤは両手の二丁拳銃をガンスピンさせて腰のホルスターに納めると、背中にかけていた蛇腹剣を抜いた。
 ラトクリフは部下の死体から剣を取ると、その切っ先をアリーヤに向ける。
「くっ、来るなぁっ!来るな来るな来るなぁっ!!」
 ゆっくりと近づく彼女に対して、駄々をこねた子供のように剣を振り回しながら喚く。
「この私を誰だと思っている!?バージニア統治評議会議長にも上り詰めたジョン・ラトクリフだぞ!その私が貴様ら……貴様らごときにぃいいいっ!!」
「その傲慢な態度は相変わらずですね。ラトクリフ議長」
「!?」
 何処からともなく声が聞こえた。今度は若い男の声。仲間がいたと思ったラトクリフは周辺を見やる。彼の心情を読んでいるかのように、謎の声は言う。
「安心して下さい。僕は増援の戦士じゃありませんよ。それに、姿が見たいのなら出て来てあげます」
 その言葉と共にアリーヤの近くにある木の裏から、ゆっくりと人影が姿を現した。
 ラトクリフ達と同じ白い肌に眼鏡をかけた知的な青年……正体はウェロウォコモコの一件で行方不明になっていたスミスの友人、ビリー・ストラトスだった。
 意外な人物の登場により、ラトクリフは混乱する。
「どう言うことだ!?ジョン・スミスの報告書では、貴様はインディアンに捕まって殺されたと記されてあったのに……」
「確かに捕まってましたよ。でもアリーヤが助けてくれたお陰で、この通り生きてます」
 ビリーは、あの夜の出来事を全て話した。
 彼はあれからポウハタンの戦士達に捕らえられ、スミスの時と同様に牢屋に入れられていた。度重なる尋問の中で精神を摩耗していたビリーを見かねたアリーヤは、スミスがジェームズタウンから脱走した夜に彼と別れた後、牢屋の鍵を開けてビリーを救出した。
 この時に彼を安全な場所へ避難させる意味も込めて、旅に出ることを決めたのだ。植民地にビリーを戻したところで、また戦いに巻き込まれることは分かっていたからである。
 救出されてからはアリーヤによって、精霊の森で匿われていた。あの森は殆ど人が立ち寄ることのない聖域のような場所であり、それが却ってビリーの身を助けることとなった。
 真相を聞かされたラトクリフは怒りの矛先をビリーに向ける。
「……とすると、貴様はバージニアもジェームズタウンも捨てて、そこの小娘と逃げようと言う訳だな。国王陛下を裏切って逃亡を企てるとは……この裏切り者め!!」
「ラトクリフ元議長……いつまでそんなものに縛られてるつもりですか?勝手にポウハタンの地に上がり込んで、侵略行為に及んで……」
「知ったようなことを!」
「あなたはもう、このバージニアには不要なんですよ。今まで殺して来た人々の命を罪として背負って、表舞台から退場するべきなんです!」
 ビリーはラトクリフを睨みつけて、糾弾した。その時だ。
 遠くの方から野太い男の声が幾重にも重なって響いて来た。ラトクリフとアリーヤの起こした銃声が、周辺を探索していた戦士達の耳に入ったのだ。
 アリーヤは無言でビリーを下がらせると、冷静な口調で言う。
「ま、騒がしくなって来たことだし……問答はここまでだな。形見にその首、寄越しな!」
 そう叫んで、剣を振るった。変幻自在に伸びて曲がる刃と言うだけでも、ラトクリフの虚をつくことは容易かったが、アリーヤは彼がリアクションを取る暇すら与えることなく、巧みに刃を操った。伸びた刃は本物の蛇の如く、ラトクリフの全身に絡みつく。
 動けない彼に対して、アリーヤは笑みを浮かべながら言う。
「へへッ。アタシが武器コイツを引っ張ったら、テメェはバラバラだ」
「ウッ……グッ……貴様らみたいな餓鬼に、この私が……っ」
 自身の身体に刃が食い込む痛みに呻き声を上げながら、ラトクリフは二人を睨みつけた。その情けない姿に、ポウハタンの森を荒らし回っていた嘗ての面影はない。
「まぁな……ビリーやスミスを青二才呼ばわりしてたテメェだ。このアタシのことも餓鬼に見えんだろうが……アタシから見りゃ、テメェはただのズレたオッサンだ。だから、今ここでアタシに殺されかかってる」
「……ッ!」
「そんじゃあ……あばよ!アタシが今までった奴らの中で、テメェが一番歳食ってて、一番意地汚くて……そんで、一番ムカつく野郎だったぜ!!」
 今までラトクリフから受けた仕打ちを倍にして返すかの様に、アリーヤは力いっぱい剣を引いた。バージニア上陸以来、スミスやビリーと対立し続け、ポウハタンの地に住まう人々を野蛮な存在としか見られなかった男の哀れな末路であった……。
 この一件で約六十人いた男達の内、ラトクリフを含む九割以上が殺され、一人は包囲されて捕虜となり、最終的に生きて帰れたのは途中でラトクリフ達とはぐれた一人だけと言う、あまりにも悲惨な結果となってしまった。
 たった一人逃げ切って戻って来た男から事の一部始終を聞かされたパーシーは、自分が出向かなくて良かったと安堵すると同時に、最後の望みを絶たれたことで絶望した。もう冬を越す為の手段も可能性も残されていない……パーシーは生きる希望をなくし、すっかり抜け殻のようになってしまった。
 他の男達も、生きて次の春を見ることは完全に諦めかけていた。

                  ★

 一六〇九年から翌一〇年の冬は、ジェームズタウン史に残る中でも最も過酷で悲惨な時期とされる程のおぞましい冬となった。
 新バージニア会社によって送り込まれた五百人以上の入植者達がジェームズタウンに加わることとなったが、冬に入る前にポウハタンの戦士との戦闘や黄熱病等の疫病によって、その数を三分の二まで減らし、更に半年後にはたったの六十人にまで減少してしまった。
 植民地内の一角には死んで行った何百と言う人間が埋められ、そこは開拓者達の無念が滲み出るように不気味な場所となっていた。死者が出るとゴミのように引き摺り出され、直ちに埋められたが、飢えと病が原因で死体を埋葬するだけの力を持つ者もいなくなって行った。
「何でこんな所に来てしまったんだ……!」
 ある者はそう嘆き、海を渡ってバージニアに来たことを後悔した。
「この世に神はいない……神は死んだ!」
 ある者はそう叫び、感情のままに聖書を破って焚き火にくべた。
 何とか生き延びていた者達は、四方八方から敵が襲い来る森の中を彷徨い続け、口に出来そうな物を手当たり次第に貪った。その内容も蜘蛛、鼠、蛇、馬の生皮と、どれもまともな食べ物とは呼べないような物ばかりであった……。
 中には戦闘で倒したポウハタンの戦士……つまり、人肉まで食らって腹を満たそうとする者までいた。人は極限状態の中に置かれると、生き残る為に理性よりも本能が優先して働くと言われているが、彼らは正にそのような状態にあった。
 そんな悪夢の冬も過ぎ去った一六一〇年五月。
 ニューポート船長が指揮を執るデリヴァランス号がようやく到着したが、途中アクシデントに見舞われバミューダに漂着して冬を越した為に、植民地に送る為の食糧を僅かしか積んでいなかった。
 同じくデリヴァランス号と行動を共にしていたパティエンス号もバミューダ漂着寸前まで一緒にいたのだが、こちらは行方不明となっている。
 長く厳しい航海の中、飢餓と病の苦しみに晒されながらも植民地に上陸して、やっとの思いで彼らが目にしたのは、この世のものとは思えない恐ろしい光景だった。
「オ、オイ……何だよ。コイツはよぉ!」
「俺達は地獄に来ちまったのかぁっ!?」
 男達は口々に自分の目で見たことをありのままに喋った。
 そこは生きてる人間の住処とは呼べない、荒れ果てた砦の跡地だった。この場所で戦争でもあったのかと見紛うような有様で、砦の中に入った瞬間から嫌な臭いが鼻についた。
 焼け焦げた木の臭いの他に、何か・・の血と肉が交じり合ったような腐臭……余りの状況に、その場で嘔吐する者までいた。外敵の侵入を防ぐ為にジェームズタウンの周囲を囲んでいた丸太の防護柵は破られ、出入口の門も完膚なきまでに破壊されていた。
 建物は殆ど無人の廃屋と化しており、焼け落ちて崩れ落ちているものもあった。
 奥へ進めば進む程、内部の現状は明らかなものとなって行く。植民地のあちこちには、捨てられたかのように死体が無造作に転がっていた。デリヴァランス号に乗って来た男達に医学的知識などなかったが、それでも死体の腐乱状態等から、ここで何が起こっていたのか想像することは容易に出来た。
「オイ!こっちに生存者がいるぞ!」
 ジェームズタウン内部には辛うじて生き残っていた者もいたが、いずれも余命幾ばくもない程に衰弱していた。
 ニューポートと共にデリヴァランス号に乗っていた、バージニア最高評議会総督代理のトマス・ゲイツは砦の惨状を目の当たりにして、直ちに半死半生状態で発見されたパーシー達を招集、彼らと今後の対策を話し合った。だが、補給船は物資を殆ど積んでおらず、植民地も壊滅同然の状態と言う絶望的な状況から、ポウハタンの攻撃を対処しながらこれ以上出来ることはないと、最終的に結論が出された。
 とにかく今は、六十人いる生存者を救出することを優先しよう……ジェームズタウンに足を踏み入れたデリヴァランス号の乗員全員の意見が一致した。
「終わったな……こんな状況じゃ、開拓事業どころじゃねぇよ」
「何も得る物もなく、手ぶらで帰国かぁ~……まぁ、こんな所で惨めに死ぬよかマシだな」
 新しい入植者達は植民地運営の失敗をボヤきながら、辛うじて生き残っていた六十人程の生存者達を救出し始めた。
 生存者達を全員船に乗せると、ニューポート達はジェームズタウンの犠牲者とも言える者達に黙禱を捧げた。ニューポートは、ふと空を見上げる。すると、空を覆う灰色の雲がまるで無数の人の顔のように見えた。更に、砦の中に吹く風も人の呻き声のように聞こえる。
 早いところ、ここから引き上げよう……そう思いながら、男達は植民地を放棄して船に乗り込んだ。開拓者達を乗せた船はジェームズ川を下り、大西洋へ出る。だが、ジェームズタウンの歴史はまだ終わらなかった。
 デリヴァランス号が大西洋の沖へ出てしばらくした時、バージニア最高評議会の総督であるデラウェア卿ことトマス・ウェストが食糧や医師等百五十人を超える入植者を乗せて姿を現したのだ。鉢合わせしたニューポートは訳を話したが、総督や彼を支持する者達はジェームズタウンの放棄を認めなかった。
「ジェームズタウンにおける最高権限は、これより私に移るものとする!勝手に植民地から撤退することは許さん!」
 彼はそう言うと、帰国したがっていたパーシー達六十人程の生き残りの言葉もスッパリと跳ね除け、ニューポートの乗るデリヴァランス号を強引に引き戻させた。
 一度は放棄され、完全に滅んだかに見えたジェームズタウンであったが、これよりバージニア最高評議会初代総督デラウェア卿の統治により、新たな道を歩んで行くこととなる。

                  ★

 デラウェア卿による新たな植民地経営はポウハタンを刺激し、警戒を強めさせた。
 彼はスミスがやって来たような食糧確保の為に下手に出るようなことはせず、武力チラつかせながらポウハタンを脅したのだった。
「貴様らに与えられた選択肢は二つ!イギリスの傘下に下り我々と交易をするか、重大なる結末を迎えるか……どちらか一つだ」
 何故、デラウェア卿がそれまでの評議会議長達と違って、ポウハタンの部族連合に対してここまで強気になれたのか。その答えは入植者達の質が高まって自給自足の為の手段を確保したから……ではなく、本国のバージニア会社が次々と人員や武器を送り込み、ジェームズタウンに対して全面的なバックアップを約束していたからであった。つまり、「数の暴力」による強行策を実行しようとしていたのだ。
 現に彼がジェームズタウンを統治し始めて以降は、ポウハタンに対して有利に立ち回ることが出来、廃墟同然の状態だった植民地内も元通り以上の状態まで復興することが出来た。
 イギリスが際限なく送り込む無尽蔵の戦力を相手に、部族連合の要であったアリーヤが不在のポウハタンは次第に追い込まれ、自然豊かな彼らの地はゆっくりと奪われて行った……。
 そんな強行策を敷いていたデラウェア卿も一六一一年の五月に、病気で倒れ本国へ帰国することとなり、代わりに若き海軍司令であったトマス・デールが総督代理に就任してから、ジェームズタウンは更に発展して行った。
 このデールと言う男、元々はレスター伯爵であるロバート・ダドリーの下でイギリス軍と共にネーデルラント(オランダと現代のベルギーの一部)の兵役に就いていた。
 彼の類稀な戦いの才能と内に秘めたる大いなる野望に惹かれて、デールの周囲には常に人が集まっていた。だが、その一方で「戦いの中で俺に勝てるのは俺だけだ」と豪語する傲慢な側面も併せ持ち、国王をはじめとする王室の人間以外には常に不遜な態度を取っていた。
 だが、そんな性格を除けば彼はスミスと似たような経歴の持ち主だったのである。
 事前に統治評議会の頃からの政策内容を聞いていたデールは先ず、『働かざる者、食うべからず』の言葉で有名なスミスでもやらなかったような軍隊式の厳格な規律を設け、様々な可能性に死刑を適用、労働意欲のない入植者達を統率した。
「お前らの中にはスミスの政策を厳しいと評する者もいるんだろうが、俺にしてみりゃ奴のやり方はまだまだ生温い。言っとくが、俺はスミスアイツのように優しくはねぇぞ」
 そう言って、デールが定めた規則は入植者達を戦々恐々とさせるものであった。
 その一部を挙げるだけでも、
「植民地からの脱走を企てた者は死刑に処す」
「食糧倉庫に貯められている食糧を盗んだ者は死刑に処す」
「国王ジェームズ一世に対する敬意を示さない者は死刑に処す」
 と言うものであった。
 そんな状況の中で、再出発したジェームズタウンの立場を更に有利にして行く為の計画が実行に移されようとしていた……。
 一六一二年某日。サミュエル・アーガルはトレジャラー号に乗ってポトマック川を遡り、ポカホンタスのいるポトマック族の村へと足を運んだ。そう、彼はポカホンタスを誘拐しようとしていたのだ。
 この頃には多数の入植者が戦いの中でポウハタン側に捕らえられ、イギリス人達は「部族指導者(実際は違う)」であるポウハタン酋長の娘……つまりポカホンタスを人質に取れば、ポウハタン側は屈服するだろうと考え、ポウハタン族に捕らわれた入植者の身代わりとして彼女を誘拐する算段を立てていた。
 二年前にデラウェア卿を船に乗せてバージニアの地を案内していた彼はポトマック川に迷い込み、その先でポトマック族と知り合った。そして彼らの話を聞く中で、ポトマックの村にポカホンタスがいることを突き止めたのだ!
 ポカホンタスの名前は、開拓初期のジェームズタウンを飢えと病から救った天使として本国であるイギリスにも伝わっていた。しかし、スミス達を部族連合の襲撃から救ったあの一件以来、ジェームズタウンの男達の前に姿を現わすことはなくなり、恐らくポウハタンに対する裏切り行為によって処刑されたのだろうと思われていた。
 そのポカホンタスが生きていることを知ったアーガルは彼女を誘拐して人質とし、それを材料にポウハタン側に捕われているイギリス人捕虜の解放や、奪われた武器の返還要求、更には食糧の調達等の交渉を有利に進めることが出来るのではないかと考えたのだ。
 それだけでなく、当初からバージニア植民事業における目的の一つであった「邪教を信じる野蛮なインディアンをキリスト教に改宗させる」為の第一段階としても、彼女を利用することが出来るのではないかとアーガルは考えた。実際、植民地の経営母体であるバージニア会社は、改宗させた少年少女を本国に送って欲しいと言う要望をジェームズタウンに伝えていた。
 彼らを広告塔として植民地の成果を広く知ってもらい、その効果を利用して更に多くの出資者を募集するつもりだった。
 アーガルはボカホンタスの誘拐計画をデラウェア卿に持ちかけたが、イギリスの武力による恐怖でポウハタンを縛り上げることに執着していた彼は乗り気にならず、結局はデールが指揮権を持つようになって、ようやくその計画が実行に移されることになったのだ。
「スミス前議長には悪いが、あの小娘にはイギリスの植民地開拓を円滑に進める為の有用な道具になってもらうとしよう」
 その非道な言葉と共に、アーガルは冷たい視線を森の奥へ向けた。
 一六一二年四月。
 ポトマックの村近くの岸に船を停泊させたアーガルは、ポトマックの友人が現れるのを静かに待った……。

                  ★

 ポカホンタスはポトマックの村にいる間、ヤパソースと言う男の元に身を寄せていた。ある日、彼女は長いこと世話になっているヤパソースから、誘いを受ける。
「妻が川岸に泊まっている白き者達の大きな舟を見に行きたいとうるさいんだ。君は白き者達のことをよく知ってる上に、彼らとも面識があると聞く。済まないが、一緒に行ってくれないだろうか?」
「私が……ですか?」
「そうだ。それに、舟には君と仲が良かったと言う男が乗っているかも知れない。長い間、村の中に軟禁されていた君に取っても悪くない話だと思うが……」
 ヤパソースはそう言って、ポカホンタスを誘った。彼の話によれば、ポトマックの族長と親しい白き者達が戦いの為にではなく交易の為にやって来ていると言うのだ。
「スミスが……!是非ご一緒させて下さい!」
 当然、ポカホンタスに断る理由などなかった。彼女は、その白き者達の大きな舟こそ彼女が待ち望んでいたものだとさえ思った。スミスも羽を広げた大きな舟に乗って海の向こうからやって来たのだ。ひょっとすると、それにスミスが乗っているのかも知れない。仮に乗っていなくても、スミスについて何かわかるかも知れない。ウェロウォコモコでスミスと別れてから既に三年もの月日が経過していた……。
 ポカホンタスは心なしか、もうすぐ彼に会えるような気がしていた。特に根拠がある訳でもない……だが、彼女はそんな僅かな希望を抱きながら、ヤパソース夫妻と一緒に急いで川岸へ向かった。こんな機会チャンスを逃せば、恐らく次は確実にないだろう。現在は全面戦争の真っ只中であり、当然危険も大きい……だが、スミスに会いたいと願う今の彼女の思いは、正に藁にも縋るものだと言っても過言ではなかった。
 川岸では既に大きな舟が一隻泊まっていた。アレが夫妻の言っていた舟……ポカホンタスは固唾を呑みながら、ゆっくりと歩み寄って行く。中から白い肌の男が下りて来た……が、それはスミスではなかった。
「こんにちは、船長のサミュエル・アーガルです。どうぞご自由に見学して下さい」
 アーガルと名乗る男は、スミスと同じ言葉を話した。ポカホンタスもそれは分かった。しかし、もう長いこと白き者達の言葉を聞いてなかったポカホンタスには、彼が言っていることをよく理解出来なかった。それでも、アーガルがどんな男なのか直感で知ることは出来た。
(この人……優しそうに話してるけど、何か悪いことを企んでる……?)
 紳士的な話しぶりとは裏腹に、いやらしい目つきで自分を見つめるアーガルのことをポカホンタスは警戒した。だけど、スミスの手がかりを得る為には多少の危険を冒す覚悟も必要だろう……そう思いながら、アーガルの船へと足を踏み入れた。
 イギリスの船自体はアリーヤと共に何度も遠目で見て来たが、実際に中を見るのは初めてであった。スミスもきっと、ポウハタンの地を目指す長い船旅の中でこんな光景を毎日のように見ていたのだろう……ポカホンタスは、そう思いながら自分とスミスを重ね合わせた。
 色んな部屋を歩き回っている内に、ヤパソース夫妻はポカホンタスを船の最後方に位置する部屋へ誘導した。そこは荷物を入れておく倉庫のような場所で、部屋の中も薄暗く、特にこれと言って見るべきものもなかった。
 不審に思ったポカホンタスは、ヤパソース夫妻に尋ねる。
「あの……ここには何があるんですか?」
「あぁ、それはね……」
 ヤパソースが答えようとした時、彼の妻が何処かに落とし物をしたと言って、夫を連れてそのまま出て行ってしまった。夫妻がその部屋を出た瞬間、扉に鍵がかけられた。扉が閉じられた小部屋の中は何も見えない暗黒の世界……闇がポカホンタスを包んだ。
「ちょっ……これは一体、どう言うことですか!?」
 ポカホンタスは固く閉ざされた扉を叩いて、外にいるであろうヤパソース夫妻に訴えた。
 だが、二人の返事は一向に返って来ない。それどころか、扉の向こうでは男女二人の声と足音が段々遠ざかって行くのが聞こえた。
 アリーヤなら、この程度の扉ぐらいなら軽く破れるであろう。だが、普通の少女であるポカホンタスには破るどころか、傷一つ付けられそうにもなかった。
「さぁ!約束通り、ポカホンタスは引き渡したぞ!早く例の物・・・をくれ!」
 ヤバソース夫妻はポカホンタスを部屋に閉じ込めると、報酬として約束していた銅製の交易品をアーガルから受け取り、急いで船を下りた。ポカホンタスは、しばらく何が起きたのか分からなかった。そんなことを考えている内に、船が岸を離れて川を下り始めた。
「ウソ……私、捕まっちゃったの!?」
 ようやくポカホンタスは、自分が白き者達に捕われたことを理解した。そしてヤパソース夫妻がアーガルと裏で繋がっていて、珍しい異国の品々欲しさに自分を白き者達へ売ったのだと確信した。出入口は自分達が入って来た扉のみで、窓はない。
 普通の者なら、ヤパソース夫妻がやったことを非道い裏切りだと思うだろう、突然敵である存在に拉致されたことに対して絶望感を抱くだろう。しかし彼女はヤパソース夫妻を恨んだり、その状況を恐ろしいものだと感じたりは決してしなかった。それどころか、スミスと会える機会チャンスを手にすることが出来、「寧ろ望むところだ」と立ち向かう気概さえ出していた。
 スミスを想い続けて三年余り……今再び、あの日に帰ることが出来る。ポカホンタスは暗く狭い船室で、壮絶な笑みとも呼ぶべき吹っ切れた表情を浮かべていた。
 長いこと自分を閉じ込めていたポトマックの村から解放され、愛するスミスをようやく捜しに行ける……ありがたいじゃない、そう言うのって!そんな激情を秘めていたポカホンタスの瞳は暗闇の中で美しく輝いていた。そこには最早、大切な男性ヒトが自分を迎えに来てくれることを待ち続けるだけのか弱い娘の面影はない。スミスの元へ飛び立つことを決意した一人の女性の強い心が、ただ希望のみを見据えていた。
 ポカホンタスの誘拐に成功したジェームズタウンは、ポウハタンに対してポカポンタス解放の条件を幾つも突き付けた。
「ポカホンタスの拘束は以下の要求を聞き入れることで解除される。一つはイギリス人捕虜の即時全員解放。もう一つはジェームズタウンから奪った武器や道具の返還。最後はトウモロコシをはじめとする穀類の全面援助……以上だ!」
 デール達ジェームズタウン側は、娘の身を案じてポウハタンが直ちにその要求の全てを聞き入れるものだと信じていた。
 だが、ポウハタンはポカホンタス誘拐の知らせを聞いて困惑したものの、ジェームズタウンの要求に対しては至って冷淡だった。監禁していた捕虜達は要求通り解放したが、武器を返還するつもりはなく、彼ら一人一人に持たせたマスケット銃は全て使いものにならないよう壊されていた。そして、ボート一隻分のトウモロコシは提供したが、それ以上は秋の収穫以降だと言って拒んだ。
「奴らはポカホンタスを人質として捕らえた。ならば、それを殺せば我々から報復を受けるであろうことも承知でいる筈……ポカホンタスを救出する方法を見つけるまでの間、何としてでも時間を稼ぎたい」
 ポウハタンは、その一方的な要求を満たさなくともジェームズタウン側に取って大事な人質である娘が手荒には扱われないことを読んでいたのだ。
 実際、彼の読み通り階級意識の強いイギリス人達は、ポカホンタスのことを「インディアンの姫君」として丁重に扱った。そして、ポウハタンがいつになっても要求を満たすつもりがないことを知ると、交渉を続ける一方で彼らはポカホンタスを別の目的に利用することを思いついた。「野蛮なインディアンをイギリス流に変身させる」と言うバージニア会社が望む、そのモデルケースにしようと考えたのだ。
 ポカホンタスは、ジェームズ川の上流に新しく作られたヘンリコ砦に送られ、そこにいたアレクサンダー・ウィテーカー牧師からイギリス上流階級の教育を受けることになった。そして、それは同時にポカホンタスに取って地獄とも言える日々の始まりであった……。
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