銀色の魔物

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73話

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 翌朝、早い時間にも関わらず既に活動している者は確かに多かった。いつもは宿屋兼酒場でサファルは簡単に朝食を済ませるらしいが「今日は市場で食べましょう」とカジャックに笑いかけてきた。

「分かった」
「賑やかで楽しいですよ。……カジャックは人が苦手だからもしかしたら全然楽しくないかもしれませんが……せっかくです、し」
「ああ、問題ない」

 せっかく町まで来たし、初めて森の外へ出たし、といった意味合いなのだろうなとカジャックはサファルに小さく微笑んだ。
だが数十分もしないうちに「問題ない」という言葉を打ち消したくなった。問題しかないとは言わないが、カジャックにとっては一大事だった。

「……、……ここは祭り会場なのか……?」
「えっと……いえ。日常です。祭りだともっと賑わいますよ」

 これ以上に?

 サファルの言葉に、カジャックは目を回しそうだった。目の前には人、人、人、だった。世界中の人間を寄せ集めたのかとさえカジャックは思ったが、更にこの上があるのらしいと知ると、驚愕でしかない。ただ、人が多すぎてむしろ人間だとあまり意識しないで済んでいるかもしれない。
 密集しているところで魔法を暴発してしまうのではないかという恐怖は幸い感じなかった。今まで一人で暮らしてきたから特に把握していなかったが、カジャックは自分が思っている以上に自分の魔力にずいぶん自信を持つようになっていたようだ。これほど人間がひしめき合っていても、カジャックの魔力に不安定さは皆無だった。これが自分で実感出来ただけでも、サファルについてきてカジャックとしてもかなり収穫があったように思う。

「大丈夫ですか?」

 連れて来たものの気にしているらしいサファルに、カジャックは口元を綻ばせながら頷いた。

「ああ、大丈夫だ。人の多さに気持ちは萎縮しているものの、魔力は安定している」
「そういうのって自分で分かるものなんですか?」
「分かるよ。……そうだな、サファルも腹が減ったり満たされたりって感覚は分かるだろ」
「はい」
「少し違うが、そんな感じみたいなものだ。目には見えないけど感じる」
「そうなんですね! でもそれって誰もが分かることなんです?」

 知らなかったことを知るのが好きなのだろう、サファルは目をキラキラさせながら聞いてくる。

「どうだろう。あー、いや、でも俺も昔はあまり把握してなかったかもしれない。慣れとかじゃないだろうか」
「魔力の強さとかじゃなく? 慣れなんですか?」

 あははと笑うサファルを、カジャックは不意に抱きしめたくなった。だがさすがに人でひしめき合っている中、突然抱きしめるようなことをするつもりはない。代わりに「ありがとう」と礼を口にした。

「え?」
「俺のことを思って、ついてきて欲しいと言ったんだろう?」
「い、いえ。俺が困ってたからです」
「普段のサファルならひたすら遠慮している」
「……う」
「おかげで見解が広がった。本当にありがとう」
「れ、礼なんていりません……言われるようなこと、ほんとに何も俺、してない……」
「そう、か。分かった。……そうだな、その上でお前の役に少しでも立てたなら嬉しい」
「それはめちゃくちゃ役に立ちましたよ!」
「ふふ」

 さすがに人間が平気になった、とは言えない。未だにやはり苦手だと思うし、この人で溢れ返る中にもし一人だったらこんな風に辛うじてでも平常心は保てなかっただろう。
 今はサファルと一緒にいて、そしてあまりに多すぎる人たちがかえって人間みを感じさせてこないのもあるが、こうして人間の中に自分が存在していることが少々信じられない、が嬉しくは思う。

「カジャック、これ! これ買って食べましょう」
「あ、あれも食べたい」
「ちょっとあれも食べてみます?」

 次から次へと色んな食べ物を発見しては嬉しそうに聞いてくるサファルに、カジャックは口元を綻ばせた。そしてサファルに出会えてよかったという気持ちがあらためて広がる。やはり他に比べても背が小さいからか、時折人込みに埋もれそうになりながら、カジャックは心底思っていた。

「いつも町へは一人で来るし、普段は朝市に来ることめったにないから、俺も人混みに流されそうです」

 その後も何度かはぐれそうになりながら、サファルが苦笑してきた。

「そうか。だったら手を繋ごう」
「え?」
「手を繋いだら少なくともはぐれないだろ」

 何故すぐに浮かばなかったんだろうと思ったが、そもそも普段はぐれそうな状況になることがないからだなとカジャックはすぐに納得した。そして手をサファルに差し出すも、サファルは真っ赤になりながら固まっている。

「……サファル?」
「デ」
「で?」
「デ、デートみたい……」

 絞り出すように言うと、サファルはますます真っ赤になっていた。凄く可愛く思えて、動揺しているサファルの手をカジャックはぎゅっとつかんだ。

「仕事も終わったしな。家に帰るまではデートだ」

 カジャックはつかんだサファルの手の甲を引き寄せ、軽く唇を押し付けた。そして、これ以上はないと思っていたサファルの顔がまた更に赤くなるのをほんのり心配になりながら見上げた。
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