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お泊り会
046 努力
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持参の寝巻から私服にモデルチェンジし、悠奈特性の朝食を頼りに和室へと足をのばした。彼女は『家のパジャマ借りてもいいよ』と譲歩してくれていたが、その気にはなれなかった。
コンセントを抜いていても騒ぎ出すスピーカーの不在で、悠奈宅は平静を取り戻した。室内に侵入したい蝉が大合唱している、自然の中だ。
窓に張り付いている昆虫たちは、これから猛威を振るう太陽光線から逃れたいのだろうか。内側から健介がはたく真似をしても、一向に引き下がらない。悠奈の家周辺に生息している虫は、根性も鍛えられている。
太陽が顔を出して久しい午前十時、外気は暖まり続けている。街中でアイスバーを舌で突く女子高生がちらほら見かけられる時期で、夏の到来を予期させる気温変化だ。
……でも、無駄な努力なんだな……。
断熱材など一枚も入らない、薄い木材で構成された一軒家。外の熱気が流入し、出て行かなくなるのだ。エアコンが取りつけられていない和室はどうなるか、皆まで語らなくとも察しが付く。
「……今日も暑いね……。うちわならいっぱいあるから、使う?」
「うちわコレクションを作る余裕があるなら、エアコン取り付けろよ……」
五枚を一気に扇ぎ、涼に当たる悠奈。夏の風物詩である。
健介は、まだ胃になにも入れられていない。朝方に出来たものを放置していたようで、今は温め直し中だ。出来立て詐欺として、緊急通報する権利は有している。
「……鍋見とかなくて、いいのか? そのうち沸騰して、具材だけ残ってるかも」
「そうなったら、その時だよ。……私も、何も食べてないから」
畳に寝転んで絵を描く悠奈は、腹のあたりをさすった。彼女の年齢でできちゃった婚は、そもそもが法律違反である。役所が認可を出してくれない。
ムードメーカーがいなくなり、ハプニングも起こらない。麻里を当てにしていたツケが回ってきた。
……暇だなぁ……。
節電の張り紙が貼られたテレビは、リモコンのボタンを押しても画面が映らない。温め直しで電気代を無駄に消費して、情報は何も得られないようになっている。
家庭に無頓着な悠奈は、普段何をしているのだろうか。
「……悠奈は、普段何してるんだよ。何もないのに……」
「そうかな……? 勉強三昧で、トイレに行く時間も惜しいよ……?」
彼女が起き上がり、タンスの取っ手を次々と引く。しまわれていたのは、参考書や筆箱であった。書店に並んでいるものを隅から隅まで買っても、タンス全てを埋め尽くす量にはならない。
アイコンタクトを取って、丁寧に『自習用』と書かれたノートを開く。教科書で面敷いたことのない数式や公式が、列をなしていた。
インクで印刷された文字ではなく、手書き。自ら編み出した計算式が付け加えられた自作参考書。ネットショッピングに出品すると、高値で落札されそうである。
……頑張らないと、出来ない子だから。
幼少期から鉢合わせの多かった健介は、周りの大人たちからどう悠奈が呼ばれていたかを覚えている。
『頑張ったら、出来る子なんだけど……』
子供心に突き刺さった、この一文句。興味を示さない事柄には一切手を付けない性格を、拡大解釈したものである。
事実、彼女は暗記科目での点数差が激しかった。好奇心をくすぶられる数学は高校内容まで手を出す一方、時事問題には疎い。理不尽に流れが変化する歴史は平均点スレスレでも、地球儀好きにはたまらない地理で盛り返す。
平坦でつまらない道は通らない。鉛筆片手に頬を突く彼女からは、そう叫び声が聞こえてきそうだった。
趣味に没頭したいのは、悠奈も他の高校生と大差ない。勤勉で真面目な子が動画視聴をしてはいけない法律があると思うなら、六法全書で頭を殴られてからにすればいい。
努力の結晶が、このタンスには詰まっている。泥棒に参考書類を盗まれた日には、この世から悪人が一人失踪するだろう。
「……勉強、そんなに好きじゃないんだけどね。でも、何も頑張れない人に幸運なんかついてこないから」
何年もかけて綴ってきた日記帳を謙譲させ、またもや畳に寝転び直した。
悠奈は、自己顕示欲をむき出しにしない。下手をすると、自慢の概念がインストールされていない可能性もある。
……頑張れない人は何もない、ねぇ……。
素人の健介がいくらサッカー教室に通っても、世界のプロサッカー選手には足元にも及ばない。一掴みの純金より磨かれた鉄の棒が高値にはならないのだ。
天才には、努力しても上回れない。そう言って最初から夢を追わない人々も、一定数存在する。遊戯に時間を費やしても無駄だ、と何事にも精力を出さない。
それが正しかったとして、得るものがあるのか。趣味の道をバリケードで塞いだ先に待っているのは、味気ない人生であると言うのに。
「……頑張るには、目標がいる。目標を作るのは、私自身。……健介、考え込むのもほどほどにね?」
「……いくら悩んでても、仕方ないしな……」
正解は、必ずしも手の届く範囲にあるとは限らない。地球温暖化が停止するのは、肉体と言う足枷を魂が解脱した来世にまでかかる。
その中で、自らが海面に立てた旗を目印に、オールを漕いでいく。がむしゃらに、命を燃やしていく。船上で怠け続けていても、立ち位置は変化しない。
「……あれ、健介のカバン? 高級そうな革だけど……」
コンセントを抜いていても騒ぎ出すスピーカーの不在で、悠奈宅は平静を取り戻した。室内に侵入したい蝉が大合唱している、自然の中だ。
窓に張り付いている昆虫たちは、これから猛威を振るう太陽光線から逃れたいのだろうか。内側から健介がはたく真似をしても、一向に引き下がらない。悠奈の家周辺に生息している虫は、根性も鍛えられている。
太陽が顔を出して久しい午前十時、外気は暖まり続けている。街中でアイスバーを舌で突く女子高生がちらほら見かけられる時期で、夏の到来を予期させる気温変化だ。
……でも、無駄な努力なんだな……。
断熱材など一枚も入らない、薄い木材で構成された一軒家。外の熱気が流入し、出て行かなくなるのだ。エアコンが取りつけられていない和室はどうなるか、皆まで語らなくとも察しが付く。
「……今日も暑いね……。うちわならいっぱいあるから、使う?」
「うちわコレクションを作る余裕があるなら、エアコン取り付けろよ……」
五枚を一気に扇ぎ、涼に当たる悠奈。夏の風物詩である。
健介は、まだ胃になにも入れられていない。朝方に出来たものを放置していたようで、今は温め直し中だ。出来立て詐欺として、緊急通報する権利は有している。
「……鍋見とかなくて、いいのか? そのうち沸騰して、具材だけ残ってるかも」
「そうなったら、その時だよ。……私も、何も食べてないから」
畳に寝転んで絵を描く悠奈は、腹のあたりをさすった。彼女の年齢でできちゃった婚は、そもそもが法律違反である。役所が認可を出してくれない。
ムードメーカーがいなくなり、ハプニングも起こらない。麻里を当てにしていたツケが回ってきた。
……暇だなぁ……。
節電の張り紙が貼られたテレビは、リモコンのボタンを押しても画面が映らない。温め直しで電気代を無駄に消費して、情報は何も得られないようになっている。
家庭に無頓着な悠奈は、普段何をしているのだろうか。
「……悠奈は、普段何してるんだよ。何もないのに……」
「そうかな……? 勉強三昧で、トイレに行く時間も惜しいよ……?」
彼女が起き上がり、タンスの取っ手を次々と引く。しまわれていたのは、参考書や筆箱であった。書店に並んでいるものを隅から隅まで買っても、タンス全てを埋め尽くす量にはならない。
アイコンタクトを取って、丁寧に『自習用』と書かれたノートを開く。教科書で面敷いたことのない数式や公式が、列をなしていた。
インクで印刷された文字ではなく、手書き。自ら編み出した計算式が付け加えられた自作参考書。ネットショッピングに出品すると、高値で落札されそうである。
……頑張らないと、出来ない子だから。
幼少期から鉢合わせの多かった健介は、周りの大人たちからどう悠奈が呼ばれていたかを覚えている。
『頑張ったら、出来る子なんだけど……』
子供心に突き刺さった、この一文句。興味を示さない事柄には一切手を付けない性格を、拡大解釈したものである。
事実、彼女は暗記科目での点数差が激しかった。好奇心をくすぶられる数学は高校内容まで手を出す一方、時事問題には疎い。理不尽に流れが変化する歴史は平均点スレスレでも、地球儀好きにはたまらない地理で盛り返す。
平坦でつまらない道は通らない。鉛筆片手に頬を突く彼女からは、そう叫び声が聞こえてきそうだった。
趣味に没頭したいのは、悠奈も他の高校生と大差ない。勤勉で真面目な子が動画視聴をしてはいけない法律があると思うなら、六法全書で頭を殴られてからにすればいい。
努力の結晶が、このタンスには詰まっている。泥棒に参考書類を盗まれた日には、この世から悪人が一人失踪するだろう。
「……勉強、そんなに好きじゃないんだけどね。でも、何も頑張れない人に幸運なんかついてこないから」
何年もかけて綴ってきた日記帳を謙譲させ、またもや畳に寝転び直した。
悠奈は、自己顕示欲をむき出しにしない。下手をすると、自慢の概念がインストールされていない可能性もある。
……頑張れない人は何もない、ねぇ……。
素人の健介がいくらサッカー教室に通っても、世界のプロサッカー選手には足元にも及ばない。一掴みの純金より磨かれた鉄の棒が高値にはならないのだ。
天才には、努力しても上回れない。そう言って最初から夢を追わない人々も、一定数存在する。遊戯に時間を費やしても無駄だ、と何事にも精力を出さない。
それが正しかったとして、得るものがあるのか。趣味の道をバリケードで塞いだ先に待っているのは、味気ない人生であると言うのに。
「……頑張るには、目標がいる。目標を作るのは、私自身。……健介、考え込むのもほどほどにね?」
「……いくら悩んでても、仕方ないしな……」
正解は、必ずしも手の届く範囲にあるとは限らない。地球温暖化が停止するのは、肉体と言う足枷を魂が解脱した来世にまでかかる。
その中で、自らが海面に立てた旗を目印に、オールを漕いでいく。がむしゃらに、命を燃やしていく。船上で怠け続けていても、立ち位置は変化しない。
「……あれ、健介のカバン? 高級そうな革だけど……」
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