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第1章 前世を思い出した悪役令嬢は、皇太子の執着に気が付かない
第9話 ルイス、足止めをくらう
しおりを挟むカリスマ性があり、文武両道。見目麗しく、紳士的。また、先見の明があり、決断力も兼ね揃えている。
そんなルイス皇太子殿下の評判はすこぶる良い。
ルイスには弟と妹がいるが、ルイスが非常に優秀であること、弟妹が後継者になることを望んでいないこともあり、皇位継承争いも起こらないだろう。
だが、誰もがルイス殿下へ持つ不満が一つだけあった。
それは、イザベル・マッカート公爵令嬢。彼女がルイスの婚約者であるということだ。
イザベルは社交界の問題児。下級貴族を蔑み、気に入らない者をいじめ、排除する。それなのにルイス殿下はイザベルを愛している。
誰もが思うのだ。イザベル以外の令嬢なら誰でもいい。お願いだから、婚約破棄をしてくれ……と。
そう願うのは、父である皇帝イグアスも同じだ。
「ルイス。お前もいい加減、イザベル嬢と婚約破棄しろ。他の令嬢ならば例え爵位が低くても良い。お前の好きな子を選べ。
最近、リリアンヌという令嬢と親しくなったと聞くが、彼女なんかどうだ?」
聞いた瞬間、イグアス皇帝は息子から明らかな敵意を含んだ視線を向けられた。それでも、その視線を無視して話を続ける。
「どうしてもイザベル嬢を手放せないのなら、側妃でも良いだろう?」
「……父上。俺が皇位を継ぐ条件をお忘れですか?」
ルイスは敵意どころか殺意のこもった目で父を見る。
「イザベルを俺の正妃にすること。もちろん、側妃はとらなくていい。もし、後継者に恵まれなければ、ルドルフかエリザベスの子に皇位を譲る……でしたよね?」
「だが、イザベル嬢に皇后は務まらん」
「ならば、俺がイザベルの仕事もするので構いません。それくらいの甲斐性は持ち合わせているつもりです」
わざとらしく溜め息を吐き、ルイスは殺意を引っ込めたものの、依然敵意は隠そうとしない。
「イザベルと結ばれないのなら、皇位はルドルフに継いでもらいましょう。あれも、後継者教育を受けてはいるのですから、どうにかなりますよ。
俺は別の国でイザベルと暮らします。爵位を用意して受け入れてくれると言う国もいくつかあるので安心してください。
間違っても後継者争いなんていうくだらないものにイザベルを巻き込みませんので」
ルイスの発言にイグアスは静かに目を瞑る。
親の欲目を引いても自身を含めた今までの皇帝のなかでルイスは群を抜いて優秀であろうことは確実だった。
イザベル嬢が例え正妃になろうとルイスが上手くやるという確信もある。
全てのことに秀でた我が子は何故、そんなにもイザベルにこだわるのか……どんなに考えても答えは出ない。これが恋というやつなのか。
少しの沈黙の後、今度はイグアスが長い溜め息を吐いた。
「そうだったな。お前の一番は民ではなく、イザベル嬢だもんな」
「そうですね。でも、民も大事にしますよ。皇族としての務めも果たします。
約束さえ守ってくださるのなら」
皇位を継ぐ者として間違った考え。それでも、イグアスはルイスに皇位を継がせたかった。
忘れはしない、あれはルイスがまだ6歳の頃のことだ。
イグアスから見てもルイスは驚くほど賢く、優秀だった。だから、試しに国税の一部の使い道をルイスに考えるように告げた。
本当に息子の提案を取り入れるつもりなどなかったが、一つの学びになれば良い、そんな考えだった。
だが、その時にルイスは綿密な計画が立てられた案を3つ持ってきた。
「父上。これが今、帝国にとって必要なことだと思います」
そう言って渡された提案書には
・孤児達の居場所の確保と浮浪者への支援
・上下水道設置への各領地への支援
・災害に強い作物、痩せた土地でも育つ作物の研究
この3つが書かれていた。
そして、その3つの計画はルイス主導のもと行われていった。
まず王都で試験的に空いていた建物を使用して孤児院を開設。
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それがやっと少しずつ身を結び始めている。
一つ、また一つと現実になる度にイグアスは畏怖の念をルイスに対して抱くようになった。
そして、ルイスが皇位を継げば、帝国がより良くなっていくのだと確信した。
「わしが悪かった。今言ったことは忘れてくれ」
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にこりと音が出そうなほど微笑んでルイスは立ち去った。
その後ろ姿にイグアスは頭を抱え、溜め息を溢したのであった。
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