6 / 8
婚約破棄した王太子のその後
一
しおりを挟む
「これで何人目だ…」
手足の指の数などとうに超えている。
王太子妃から王妃となった元男爵令嬢のカレンフィアは気に入らないと専属の侍女の首を切り続けていた。
初めこそ空席を狙って王妃付きになりたいという者は多かったのに、今では政敵の間諜すら来ない。
アレに機密を握らせていないのもあるが、大凡、陥れずとも勝手に落ちていくだろうと判断されたのだろう。
誰もつけないわけには行かない。
母に頭を下げ、母の優秀な女官を融通してもらうしかなかった。
ため息しかでない。
常識が無い所を可愛いと思っていた。
教養がないからなんでも目新しく感激していた。
無邪気を装った嫌味だと気づかず、周りに優しく振る舞う令嬢だと思っていた。
婚約者よりもカレンフィアが良いと、本気で思っていた頃の自分を殺したい。
かなり無理をして結婚にしたのに、頑張ると言っていた教育も仕事も一切を放棄して、衣装と装飾品ばかりを強請る強欲女に成り下がった。
王太子妃の頃はまだなんとか公務をこなせていた。
だから大丈夫だと思っていたのだが、側近たちが裏で手を回して王太子妃の体裁を整えていただけだった。
「婚約者だった公爵令嬢様が去る前に、我々に王太子妃として必要な事を叩き込んで下さったので。…ただ、王妃となると勝手が違って…」
知らなかった。
側近たちに言われるまで。
王太子だった自分の体調に合わせた茶葉を選ぶことから、王太子発案の政策の根回しまで、あらゆる事を陰ながら下支えしてくれていた。
そんな婚約者を切り捨てた。
若かった、など理由にならない。
ただひたすら愚かだった。
戻れるなら、…そう思い立った時にすぐに公爵家へ向かった。
「殿下、いえ、陛下。側室に、などと望まれても…うちに娘はおりません」
公爵は先触れなしに訪問した国王に驚きつつも、娘の所在について答えた。
王太子に婚約を破棄された女などいらぬと縁切りして追い出したという。
「はっ、…!?娘だぞ!そんな簡単に捨てるなどあり得ないだろう!?」
「それを貴方がおっしゃいますか」
公爵の言葉に口をつぐんだ。
「衆人環視の中あのような婚約破棄をされてしまえば貴族としてはもうまともな嫁ぎ先はありません。ならば市井で静かに暮らすほうが良いでしょう?」
「そんな、貴族だった彼女に平民の暮らしをさせるなど…なんという酷いことを!」
不憫さに顔をしかめたが、公爵は口角を上げて笑みを浮かべた。
「陛下は本当に娘の事を何もご存知なかったのですね」
公爵令嬢でありながら、領地では畑を耕し、料理を振る舞い、領民と鍋を囲むのだ。
泥塗れになっている時の笑顔が一番美しかったと公爵は語った。
「今は夫と子を持ち、家族で仲良く暮らしているようです」
嘘だ。
そんなことはありえない。
けして姿を見せないことを条件に公爵から教えられた場所に向かう。
城下でもわりと治安の良い地区。
小振りな一戸建ての家。
小さな庭は菜園になっている。
様子を窺うため距離をとり、遠視筒を使うと、はっきり確認できた。
これを覗き見たい方向に仕掛ければ、筒と紐でつながる四角い板に投影される仕組みだ。
そうして、その家の窓に久しい顔を見た。
婚約破棄を宣言してから会うことのなかった元婚約者。
彼女にぴったりと男がくっついていた。
後ろから彼女を抱きしめじゃれ合っている。
衝撃を受けた。
彼女は無感情な令嬢ではなく、ちゃんと笑っている。
男に胸を揉まれ怒る彼女も、
拗ねる男に呆れる彼女も、
上向いて男からのキスを待つ彼女も、
長く婚約していた期間に見たことがない顔ばかりだった。
二人は長く口付けたまま、その動きで啄むような軽い接触から深いものになっていく様がわかった。
「…陛下、もう戻りましょう」
護衛が声をかけるが気づかないふりをした。
二人が唇を離す。
男が後ろから彼女の腰を抱く。
頬を染めオンナの顔をした彼女は、前に手をついたようだった。
窓に映る彼らの姿は上半身しか確認できないが、盗み見ている者たちは当然察した。
俯き、顔が見えなくなった彼女と男の身体が小刻みに揺れる。
「陛下」
護衛が再度諌める。
それでも目を離さなかった。
永遠にも感じた時間は、彼女が仰け反り、その身体を男がきつく抱きしめ、前のめりに身体を倒し、二人の姿が窓から消えた事で終わりを告げた。
「…陛下」
「…あぁ」
ようやく護衛の声に答えた。
不憫な彼女を助けまいといきり立った正義感が急角度で萎えていた。
平民になれば不幸だと何故思ったのか。
平民の幸せを守る事のが国王の役割の一つであったというのに。
彼女は不幸でも不憫でもなかった。
自分は何をしにここまで来たのだったか。
知らず知らず、彼女の不幸を確認したかったのかもしれない。
そして、優しく手を差し伸べ不幸から救い出せば感激して戻ってくると疑わなかった。
「………城へ、」
帰城を指示した。
従者が遠視筒を片付けようと動く。
持っていた投影板の最後の映像は、
水槽の中で漂う海藻のように、窓に映る白い足先がゆらゆらと揺れていた。
手足の指の数などとうに超えている。
王太子妃から王妃となった元男爵令嬢のカレンフィアは気に入らないと専属の侍女の首を切り続けていた。
初めこそ空席を狙って王妃付きになりたいという者は多かったのに、今では政敵の間諜すら来ない。
アレに機密を握らせていないのもあるが、大凡、陥れずとも勝手に落ちていくだろうと判断されたのだろう。
誰もつけないわけには行かない。
母に頭を下げ、母の優秀な女官を融通してもらうしかなかった。
ため息しかでない。
常識が無い所を可愛いと思っていた。
教養がないからなんでも目新しく感激していた。
無邪気を装った嫌味だと気づかず、周りに優しく振る舞う令嬢だと思っていた。
婚約者よりもカレンフィアが良いと、本気で思っていた頃の自分を殺したい。
かなり無理をして結婚にしたのに、頑張ると言っていた教育も仕事も一切を放棄して、衣装と装飾品ばかりを強請る強欲女に成り下がった。
王太子妃の頃はまだなんとか公務をこなせていた。
だから大丈夫だと思っていたのだが、側近たちが裏で手を回して王太子妃の体裁を整えていただけだった。
「婚約者だった公爵令嬢様が去る前に、我々に王太子妃として必要な事を叩き込んで下さったので。…ただ、王妃となると勝手が違って…」
知らなかった。
側近たちに言われるまで。
王太子だった自分の体調に合わせた茶葉を選ぶことから、王太子発案の政策の根回しまで、あらゆる事を陰ながら下支えしてくれていた。
そんな婚約者を切り捨てた。
若かった、など理由にならない。
ただひたすら愚かだった。
戻れるなら、…そう思い立った時にすぐに公爵家へ向かった。
「殿下、いえ、陛下。側室に、などと望まれても…うちに娘はおりません」
公爵は先触れなしに訪問した国王に驚きつつも、娘の所在について答えた。
王太子に婚約を破棄された女などいらぬと縁切りして追い出したという。
「はっ、…!?娘だぞ!そんな簡単に捨てるなどあり得ないだろう!?」
「それを貴方がおっしゃいますか」
公爵の言葉に口をつぐんだ。
「衆人環視の中あのような婚約破棄をされてしまえば貴族としてはもうまともな嫁ぎ先はありません。ならば市井で静かに暮らすほうが良いでしょう?」
「そんな、貴族だった彼女に平民の暮らしをさせるなど…なんという酷いことを!」
不憫さに顔をしかめたが、公爵は口角を上げて笑みを浮かべた。
「陛下は本当に娘の事を何もご存知なかったのですね」
公爵令嬢でありながら、領地では畑を耕し、料理を振る舞い、領民と鍋を囲むのだ。
泥塗れになっている時の笑顔が一番美しかったと公爵は語った。
「今は夫と子を持ち、家族で仲良く暮らしているようです」
嘘だ。
そんなことはありえない。
けして姿を見せないことを条件に公爵から教えられた場所に向かう。
城下でもわりと治安の良い地区。
小振りな一戸建ての家。
小さな庭は菜園になっている。
様子を窺うため距離をとり、遠視筒を使うと、はっきり確認できた。
これを覗き見たい方向に仕掛ければ、筒と紐でつながる四角い板に投影される仕組みだ。
そうして、その家の窓に久しい顔を見た。
婚約破棄を宣言してから会うことのなかった元婚約者。
彼女にぴったりと男がくっついていた。
後ろから彼女を抱きしめじゃれ合っている。
衝撃を受けた。
彼女は無感情な令嬢ではなく、ちゃんと笑っている。
男に胸を揉まれ怒る彼女も、
拗ねる男に呆れる彼女も、
上向いて男からのキスを待つ彼女も、
長く婚約していた期間に見たことがない顔ばかりだった。
二人は長く口付けたまま、その動きで啄むような軽い接触から深いものになっていく様がわかった。
「…陛下、もう戻りましょう」
護衛が声をかけるが気づかないふりをした。
二人が唇を離す。
男が後ろから彼女の腰を抱く。
頬を染めオンナの顔をした彼女は、前に手をついたようだった。
窓に映る彼らの姿は上半身しか確認できないが、盗み見ている者たちは当然察した。
俯き、顔が見えなくなった彼女と男の身体が小刻みに揺れる。
「陛下」
護衛が再度諌める。
それでも目を離さなかった。
永遠にも感じた時間は、彼女が仰け反り、その身体を男がきつく抱きしめ、前のめりに身体を倒し、二人の姿が窓から消えた事で終わりを告げた。
「…陛下」
「…あぁ」
ようやく護衛の声に答えた。
不憫な彼女を助けまいといきり立った正義感が急角度で萎えていた。
平民になれば不幸だと何故思ったのか。
平民の幸せを守る事のが国王の役割の一つであったというのに。
彼女は不幸でも不憫でもなかった。
自分は何をしにここまで来たのだったか。
知らず知らず、彼女の不幸を確認したかったのかもしれない。
そして、優しく手を差し伸べ不幸から救い出せば感激して戻ってくると疑わなかった。
「………城へ、」
帰城を指示した。
従者が遠視筒を片付けようと動く。
持っていた投影板の最後の映像は、
水槽の中で漂う海藻のように、窓に映る白い足先がゆらゆらと揺れていた。
780
あなたにおすすめの小説
婚約破棄は踊り続ける
お好み焼き
恋愛
聖女が現れたことによりルベデルカ公爵令嬢はルーベルバッハ王太子殿下との婚約を白紙にされた。だがその半年後、ルーベルバッハが訪れてきてこう言った。
「聖女は王太子妃じゃなく神の花嫁となる道を選んだよ。頼むから結婚しておくれよ」
魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~
黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。
王子、婚約破棄してくださいね《完結》
アーエル
恋愛
望まぬ王子との婚約
色々と我慢してきたけどもはや限界です
「……何が理由だ。私が直せることなら」
まだやり直せると思っているのだろうか?
「王子。…………もう何もかも手遅れです」
7話完結
他社でも同時公開します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる