だから、どうか、幸せに

基本二度寝

文字の大きさ
1 / 8

しおりを挟む
王太子は婚約者…元婚約者のエルセンシアの行く末を案じた。

王族との婚約解消は彼女の瑕疵になるだろう。
数年修道院に入るか、領地に籠り、社交界の噂が落ち着いた頃に王都に戻ってきてどこかの貴族に嫁ぐ。

そんな所だろうと思っている。

彼女はまだ若い。
王太子よりも五つも若い彼女なら、受け入れてくれる家もあるだろう。

彼女の悪い噂を払拭する為にも、王太子は次の婚約者を早急に決め、婚姻してしまわねばならない。
急ぎすぎれば、婚約解消理由を公表していないのは、王太子が原因ではないかと貴族らに勘ぐられるかもしれないが、それでも構わない。

エルセンシアの為なら、国王に眉を顰められようと喜んで泥をかぶってやるつもりだった。

王太子は側近として仕えている従姉の公爵令嬢マグノリエを思う。

王太子よりも二歳年上のマグノリエは、エルセンシアを見初めなければそのまま王太子の婚約者になっていたのではないかと言われていた令嬢だ。

その彼女が教えてくれた。

エルセンシアは城で酷い扱いを受けていた事を。

人形のように無感情なエルセンシアを気味悪く思っており、誰も彼女の世話をすすんでやりたがらない。
軽い悪戯にも反応を示さない。
それ故に、エルセンシアへの嫌がらせ行為は過激になっていっていた。
高位貴族に対する憂さ晴らしの対象にされたのだ。

マグノリエがそれを発見した時点で、侍女らを城から追い出した。
マグノリエの勝手な行為と批判を受けたが、話を聞いた王太子は従姉を庇った。
侍女らがエルセンシアを虐げていた現場を発見したのが王太子だったらば、もっと酷い罰を与えていたに違いない。

しかし、エルセンシアが人形のようになってしまったのは侍女らのせいではない。
一因はあるかもしれないがそうではないことを知っている。


エルセンシアは一年に一度会える家族の面会の日に、泣きながら洩らしていた。

「私が選ばれなければ、お父様やお母様、お兄様と一緒に暮らせたのに」

エルセンシアの家族にしか見せない笑顔を盗み見たいがため、隠れ潜んでいた王太子は、ガツンと頭を打たれるほどのショックを受けた。
王太子は、妃に選ばれる令嬢は幸せであると聞かされて生きてきた。

それを、エルセンシアもその家族も否定した。

「私にもっと力があれば娘を取られずに済んだのに」

エルセンシアを抱きしめ慰める当主も、夫人も、子息も誰も娘の幸運を祝福していなかった。
夫妻はもっと娘に幸運な事であると言い聞かせるべきなのに。

王太子の最愛は、王太子に選ばれた境遇を不幸だと嘆いていた。


そんなはずはない。
従姉のマグノリエにエルセンシアの無礼を拗ねたように報告した。
慰めが欲しかった。
同意が得られると思ったのに。

「…それは、そうでしょう。まだ五つの時に家族から離されて。殿下は今も陛下と王妃殿下と共に食事をとり、家族水入らずの時間を得ていらっしゃいますが、彼女はいつも一人です」

「いつも、ひとり…?」

王太子の婚約者。

それだけの立場では、まだ王族と食事を共にはできない。

当たり前のことなのだが、彼女が皆が羨む王城で孤立しているなど、マグノリエに言われるまで気がつかなかった。

彼女は十数年もの間、孤独に過ごした。

彼女を不幸だと思わせたのは、王太子がエルセンシアを選んだから。

彼女の不幸はそこから始まっている。


それにようやく気づいた王太子は、悩んだ末エルセンシアを解放することを選んだ。

エルセンシアを手放す事は王太子にとって心を割かれるほど耐え難いことだった。

それでも決断した。

婚姻まであと一年と差し迫った時期。
婚姻行事が本格的に動き出す前に、王太子は国王にエルセンシアを婚約者から外すことを願い出た。

元々、王太子の我儘で決まったような婚約だったので婚約の解消まで、一月と掛からずに終えた。

まるで、すでに準備がしてあったかのようなほどスムーズに事が運んだ。

新たな婚約者の候補にはマグノリエが有力だろう。

エルセンシアの教育進行状況を報告するために、授業に同席していた彼女も必要な妃教育を終えている。

その従姉が、思慕に耽る王太子の前に現れた。

なにか報告があるのだろう。

側近として仕えて長い彼女の顔を見れば、何かがあったのだろうと察せた。

「…報告いたします。エルセンシア様が」

王太子の眉がぴくりと上がる。

「…修道院へ向かうエルセンシア様の馬車が、襲われたそうです」

「それは確かか。彼女は無事か?」

王太子は椅子から腰を浮かせて続きを促す。

「…御者は意識を失わされていたようですが怪我はなく、付き添っていた侍女は」

「そんな者らの事はどうでもいい!エルセンシアは!」

声を荒らげる王太子に対し、押し黙り、マグノリエは視線を落とした。

「まさか…死んだのか」

「いえ」

マグノリエは視線を上げると真っ直ぐ王太子に合わせた。
彼女の顔色は悪い。
しかし、真剣な眼差しで王太子を射抜く。

「襲撃者に…身を、穢されたようです」

王太子は、はっと息を止めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の意地悪な旦那様

柴咲もも
恋愛
わたくし、ヴィルジニア・ヴァレンティーノはこの冬結婚したばかり。旦那様はとても紳士で、初夜には優しく愛してくれました。けれど、プロポーズのときのあの言葉がどうにも気になって仕方がないのです。 ――《嗜虐趣味》って、なんですの? ※お嬢様な新妻が性的嗜好に問題ありのイケメン夫に新年早々色々されちゃうお話 ※ムーンライトノベルズからの転載です

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

【完結】夢見たものは…

伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。 アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。 そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。 「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。 ハッピーエンドではありません。

愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜

あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。

最強魔術師の歪んだ初恋

黒瀬るい
恋愛
伯爵家の養子であるアリスは親戚のおじさまが大好きだ。 けれどアリスに妹が産まれ、アリスは虐げれるようになる。そのまま成長したアリスは、男爵家のおじさんの元に嫁ぐことになるが、初夜で破瓜の血が流れず……?

【完結】偽装結婚の代償〜他に好きな人がいるのに結婚した私達〜

伽羅
恋愛
侯爵令嬢のヴァネッサはある日、従兄弟であるリュシアンにプロポーズされるが、彼女には他に好きな人がいた。 だが、リュシアンはそれを知りながらプロポーズしてきたのだ。 リュシアンにも他に好きな人がいると聞かされたヴァネッサはリュシアンが持ち掛けてきた契約結婚を了承する。 だが、ヴァネッサはリュシアンが契約結婚を持ち掛けてきた本当の理由に気づかなかった…。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

処理中です...