貧乏で凡人な転生令嬢ですが、王宮で成り上がってみせます!

小針ゆき子

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第一章 フィオレンツァと愉快な乙女たち

05 正義の騎士は〇〇の従兄妹

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 「だから!私はスーザン嬢と話をしているのです。あなたは関係ないでしょう、ザカリー・ベケット!!」
 「そういうわけにはいきません。そこの屈強な男たちを引き連れて、スーザン嬢を取り囲んでどうしようというのです」
 「これは私の護衛です。彼女に危害を加えるわけないでしょう。私はどうして謹慎しているはずのスーザン嬢がここにいるのか理由を伺いたいだけですわ」
 「それにしては恐ろしい顔つきだ」
 「なんですって!?」
 「謹慎の話は彼女から聞きましたよ。全く…爵位が低くて立場の弱い彼女を権力ではめるなんて恥ずかしくないのですか?」
 「…それはどういう意味かしら?」
 「わ、私が悪いんです!私が皆さんの不興をかったから…だから…」
 「スーザン嬢。爵位が低いからと言って卑屈になるのはよくない。あなたは悪くないのだから」
 「意味が分かりませんわ。昨日騒ぎを起こし、あまつさえパトリシア嬢に怪我を負わせたのは他ならぬ彼女です。誰がどうやってスーザン嬢をはめたとおっしゃるの?」
 「パトリシア嬢もあなたも侯爵家です。権力でその場の真実を捻じ曲げることなど容易いでしょう。愛らしく優秀な彼女がよほどお気に召さなかったようですね」
 「まあまあ、おほほほほっっ!」
 「…何が可笑しい?」
 「だって、ほほほほほっ…あは、あははははっ!!」
 「き、貴様…」
 ザカリーと呼ばれた騎士が腰の剣に手をかける。護衛の一人がさっとロージー嬢の前に立った。ロージー嬢はそんな一触即発の空気に気づいているのかいないのか、腹をかかえて笑ったままだ。
 「あ、あなた、馬鹿じゃないの?それって、その発言が誰を敵に回すのかもわからないの?」
 「何?」
 「スーザンを謹慎にしたのはだあれ?そしてパトリシアの御父上はだあれ?」
 「…ぐっ」
 ザカリーはようやく自分の発言がまずいということに気が付いたようだった…遅い。
 
 …はい、現場のフィオレンツァ・ホワイトリーです。
 昨日から謹慎を言い渡されているスーザン・アプトンさんですが、謹慎令を無視して部屋を抜け出し、ザカリー・ベケット氏に遭遇、自分は不当に処分されたと切々と訴えたようです。騎士であることに誇りを持っているらしいザカリー・ベケット氏は、身分をかさに着てか弱い子爵令嬢をいじめる侯爵令嬢たちの話(大嘘)に義憤にかられた模様。謹慎令を無視したスーザンさんを咎めようとしたロージー・スピネットさんと、認識の違いから言い争いに発展しております。それにしても、ザカリー氏とロージーさんはお知り合いなのでしょうか?喧嘩の仕方が見知らぬ人間同士のものとは思えないのですが…。
 あ、いけない!!
 とうとうザカリー氏が剣の柄に手をかけてしまいました。あちらが剣を抜けば、ロージーさんの護衛たちも剣を抜かざるを得ません。しかしそうなれば、理由に問わず、王宮で無暗に抜刀したとして両者が処罰されてしまいます。
 うーん…。ここに来る前に手は打っておいたのですが、間に合わないようです。私が人肌脱ぐしかないですね。

 「いい加減にしろ、この毒婦め!!お前など王子妃に相応しくない」
 「あらぁ、私が毒婦ならそこの娘は男を誑し込む娼婦ね。第二王子殿下には娼婦が相応しいとでもいうのかしら?」
 「この…っ、もう我慢ならん!貴様など…」
 「騎士様ぁ!ああ、助かりました、騎士様!!」
 「…は?」
 まさに剣を抜こうとしていたザカリーは、突然庭に飛び込んできた甲高い声にぎょっと動きを止めた。青い髪の少女がこちらに駆け寄ってくる。
 「騎士様、お助け下さい!不埒者に追いかけられているのっ」
 少女はザカリーの足元に座り込み、うるうるとした瞳でこちらを見上げた。愛らしいスーザンや、艶のあるロージーとはまた違ったタイプの美少女だった。乱れた髪が白い頬に掛かって、それがとても色っぽい。
 「あ、あの」
 「どうかお助け下さい。ずっと追いかけらえて、とても怖かったの」
 「わ…わかりました。不埒者はどこに…」
 「ああ、騎士様を見て安心したら気分がぁ…っ」
 「お嬢さん!?」
 青髪の少女は座ったままぱたりと芝生の上に倒れてしまった。ザカリーは剣から手を放して少女を助け起こす。
 「フィオレンツァ嬢じゃないっ!何かあったの?大丈夫!?」
 ロージーが駆け寄ってくる。対するスーザンはぽかんとしていた。
 全員が顔を見合わせた瞬間。

 「これは一体、どういうことですか…?」

 地を這うような声がした。
 恐る恐る視線を向ければ…鬼を背後にまとったバーンスタイン夫人が入り口で仁王立ちしていた。



 庭での事件は、あまりに人目の多い場所で行われたために秘密裏に処理するわけにはいかなかった。
 当事者の三人はそれぞれ処分を言い渡された。
 スーザン・アプトン子爵令嬢は騒ぎの原因とされたうえ、謹慎令を無視して部屋の外を出歩いたために最も重い処分となった。謹慎が十日に延び、父親のアプトン子爵が呼び出され、父子一緒に厳重注意を受けた。さらに課題を山ほど与えられ、謹慎が明けるまでにこなさなければ即落第と言い渡された。スーザンはさすがに王宮を出るのは嫌だったのか、部屋の中で黙々と課題と格闘しているようだ。
 ロージー・スピネット侯爵令嬢はスーザンを注意しようとしただけで、その点は何の問題もない行動だったが、ザカリー・ベケットを煽り、結果的に騒ぎを大きくしたとして三日の謹慎とされた。やや重い処分だが、ロージー嬢は粛々と受け入れたという。
 そしてザカリー・ベケット伯爵子息は、いくらロージー嬢に煽られたからといって、貴族令嬢に向かって抜刀しようとしたことが大きく響いた。子女を守るべき剣を、傷つけるために使おうとしたのである。ベケット伯爵家は騎士の家系で、父親は騎士団長を務めている。ほかならぬ父のベケット伯爵が厳罰を望み、ザカリーは半年間、王宮はもちろん王都に出入り禁止とされた。領地に戻され、一から鍛え直されるという。騎士見習いの彼は数週間後に騎士団に入ることが内定していたが、当然それも取り消された。
 ちなみにフィオレンツァが予測した通り、ロージー嬢とザカリーはやはり顔見知りだった。母方の従兄妹らしい。親世代の仲が良く婚約の話も出ていたようだが、当事者たちの性格が圧倒的に合わずに流れたという。これはフィオレンツァの予想だが、ザカリーは従順でか弱い女の子が好きなのだろう。ロージー嬢のような、貴族としての自信に満ち、気が強い女性は生意気だと思っているタイプだ。


 「よくやった…、と言いたいところだけど、無茶をし過ぎよ」
 翌日の午前中。授業の前にフィオレンツァを訪ねたパトリシアは、おっとりした口調で、けれどもぴしゃりと苦言を呈した。
 「昨日の夜、バーンスタイン夫人に滾々こんこんと怒られたわ。もう勘弁してちょうだい」
 「あらあら」
 騒ぎに割って入ったフィオレンツァだったが、バーンスタイン夫人からお小言を頂戴したものの、特に処罰は受けていない。
 なにせ彼女は城内に迷い込んだ ゴ キ ブ リ不埒者に驚き、追いかけられて姿を目にした騎士に助けを求め、ゴキブリへの恐ろしさのあまりに気を失ってしまったただの令嬢である。
 周囲に不埒者とは!?と詰め寄られ、とっさに「ゴキブリに追いかけられました」と言った時の生ぬるい空気を想像してほしい。でもあのままではザカリーは剣を抜き、ロージー嬢の護衛も抜かざるを得なかっただろう。そうなれば処罰は、謹慎や王都出入り禁止程度ではすまなくなっていた。最悪処刑される人間も出ていたかもしれない。
 フィオレンツァには気が弱くて言動が大げさな令嬢だというレッテルはついてしまったが、まあまあ巻き返せる程度の不名誉である。

 「フィオレンツァ様、お荷物が届いています」
 「荷物?実家からかしら?」
 アガタが手のひらで抱えられる程度の箱を持ってきた。すでに検問は終えている、と城の騎士から渡されたが、送り主は明らかにされなかったという。
 送り主不明…怪し過ぎる。もしや目立った自分に対する嫌がらせではないだろうか。ロージー嬢はありえないだろうが、スーザン嬢なら金に物を言わせて嫌がらせの一つくらいやってのけそうだ。
 「だ…大丈夫かな?開けてみたら動物の死骸とか入ってたりしないわよね」
 「ええ!ま…まさか…」
 怯えるフィオレンツァに、パトリシアも腰を浮かせて箱から距離を置こうとする。アガタが苦笑いした。
 「違いますよ。私も中を確認しましたが、…ほら」
 「まあ!」
 「素敵…」
 中に入っていたのは、数種類の髪留めだった。派手な装飾はなく、普段使いできるようなシンプルなものばかりだ。どれもこれもフィオレンツァの青い髪に映えるような色やデザインだった。
 「カードも入っておりましたよ」
 「本当だわ。一行だけ…『勇敢な淑女に贈ります。』ですって。やっぱり名前はないわ」
 「ふふふ…。よほど恥ずかしがりやさんなのね」
 パトリシアは送り主が誰だか分かったようだ。
 「もらっていいのかしら?ものすごく高価なものはないみたいだけど、こんなにあればそれなりのお値段でしょう?」
 「気持ちよく受け取るべきですよ、お嬢様」
 「アガタさんの言う通りよ。早速つけてみましょう。この髪留めを付けたフィオレンツァを見れば、恥ずかしがりやの送り主さんもきっと喜ぶわ」
 フィオレンツァはあれよあれよという間に鏡台の前に座らされ、せっかく一度まとめた髪を結いなおさせられ、そして贈られた髪留めの一つを付けてもらった。銀色の一番大きなもので、控えめながらもビーズが所々に装飾されている。
 アクセサリーが一つあるだけで、なんだか貴族らしくなった気がした。貧乏暮らしのフィオレンツァにとって髪飾りなどつけないのが普通だったが、この王宮では少し浮いていたのかもしれない。
 


 三日後、ロージー嬢が謹慎から戻ってきた。
 「ご機嫌よう、ロージー嬢」
 「あら、ゴキブリ相手に気絶したフィオレンツァ嬢じゃない。ごきげんよう…」
 「ロージー嬢、この髪留め似合いますか?」
 「な…っ!な、なんで私に聞くのよ、知らないわよ!!」
 「ある親切な方にいただいたのです」
 「別に親切なんかじゃないわよ!!」
 「…はい?」
 「あ、いえ、…だ、だからっ。いいんじゃないの?あなたのそのみすぼらしい髪にはその程度の飾りがお似合いよ!!」
 「ありがとうございます。とても気に入っているんです」
 ロージー嬢は真っ赤になって口をぱくぱくさせていたが、やがて侍女に促されて逃げるように席についてしまった。一瞬目が合った護衛の方が軽く会釈してくる。
 やがてバーンスタイン夫人が教室に入ってきて、その日の授業が穏やかに始まるのだった。

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