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8.第三王子の葬儀
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最近、リクハルド様の表情が豊かになってきた。感情を押し殺して生きてきた記憶が薄れてきたらしくて少し嬉しい。でも、もっともっと、素直に感情を出してもらいたい。
この日、帰宅したリクハルド様は沈鬱な表情を浮かべていた。公爵家での辛い暮らしを語るときでさえ無表情だったのに。一体彼に何が起こったの?
「何かありましたか?」
そう訊いても、リクハルド様は黙っていた。今にも泣きそうな顔で、唇を噛みしめている彼の姿なんて初めて見た。辛い気持ちを外に出せるようになったことは良いことかもしれないけれど、そんな彼を見ていると私まで悲しくなってくる。
「とにかく部屋へ行きましょう」
使用人に聞かれたくないことだと思い、部屋に誘うと、リクハルド様は小さく頷く。
「マーレトに夕食を少し遅めにしたいと伝えておいて。それから、呼ぶまで私たちの部屋に近づかないで」
一緒にお迎えに出ていたメイドに後のことを頼んで、リクハルド様の手を引いて私たちの部屋へと向かった。
部屋に着くと、私たちはソファに向かい合って座った。
リクハルド様は下を向いて何かを悩んでいるようだった。しばらくそのまま待っていると、ようやく顔を上げる。
「今日、エサイアス殿下が亡くなった」
「そ、そんな! 嘘でしょう?」
エサイアス殿下が刺されてから、もう半年くらい経っている。今になって亡くなってしまうなって、とても信じられない。
しかし、リクハルド様は悲しそうに首を横に振った。
「本当のことなんだ。今日の夕方、エサイアス殿下が療養していた離宮へ呼ばれて、殿下の亡骸も確認してきた。殿下が背中を刺された時、かなりの出血があったが、どうにか一命を取りとめた。しかし、傷口が膿んでしまって完治に至らず、ずっと寝込んでいたらしい。体力が落ちているところに先日から流行している風邪にかかって…… だから、直接の死因は風邪だ」
エサイアス殿下は不実な婚約者だった。記憶にあるのは私を貶める言葉だけ。優しくされたこともない。刺されたのは本当に自業自得だと思う。それに、彼と婚約解消になって心から良かったと感じている。
でも、死んでもいいなんて思ったことなどなかった。エサイアス殿下はたった二十四年しか生きていない。あまりに早すぎる。
「私がエサイアス殿下の好みの容姿だったら、女遊びなどせずにさっさと結婚していたかもしれない」
せめて、少しでも殿下好みの女性になるよう努力していたら、結果は違っていたのだろうか?
「エルナ、お願いだから泣かないで。絶対に君のせいじゃないから。エサイアス殿下は伯爵家へ婿入りするのが不満だといつも言っていた。だから、君のことが気に入らなかったわけではない。第一王子は将来の国王陛下。第二王子は公爵位と領地を与えられることになっている。それに比べて第三王子の自分は随分と冷遇されていると感じていたようだ。それに、殿下の死の原因を作ったのは俺だ。俺が唯々諾々と身代わりなど務めず、殿下を諫めていれば、こんなことにはならなかった。すべて近衛騎士だった俺の責任だ」
私は知らず知らずのうちに泣いていたらしい。リクハルド様が優しく涙を拭ってくれた。そして、私のせいではないと言ってくれたのはとても嬉しい。
でも、リクハルド様には自分を責めたりしてほしくない。皆に無視される中でエサイアス殿下に頼られたのが嬉しいと言ったリクハルド様。そのことに罪悪感なんて抱かないで。
「いいえ。リクハルド様のせいではない。絶対に違うわ。エサイアス殿下の行いが自らに返ってきただけよ」
涙が止まらない。悲しいのか、悔しいのか、それさえわからなかった。
気がつくと、私はリクハルド様の胸で泣いていた。彼の大きな手が私の頭を優しく撫でている。
「そうだな。原因を作ったのはエサイアス殿下だ。だから、僕たちは自らを責めるのは止めよう」
私を抱きしめながらリクハルド様がそう言ってくれた。だから、私も自分を責めないと決めた。
それから三日後、エサイアス殿下の葬儀がしめやかに執り行われ、私たち夫婦はまだ領地から戻っていない父の名代として葬儀に参列した。
豪華な棺に横たわるエサイアス殿下の頬はこけ、美しかった黒髪は艶を失い、宝石のような紫の瞳はもう見ることも叶わない。その姿は半年に及ぶ療養の過酷さを物語っていた。
あまりにもやるせなくて、涙が止まらない。エサイアス殿下が王の決定に従い、もっと早く私と結婚していれば、彼は死ぬことはなかったかもしれない。
でも、そうなれば私は幸せになることはできたのだろうか?
思わず横に立つリクハルド様を見上げた。私がこの年下の夫を愛しているということだけははっきりしている。彼からは未だに愛の言葉を返してもらっていないけれど、それでも、私は不幸だとは感じない。
「副長! そちらが噂の奥様ですね。さすが、姉さん女房。黒いドレスも色っぽいです」
物思いに沈んでいると、突然、制服を着た衛兵に声をかけられた。葬儀の警備に当たっていた衛兵らしい。色っぽいなんて言われたことがなかったので、ちょっと驚いた。
「本日は勤務を抜けて申し訳なかった」
リクハルド様は衛兵に謝っていた。一般の弔問者も多くいるため、かなりの衛兵が警備のために集められている。そんななかで一人だけ勤務を抜けたことに罪悪感を持ったらしい。
「いえいえ、伯爵様の代理の方が重要ですよ。それに、亡くなられた王子様は副長の従兄弟なんでしょう? 下っ端の俺らだって親戚に不幸があれば休みが貰えますって。それでは、失礼します」
衛兵はあっという間に去って行った。
「私のことが噂になっているのですか?」
「済みません。若い衛兵たちに女遊びを教えてくれと言われ困ってしまって、今は妻一筋だからと断ったんです。すると、平民も多い男の職場ですから、少し下世話な感じで噂になってしまって」
噂の中身が知るのが怖いような、でも、私一筋だなんてちょっと嬉しい気がする。
この日、帰宅したリクハルド様は沈鬱な表情を浮かべていた。公爵家での辛い暮らしを語るときでさえ無表情だったのに。一体彼に何が起こったの?
「何かありましたか?」
そう訊いても、リクハルド様は黙っていた。今にも泣きそうな顔で、唇を噛みしめている彼の姿なんて初めて見た。辛い気持ちを外に出せるようになったことは良いことかもしれないけれど、そんな彼を見ていると私まで悲しくなってくる。
「とにかく部屋へ行きましょう」
使用人に聞かれたくないことだと思い、部屋に誘うと、リクハルド様は小さく頷く。
「マーレトに夕食を少し遅めにしたいと伝えておいて。それから、呼ぶまで私たちの部屋に近づかないで」
一緒にお迎えに出ていたメイドに後のことを頼んで、リクハルド様の手を引いて私たちの部屋へと向かった。
部屋に着くと、私たちはソファに向かい合って座った。
リクハルド様は下を向いて何かを悩んでいるようだった。しばらくそのまま待っていると、ようやく顔を上げる。
「今日、エサイアス殿下が亡くなった」
「そ、そんな! 嘘でしょう?」
エサイアス殿下が刺されてから、もう半年くらい経っている。今になって亡くなってしまうなって、とても信じられない。
しかし、リクハルド様は悲しそうに首を横に振った。
「本当のことなんだ。今日の夕方、エサイアス殿下が療養していた離宮へ呼ばれて、殿下の亡骸も確認してきた。殿下が背中を刺された時、かなりの出血があったが、どうにか一命を取りとめた。しかし、傷口が膿んでしまって完治に至らず、ずっと寝込んでいたらしい。体力が落ちているところに先日から流行している風邪にかかって…… だから、直接の死因は風邪だ」
エサイアス殿下は不実な婚約者だった。記憶にあるのは私を貶める言葉だけ。優しくされたこともない。刺されたのは本当に自業自得だと思う。それに、彼と婚約解消になって心から良かったと感じている。
でも、死んでもいいなんて思ったことなどなかった。エサイアス殿下はたった二十四年しか生きていない。あまりに早すぎる。
「私がエサイアス殿下の好みの容姿だったら、女遊びなどせずにさっさと結婚していたかもしれない」
せめて、少しでも殿下好みの女性になるよう努力していたら、結果は違っていたのだろうか?
「エルナ、お願いだから泣かないで。絶対に君のせいじゃないから。エサイアス殿下は伯爵家へ婿入りするのが不満だといつも言っていた。だから、君のことが気に入らなかったわけではない。第一王子は将来の国王陛下。第二王子は公爵位と領地を与えられることになっている。それに比べて第三王子の自分は随分と冷遇されていると感じていたようだ。それに、殿下の死の原因を作ったのは俺だ。俺が唯々諾々と身代わりなど務めず、殿下を諫めていれば、こんなことにはならなかった。すべて近衛騎士だった俺の責任だ」
私は知らず知らずのうちに泣いていたらしい。リクハルド様が優しく涙を拭ってくれた。そして、私のせいではないと言ってくれたのはとても嬉しい。
でも、リクハルド様には自分を責めたりしてほしくない。皆に無視される中でエサイアス殿下に頼られたのが嬉しいと言ったリクハルド様。そのことに罪悪感なんて抱かないで。
「いいえ。リクハルド様のせいではない。絶対に違うわ。エサイアス殿下の行いが自らに返ってきただけよ」
涙が止まらない。悲しいのか、悔しいのか、それさえわからなかった。
気がつくと、私はリクハルド様の胸で泣いていた。彼の大きな手が私の頭を優しく撫でている。
「そうだな。原因を作ったのはエサイアス殿下だ。だから、僕たちは自らを責めるのは止めよう」
私を抱きしめながらリクハルド様がそう言ってくれた。だから、私も自分を責めないと決めた。
それから三日後、エサイアス殿下の葬儀がしめやかに執り行われ、私たち夫婦はまだ領地から戻っていない父の名代として葬儀に参列した。
豪華な棺に横たわるエサイアス殿下の頬はこけ、美しかった黒髪は艶を失い、宝石のような紫の瞳はもう見ることも叶わない。その姿は半年に及ぶ療養の過酷さを物語っていた。
あまりにもやるせなくて、涙が止まらない。エサイアス殿下が王の決定に従い、もっと早く私と結婚していれば、彼は死ぬことはなかったかもしれない。
でも、そうなれば私は幸せになることはできたのだろうか?
思わず横に立つリクハルド様を見上げた。私がこの年下の夫を愛しているということだけははっきりしている。彼からは未だに愛の言葉を返してもらっていないけれど、それでも、私は不幸だとは感じない。
「副長! そちらが噂の奥様ですね。さすが、姉さん女房。黒いドレスも色っぽいです」
物思いに沈んでいると、突然、制服を着た衛兵に声をかけられた。葬儀の警備に当たっていた衛兵らしい。色っぽいなんて言われたことがなかったので、ちょっと驚いた。
「本日は勤務を抜けて申し訳なかった」
リクハルド様は衛兵に謝っていた。一般の弔問者も多くいるため、かなりの衛兵が警備のために集められている。そんななかで一人だけ勤務を抜けたことに罪悪感を持ったらしい。
「いえいえ、伯爵様の代理の方が重要ですよ。それに、亡くなられた王子様は副長の従兄弟なんでしょう? 下っ端の俺らだって親戚に不幸があれば休みが貰えますって。それでは、失礼します」
衛兵はあっという間に去って行った。
「私のことが噂になっているのですか?」
「済みません。若い衛兵たちに女遊びを教えてくれと言われ困ってしまって、今は妻一筋だからと断ったんです。すると、平民も多い男の職場ですから、少し下世話な感じで噂になってしまって」
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