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12.決断
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国王陛下との面談の後、私はずっと悩んでいた。
母親の想い人が父親ではなく、父親は公爵位を得るために母親を騙して結婚した。その結果自分が生まれたと知れば、どれほどの衝撃を受けるのだろう。リクハルド様にこれ以上辛い思いはさせたくない。できればこのまま平穏に暮らしてもらいたい。
だけど、プルム様の無念を思うと、シーカヴィルタ公爵夫妻の罪をなかったことにはしたくない。自らの行った罪の報いは受けるべきだ。
答えはなかなか出せないでいた。
「ここ最近悩んでいるようだけど、何かあった?」
夕食後湯あみを済ませて夫婦の寝室で待っていた私に、ドアを開けると同時にリクハルド様がそう声をかけてきた。相変わらず無表情だけど、微妙に眉が寄っている。
そんな表情のままリクハルド様は私の向かいのソファに腰を下ろす。
「俺は君より三歳も年下で、頼りにならないと思われても仕方ないとは思う。だけど、少しでもエルナの力になりたいんだ。何か憂いがあるのなら、俺に相談してもらえないだろうか」
宝石のような美しい紫色の目が、まるで懇願するように私に向けられている。
「貴方のことを頼りないなどと、一度も思ったことはないわ。とても頼もしくて素敵な旦那様よ」
私は慌てて首を振る。すると、リクハルド様の耳がほんのりと赤くなった。彼が私のことを気にかけていてくれたことが嬉しくて、私の頬もきっと朱色に染まっているはず。
リクハルド様はとても強い人だと思う。産まれると同時に母親を亡くし、継母だけではなく本来ならば守ってくれるはずの実の父親からも冷遇されるという、かなり悲惨な境遇で育ったのに、恨むでもなく腐るでもなく、騎士として身を立てようと努力し続けた。先輩近衛騎士が嫉妬するほど強くなるくらいに。
彼なら大丈夫だ。残酷な真実を知ったとしてもきっと乗り越えられる。
私はやっと決断することができた。
「確かにここ最近悩んでおりました。そのことについてすべてお話します。少しお待ちいただけますか?」
深刻な話になるのを察知したのか、リクハルド様が覚悟したように頷いた。その姿を確認してから、自室の鍵付きチェストに保管しているプルム様の日記を取りに向かった。
「先日、国王陛下に召されまして、このプルム様の日記を託されました。リクハルド様に渡すがどうか、私が決めろと陛下は仰せになったのです。もちろん中身は読んでおりませんが、陛下より軽く説明していただきました。リクハルド様にとってかなり残酷な内容のようです。それで、悩んでおりました」
「母の日記……」
リクハルド様は私が差し出した豪華な装丁を施した日記に目を落とす。そして、微かに震える手で受け取った。
「私はリクハルド様とこうして夫婦になることができてとても幸せです。貴方がこの世界に誕生してくださって本当に良かった。プルム様と神様には感謝してもしきれません」
それは心からの言葉。格好良くて優しく、そしてとても強い人。そんな素敵な旦那様がいるなんで、誰よりも幸せに決まっている。
ふと見ると、リクハルド様の口角が少し上がっている。私の言葉を喜んでくれているみたい。その様子が何だか可愛い。私の素敵な旦那様は可愛さまで装備している。何という完璧さなのだろう。こんな時なのに私の表情も緩みそうになる。
「今夜は自室で休ませていただきまね」
ここ最近はずっと夫婦の寝室を使っていたので、ちょっと寂しいと思いながら、久しぶりに自室へと向かった。
翌朝、食事室に現れたリクハルド様の目は充血していた。夜通しプルム様の日記を読んでいたらしい。母親の想い人が叔父だったこと。父親と義母のあまりにも身勝手な策略。それらを知って傷つかないはずがない。そんな傷心のリクハルド様にどう言葉をかけようかと悩んでいると、彼が先に口を開いた。
「母は、俺を愛してくれていたんだ。この子が愛おしいと、誰よりも幸せになることを願っていると何度も何度も書いてあった」
プルム様がリクハルド様を愛していたとわかったことは本当に嬉しい。彼が喜んでいることは微かな表情の変化だけでも伺い知れた。だけど、幸せを願うという言葉は私の胸に突き刺さる。プルム様の考える幸せとは、伯爵家の平凡な娘を妻にして伯爵になることではない。誰よりも美しく聡明で気高い高貴な血を持つ女性を妻とし、シーカヴィルタ公爵位を継承する。プルム様はそう願っていたはず。
そして、国王陛下も同じように考えているに違いない。
私だってリクハルド様の幸せを願っている。不幸な幼少期を送ってきた彼は誰よりも幸せになる権利があるのだから。
大丈夫。リクハルド様の幸せが私と共に歩むことでないのであれば、笑って彼を送り出してみせる。たとえ、胸にぽっかりと穴が開いたような寂寥感に苛まれようと。短い間だったけれど、リクハルド様の妻として過ごした幸せな記憶があるから、これからも一人で生きていける。そう自分に言い聞かせた。
徹夜したにも拘らず衛兵隊へ出勤するというリクハルド様を見送ってから、プリム様の日記を彼に渡したことを手紙に認め、さっそく国王陛下に届けてもらった。間を置くと、せっかくの決意が揺らいでしまいそうだったから。
母親の想い人が父親ではなく、父親は公爵位を得るために母親を騙して結婚した。その結果自分が生まれたと知れば、どれほどの衝撃を受けるのだろう。リクハルド様にこれ以上辛い思いはさせたくない。できればこのまま平穏に暮らしてもらいたい。
だけど、プルム様の無念を思うと、シーカヴィルタ公爵夫妻の罪をなかったことにはしたくない。自らの行った罪の報いは受けるべきだ。
答えはなかなか出せないでいた。
「ここ最近悩んでいるようだけど、何かあった?」
夕食後湯あみを済ませて夫婦の寝室で待っていた私に、ドアを開けると同時にリクハルド様がそう声をかけてきた。相変わらず無表情だけど、微妙に眉が寄っている。
そんな表情のままリクハルド様は私の向かいのソファに腰を下ろす。
「俺は君より三歳も年下で、頼りにならないと思われても仕方ないとは思う。だけど、少しでもエルナの力になりたいんだ。何か憂いがあるのなら、俺に相談してもらえないだろうか」
宝石のような美しい紫色の目が、まるで懇願するように私に向けられている。
「貴方のことを頼りないなどと、一度も思ったことはないわ。とても頼もしくて素敵な旦那様よ」
私は慌てて首を振る。すると、リクハルド様の耳がほんのりと赤くなった。彼が私のことを気にかけていてくれたことが嬉しくて、私の頬もきっと朱色に染まっているはず。
リクハルド様はとても強い人だと思う。産まれると同時に母親を亡くし、継母だけではなく本来ならば守ってくれるはずの実の父親からも冷遇されるという、かなり悲惨な境遇で育ったのに、恨むでもなく腐るでもなく、騎士として身を立てようと努力し続けた。先輩近衛騎士が嫉妬するほど強くなるくらいに。
彼なら大丈夫だ。残酷な真実を知ったとしてもきっと乗り越えられる。
私はやっと決断することができた。
「確かにここ最近悩んでおりました。そのことについてすべてお話します。少しお待ちいただけますか?」
深刻な話になるのを察知したのか、リクハルド様が覚悟したように頷いた。その姿を確認してから、自室の鍵付きチェストに保管しているプルム様の日記を取りに向かった。
「先日、国王陛下に召されまして、このプルム様の日記を託されました。リクハルド様に渡すがどうか、私が決めろと陛下は仰せになったのです。もちろん中身は読んでおりませんが、陛下より軽く説明していただきました。リクハルド様にとってかなり残酷な内容のようです。それで、悩んでおりました」
「母の日記……」
リクハルド様は私が差し出した豪華な装丁を施した日記に目を落とす。そして、微かに震える手で受け取った。
「私はリクハルド様とこうして夫婦になることができてとても幸せです。貴方がこの世界に誕生してくださって本当に良かった。プルム様と神様には感謝してもしきれません」
それは心からの言葉。格好良くて優しく、そしてとても強い人。そんな素敵な旦那様がいるなんで、誰よりも幸せに決まっている。
ふと見ると、リクハルド様の口角が少し上がっている。私の言葉を喜んでくれているみたい。その様子が何だか可愛い。私の素敵な旦那様は可愛さまで装備している。何という完璧さなのだろう。こんな時なのに私の表情も緩みそうになる。
「今夜は自室で休ませていただきまね」
ここ最近はずっと夫婦の寝室を使っていたので、ちょっと寂しいと思いながら、久しぶりに自室へと向かった。
翌朝、食事室に現れたリクハルド様の目は充血していた。夜通しプルム様の日記を読んでいたらしい。母親の想い人が叔父だったこと。父親と義母のあまりにも身勝手な策略。それらを知って傷つかないはずがない。そんな傷心のリクハルド様にどう言葉をかけようかと悩んでいると、彼が先に口を開いた。
「母は、俺を愛してくれていたんだ。この子が愛おしいと、誰よりも幸せになることを願っていると何度も何度も書いてあった」
プルム様がリクハルド様を愛していたとわかったことは本当に嬉しい。彼が喜んでいることは微かな表情の変化だけでも伺い知れた。だけど、幸せを願うという言葉は私の胸に突き刺さる。プルム様の考える幸せとは、伯爵家の平凡な娘を妻にして伯爵になることではない。誰よりも美しく聡明で気高い高貴な血を持つ女性を妻とし、シーカヴィルタ公爵位を継承する。プルム様はそう願っていたはず。
そして、国王陛下も同じように考えているに違いない。
私だってリクハルド様の幸せを願っている。不幸な幼少期を送ってきた彼は誰よりも幸せになる権利があるのだから。
大丈夫。リクハルド様の幸せが私と共に歩むことでないのであれば、笑って彼を送り出してみせる。たとえ、胸にぽっかりと穴が開いたような寂寥感に苛まれようと。短い間だったけれど、リクハルド様の妻として過ごした幸せな記憶があるから、これからも一人で生きていける。そう自分に言い聞かせた。
徹夜したにも拘らず衛兵隊へ出勤するというリクハルド様を見送ってから、プリム様の日記を彼に渡したことを手紙に認め、さっそく国王陛下に届けてもらった。間を置くと、せっかくの決意が揺らいでしまいそうだったから。
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