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第三章:妹が家に帰ってきたよ
呑んだくれの悲哀
しおりを挟む【四】
【進藤蓮のオリジン】
「よぉし、お前にはいっちょ、これを覚えてもらうからな」
「な、なんですかこれぇ……」
それはどこからか持ってきたのか、全長百メートルはあるだろう鋼鉄の塊だった。
用意するのも大変、破壊するのはほぼ不可能という代物だ。
それを、師匠は一突きで粉砕してみせた。
十八歳になった蓮は当時を思い出し、
「いくらなんでも、あれはありえないだろ」
と今なら思う。
しかし、当時まだ十四歳の蓮には、ただ師匠の凄さだけがあった。
「はい、注目ー。物にも人にも、なんでもかんでも“破砕点”っつう、存在レベルの急所がありまーす。そこを見抜いて突けるようになってもらうわけです」
「そんな話、見たことも聞いたこともない!!」
「そうだろ? あるわけねえわ。“ここ”では」
「どうやって、こんな技を覚えたんですか?」
「遠い遠い場所だよ。それで十分だろ」
質問は禁止と言わんばかりに、師匠がビール瓶をあおる。
今日はすでに二十本目。
毎日がこのペースだ。
常人なら肝臓が死んでいる。
内臓があまりにも無敵すぎるのが、少年の師だった。
「そんなアバウトな……」
「これを極めたら何でも壊せるようになる。人間でも化物でも、なんなら世界も壊せる」
そのつもりで強くなれということなのだろう。
“ま、世界を壊したことはないけどな”と、肩を竦めるのを大げさだなぁと思った。
「お前……遠いところに行って、一番つらいのが何かわかるか?」
「帰れないこと?」
「いいや」
弟子の蓮が口うるさく言ったおかげで、師匠は最低限の身だしなみは整えるようになった。
さっぱりした前髪のおかげで、双眸がよく見える。
感情の変化も、ほんの少しだけわかりやすくなった。
遠い、過ぎた過去に思いを馳せる。
その顔は、郷愁と悔恨に痛んでいた。
「必死こいて強くなって、帰ってもさ。帰る場所が、家がないってのが、一番つれえ」
うなだれ、誰にともなく呟く師匠は、
そのときの少年の目には、迷子のように映った。
そんなはずはないと、すぐに自分の考えを否定する。
師匠は誰よりも強い。
子供だった蓮には、師匠の悩みも、正体も、この世界の歪みもわからない。
彼、彼らの想いの深さにまで考えを巡らせることはできなかった。
「だからよ。お前は、妹が帰ってきたら、全力で迎えられるくれえに強くなれよな」
そう言って、頭に手を置き、珍しく撫でてくる。
その手に込められた意味を、蓮は理解できなかった。
ただ、素直にうなずくだけだった。
──その“帰る”ということが、どれほど困難な意味を持つかを、蓮はまだ知らなかった。
…………。
……………………。
…………………………懐かしいことを思い出した。
身支度を整え、めちゃくちゃになった玄関に向かう。
外へ出る前、蓮はふと足を止めた。
玄関の隅。
さっき置いたままの鍋。
蓋が、わずかに湯気を吐いている。
──まだ、温い。
異世界だの、魔王だの、殺すだの殺されるだの。
そんな話をしている間も、三森のシチューは冷めきっていなかった。
朝ごはんの予定はシチューとトースト。
志紀に、たっぷり食べさせるつもりだった。
それだけは決めていた。
「……後で、ちゃんと食うからな」
誰に向けたともなく呟く。
ライゼンが一瞬だけ、鍋に目を落とした。
それから、ほんのわずかに視線を逸らす。
日常は、まだここにある。
壊されていない。
志紀を、妹をまた連れてくる。
「行くよ」
ライゼンの声が、やけに静かだった。
蓮は一度だけ振り返り、
鍵のかかっていない玄関を、そのままにして外へ出た。
──帰ってきて、続きをやるために。
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