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【第二章】第一節:新しい朝
第13話 居候が増えた初めての朝
しおりを挟むゆっくりと閉じていた瞼を上げると、窓の外は既に明るくなり始めていた。
さぁ今日も、いつもの朝が始まる。
ムクリと上半身を起こし、あくびをしながら頭を掻いていると、隣でまだすぐそばでスヤスヤと寝息を立てている、女の子と羊の姿がふと目に入った。
「そうだった。昨日……」
本人曰く、旅人の少女とお供の羊。
一人暮らしの我が家には客用のベッドなどある筈もなく、仕方がないので川の字で寝た……というのが昨日の夜だ。
いい夢でも見ているのだろうか。
ちょうどふにゃりと笑った彼女に、剥げかけていた掛け布団を掛けてやる。
起こしてしまわないように、静かに。
細心の注意を払いながら、俺は寝室から抜け出した。
日課と言える程大したものではないが、一応朝やる最低限の事はほぼ決まっている。
外の井戸で水を汲み、顔を洗って目を覚ます。
動物たちにエサをやって、それから自分の食事を作る。
俺は、生まれは貴族だ。
王城に入る十五歳までは、もちろん屋敷で生活していた。
その時は流石に身の回りのあらゆる事がメイド任せだったが、趣味が高じて正式にスキル研究家として王城のお抱えになった頃から、身の回りの事は自分でしている。
だからもう朝支度も、随分と慣れたものである。
もちろん王城にいた時と比べると、少なからず自分でしなければならない事は増えた。
一人暮らしに「勝手に補充される備品」という概念は存在しないため、料理のための食材や日用品を買いに行く必要が出てきたのなんて、その筆頭だ。
しかしそれも、それ程苦に思った事はない。
まぁドラド曰く「その辺の感覚が『変わった貴族』なんだよ」らしいけど。
「お。おはよう、今日は早いな」
「モォ~」
顔を洗っていると、大きな体でノッシノッシとやってくる同居牛と鉢合わせた。
挨拶をすると返ってくる鳴き声は、気が抜ける程のんびりとした響きを持っている。
あの活動的な二匹の犬と頑固な鶏との同居にも拘らず、彼らに呑まれずかなりマイペースを貫き通しているあたり、正に「鳴き声が体を現している」と表現するのがしっくりくるような牛だ。
……そういえば、今までは特に必要性を感じなくて名前などは付けていなかったけど、昨日、エレンが何か呼び名を使っていたような。
「……モォさん?」
「モォ」
果たして反応するのだろうか。
そう思いながら、彼女が昨日呼んでいた鳴き声そのままの名前で呼んでみると、返事らしき鳴き声が返ってきた。
まぁそれだけだったら偶然の可能性もあると思っただろうが、併せて頬をベロンとやるという少々珍しい事をされたので、「どうやらこの呼び名に肯定的らしい」と考える。
……それにしても。
「せっかく顔、洗ったのに」
ザラついた感触がまだ残る頬から、プーンと生臭い臭いがしている。
仕方がなくもう一度井戸水で顔を洗い直そうとタライに水を溜めたところ、俺が顔を洗う前にその水をモォさんがピチャピチャと飲みだした。
「お前のためのじゃないんだけど……まぁいいか」
流石にこの程度で、水全体が臭くなるような事はない。
モォさんが飲んでいる隣で、俺はバシャッと頬を洗った。
うちには現在、犬が二匹、牛が一頭、鶏が一羽住んでいるが、彼らの住居は区切っていない。
理由は色々とある。
小屋を作ったとして昼間俺がいないのに、その中に閉じ込めておくのは可哀想な事。
そもそも小屋を作るのが面倒くさい事。
そして何よりみんな揃って、閉じ込めたり繋いだりしたところで大人しくその場に留まっているような性格ではない事。
まぁそういう訳で「この家の敷地内であれば、好きな時に好きな場所にいてくれていい」という思いの元、トイレとエサ箱は作った上で、あとは基本的に放任だ。
実際に、家の中での過ごし方はそれぞれの性格がよく出ている。
人懐っこい犬たちは、基本的に二匹仲よく広くて朝になると必ずみんなが集まるリビングで寝る。
さっき起きてきていた牛は、マイペースな彼女らしく気分によって寝る場所を変える。
気難しい鶏は、寝る場所こそ決まっているが、朝起きるのは俺より早いので、このくらいの時間になると、どこにいるかはその時々による。
俺は俺で、朝起きる時間や冒険者ギルドで仕事を受注するなどタイムスケジュールが、ある程度決まっている。
その中に、一日二回、朝と夕方。
彼らへのエサやりも入っている。
それぞれのエサ箱にただ入れるだけの、誰でも簡単な作業だ。
入れておけばこれまた自分たちの好きな時間に勝手に食べてくれるので、お互いに自分のしたい生き方をしながら、それ程気を遣う事もなければ、不便もなく共存できている……のだが。
「おーい、退いてくれ」
エサをやろうとエサ箱のところに向かったところ、箱の上にデーンと座っている鶏がいた。
邪魔である。
これじゃあエサを入れられない。
しかし声をかけたところ、チラリとこちらを見はするが、それだけ。
動く気はまったくなさそうだ。
「そこにいると、いつまで経ってもエサ入れられないんだけど」
「……」
「じゃあ今日はここに置いておくのでいい? いてっ、いてててて!」
仕方がなくエサ箱の隣に今日の分を置こうとしたところ、「何しとんじゃ」と言わんばかりに容赦なくその手を突かれた。
めちゃくちゃ痛い。
手加減なんて微塵もない。
「いや。だから嫌なら、エサ箱から退いてって言ってるだろ」
こいつは、一体どうしたいのか。
この鶏が頑固で神経質な性格なのは、今に始まった事じゃない。
エサだって、この場所でその容器に入れないと怒るのは、むしろ平常運転だ。
だから「退いてくれ」と言っているのに、退かないくせに横に置くのも不服なんて。
「我儘め」
エサをやるのを後にして、先に自分の朝飯を作るという手もある。
が、それはそれでこいつはきっと、抗議の突き攻撃をしてくるだろう。
さて、どうしたもんか。
そう思った時だった。
眠気眼の小さな救世主が現れたのは。
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