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【第二章】第二節:冒険者ギルドで今日の依頼受注
第15話 友人を誇りたいエレンの説得
しおりを挟む冒険者ギルドへの到着がいつもより少し遅くなったのは、家を出る前の身支度に、意外と手こずったからだ。
まず、着替えるのが大変だった。
昨日ドラドからもらった子ども用の服を出して「これに着替えて」と言ったのだが、着替えたところ少し大きかったのだ。
だから着ている状態で、手や足の袖を折ってやったのだが、手を終え足をやっていたところ、犬たちが引っ張り折り目を戻す。
仕方がなく足を折った後でもう一度腕を折っていたら、今度は足の折り目を引っ張る。
俺が怒っても、まったく懲りない。
エレンからも言ってもらおうと思ったら、何故かエレンも俺の必死の攻防を楽しんでいる始末。
結局先に犬たちを追い払ってから手と足の袖を折り、第一段階はクリアした。
次に大変だったのは、エレンの寝ぐせの矯正だ。
頭の輪郭に逆らって、ピョンと外はねした横髪。
男なら未だしも女の子の髪を整えない訳にはいかない。
とはいえ俺は、寝ぐせが付いた事など殆どない。
あったところで、少々いいかと特に気にせずに今日まで来た。
一体どうやれば直るのか。
とりあえず、はねた髪に水をつけてみた。
しかし頭に撫でつけたところで、ぴょんと元に戻るだけ。
何度かやったが、手強かった。
どうしたものかと考えたところで、「そういえば以前何かに付いていたリボンをどこかに取っておいた筈」と思い出す。
それで髪をくくってしまえば、もしかしたら誤魔化せるかもしれない。
そう思いやってみたのだが、やわらかい髪を結ぶのは存外難しい。
結局「帽子を被れば!」と思いつき、家にあった予備の麦わら帽子を引っ張り出してきた。
帽子は、もちろん大人サイズ。
被せてみたところ大きすぎて、風が吹けば簡単に飛びそうだった。
少し考えて、「飛びそうなら固定すればいいのだ」と思いついた。
帽子の耳の辺りに穴を空けて、そこに先程のリボンを通す。
エレンに被せて顎の下で蝶々結びして、「よし、これで大丈夫だろう」と頷いた。
それらの奮闘を経て、町を歩いた。
ギルドは、街の中央通りに面している。
しかし広い一本道を進むだけなのに、これまたいつもより時間がかかった。
純粋に「子どもの足に合わせて歩いたから」という理由もある。
しかしそれより大きかったのは、エレンが目を輝かせて、あっちにフラフラ、こっちフラフラ、ジグザグに歩いたからだった。
ここは田舎だが、人がまったくいないという訳でもない。
これじゃあ通行人にぶつかって、迷惑をかける。
そう思い、慌ててエレンの手を握った。
しかしエレンは何を思ったのか、こちらを見上げて嬉しそうに笑う。
まっすぐな笑顔に信頼が見えた気がして、少し照れてしまった。
大人げなく目をそらすと、繋いだ手がブンブンと、前に、後ろに行き来する。
「エレンがいた所でも、このくらいの道はあったんじゃないのか?」
間を持たせるためにそんな世間話を持ち掛けると、エレンは「ううん」と首を横に振る。
「エレンのいた村は、お買いもののばしゃがくるんだよ!」
どうやら行商しか来ないような、小さな村に住んでいたようだ。
それならまぁ、この景色に目移りするのも無理はないかもしれない。
眺めているのすら楽しいと言わんばかりに、周りが気になる様子のエレン。
お陰で彼女の隣を歩くメェ君が、よそ見しているエレンのために、前の道に落ちていた石ころを、小走りで横に蹴り避けている。
献身的……というよりは、ちょっと過保護な気もあるな。
そんなふうに思いながらメェ君を眺めていて、ふと冒険者ギルドに着く前に一つ言っておかなければならない事があったのを思い出した。
「エレン。これからたくさんの人がいるところに行く時は、メェ君に特殊な力がある事は内緒にしないとダメだからな?」
「とくしゅな力?」
「メェ君が、どこまでも沈み込むモフモフの持ち主だっていう事」
まるで底なし沼のように、エレンをゆっくりと飲み込もうとした、あの羊毛。
スキル研究家として色々なスキルや状況に遭遇してきたおかげで、突発的な異常事を見せられる事にある程度耐性のある俺でさえ、面食らった光景だ。
もし他の人に知れたら、間違いなく騒ぎになるだろう。
エレンとメェ君が平穏に生きるためには、周りには秘密にしなければならない。
「でも、メェ君のせなかはモコモコで、とってもきもちいいよ?」
彼女の表情から「すごいのに、どうして言っちゃダメなの?」という疑問が、ありありと見て取れた。
少し不満そうでもあるのは、もしかすると「自慢すべき友人を、自慢するなと言われた」ように聞こえたのかもしれない。
実際に、そういう面もある。
『沼』に関連する話は、自慢だろうが周りに言ってはいけない。
このラインは、俺としては譲れない。
――しかし、そもそも彼女が「沼関連」とそれ以外とで、分けてどちらか片一方だけ秘密にできるだろうか。
今のメェ君自身のよさを秘密にしろと言われているのだと勘違いしている彼女を見て、そう思った。
話していいのか、いけないのか。
その内容に判断が付かない可能性があるのなら、事故防止のためには、そもそも「メェ君に関する過度な自慢は禁止」としておいた方が確実かもしれない。
「たしかにメェ君の羊毛は、人をダメにする才能があるくらい、ものすごく気持ちがいい」
「うん!」
「それはとてもすごい事だ」
「でしょ?!」
「でも、だからこそ知られるとマズい」
「え?」
満足げだったエレンが一変、最後の一言で「どうして?」という顔になる。
「だって、皆にバレたらメェ君は間違いなく人気者になるだろ? そうなったら、四六時中モフモフされるくらいなら、まだマシだ。下手したら『もっとモフモフしたい。よし、誘拐しよう!』なんて思う奴も、出てくるかもしれない」
「ゆうかい?!」
エレンが、ガーンという効果音がピッタリな表情になる。
「誘拐なんてされたら、エレンとメェ君は離れ離れだ」
「めぇっ?!」
メェ君も悲痛な鳴き声と共に、ガーンという顔になる。
「嫌だろ?」
「いや!」
「めぇっ!」
「だからメェ君のすごいところは、俺たちだけの秘密だ」
「わかった!」
「めっ!」
どうにか分かってくれたらしい。
真剣な表情で「ひみつ!」「めぇっ」と頷き合っている一人と一匹の姿に、俺がホッと胸をなでおろしたところで、ちょうど冒険者ギルドの前に到着したのだった。
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