20 / 53
【第二章】第三節:初めての畑育
第19話 農業の合言葉は「楽しく」
しおりを挟む門の外に出て、農地へ向かう道中。
連れたちの歩幅が小さいので、自ずといつもよりゆっくりな速度で向かっていた。
そうして見る街の外の風景は、何だか不思議といつもと比べて穏やかに見える。
いつもより、土の匂いが近くに感じる。
いつもなら気付かない程のそよ風が、頬を撫でている事にも気が付いた。
「おさんぼ楽しいねぇ、メェ君」
「めぇ」
穏やかさに拍車をかけるようなそのやりとりに、俺は「別に散歩ではないのだが」と思う反面、「まぁ道中でさえ楽しめるに越したことはないか」と微笑した。
今向かっている今回の依頼主とは、既にかなりの顔見知りだ。
王都から越してきて、一年。
普段あまり受注されない非戦闘系依頼を出し続ける仕事場は元々ある程度限られるが、そこはそういうところのうちの一つ。
今でも農業素人だが、それよりももっと何も知らなかった時から嫌な顔一つせずに、丁寧に仕事を教えてくれた場所でもある。
「こんにちは、ジェームスさん」
「おや、スレイ。時間的に今日は来ない日かと――ん?」
声を掛けると、俺に気が付いたジェームスさんが、苗を植えていた手を止めてこちらを見た。
そして、どうやらすぐに同行者の存在に気が付いたようだ。
「今日は一人じゃないんだね?」
初対面の一人と一匹に、いつもと変わらぬ穏やかな目をやんわりと細めて彼は笑った。
「エレンはエレン! メェ君はメェ君なんだよ!」
「めぇっ」
「すみません。実は昨日、仕事の帰りにたまたま出会って。自称『旅人』なんですが、帰る事ができる家もなくお腹もすかせていたので、昨日はうちに泊まらせていて」
そういえば、彼女についてどう説明するか、考えていなかったと今更気付く。
とりあえず正直かつザックリと事の経緯を伝えると、ジェームスさんは「へぇ。よかったねエレンちゃん、泊まらせてもらえて」とエレンに言った。
「うん! たのしかったよ! モォさんと、わんさんとウォフさんと、げんじろうもいた!」
わんさんとウォフさんとは、多分犬たちの事なのだろう。
あいつらそんな名前だったのか。
……しかし、そうなると猶更『源次郎』の異質さが目立つな。
「今日『仕事に行く』と俺が言ったら『エレンもついて行く』と言ったので連れてきたのですが……邪魔はさせないので、見学だけさせてやってもらえないでしょうか」
ジェームスさんは優しい人だが、だからこそ迷惑じゃなければいいんだが、と思う。
迷惑な事にならないように、もし了承が得られたら、エレンたちには改めて「いい子に見ているように」と言い聞かせよう。
そう強く心に決めたところで、顎に手を当て少し「うーん」と悩むそぶりを見せたジェームスさんがエレンに一つ問う。
「エレンちゃん、農業……お野菜を育てるのに興味はないかい?」
「あるー!」
「じゃあ見学だなんて寂しい事を言わず、一緒にやってみるのはどう?」
「え、いいんですか?」
「いいよ。農業に興味のある人は大歓迎だからね」
――農業に興味のある人は大歓迎だからね。
その言葉には、聞き覚えがある。
俺が初めてこの人のところに仕事に来た時に、「何も知らないくせに、仕事だってやってきてご迷惑ではないですか?」と聞いた事があった。
その時の彼も、ちょうど今と同じ顔で、同じ事ようなを言っていた。
懐かしいなと、思い出す。
初めて農業に触れたあの日、とても疲れたし汗だくになった。
しかしものすごく楽しくて、今までに感じた事のないような清々しさを感じたのだ。
「エレン、どうする?」
「やる!」
「めぇ!」
「メェ君もやるって!」
エレンもメェ君も、即答だった。
「いいでしょうか、ジェームスさん」
「いいよ。せっかくだから、スレイが教えてあげるといい」
「え、でも」
俺に、教えられるだろうか。
ジェームスさんなんかと比べたら、まだまだ素人に毛が生えた程度の知識と経験しかないような俺に。
「大丈夫、君にならちゃんと教えられるよ」
彼のその言葉が、俺の背中を優しく押す。
笑みに細められた目に、できた深い笑い皺に、何だかこの一年分の彼からの信頼を感じた気がした。
そうだ。
たしかに俺はまだ素人の横付き程度だけど、それでもこの一年、ジェームスさんに教えてもらった事はちゃんと覚えてやってきた。
「頑張ります」
「楽しくね」
「はい」
農業は体力的に過酷で、とても地道な作業。
だからこそ心に余裕を持って、楽しんでやらなければいけない。
そう、農業の基礎を教えてくれた先生に、俺は笑顔で頷いた。
山のように用意してある苗の一部を一輪の手押し車に積み込んで、俺は車の握り手をよいしょと持ち上げた。
不安定なデコボコのある茶色い農地に、車をゴロゴロと押しながら歩き出せば、すぐ後ろをエレンとメェ君が列になってついてくる。
まるで、ひな鳥の行進だ。
後ろを向いてそう思ったと同時に、エレンとまっすぐ目が合った。
「エレンも、もつ?」
「ダメ。そもそも身長が足りないだろ?」
「ぶー」
だから先程、手押し車を押す俺を見て、真っ先に「エレン、やる!」と言ったのを却下した。
まさかこんな短期間で、その時の決定が覆る筈もない。
そんな可愛いいじけ顔を見せてきたところで、ダメなものはダメだ。
苦笑しながら前を向き、俺たちは作業初めの位置まで向かった。
手押し車を適当なところに止め俺が畝の前に中腰になれば、エレンとメェ君もその隣に、俺の真似をして並んで座り、俺を見て嬉しそうに笑う。
41
あなたにおすすめの小説
【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~
御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。
十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。
剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。
十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。
紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。
十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。
自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。
その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。
※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。
【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-
いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、
見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。
そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。
泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。
やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。
臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。
ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。
彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。
けれど正人は誓う。
――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。
――ここは、家族の居場所だ。
癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、
命を守り、日々を紡ぎ、
“人と魔物が共に生きる未来”を探していく。
◇
🐉 癒やしと涙と、もふもふと。
――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。
――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。
どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!
スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!
天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。
ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。
ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。
ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。
なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。
もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。
もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。
モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。
なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。
顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。
辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。
他のサイトにも掲載
なろう日間1位
カクヨムブクマ7000
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる