元王城お抱えスキル研究家の、モフモフ子育てスローライフ 〜スキル:沼?!『前代未聞なスキル持ち』の成長、見守り生活〜

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【第二章】第三節:初めての畑育

第22話 弱いスキルの使い方

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 水がポーンと飛んで行った先は、先程苗植えをしたあの畑だ。

 ある程度遠くまで行くと、彼のスキルで球体を維持できる距離を越える。
 その直前に、うまくスキルを解除すれば――。


 球体を形作っていた水が、綺麗に破裂してしぶきが飛散する。 
 畑に降り注ぐ水滴に太陽の光が反射する。
 そしてそれは、ひと時の幻想を作り出す材料にもなった。

「ふわぁぁ! にじ!!」
「めぇ~!!」

 エレンが立ち上がった。
 メェ君も立ち上がった。
 二人の目は虹に釘付けだった。

 水が畑に降り注ぎ切れば、虹はふわりと消える。
 代わりに苗に着地した一部の水滴が、太陽の光で葉をキラキラと飾り付ける。


 まるで生き物の、植物の命の輝きのようだ。
 先程までの幻想的な景色とはまた違う、地に足の付いた美しさだ。

「じぇーむすさん、まほう使い?!」
「おとぎ話のかい? これ以上の褒め言葉もないねぇ」

 胸の前の手をグーに握り込んでピョンピョンと飛び撥ねるエレンに、ジェームスさんは照れくさそうに笑った。

「まぁこれは、スレイにアドバイスを貰ってできるようになったんだけどね」

 それまでは、単に水を少量浮かせる事ができるだけの自分のスキルでは、大した役に立たないって思っていた。
 彼はそう言ってこちらを見てくる。


 それに誘導されるように、エレンの顔がグリンとこちらを見た。
 
「スレイもすごい!」
「いや俺は……」

 単に知っていただけだ。
 そういう使い方ができる事を。
 そしてそれを教えただけ。

 こんなのは、『スキル相談室』案件にするほどの事ではない。
 ジェームスさんには普段からお世話になっているし、せっかく農業をやっている彼が水のスキルを使わないのは、宝の持ち腐れだと思った。
 ただそれだけだったのだから。


 弱いスキルにだって使い方がある。
 武力にはならないけど、生活には役立つ使い方が。
 その方法を知っていたから、俺は少し教えただけだ。


 思っただけ、教えただけで、あの芸当ができるようになったりはしない。
 あんな風に満遍なく、優しく水を降らせるようになるまでは、何度も練習が必要になる。

 頑張ったのはジェームスさんだ。
 ただ俺が教えただけの、実践してみせる事すらできていないものを真摯に聞いて、信じてくれた。
 練習してくれた。
 その成果が、あの光景だ。

「ジェームスさんは、すごいですよ」

 心からの称賛を向けると、俺の気持ちが伝わったのか。
 エレンたちに向けたのよりも、更に照れた様子で顔をそむける。

「褒めても大したものは出ないよ。今日はたまたま隣の畑から貰ったレタスがたくさんあるから、気持ちよく持って帰ってもらうためにも、頑張って仕事をしてもらわないと」

 彼は、そう言いながら立ち上がった。
 そそくさと歩き出す彼だったが、その耳は真っ赤になっている。


 大したものは出ないと言いつつ、彼はレタスをお土産にくれるらしい。
 そんな彼のちぐはぐな言及からは、人の良さが拭えない。


 自分より随分年上の男性のそういった照れ隠しが、少しばかり可笑しくてクスリと笑う。
 一足早く立ち上がり再び畑に向かった彼の後ろ姿に続くように俺も立ち上がれば、エレンが元気に駆け寄ってきた。

「いいなぁ! エレンもすごくなりたい!!」
「え」
「エレンにも、すごくなりかた教えてスレイ!」

 想定外のお願いに、俺は「うーん」と考える。

 エレンのスキル『召喚士』。
 たとえ底辺《ボトム》階級の力でも、生活に役立てる方法は、すぐに幾つか思いついたけど。

「その話はまた今度な」
「えーっ?!」

 すぐに教えられる事ではないし、何よりも今は仕事中だ。
 今は仕事を進める事の方が、間違いなく優先度が上である。


 プゥーッと頬を膨らませたエレンだが、そんな可愛らしい顔をしたところでこれは譲れない。
 苦笑しながら置いていくと、数秒後には体重の軽い足音が付いてき始めてたから、とりあえず納得したのだろう。

 その様子をチラリと目をやって確認した時だった。
 ちょっといじけたエレンの顔が、ハッと驚きの表情に変わったのは。

「ぅわっ?!」

 何もない場所で躓いた。
 俺に分かったのは、それだけだ。

 反射的に振り返り、手を伸ばす。
 しかし距離がある。
 届かない。

 エレンの体は重力に負けた。

 ドサッという音と共に、エレンが前のめりに転んだ。
 そのまま、数秒間の沈黙。
 むくっと体を起こしたエレンは、目いっぱいに涙を溜めている。

「いたい……」

 エレンの膝には、擦り傷ができていた。
 そんな彼女を見て、メェ君が「ピヤッ」という悲鳴を上げる。

 彼は、慌ててエレンの隣に駆け寄った。
 そして身を寄せ、おそらくその魅惑のモフモフで慰めようと――エレンがモフモフの中に呑み込まれた。

 彼女の小さな体の半分。
 転んで怪我をした側だけが、柔らかなモフモフに沈み込む域を優に越えて、物理的に不可能な埋もれ方をした。

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