27 / 53
【第二章】第四節:初めての料理育
第26話 生野菜も美味しい
しおりを挟む「おやさいは、火をとおさないとおなかをこわしちゃうんじゃないの?」
「え?」
そんな事はない。
現にエレンだって昨日、生のトマトを食べながら家に帰ったじゃないか。
そう思うが、彼女の疑問……というよりは、困惑顔か。
その手の表情は深まるばかりだ。
「おばあちゃんが、『おやさいは生ではたべられない』って言ってたよ?」
「そんな事は……あ」
そんな事はない。
そう言いかけて、思い出した。
野菜が生で食べられない。
そんな話がある地域もあると、前に教えてもらった事があった。
たとえば瘴気が濃い土地の野菜は、熱を入れて瘴気を抜いてからではないと渋くて食べられたものではない。
そういうところから品物を持ってくる行商しか通らない小さな村では、同じように生で野菜を食べる習慣がない。
だからそうでない土地は、恵まれている。
そういう話をどこかで過去に耳にした。
エレンが住んでいた場所は、そういうところだったのかもしれない。
「大丈夫。ちゃんと美味しいし、お腹を壊したりもしないから。このドレッシングでもっと美味しくなるしな」
「どれっしんぐ?」
「そう。この液体。ゴマをすりつぶして、調味料と混ぜている物らしい。この前初めて買って食べたんだけど美味しかった」
そう言って、エレンのだけに掛けてやる。
俺の分にはかけなかったのは、エレンの舌に合わなかった時に俺のと交換するためだ。
騙されたと思って、食べてみろ。
そう勧めると、エレンはフォークを握り、おずおずとした動作でドレッシングのかかったトマトとレタスを上から刺した。
そのまま口にそれらを持っていく。
シャキッという音と共に、口の中で咀嚼される。
モグモグモグと咀嚼されるにつれて、エレンの顔は劇的に変わった。
恐々だった顔が、驚きに変わり、それからパーッと明らかに華やぐ。
「スレイ! おいしい!!」
「だろ?」
こっちを見て「新発見!」みたいな顔で教えてくれたエレンに、俺は少し得意げになる。
そんな俺たちを見たメェ君が、足元で「めぇめぇ」と言い出した。
「メェ君も食べたいって。あげていい?」
そういえば、メェ君には生野菜はやっていない。
「ドレッシングがかかってないところだけな」
そう言うと、エレンは嬉しそうに頷いて、すぐに生野菜をメェ君にあげる。
「めっ! めぇぇ!」
「だよね! おいしいよね!! スレイ、メェ君もおいしいって!」
「そっか、それはよかったよ」
美味しさを分かち合えて嬉しそうなエレンと、メェ君。
机に頬杖を突きつつそんな彼女たちを見て、俺は「次からはサラダも、メェ君のを用意しないとか」と内心考える。
しかしこうして見ていると、改めてこの子たちは動物と人間だとは思えないくらい、仲がいい。
俺も動物たちと同居しているし、俺だって別にその動物たちとの仲が悪いとは思っていない。
うまくやっている方だと思うが、それでも手放しに「仲がいい」とは言い切れない自分がいる。
しかし彼女たちは、違う。
彼女たちには、同居人同士以上の絆がある。
メェ君はいつもエレンの傍にいて、エレンの事を助けている。
エレンはメェ君を友達だと口にしているが、どちらかと言えば家族――兄妹のような関係性に見える。
この一人と一匹なら、大人になるまで、いや、大人になってからも、命が続く限り傍にいるのだろうという納得がある。
対して俺は、どうだろう。
「なぁエレン」
「ん?」
俺の言葉に、エレンがスプーンを咥えたまま、こちらを見てきた。
「昨日エレンたちと初めて会って、トマトをやったらメェ君の羊毛が大惨事になって、なりゆきでうちに連れてきて、それからもちょっと色々あって。結局ドラドたちと話している途中でエレンが寝ちゃったから、その日はうちで寝かせたんだけど」
実は、本当は昨日、エレンに聞かなければならない事があった。
今日の朝聞いてもよかったが、寝起きよりは夕方の方が、まだ頭が働いた状態のエレンに聞けるかと思って、先延ばしにした。
そう。
昨日の夜、ドラドと話した内容だ。
エレンには今、家がない。
他人の俺には、エレンの旅を止める権利はないけれど。
「エレンの居場所を当分の間、この家にしてみないか?」
子どもと非戦闘動物が一人と一匹で旅をして、永遠に怪我なく平和にやっていける程、この世界は優しくない。
彼女たちがここまで怪我も病気もなく来れたのは、運の良さもあれば、メェ君の『沼』のお陰でもあったのだろう。
運も実力の内と言うし、『沼』に関してはれっきとしたメェ君の実力だ。
彼女たちの実力と絆があってこその旅の成功だとは思うけど、すべてにおいて運の良さが振るわれる訳ではないし、『沼』だって、メェ君が元気でなければ使えない。
不慮の何かがあった時、必ずしも彼女たちを守ってくれるような万能なものではないだろう。
だから、大人に頼っていい筈だ。
血の繋がりがあるとかないとか、そんな事は関係ない。
エレンもメェ君もいい子だし、俺は可愛いと思っている。
「裕福な生活をさせてやれる訳ではない。今日みたいな生活を毎日していく。それでも衣食住は保証するし、エレンのおばあちゃんとはちょっと違うかもしれないけど、この国や世界の事、スキルの事。エレンが知らない色々な事を、少しずつだけど教えてあげられると思う」
自分を買い被るつもりはないが、幸い俺は貴族の出で、元王城勤めのスキル研究家だ。
この町の人たちよりはもちろん、下手をすればその辺の貴族よりは幾らか、多くの知識があると思う。
その中から、エレンが生きていくために必要な事、あった方がいい情報や経験を、少しずつ分けてあげる事ができる。
――もちろん時間と、エレンのやる気があればだけど。
俺の言葉に、エレンは目をパチクリとさせた。
思えば真面目な話をするあまり、エレンには少し難しい話になってしまったかもしれない。
もう少し、言葉を崩して言い直すべきか。
そう思って口を開きかけたところで、エレンがコテンと首を傾げた。
「きょうみたいな、って、また苗うえる?」
「そうだな。他にもやるだろうけど」
「じぇーむすさんみたいな事も、おしえてくれる?」
「ジェームスさん? ……あぁ、スキルか。同じ事はエレンにはできないだろうけど、エレンにできる事なら教えてあげられると思う」
「スレイとおなじお家で、モォさんとわんさんとウォフさんとげんじろうと、みんなでくらす?」
「そうなるな」
頷いた俺に、エレンは嬉しそうに笑った。
「エレン、スレイのお家にいる! みんなでワイワイたのしいし、スレイ、おばあちゃんみたいだもん!」
「おばあちゃん……?」
俺、女でも年寄りでもないんだが。
反射的にそう言ったが、嬉しそうにメェ君と「ね、メェ君!」「めっ!」などというやり取りをしているところを見れば、嘆息交じりに「まぁいいか」と思った。
「じゃあこれからは、エレンの帰る家はここ。俺もエレンがまた旅に出るまでは、エレンの事を『うちの子だ』って言うし、エレンも誰かに聞かれたらそう答えろよ?」
「うん!」
「めっ!」
元気よく返事をした彼女は、椅子からストンと降りるとまっすぐ同じ室内で寝転ぶ犬たちのところに駆け寄った。
「エレンもきょうからこの家の子になったよ! よろしくね!!」
「わふっ」
「わんっ!」
「ぅわぁっ?!」
エレンの言葉を理解したのか、顔を上げた二匹は勢いよくエレンに飛び掛かった。
転ばされたエレンの背中に滑り込み、メェ君がモフッと受け止める。
驚いた顔をしたエレンだったが、二匹に片方ずつ頬をベロンベロンと舐められて、すぐにくすぐったそうに笑いだしたのだった。
42
あなたにおすすめの小説
【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~
御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。
十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。
剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。
十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。
紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。
十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。
自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。
その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。
※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。
【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-
いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、
見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。
そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。
泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。
やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。
臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。
ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。
彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。
けれど正人は誓う。
――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。
――ここは、家族の居場所だ。
癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、
命を守り、日々を紡ぎ、
“人と魔物が共に生きる未来”を探していく。
◇
🐉 癒やしと涙と、もふもふと。
――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。
――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。
どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!
スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!
天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。
私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
☆ほしい
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
辻ヒーラー、謎のもふもふを拾う。社畜俺、ダンジョンから出てきたソレに懐かれたので配信をはじめます。
月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
ブラック企業で働く社畜の辻風ハヤテは、ある日超人気ダンジョン配信者のひかるんがイレギュラーモンスターに襲われているところに遭遇する。
ひかるんに辻ヒールをして助けたハヤテは、偶然にもひかるんの配信に顔が映り込んでしまう。
ひかるんを助けた英雄であるハヤテは、辻ヒールのおじさんとして有名になってしまう。
ダンジョンから帰宅したハヤテは、後ろから謎のもふもふがついてきていることに気づく。
なんと、謎のもふもふの正体はダンジョンから出てきたモンスターだった。
もふもふは怪我をしていて、ハヤテに助けを求めてきた。
もふもふの怪我を治すと、懐いてきたので飼うことに。
モンスターをペットにしている動画を配信するハヤテ。
なんとペット動画に自分の顔が映り込んでしまう。
顔バレしたことで、世間に辻ヒールのおじさんだとバレてしまい……。
辻ヒールのおじさんがペット動画を出しているということで、またたくまに動画はバズっていくのだった。
他のサイトにも掲載
なろう日間1位
カクヨムブクマ7000
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(りょうが)今年は7冊!
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる