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【第四章】 第三節:初めての依頼達成と新たな仲間
第52話 リスの魔道具のヒミツ
しおりを挟むどういうふうに使うのが、目的達成の一番の近道か。
それを考える事ができるだけの「自分の『特性』に対する理解」と、自身の中にそれをうまく使う事ができるだけの「戦略を組み立て」。
それらができればいいだけである。
もちろん戦略を組み立てるのにも、ある程度の適正が必要になるだろう。
しかしそれも、一定のところまでは適性の有無に関係なく努力でどうにかなるレベル。
これは「どれだけやる気があって、どれだけ頑張れるか」、結局はそこに集束する話だ。
「まぁ、ぷぅちゃんが本当にやりたいんなら、暇な時間に訓練に付き合ってやるから」
そう言って、俺は手をぷぅちゃんに向かってスッと出す。
手のひらを上にして出したのは、それこそが、動物たちと俺とで決めた、意思疎通の方法だからである。
俺が出した手の上に手を重ねれば、イエス。
ノーなら、顔を乗せる。
ぷぅちゃんはこちらを見ないまま、チョチョチョチョイッと横歩きして……何も言わずにただその羽根の先をチョンと乗せてフンッと鼻を鳴らした。
本当に素直じゃないやつめ。
そう思ったが、最初は可愛くないなと思っていたその性格にも、慣れてくると段々と愛着を感じ始めている自分がいる。
そんな自分に苦笑しながら、俺は自分の請け負った仕事に戻る事にする。
この地に来てからの俺の仕事と言えば専らギルドで非戦闘系依頼を受ける事だったが、最近新たに家でできる仕事が増えた。
持っていたスキル発動検知用の魔道具を棚に置く代わりに、隣にあった置物を手に取り、エレンたちがいる庭の縁側によいしょと腰を下ろす。
――木彫りのリスの魔道具。
先日逃げたのを捕まえて、返す事で依頼完了……かと思ったら、加えて調査を依頼された代物だ。
彼女曰く、「せっかく見つけてもらったのに、またいつ脱走するか分からないのでは安心できない」「逃げた魔道具を必ずしも見つけられるとは限らない事から、この魔道具の発動条件と、ついでに何をするための魔道具なのかも調べてほしい」との事だった。
追加の依頼で少し驚いたものの、理由を聞けば納得だ。
魔道具が逃げないようにするには窓を空けなければいいのだが、他の魔道具のためにも、喚起は絶対。
そのためには窓を開けねばならない。
だからそもそも発動しないように管理したい。
せっかく持っているのだから、もし利用用途が日常生活に役立つのなら、こっそり使うのもいいかもしれない。
そう思うのは、魔道具を現状のまま保管しておくのに「父が大事にしていたものだから」という以外の理由がない彼女にとっては、正当だ。
魔道具は、使えなくなっても壊れはしない。
魔道具としての役割を終えた後、置物として持っていられれば「父の大切にしていたもの」を大切にし続ける事は可能だ。
魔道具を愛する者の中には「魔道具の魔道具たる機能を持たせたまま保存する事にこそ意味がある」という人もいるけど、幸い俺にはその手の思想はない。
持ち主がしたいようにすればいい。
『魔道具師』が丹精込めて作ったものなのだから粗末に扱うのはいただけないが、そうでないのなら俺が口をはさむ事ではないと思っている。
それに。
「どんな機能があるんだろうなぁ」
ちょっと楽しみに思いながら、改めて手にした魔道具を見る。
前、後ろ、上、下。
色々な角度から魔道具を見て、まずは魔道具の動力源――魔石を探すが、見つからない。
魔力がなくなった時に入れやすい、または魔石を取り換えやすいようにするために、魔道具の魔石は基本的に見える場所にある筈なのだが、一体どこに……。
「あっ、この鼻って」
角度を変えてみていたところ、鼻がキラリと光った気がした。
よく見てみると案の定、こげ茶色の石が嵌め込まれている。
「魔石に色を付けるなんて、また手の込んだ事を」
基本的に、魔石は深い紫色だ。
その魔石に色を付ける事は、可能ではあるが面倒臭い。
魔道具は、作り手も買い手も機能だけではなく、見た目も気にする事が多い。
だからそのまま使って色彩がおかしくないところに魔石を嵌め込むか、そうでなければ見えにくい位置に隠してしまう。
それが一般的な魔道具だ。
魔石に入っている動力の残りは……まだ半分以上は残っているな。
という事は、捕獲劇の時に動かなくなったのは、動力切れが原因ではない。
「ありがちなのは、魔石に触れる」
動かない。
「じゃあ、魔石を押してみる」
動かない。
「あとは、魔石に触れた状態でスキルを使ってみる」
ピョコッと顔が持ち上がり、魔道具のリスと目が合った。
目をパチクリとしたリスは、まるで生きているかのように、捕獲している俺の手から逃れようと、手足をジタバタとさせ始める。
「あーっ! リスさん!」
「めぇ!」
「ぷ?」
そうやらリスが動き出したのを察したらしいエレンが声を上げれば、いつものようにメェ君が同調し、ぷぅちゃんが「何?」と言わんばかりに振り向いた。
庭からこちらに、エレンが嬉しそうにタタッと走り寄る。
もちろん二匹も後に続き、ついでに外で追いかけっこをしていた大型犬二匹も、エレンが追いかけっこの逃げ役でもしてくれると思ったのか、後ろをワフッと追いかけて――。
「おい、わんさん、ウォフさん」
「あっ」
「え」
飛び掛かるなよ、と俺が言う前に、何もない所でエレンが躓いた。
地面に転ぶエレンがスローモーションで見える。
ぷぅちゃんがエレンの首根っこを加えて飛ぼうとするが、エレンの体重は支えられない。
メェ君が慌ててクッションとなるべくエレンの下に滑り込み、その上にわんさんとウォフさんがこれまた「遊んでくれている」とでも思ったのか、覆いにかかった結果ぷぅちゃんは完全にエレンの道連れになり、そんな二匹の勢いにびっくりした源次郎が「コケーッ!!」と声を上げた。
ドシンと地面に落ちた面々の、一番下はもちろん間に合ったメェ君だ。
お陰でエレンは地面に付く事もなければ、擦り傷一つ負っていない。
しかし犬たちの下敷きにはなり、その勢いに乾いた地面から砂埃がモクモクと立った。
「エレンっ、大丈夫か?!」
慌てて裸足で縁側を折り、のしかかった犬たちをべりっと剥がせば、うつぶせのエレンが見えて。
「スレイ!」
「どうした?!」
「メェ君のモフモフとわんさんとウォフさんのフサフサにつつまれて、しあわせだった!」
「ならよかったよ!」
ニパッといい笑顔で笑ったエレンに、やけくそ交じりに言葉を返す。
まぁでも本当に怪我がなくてよかった。
犬たちに潰されたかと思ったぞ、なんて思っていると、どこからともなく声がした。
「前も思ったが、お転婆じゃのぉ、その童」
少ししわがれた、爺さんの声。
敷地内は、成人男性の身長より高い木壁でグルリと囲んでいる筈なのに、一体どこから声がしたのか。
声がした方を振り返り、俺は思わずキョトンとした。
そこにあったのは、木彫りのリス。
先程俺が起動して、エレンが転んだ拍子にどうやら手を放してしまったらしい、あの魔道具の姿しかない。
後ろでモォさんが「モ~」と呑気に鳴いたが、もちろん俺はそんな呑気でいられる筈がない。
いやいや、まさか。
魔道具から爺さんの声がするなんて、聞いた事ないぞ。
白昼夢でも見ているのだろう自分に苦笑しながら頬をつねると、痛い上に先程の爺さんの声で「おぬしの頬は、意外と伸びるのぉ」という感想まで聞こえてきた。
今度はしっかりと、そのリスの口が開いたところまで見てしまった。
流石にこれは言い逃れできない。
「わぁ! エレン、リスさんともおはなししてみたかったの!」
できた! と無邪気に喜んだ目の前のエレンがこの魔道具を借り受けた帰り道、「この木彫りのリスとも、他の動物たちと同じように会話したい!」とお願いしてきたのは、まだ記憶に新しい。
自分の持つ『スキル』の副効果で、このリスとも対話したかったようだが、相手は本物の動物ではない。
どれだけそれっぽく動いていたとしても、流石に無理かなと言ったところ、かなり残念そうにしていた。
それが、相手の言っている言葉が分かったのだ。
――対話できる。
それを喜ぶエレンの気持ちは分かる、が。
「違う! エレン、俺にも聞こえている!」
「えっ! スレイもエレンといっしょになったの?!」
更に表情を華やがせたエレンに、俺は「違う!」と突っ込みを入れる。
「魔道具が人の言葉を喋るなんて! しかも爺さんの声で!!」
見た目に反して、可愛くない!
爺さんの声の方に思考が引っ張られたのは、後から考えると混乱したからだ。
魔道具が喋るなんて、前代未聞。
また未知との遭遇がやって来た。
「リスさん、エレンはエレン! メェ君はメェ君! ぷぅちゃんはぷぅちゃんだよ!」
「わんっ」
「わふ」
エレンと彼女の召喚動物だけではなく、人懐っこい犬二匹もすぐに尻尾ブンブンで挨拶(?)し、当たり前のように新参を受け入れる。
おかしなリスの方も、まんざらではない様子で「おぉ、皆元気じゃのぉ」などと言っている。
和気あいあいとしたその光景に、俺は「はぁぁぁぁーっ」とため息を吐いた。
これでは驚いて慌てている俺の方が、おかしいみたいではないか。
額に手を添えつつその光景を見て、俺は苦笑したのだった。
~~第一部、完。
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